2014/08/29

富士山山頂で、日本最速のLTE通信が始まった

富士山が世界遺産に認定されて2回目の夏。日本の象徴である富士山も毎年同じではいられない。2014年夏の富士山は、これまでよりバージョンアップして、最大150Mbpsで携帯電話の通信ができるようになった。これは国内最高速度。つまり、日本一高い場所で日本一速くツナガルというわけだ。この速度が出るのはauだけ。それでは、この高速通信はどうやって支えられているのか。auの富士山エリア化対策のシステムをレポートする。

山麓の巨大アンテナ「富士山専用アンテナ」で登山道をカバー

まずは山頂から直線距離で7km離れた山麓にあるau携帯電話基地局「北富士局」のアンテナをチェックする。富士山対策専用の巨大な「高利得アンテナ」が、スバルライン近くの基地局敷地内に設置してある。

このアンテナは全長3m、重さは通常のアンテナの約3倍の70kgもある。なぜこんなにも巨大なアンテナを設置したかといえば、富士山の麓は「富士箱根伊豆国立公園」であるため、基地局建設に制限があり、通常の基地局のカバー範囲では富士山にまで十分な品質の電波が届かない。そのため、通常の倍以上も離れた場所から電波を届かせるためにここまで巨大化したのだ。到達距離は通常のアンテナの数倍、出力は約4倍にもなるという。

富士山専用アンテナは、au基地局では2番目に重いアンテナとのこと。35kgのアンテナ2本を横につなげた形状で、支柱への取り付け器具にはこの重さに耐え得る特別なものを採用している。この専用アンテナは800MHz帯用のアンテナで、横の四角いアンテナが2㎓帯のアンテナだ。

「この専用アンテナはかなり重いのですが、これでも軽量化を図りました。これが、富士山対策の開発で大変だったことの1つです。もう1つ大変だったのは、富士山は独立峰といって、周りに山がない山なので、周りからの電波の干渉を受けやすいところです。距離でいえば、30kmくらい離れた基地局からの電波が届くこともあります。LTEでは、この干渉を抑えるのが勝負。そこで出力の高いアンテナで、山頂まで一気に電波を吹き上げています」と、KDDIエリア設備計画部の山梨幹人が説明するように、苦労は多い。

こうして開発された「富士山専用アンテナ」は、もう1カ所、山頂から11km離れた「南都留山中湖局」にも設置されている。「北富士局」と「南都留山中湖局」の2つで山梨県側の登山道(吉田ルート)全体をカバーしているという。すごい威力だ。山梨県側では、専用アンテナによるLTEエリア化に加え、各山小屋にレピーター(中継器)を設置し、山小屋の屋内および周辺のエリア対策も行っている。

ちなみに、auで一番重いアンテナは、種子島に設置した屋久島対策アンテナだそうだ。こちらは世界遺産の屋久島内に建築することができないため、海を越えて隣の種子島から電波を出している。

au携帯電話基地局「北富士局」のアンテナタワー

右側の2本セットになっているアンテナが「富士山専用アンテナ」

森の中に立つ専用アンテナ

基地局設備のラックには余裕があるので、まだ巨大アンテナを設置可能だ

登山道でも快適な通信が可能に

ここから富士山に設置されている小型基地局を見に行く。「見に行く」と言っても自動車で行けるのは五合目までなので、それ以上は自力で登ることになる。よくぞ、ここをエリア化しようなどと考えたと思うが、携帯電話各社は、2000年前後には何らかの形で富士山に基地局を設置している。どうして富士山にそんなに注力しているのだろうか。

「富士山だけでなく、世界遺産に認定された場所や人気の観光スポットはLTEのエリア化を進めたいと思っています。人が住んでいない場所をエリア化しても人口カバー率には寄与しませんが、多くの利用者がいるところでは快適に通信をしていただきたいので、積極的にエリア対策を進めています」(KDDI広報部)。

吉田口ルートの登山口である富士スバルライン五合目に到着すると、何軒ものレストランが建ち、ちょっとした街のように賑わう中で、1軒だけやたらたくさんの携帯電話アンテナが付いている建物があった。円盤状やプレート状、筒型など形状は違うが、みなレストランの外壁色に塗られている。確認したら、どうやら円盤状のアンテナをはじめ、いくつかがauのアンテナらしい。そして食堂のレジ脇にauの「ここでもLTEがつながる」ステッカーを発見。測定してみると、下り29.57Mbps、上り15.82Mbpsという速度だった。登山口の総合管理センター前で「富士山保全協力金」1,000円を支払い、いざアンテナ見学の山登りへGO! だ。

