2017/07/20

今明かされる『au Design project』初期の名作コンセプトモデルの舞台裏

自動車メーカーが新車を発表する際、コンセプトカーをモーターショーなどに出展し、市場の反応を見ることはよく知られている。その手法を通信業界に初めて持ち込んだのが、今から15年前のau Design project(以下aDp)だった。ケータイにデザインとファッション性を与えるべく2002年に誕生したaDpは、斬新なコンセプトモデルを次々と発表し、世間を驚かせた。

aDpは2012年までに製品化未製品化を合わせて36を超えるコンセプトモデルが存在する。今回、開発プロジェクトの砂原 哲に、「INFOBAR」の発売前後、つまりaDpのごく初期に作られたコンセプトモデルを振り返りながら、コンセプトモデルの“生い立ち”について語ってもらった。

「auはこんなブランドを目指します」を伝えるために、コンセプトモデルが作られた

「もともとKDDIは通信会社なので、自社企画でモノを作る必然性はなかったんです。でも2000年に生まれたauブランドの方向性を指し示すために、コンセプトモデルを発表することにしました。ただの携帯電話会社ではなく、新しい価値観を生み出す会社だぞ、という表明です。そのために、商品化を前提としたものではなく、コンセプトを視覚化し具体的なかたちにして、まず世に示していくことが目的でした」

そして発表されたのが「info.bar」だった。「INFOBAR」ではなく、「info.bar」。コンセプトモデルである。

「INFOBAR」のコンセプトモデル「info.bar」(デザイン:深澤直人)

「当時、2つの課題がありました。ひとつはコギャルブーム全盛で世間に溢れた“デコる”ケータイではなく、ミッドセンチュリーや裏原系のような、ファッションやデザインに対する関心が高い人々のための選択肢をつくること。

ふたつめはテクノロジーの文脈。3Gという高速データ通信時代の到来があって、当時まだ元気だったPDA(現在のスマホのような携帯情報端末。PCと連動したが、ネットには単体では接続できなかった)が、いずれは単体でネットに繋がり進化するのか、それともケータイがさらに進化していくのかということ。

これらの課題をうまく統合したところになにか答えがあるはずだと、当時、IDEO JAPANの代表をされていたプロダクトデザイナーの深澤直人さんにコンタクトをとったんです」

初のコンセプトモデル「info.bar」は、名機「INFOBAR」に

こうして完成したコンセプトモデル「info.bar」は、前面はタイル型のキー&タッチパネルのカーソル、裏面は全面タッチパネルという、現在のスマホのような時代を先取りした仕様になった。さらにそれをゴーグル型アタッチメントにセットして覗けば、ARやVRゴーグルにできることまで見越して作られていた。近年ようやくスマホで実現できたことを、アイデアとして先取りしていたデザイナーの先見性は、さすがとしか言いようがない。

「info.bar」の背面

「当時は販売も決まっていないし、実現したいと思いつつもどうしたらいいか分からなかったんです。ただ、デザイン雑誌などに掲載をお願いしたり、『このケータイがほしいですか?』とビデオカメラ片手に展示会場でインタビューしたりしたところ、かなり手応えを得られたんです。そこで商品化に向けて動き出しました」

「INFOBAR」(デザイン:深澤直人)

こうして開発が決まったaDp初のコンセプトモデルは、開発メーカーを決定して「INFOBAR」と命名。03年10月、ついに発売される。技術的な問題でタッチパネルのカーソルや背面の全面液晶は省かれたが、コンセプトモデルのデザイン要素をしっかり受け継いだケータイに仕上がった。

製品化されるかどうかは、技術だけでなく“運”も大事

「INFOBAR」によってaDpは、ケータイの新たな方向性を指し示すさまざまなコンセプトモデルを発表していく。「info.bar」のように製品化にこぎつけたものもあれば、コンセプトのまま終えたものまでさまざまだ。一例を挙げれば、02年に発表された「ishicoro」。河原で拾った石ころを3Dスキャンして誕生した折りたたみ型ケータイは、世間の注目を集めたが・・・・・・、

「ishicoro」(デザイン:深澤直人)

「商品化には運もあるんです。それは“その子”が持っているもの。『ishicoro』は私たちも製品化したかったですし、技術的に実現できたと思います。ただ、いろいろな事情やタイミングで実現しなかった。どうしても波に乗れなかったんですね」

「rotaly」(デザイン:二階堂隆)

このようなケースはほかにもある。たとえば01年発表の「rotaly」。その名の通り液晶が回転ヒンジを軸にクルッと回る仕掛けが付いている。今となっては実現できそうな形状だが、当時としては「ほぼ不可能」なシロモノだったらしい。

「高速通信の時代が来れば、まちがいなく動画のニーズが高まるということを見越して作りました。実際にそうなりましたしね。液晶画面が当時としてはかなり大きく、また、わん曲していますが、これはまだ実現不可能だったんです」

「wearable」(デザイン:二階堂隆)

