2013/07/23
『PERFECT SYNC.』制作者インタビュー au 4G LTEがもたらす「驚き」という価値
クリエイティブディレクターの志伯健太郎氏(GLIDER、右)と、齋藤精一氏(ライゾマティクス)
6月28日から放映がはじまったテレビCM au「PERFECT SYNC. / REAL」篇。 2000人が集まるライブ会場で、ステージの音楽とビジュアルに観客のスマートフォンが光と音で一体化する、斬新な演出に衝撃を受けた人も多いのではないだろうか。このCMは、6月11日に、東京・両国の国技館で行なわれたスペシャルイベントで撮影された映像で作成されたものだ。
ライブ、CM、デジタルコンテンツ(スマートフォンアプリ)が一体となった「驚きを、常識に。」キャンペーン全体のクリエイティブディレクターの志伯健太郎氏(GLIDER)と、齋藤精一氏(ライゾマティクス)に、制作に込めた思いを語っていただいた(以下、敬称略)。
「知らない人とつながる楽しさ」というケータイの新しい価値
——1月の「FULL CONTROL TOKYO」に続いて今回の「PERFECT SYNC. LIVE」も、とてもエキサイティングなイベントでした。一連の企画は、そもそもどういう意図で提案されたのでしょうか。
志伯: 今回のキャンペーンを開始するに当たって、KDDIからは大きく2つの要望がありました。まず一つは、「KDDIのイノベーションスコアを高めたい」、すなわち「KDDIという会社自体や、auブランドは先進的」というイメージを高めたいということです。
もう一つは、少し先、つまり2年後、3年後もKDDIを使っていたいという期待感を得たいということ。通信事業者との付き合いは結婚や恋人との付き合いに似ているという話がありました。慎重に選び、また一度契約するとあまり変えたくないということです。
イノベーションスコアを高め、長い間お付き合いするのにふさわしいと思ってもらえる「将来期待型コミュニケーション」と言われるフレームが立ち上がりました。そこで注目したのが、ちょうどサービスを開始しようとしていた「au 4G LTE」でした。
技術的にみれば、「au 4G LTE」は大容量データ通信です。齋藤さんと議論していく中で、これを伝えるのに、「通信速度が何Mbpsだ」といった数字を訴えるのではなく、「大容量データ通信でしかできない、フィジカル体験を軸にしたコミュニケーション」を提示したいという方向が見えてきました。これが出発点でした。これが、イノベーションスコアのアップや、長い先まで見てお付き合いする相手にふさわしいと思ってもらえる礎を作ることにつながると考えたのです。
携帯電話って未来の象徴というか、これからを変えていくものなのに、ちょっとした寸劇のような、“作った”広告が多いことには違和感がありました。齋藤さんとは「CGや嘘はやめて、今のスマートフォンでできることをやろう」という方針を決めました。
その背景には、「スマートフォンが持っている能力はその10%しか使われていない」という話があり、残りの90%を引き出すための仕掛けを考えました。キャンペーンの構造はデジタルコンテンツ、テレビCM、イベントの三つ巴で構築し、「スマートフォンとネットワークがあれば、理論的には街のすべてをコントロールできるはず」というところから発想したのが、「FULL CONTROL TOKYO」です。
「FULL CONTROL TOKYO」では、スマートフォンで街やLIVE自体をコントロールする快感を描いたので、次は正反対のアプローチで、自分が何もしなくても誰かと同期したり、ラジオから流れてくる音楽に同期する楽しさを感じてもらおうと。ここで「SYNC」というキーワードが出てきました。
ケータイはもともと、知っている人と話すためのものでしたが、それを使って知らない人とつながることができれば、新しい価値を提案することができます。人と話すためのものだったケータイが、現在は極度にパーソナライズされているような気がします。それをもう少しパブリックに引き戻せればという思いがありました。音楽を一緒に演奏する、技術的な敷居は高いのですが、これが実現できれば、知らない人と一つになる体験を提供できるのではと考えました。そして、最初に齋藤さんと決めたとおり、「嘘やCGなしで、今のスマートフォンでできることをやる」。実際に人と人がつながって、完全共鳴できるイベントまでやる。そしてできあがったのが、「PERFECT SYNC.」です。
今まで誰も実現できなかったアイデアに挑戦
——提供されているアプリ「ODOROKI」の「PERFECT SYNC.」では、自分のスマートフォンを楽器に、さまざまなセッションが体験できるモードを用意しました。近くにいる人とそれぞれ別な楽器の音で演奏をしたり、ラジオ番組と自分のスマートフォンを同期させて曲を奏でたり、リアルイベントでは、アーティストのLIVEと来場者のスマートフォンから流れる音楽がシンクし、フラッシュや画面の色で演出に参加できるなど、会場全体が一体となる前代未聞の空間をつくりました。どのようにして、このような「SYNC」を実現したのでしょうか。