携帯電話アンテナが目に付く建物

建物正面に付いている壁の色と同じ色のアンテナがauのアンテナだ

食堂レジ脇にはこんなステッカーが

auの通信速度を測定

富士山保全協力金を支払うともらえる缶バッジ

富士登山は、一般的に五合目から登り始めるが、吉田ルートは本道に入る頃にはいきなり森林限界。足元は、最初は小砂利で頑張って登るが、この小砂利のせいで足元のバランスが悪くなったり後ろにズリ落ちたりと地味に太ももに効いてくる。すると「ここからストックを使いましょう。足の負担を減らして疲れにくくします」と、KDDIの山梨によるストックの使い方講座が始まった。山梨は技術者であるのみならず、趣味の登山でもエキスパートで、今回の山頂までの見学登山の案内人でもある。

これ以降、一行は山梨の絶妙のコントロールで休憩を取り、たびたび栄養補給にオヤツも配られ、すっかり遠足気分になる。気分こそ遠足だが、岩場登りも出現して肉体的には超ハードになっていく。岩場の途中で休みながら、それでもみんなに遅れまいとついて行く感じだ。

やがて、高度も増して高山病の症状が出てもおかしくない高さまで来た。7合目から表れてくる山小屋はちょうど登山ルートの途中にあって、食べ物や飲み物の売店やベンチがあるので、いい休憩場所になる。ここから見える超絶景が、果てしない登り道の辛さを帳消しにしてくれる。

このような山小屋前で、休憩しながらスマホやケータイで写真を撮る人は多い。山小屋にも、auの「ここでもLTEがつながる」ステッカーが貼ってあり、同行の方は、仕事の電話を普通に受けていた。まさか電話の相手は富士山登山の最中とは思うまい。それも、通信状態が街中と変わらないおかげだ。登山道の途中で何度が通信速度を計測したが、そこそこのスピードが確保されていた。この高速の通信環境なら、スマホとパソコンさえあれば、富士山でも仕事ができそうだ。

日没前に宿泊地に到着し、富士山饅頭や山小屋名物カレーをいただいて、翌日に備えて異常に早い消灯を迎えた。

山小屋にも「ここでもLTEがつながる」ステッカーが

登山道での速度計測結果
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山小屋からの夕景

超高速でつながる山頂エリア

翌日早朝(というよりは深夜)に、山頂を目指して再び登山開始。山頂に到着すると、既にあたりはご来光を待つ人の波。今回は残念ながら曇り空でご来光を見ることはできなかったが、それでも山頂から眺める景色は雄大で、素晴らしい眺望だ。スマートフォンやタブレットで撮影している人も多い。この夏、何人もの知り合いが富士登山をしているが、ご来光の写真や仲間との様子をほぼリアルタイムでSNSにアップする人も多い。見ている側としても、体験を共有する感覚が増すのでリアルタイム投稿は楽しい。

山頂にある山小屋に入って通信速度を計測してみると、混雑している時間帯にもかかわらず、下り70Mbps近くの数値が出た。まぐれではなく、何度も同程度の数字が測定されたので、安定してこの速度が出ているということだろう。

富士山の山頂では「一番混雑するのはご来光の時間帯です。以前は山で使うのは文字だけのメールくらいでしたが、最近は写真をSNSに投稿したり、徐々に動画を送る比率も増えてきました。このトラフィックを分散するのが重要課題です」と山梨はいうが、この数字を見る限り、うまく対策が実施できているようだ。

富士山頂からの眺望

山頂では、スマートフォンやタブレットで景観を撮影する人も多い

富士山頂で下り70Mbps近い通信速度を計測
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山頂には、富士山専用アンテナによる登山道のエリア化とは別に、山頂エリア専用の基地局を用意している。ここにau初の、800㎒帯と2㎓帯の両方の周波数帯で送受信できる「Dual Band Pico」と呼ばれるピコセル(小型基地局)を設置。これまでのピコセルと同程度のサイズや重さにもかかわらず、両方の周波数帯に対応する。「Dual Band Pico」は山小屋「山口屋」の室内に設置されており、屋根の上に置かれたアンテナにつなげられ、受信最大150Mbpsのエリアを作っている。

山頂エリアでは、火口周囲にもう1カ所ピコセルを設置している。LTEでは、複数のピコセルでエリアをカバーすると、トラフィックが分散され体感速度も向上する。これによって、単純に150Mbpsという数字だけでは測れない快適な通信を実現しているのだ。