また、今見ても“異色”としか言いようのない端末もあった。「rotaly」と同じ時期に発表された「wearable」は、当時にわかに話題になったウェアラブルコンピュータを意識して作られたもの。情報が表示されたブレスレットから、その意図が伝わる。

「ケータイにはクリップ式のカメラモジュールなどが付いています。やっぱり男子たる者、“ドッキング”が大好きなんですよ(笑)。すべてひとつにまとめた方が機能的には優れているんですが・・・・・・。なんか、ロマンがあるんでしょうね。こういったドッキングケータイは、ほかの分野でもしばしば見かけますが、たいていコンセプトで終わることが多いですね」

コンセプトモデルの発表が当たり前のクルマの世界でも、発売時にはデザインが変わることがほとんど。「なにかと似ている」「万人に受け入れられない」といった理由で、デザインはどんどん磨かれていくからだ。純粋なコンセプトモデルには、デザイナーの理想や憧れをすべて反映できることもユニークな点だ。

左/「apollo」 右/「apollo 02」(デザイナー:東泉 一郎)

「『apollo』と『apollo 02』は、Apple製品の影響が感じられます。やっぱりデザイナー、クリエーターは、Appleのデザインが大好きなんですよね、私もですけど(笑)。内心、『早くAppleがケータイを作ってくれないかな・・・・・・』とみんな思ってましたから」

コンセプトモデルには理想と未来のエッセンスが詰まっている

このようにコンセプトモデルが製品化されないケースは多いが、なかにはすぐには製品化されなかったものの、時間を掛けて再び日の目を見たコンセプトモデルもある。それが01年に発表された「GRAPPA」と「GRAPPA 002」だ。

左/「GRAPPA」 右/「GRAPPA 002」(デザイン:岩崎一郎)

「この2つは、コンセプトモデルと同じく岩崎一郎さんによるデザイン。高級腕時計や高級コンパクトカメラのように「上質」なケータイを目指したのがGRAPPAです。精緻な金属筐体にサファイアガラスのウインドウ、ラバーの ヒンジ、そして経年変化を楽しむことのできる本革のカバー。イタリアの蒸留酒グラッパから取られたその名にふさわしい凛とした佇まい。10年の『iPhone 4』登場以降、金属やガラスにより高級感を打ち出したスマートフォンが主流となりましたが、当時「ゼロ円ケータイ」全盛の市場にあって、高級ケータイ市場を形成するのは難しく、製品化は断念せざるをえませんでした。ただ、このGRAPPAに込められた思いは『G9』(09年)と『G11』(11年)として受け継がれ製品化されるのです」

左/「G9」 右/「G11」(デザイン:岩崎一郎)

GRAPPAとGLOBALの“G”を冠して誕生した製品版は、「大人らしいソリッドで機能美を備えた携帯を」というコンセプトモデル当初のコンセプトをしっかり引き継いで発売された。特徴的なスライド式の仕掛けと「GRPPA 002」の落ち着いた印象を受け継いでいることがわかる。「G11」では、SNSの使いやすさを実現するためにタッチセンサーが備えられた。

そして04年に発表されたコンセプトモデル「ITA」。

「バータイプのスタンダードを目指したINFOBARに対し、折りたたみ式のスタンダードを目指して作られたコンセプトです。角Rを取った二枚の板がヒンジで繋がっているだけのシンプルな構成。当時のコードネームは、その見た目どおり「ITA(板)」でした」

左/「ITA」 右/「neon」(共に、デザイン:深澤直人)

情報を表示するディスプレイとそれを包む外装という従来的なプロダクトの概念を超え、なにもないところから表示が浮かび上がりプロダクト自体がインターフェースになるというコンセプトは、06年に発売された「neon」へと繋がっているのだ。

「コンセプトモデルは、ケータイの理想を形にしたものなんです。実際のケータイの中身は機械がぎっしり詰まることになるので、ボタンやスピーカーの配置ひとつでも、美しく理路整然とデザインしていくには大変な苦労が伴います。そんなとき、形を伴ったコンセプトモデルがあることで、デザイナーも企画者もエンジニアも同じ方向を見られるし、乗り越えるべき技術的なハードルも見えてくるんです」

aDpのコンセプトモデルとは来たるべき技術革新を見越した、まるで時代の空気を閉じ込めたタイムカプセルのような存在でもある。デザイナーたちが夢見たコンセプトモデルは、時代を超えても、見る者に“意図”を語り続けてくれる。

「ケータイの形態学 展 ーThe morphology of mobile phonesー」

記事で紹介しているaDpの歴代コンセプトモデルを実際に見ることができるイベント「ケータイの形態学 展 ーThe morphology of mobile phonesー」が、2017年7月21日(金)~31日(月)の期間、GOOD DESIGN Marunouchiにて開催していました。

aDp15年の軌跡をたどりつつ、ケータイのプロダクトデザイン約70点のほか、カタログやポスター、コンセプトムービーなど、aDpに関するあらゆるアートワークを展示。

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文:吉州正行

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