2019/12/11
国内初の『ヘリコプター基地局』が電波を発射! 空から遭難者の位置を特定
ここは、周囲を2,000m級の山々に囲まれ、冬場には5、6mの雪に埋もれる新潟県魚沼市銀山平(ぎんざんだいら)。
この場所で、KDDI、KDDI総合研究所、新潟県魚沼市、富士通が、国内初となる「ヘリコプター基地局」の実証実験を行った。ヘリコプターに基地局の設備を搭載し、空から電波を発射するのである。
銀山平周辺には国による自然環境保護の規定があり、容易に携帯電話の基地局を開設できない。そのため、ひとたび山中に入れば携帯電話がつながらない場所も多く、遭難者が携帯電話を持っていても、家族や消防署と直接連絡をとれないケースがある。
携帯電話がつながらない地域に基地局の設備を搭載したヘリコプターで空から近づき、遭難者の携帯電話を使えるようにする、というのが今回の実証実験の目的だ。
ヘリコプター基地局の役割
ヘリコプターに搭載する基地局の設備はコンパクトだ。
バッグの中には無線機とバッテリー、PCが入っている。右側にあるのは緯度経度情報と加速度センサーで現在位置・ヘリコプターの向きを特定するための携帯電話で、白い箱がアンテナ。バッグとこれらをつないでいる「ジンバル」により、ヘリコプターの機体が上空でどんな姿勢をとっても、アンテナの地上への角度を一定に保つ。総重量はわずか7kg。人が持つとこのようなサイズ感。
このシステムを検討し始めた頃はデータセンターなどに設置されるサーバが非常に大型であった。だがわずか数年で、ひとりで運んでヘリコプターに乗れるサイズにまで小型・軽量化することができたという。
実際に基地局として電波を発信する際は、タブレットやPCなどと合わせて使用する。
下の画像は、ヘリコプター基地局から地上に電波を発信している様子を可視化したもの。グレーの楕円がヘリコプター基地局から発信された電波が届く範囲。この範囲内であれば、携帯電話による通信ができる。
赤い点は捕捉した携帯電話の位置を表している。上空から電波を送って携帯電話がつながるようにするだけではなく、電波を発信している範囲内に電源が入った携帯電話があれば、その台数や位置まで特定できるのだ。そして、捜索している対象の携帯電話へ直接SMSを送ったり、携帯電話同士で通話したりすることもできる。
「空の基地局」への取り組みは、すでに5年目
「空の基地局」への取り組みとして、2015年度から2017年度までは「山の中で孤立した集落をエリア化して連絡手段を確保する」というテーマで、ドローンを使って実証実験を行ってきた。こちらが実験に使用されたドローンと通信システムだ。
空から電波を発射するには様々な制約がある。まず、陸上の既存の無線システムに影響を与えないこと。そして、航空機にもともと設置されていない無線機を搭載して使用した際に、その航空機の運行に支障がないこと。前者は総務省、後者は国土交通省航空局の管轄で、なにも問題がないことをそれぞれ確認する必要があった。
KDDIは2018年3月に、ヘリコプターに基地局設備を搭載して検証。稼働中のヘリコプターを駐機させた状態ではあったが、計器に影響を及ぼさないことを確認できた。そして今回、初めてヘリコプターを飛行させ、実際の登山道を使った実証実験を実施した。
魚沼市消防署と連携し実際の登山道で
今回の実証実験では、現地の魚沼消防署と連携した遭難者救助合同訓練も実施された。
合同訓練の想定は、「銀山平に隣接する荒沢岳に登山に行った家族が帰らない」と消防に通報が入り、ヘリコプターと山岳救助隊による捜索を立案。遭難者の携帯電話番号はわかっているが、荒沢岳山中では電波がつながらないため、直接通話することはできない。という経緯のもと、翌日、消防は現地の銀山平キャンプ場に指揮所を設置。
すべての連絡はこの指揮所を介し、捜索の指令もここから出される。そして、並行してヘリコプター基地局が出動。
さらに、7名の山岳救助隊が捜索のため山中に入る。
訓練に先立ち、基地局と携帯電話の通信が航空無線に干渉しないことを確認したうえで、荒沢岳の上空でどのくらいの高度で飛行すると、どれほどの範囲に電波が届くかの検証を行った。
ヘリコプターから地上に向けて発射する電波は、高度が低ければ狭い範囲に強く届く。高度を上げれば範囲は広がるが、そのぶん弱くなる。高度を変えながら検証した結果、今回の状況でのベストな高度は300mとわかった。その際、通話はヘリコプターの真下から横方向に最長約1.6kmまで離れても可能だった。SMSや地上の携帯電話のGPS情報を取得するには、同じくヘリの真下から最長2kmの場所でも行うことができた。
地上にある携帯電話の捜索については、旋回を繰り返すことである程度まで場所を絞りこむ。
