2022/06/06
国内初 高精度GNSSで体の向きに合わせた音声ガイド 西表島でのツアーを体験
沖縄県 石垣島からフェリーで約1時間の場所に位置する西表島(いりおもてじま)。マングローブなど雄大な自然が広がり多くの絶滅危惧種が生息している西表島は、ユネスコの世界自然遺産に登録されており、一年中美しい星空を楽しめる人気の観光地だ。国内初の「星空保護区®」に選ばれたことでも知られる。
そんな西表島も、新型コロナウイルス感染症の影響により、観光客が密集してのガイドツアーを行うことが難しいという問題点を抱えていた。
そこでKDDIは、近年注目されている測位技術「高精度GNSS測位」を活用して、観光客が単独で自由にガイドツアーを楽しむことができる「自動音声ガイド」を開発。2022年4月22日から2022年6月30日にかけて、沖縄セルラーアグリ&マルシェや竹富町などとともに、西表島において実証実験を行っている。
「高精度GNSS測位」とは?GPSとの違いは?従来の音声ガイドと何が違うのか?西表島でのツアーに密着した。
自動音声ガイドの仕組み
従来の非対面型の音声ガイドによる観光案内は位置情報の誤差が大きく、たとえば観光客は石碑のほうを向いて石碑のガイドを聞こうとしているのに、反対側にあるシーサー像についてのガイドが流れてしまうなどの齟齬が発生していた。
そこでKDDIは、高精度GNSS測位を活用することで観光客の体の向きに応じた観光案内を可能にする、精度の高い非対面型の音声ガイドを開発した。
GNSSとは「Global Navigation Satellite System」の頭文字を取ったもので、衛星を用いて現在位置を測定するシステムのこと。高精度GNSSは、衛星からの搬送波そのものを利用し、かつ補強情報を収集してリアルタイムに補正を行うことで、数センチメートル程度の誤差で位置を測定できる。これを応用して方位の測定も組み合わせることで、観光客は歩きながら何も操作することなく、そのとき見ているものの適切な音声ガイドを聞くことができる、という仕組みだ。
開発者のKDDI伊藤と大橋に話を聞いた。
――高精度GNSS測位を活用した自動音声ガイド開発のきっかけは?
大橋:高精度GNSS測位技術は、以前から測量、建機・農機の制御などでは活用されており、最近ではドローンの飛行制御にも活用されています。高精度なGNSS測位は生活におけるシーンでも活用できると考え検討を行っていました。音声ガイド×高精度GNSSもその一つです。
伊藤:活用先を模索していたところ、KDDIで地域共創を担当する小泉から「西表島での課題解決のツールに使えないか」という相談を受けました。
西表島は、新型コロナウイルス感染症対策で、これまでのような密集したガイドツアーが難しくなっていること、自宅にいながら参加するバーチャルツアーが盛んになっていることから、将来的な地域経済への影響が課題になっていることを知りました。その課題を、KDDIが持つ技術で解決しよう、と検討を本格化させました。
――一般的なGPSではなく、高精度GNSSを使ったメリットは?
大橋:GPSなどの「GNSS単独測位」と呼ばれる方式の場合、精度では数メートル程度の誤差が生じてしまいますが、高精度GNSS測位では補正情報を使うことで誤差を数センチメートル程度にまで縮めることが可能です。これを応用すると、距離が非常に近い2点であってもそれぞれの位置を特定できるため、GNSSコンパス(2点の位置を測定することで方位を算出する仕組み)をウェアラブルに装着可能な形態にまで小型化も図ることができました。
どれくらい高精度なのか?街巡りツアーで実証
西表島に到着した午後、大橋の案内で大富地区の街巡りツアーを体験した。
竹盛旅館で自動音声ガイドの機器を装着する。
実証実験では3種類の自動音声ガイド機器が用意された。どれも機能は同じで、観光客はこの3種類から好きなものを選ぶことができる。それぞれにアンテナ、高精度GNSS測位デバイス(受信機)、スマホが備わっている。高精度の位置2点を測定するためにアンテナは2つある。
カチューシャの耳部分・ぬいぐるみの中・ネックスピーカーの後ろには測位衛星からの電波を受信するためのアンテナ、黒いポーチの中には高精度GNSS測位デバイス(受信機)が備わっており、ポーチのポケットには貸し出し用スマホが入っている。スマホはツアーの最初にコースを選択する際や音声を流す際に利用されるため、街巡り中に操作は不要だ。
準備が完了しスタート。早速、音声案内が始まった。
「左を向いてください」「もう少し左です」など自分の行動に沿った音声が流れる。想像以上に自分の身体の向きが認識されていることを実感する。正しい向きになったところで案内に従い進む。「マザカイの碑(マザカイ之歌碑)」に到着した。
歌碑について音声案内を受ける。終わったところで「裏側に回ってください」のアナウンス。裏に回ると、裏側に彫られた内容についての説明が始まった。案内のおかげで裏側に気づくことができた。
歌碑の説明が終わると「斜め右の方向に進んでください」の音声が流れた。向かいの道を進めばよいようだ。いつもならばスマホで道を調べていたが、音声での案内は立ち止まることなく煩わしさがない。
自動音声に従い、大富地区の9ヶ所を巡った。一度もスマホを取り出すことはなく、自然の風を感じながら約1時間の街巡りを終えた。
KDDIで地域共創に取り組む小泉に、街巡りや星空ガイドになぜ高精度GNSS測位を活用した音声ガイドを使ったのか話を聞いた。
――街巡りや星空ガイドに活用したきっかけは?
