2014/11/26

働かない働きアリに意義がある

コロニーのアリの7 割は働いていないという。
それで、アリの社会は成り立つのか。また、それにはどんな意味があるのだろうか。

7割は何もしていない

アリと言えば働き者の代名詞ですが、実際のアリの巣(コロニー)では、全員がいつも働いている訳ではありません。ある瞬間を見ると、全体の約7割が何もしておらず、長い期間観察しても1 ~ 2割の個体は労働と呼べる行動をほとんどしません。ただ何もせず、たたずんでいるだけです。コロニー同士の間には生存競争があるため、より効率を高めるような性質を持ったものが競争に勝ち残るはずです。全員がいつも働く方が、短期的な効率は良いはずなのに、なぜ働かないアリがいるのでしょうか。

働かないアリが生じるメカニズムは、仕事への反応しやすさに個体差があるからだとわかっています。仕事をしやすい個体は少しの刺激で仕事を処理するのでいつも働いていますが、仕事の刺激が大きくならないと反応しない個体は、なかなか仕事をしません。人間にたとえれば、皆でいるときに部屋が汚れると、きれい好きの人だけが掃除をするようなものです。

だから休んでいる

アリには全体の状況を判断して仕事を差配する中枢の個体がいないので、このようなシステムは仕事の配分に有効だと考えられます。しかし、このシステムはほとんど働かない個体を常に産み出してしまうので、短期的な効率は低い。しかしそれでも働かないアリを常に産み出すこと自体に大きな意味があるのです。

アリの巣には誰かがいつもこなしていなければいけない仕事があります。例えば、卵はつねにきれいにされていないとカビて死にます。卵の世話が途切れるとコロニーの次世代が全滅するので、いつも卵を舐め続けることが必要です。ところが、アリを含む動物は必ず疲れるので、永遠に働き続けることができません。どこかで休まなければならないのです。よく働くアリが休まなければならない時、全員が働いているコロニーではだれも代わりに仕事をやることができません。しかし、誰かが常に休んでいるコロニーでは、休んでいる個体が穴埋めすることができます。私たちのシミュレーションでは、誰かが常に休むシステムは、全員が一斉に働くシステムよりも長続きすることがわかっています。働かないアリはサボっているのではなく、いつか来る出番のために待機という仕事をしていると言えるでしょう。彼らがいないシステムは早晩滅ぶのです。

個体の利益か組織の利益か

人間の企業でも似たようなことが起こっています。グローバリズムの名の下に、人件費をコストとみなし削減し、システムを効率化しようとする動きが強まっています。しかし、労働条件を厳しくし、ブラック企業と呼ばれたいくつかの企業は、一時的に好業績を挙げましたが、現在は人手不足で苦境に陥っています。

個体の利益と組織の利益はしばしば対立します。生物の世界では、個体を犠牲にして組織の利益を高めるようなやり方は、そうしないときよりも個体の利益を下げるため原理的に進化不可能です。経営者はそのやり方は存続可能なのかどうか、よく考える必要があるでしょう。

文:長谷川英祐 絵:大坪紀久子

上記は、Nextcom No.20の「情報伝達・解体新書 彼らの流儀はどうなっている?」からの抜粋です。

Nextcomは、株式会社KDDI総研が発行する情報通信誌で、情報通信制度・政策に対する理解を深めるとともに、時代や環境の変化に即したこれからの情報通信制度・政策についての議論を高めることを意図として発行しています。

詳細は、こちらからご覧ください。

Eisuke Hasegawa

北海道大学 大学院 農学研究院 生物生態・体系学分野 准教授
1961年生まれ。大学卒業後民間企業勤務の後、東京都立大学(現・首都大学東京)大学院で生態学を学ぶ。博士(理学)。
観察、理論解析とDNA解析を駆使して、真社会性生物の進化生物学研究を行っている。
著書は『働かないアリに意義がある』、『面白くて眠れなくなる生物学』、『 科学の罠』など多数。

presented by KDDI