上の図でオレンジ色の範囲が、携帯電話の所在確率の高い場所。こうした地域を中心に旋回を繰り返せば、おおよそ100mの誤差で携帯電話の所在がわかる。
今回の合同訓練では、さらに遭難者の携帯電話のGPS情報を取得して、ヘリコプター基地局→指揮所→山岳救助隊という流れで遭難者の位置を知らせた。またヘリコプター基地局から、接続したPCを使って遭難者に向けて直接メッセージを送信することもできる。
こちらは遭難者の元にヘリコプター基地局から届いたメッセージ。遭難者にとって「誰かが自分を探してくれている」と認識するのは非常に心強いという。
地上で捜索活動をしている山岳救助隊がヘリコプター基地局から発射している電波の範囲内に到着すると、携帯電話使用可能エリアに入った旨をヘリコプターから山岳救助隊に連絡。以降、山岳救助隊は遭難者と携帯電話で直接やり取りできるようになる。
遭難者が直接通話できることで、山岳救助隊は遭難者本人からケガの状態や周囲の状況などを直接聞き取ることができ、適切な救助が行うことができる。上空と地上の連携によって、捜索から救助までの一連の行動が迅速に展開されることになるのである。
現場の課題、ヘリコプター基地局がどう解決するか
現状の山岳救助にはどんな課題があり、今回のヘリコプター基地局がどのように寄与することができるのだろうか。魚沼市消防署長・外角誠さんに聞いた。
「魚沼市では毎年20件前後、山の遭難事故があります。とくに魚沼の森林地域は国定公園、国立公園に指定されている範囲が広く、携帯電話の基地局がないため、つながらない場所が多いのです。遭難事案の場合、要救助者(遭難者)の位置情報の特定が最大のポイントですが、本人と直接連絡が取れないケースが多いので、必然的に山岳救助隊の行動範囲が広がり、そのぶん、救助にも時間を要することになります。時間がかかればかかるほど要救助者はもちろん、救助隊にもリスクは高まる。これが非常に現実的な課題ですね。
ですから今回の実証実験のように、ヘリコプターで上空から携帯電話の電波を飛ばすことで、要救助者の位置が特定できるのは非常に有効です。指揮本部に要救助者の情報が伝達されることで捜索範囲を絞ることができ、大幅に捜索時間も短縮できるのではないかと考えています」
電波がつながらなくなったときに通信会社がすべきこと
今回のように「空」から電波を送る試みは、2011年の東日本大震災を機に検討されるようになった。
携帯電話は、全国に数千ある基地局のうち最寄りの基地局にまずつながり、その先の通話相手やインターネットとつながる。なんらかの理由で基地局が機能を失い通信ができなくなってしまうと、通信会社は速やかな復旧に務める。その作業が完了するまでのあいだ、一時的に基地局の設備を現地に設置し、携帯電話が使えるようにすることがある。
災害などの規模や被害状況にもよるが、基地局設備を現地まで運び、設置できる場合は「車載型基地局」や「可搬型基地局」を使用する。
前者は、基地局の設備一式をあらかじめ搭載した車両のこと。後者は、文字どおり「運ぶことができる基地局」。アンテナや無線機などをおもに車両で運搬し、現地に設営する。
また、「船舶型基地局」という海の基地局もある。
被災地域の道路が分断されてしまった場合などは、船に基地局設備を搭載し「海」から現場に到達。2018年の北海道胆振東部地震や、2019年の台風15号の際、この「KDDIオーシャンリンク」が被災エリアの沿岸に停泊し、電波を送った。
そして、陸からも海からも現場にアプローチできない場合、たとえば今回の実証実験のように「山中」で事故が発生したときは、「空」から電波を送ることになる。
山岳救助だけでなく、空から様々な支援を
今回は山岳救助に特化し、実際の登山ルートで検証を行ったが、今後も様々な課題解決につながっていくと考えられている。
広域を短時間で俯瞰できるヘリコプターで、携帯電話の台数と位置を推定する機能を活かして、その情報を国や自治体の道路通行止め・封鎖情報などと連携させれば、孤立エリアを推定し、災害発生直後の重篤者捜索にも有効になる。
土砂崩れや雪崩などの際の被災者捜索も視野に入っているが、対象となる携帯電話が土や雪に埋もれている場合、どの程度電波が届くかなど、今後も地道に実証していく必要がある。
ドローン基地局も、有毒ガスを発生する火山や、ヘリが降りられないほど低い高度から捜索する際などに活用できる。研究が進んでいるスマートドローンの自律運行システムとの連携も考えられる。
電波がつながるのは、いまや当たり前になっている。普段から「もし、つながらなくなったら」を想定し、社会の様々な課題に対して、KDDIは通信で貢献していくのだ。
文:武田篤典
写真:中田昌孝(STUH)
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