小泉:西表島の課題として観光客の満足度が沖縄本島と比較して低いこと、観光消費額が少ないことが挙げられます。一方で、世界自然遺産に登録された自然や、日本初の星空保護区に認定された星空など、国内でも魅力的なコンテンツが数多くあります。 現状、宿泊する観光客は午後に到着し、夕食までの時間を持て余している人が多いと聞き、その時間に街巡りを楽しみながら、大富地区のことを知ってもらいたいと考えました。
街巡りをしようと思い立ってからすぐガイドの方を頼むことは簡単ではないですが、この自動音声ガイドがあれば、観光客だけでも迷うことなく巡ることができ、各スポットの情報を自動音声で知ることができます。スマホで調べながら歩く「歩きスマホ」にならない点も、通信キャリアであるKDDIとしてこだわりました。
ナイトタイムコンテンツの「星空」は、西表島に宿泊しないと体験できません。西表島の素晴らしい星空を体験いただきたいこともありますが、夜の滞在を促進することで、宿泊や飲食など、町全体の観光消費額を上げる取り組みのひとつになることも目指しています。
探す星に誘導する星空ツアー
今回の実証実験では、高精度GNSS測位を使った星空音声ガイドも用意されている。
竹盛旅館を車で出発して約10分、街灯がひとつもない暗闇の地に到着、見上げると一面に星空が広がっていた。
街巡りと同じ機器を装着し自動音声ガイドをスタート。
「すばる」と「カノープス」を探そう、とアナウンスが流れた。街巡りガイドとは違う音声キャラクターが登場し、身体の向きを細かく指示してくれる。
身体が正しい方向に向くと、視界に入っている中で目印になる星の輝きの特徴や、目的の星との位置関係を教えてくれるのですぐに「すばる」「カノープス」を見つけることができた。満天の星空を眺めるだけでも十分に価値はあるが、星の名前や特徴を知れるのは嬉しい。
ほかにも「南十字星座」「ケンタウルス座」の観察、八重山諸島の伝承や歴史を島の音楽に合わせ聞くことができる。高精度GNSS測位の高い精度を活用した、身体の向きを使って回答するクイズなどもあり、子どもも楽しめる内容だ。
高精度GNSS測位を活用した自動音声ガイドについて、西表島で星空やネイチャーガイドをしている motti西表島トレッキングエコツアー代表の望月達平さんに話を聞いた。
――今回の自動音声ガイドについてどう思われますか?
望月:毎日星を見ている私にも楽しい取り組みです。今回の音声ガイドであれば、天候が悪い日や目の不自由な方々など新たな顧客の開拓やツアー参加者の満足度の向上につながると思っています。
西表島は世界遺産に登録され、今後、観光客の増加が見込まれており、ガイドの質を担保し、満足度を高める取り組みをしないと持続可能な観光地になることができません。この自動音声ガイドならば、一定のガイドの品質を保てます。ほかにも、普段行うガイドでは1ヶ所に集まってもらい解説しますが、これならば観光客同士の距離を確保でき、感染症対策にもなりますし、各々のペースで楽しむことができるのもいいですね。
――今後への期待は?
西表島は、石垣島から日帰りで来られる方が多いのですが、満天の星空観察など、宿泊することで楽しめるものもたくさんあります。日中の街巡りはもちろん、ぜひ宿泊し、一日を通して西表島の魅力を味わってもらいたいと思います。この自動音声ガイドが僕たちガイドのサポートや、西表島の魅力を伝えるツールになってほしいですね。
通信技術で地域社会に貢献する
実証実験に携わった、小泉、伊藤、大橋に話を聞いた。
――今回の実証実験の成果は?
小泉:沖縄の民放各局が記者会見をニュースで流すなど、大きな反響がありました。また、竹富町関係者や使っていただいた観光客からも、今後に期待する声が多くあります。
伊藤:従来の音声ガイドでは体験できなかった、ハンズフリーでの道案内やスポット解説、向きやピンポイントを活かした内容はとても良いとの反応を頂いてます。今回のような体験の受容性はあることがわかりましたので、まだまだ改善が必要な案内方法や機器の簡素化に関して取り組んでいきたいと思います。
――高精度GNSS測位はほかにどんな活用方法がありますか?
伊藤:身近な活用方法として、目の不自由な方への道案内、雪山での危険区域アラート、リアルな街を舞台にしたゲームなどにも活用できると考えており、社外パートナーさんと議論を広げていきたいと考えています。
大橋:高精度GNSS測位の活用シーンが限定される要因の一つとして、空が開けている必要があります。高精度な測位技術がさらに広がるためには、屋外、屋内問わず利用できることが望まれます。そういったニーズに対応できるよう、さまざまな高精度な測位方式の実証に取り組んでいきます。
小泉:音声ガイドだけでなく、2021年10月には徳島県鳴門市で今回の高精度GNSS測位を活用し、位置情報によるバス運賃計算、キャッシュレス支払いの実証実験を行いました。整理券方式や小銭の準備などの手間を省き、国内外からの観光客がシームレスに移動できるMaaSの実現を目指したものです。地域ごとに抱える課題は異なりますが、今後も地域を知り、耳を傾け、KDDIの通信技術で解決を目指していきます。
KDDIは、新たな通信技術を活用し観光型DXに取り組み、地域社会の発展と地域観光の持続的成長に向けた取り組みを推進していく。
文:西田 清美
カメラマン: 武安 弘毅(atelier1001)
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