ピコセルだけ設置しても、auのネットワークとの間を高速な回線でつながなければせっかくのエリアも意味をなさないが、山頂のピコセルとの通信には、専用の無線エントランス回線を用意している。直進性の高い26GHz帯の電波を山麓から山頂まで飛ばして、200Mbps超の高速な通信速度でつないでいる。

山小屋「山口屋」に設置された小型基地局「Dual Band Pico」

アンテナは屋根の上に設置され、下り最大150MbpsのLTEエリアを作っている

火口付近にも小型基地局を設置している

静岡県側では、登山道のほとんどの山小屋にレピーター

富士山登山道には、静岡県側の富士宮ルート、御殿場ルート、須走ルートもあるが、ここで静岡県側の対策も見てみよう。山梨県側とは方針が違うのが面白いところだ。

静岡県側では、山梨県側のように、富士山専用アンテナのような大きなアンテナでカバーというやり方はしていない。登山道にある山小屋を中継地点として電波を増幅してつないでいるのである。富士山の登山道の山小屋のほとんどにあたる二十数カ所に、auのレピーターが設置されている。「UDEC2」という高機能移動中継機だ。山小屋の屋根の上には1対になったアンテナが設置されていて、下に向いたアンテナで拾った弱い電波を室内のレピーターで増幅して、上に向いたアンテナでさらに上の山小屋に向けて送り出している。このような方法を採るようになったのはLTEになってからで、3G時代には、山頂にしかエリアを設置していなかった。LTEが普及するにつれて、より広い範囲でスマートフォンを利用したいという要望に応えたものだ。

これだけ快適に利用できる通信環境なので、通話やメールをしたり、SNSにアップして楽しいだけではなく、各種アプリも便利に使える。ナビアプリで富士登山の記録を取ったり、運動活動量計との連動も行える。電波の弱い場所では、バッテリー消費が激しくなるのでこのようなアプリを使うことを躊躇してしまうことも多いが、富士山なら大丈夫。そして、万が一のときに、救助を呼べるというのも安心だ。山小屋の人たちも、これだけ通信環境が良ければ、街と同じようにスマホやパソコンを使えて便利だろう。

山小屋に設置されたレピーター装置

屋根の上には一対になったアンテナが

御殿場口の「Mt.Fuji Trail Station」でもお得なキャンペーン

富士山のエリア化と同時に、KDDIでは富士山を訪れる観光客のためのキャンペーンも実施している。富士山御殿場口新五合目にある「Mt.Fuji Trail Station(略称・トレステ)」がその舞台だ。今年の7月10日から9月7日までの期間限定オープンしているエリアで、アウトドアアイテムのショップや、御殿場市観光案内所、土産店などが併設されている。富士山登山の御殿場ルートの入り口であり、周辺の原生林の中のハイキングコースに出かけるのに便利な場所だ。

富士山御殿場口新五合目にあるMt.Fuji Trail Station

その内容は、海外からの観光客向けに、トレステの「インフォメーションブース」でパスポートを提示すると、3日間無料でauの公衆無線LANサービスを利用できる「Wi2 300ワンタイム(3days)」(先着3,000人)を発行するというもの。

また、auのAndroid 搭載スマートフォン(OS4.0以上)で「記念品交換クーポン」を取得してインフォメーションブースで提示すると、先着で記念品のタオルハンカチをもらえる(8月は先着600枚、9月は先着100枚)。このタオルハンカチは、心身に障がいをもつ人たちが働く「NPO法人のぞみ作業所」が製作したものだ。クーポンは、トレステ周辺でau Wi-Fi SPOTにアクセスすると自動的に配信される。

「記念品交換クーポン」

記念品のタオルハンカチを持つ、トレステの事務局長アドバイザーの田近義博さん

このように、山麓から登山道、山頂に至るまで、快適なLTE通信が利用できるようになった富士山。山頂に設置したピコセルは、重量があるため、さすがに荷揚げ用のブルドーザーで運搬したそうだが、各登山道の山小屋に設置したレピーターやアンテナは、技術スタッフが人力で担ぎ上げたそうだ。設置工事でも、街中で使えるような機械が利用できないため、これも人力が頼り。山開き前でまだ雪も多く残る富士山での作業によって、富士山のエリア化は成し遂げられている。日本一の山に日本一のエリアを。その思いが、過酷な作業を進める原動力になったことだろう。

富士山登山をまだ未経験の方、また経験者の方も、来年は、携帯電話の電波の良さを感じながら、富士山登山にチャレンジしてみてほしい。

文・撮影:松本佳代子

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