齋藤: 音楽を同期させるのは難しくて、いろいろな方法を試してみたのですが、最終的にはNTP(Network Time Protocol)という、サーバー同士で時刻の同期をとる仕組みを使いました。スマートフォンにはあらかじめアプリと曲データをダウンロードしておき、NTPでサーバーと時刻が同期していることを確認した後、いつ光らせたり音を出したりするかをアプリで制御するのが基本です。
SYNCにはいろいろな方式があります。アプリ「ODOROKI」には4つのメニューがありますが、例えばオンラインでアーティストとのセッションに参加する時には、PCとスマートフォンでNTPを使ってSYNCします。ラジオとSYNCするときには、ラジオが同期している日本標準時を提供するサーバーにスマートフォンが同期することで、ラジオの音声と同期します。ラジオに関しては、番組を放送するFM東京と何度もテストをしてシステムを組みました。イベントの当日は、会場ではNTPを使って同期しました。
オンラインでは、PCで見ているストリーミング中継にスマートフォンを同期させるのですが、ここで難しいのがストリーミングにはディレイ(遅れ)があるので、それと同期させること。オンラインのサイトでQRコードを表示して、今何を再生しているかの情報をサーバーに送り、その情報をもとにユーザーのパソコン上での再生映像とスマートフォンを同期させる方法を取りました。
——音と同期するという試みは初めてだったのでしょうか。
志伯: その点もそうですが、「FULL CONTROL TOKYO」も「PERFECT SYNC.」も、実現した仕掛けは、アイデアとしては昔からあるものです。往年のネタといえば往年のネタなのですが、やろうとしても難しいので、誰も今まで実際にはやらなかったものです。それを、今回のチームは、表現も含めて全部やりきった。非常に難しいことをユーザーから見ると「さらっと」やったのが、技術チームにとっては一番のチャレンジだったのではないかと思います。
齋藤: 企画を考えるとき志伯さんと話していたのは、デジタル性の強いものは多くの人には届かないことが多いということです。ネット上だけでやるのでは、せいぜいバナー広告で誘導するぐらいのことしかできません。今回大きかったのは、TV CMでの誘引があるところ。ふだん関心を持っていない人でも簡単に参加できるような仕組みを作るのが大きな課題で、それをやらなくてはいけないと思いました。
裏では大変複雑なことをしていても、アプリを起動してボタンを1、2個押すだけで何かが始まるというのが目的ですし、それができなくては多くの方にインタラクティブ性や技術的な不思議感を感じてもらうことはできないと思いました。イノベーションスコアを上げるためには重要なので、そこは気をつけて作りました。
——今回のイベントでは、参加者のスマートフォンから流れ出すさまざまなパートが一体となって、曲を作り上げていましたね。各パートはどのように同期しているのでしょうか。
齋藤: 先ほどお話した回線の違いによる遅延に加えて、端末による遅延もあります。できるだけ最新の端末に合わせて作っていたのですが、古い端末だとどうしても処理が遅れますので。こうした遅延は、音の作り方として、少々遅れてもそれが「味」になるような作りこみをしました。
会場で最初に流したベートーベンの「第五」は、オリジナルセッションの音源を使っていたのですが、あえてリズムが目立つ音源で、遅延を感じるようなものを選びました。というのは、事前に「2000人のスマートフォンから音が流れる」という状況は検証できませんので、ライブの前に、どのくらいの遅延があるか、どんな音像ができるのかを試したかったというのがあります。
「PERFECT SYNC.」のライブも、前回の「FULL CONTROL TOKYO」のライブも、使った技術は新しいエンターテインメントの方法だと思っています。この方式は通常のライブにも転用できるようになっているので、1年後か2年後には、入口でLEDのついたリストバンドを渡すのではなくて、手持ちのスマートフォンで参加するライブが実現するかもしれない。非常にイノベーティブだと思います。
「バラバラなものが最後に一つになる」演出が示唆するもの
席ごとのシリアルナンバーをアプリに入力することで、会場内の位置を特定し、スマートフォンから出る光や音がコントロールされる
——会場では「アプリにシリアル番号を入力してください」という指示がありましたが、あれはどのように使われていたのでしょうか。
齋藤: 土俵がある部分をステージにして、それを取り囲むように座席を配置しましたが、会場内を16分割して、音と光の演出ができるようにしていました。分割するよりも同じものを出す方が楽なんですが、全員が同じ音を出すよりもバラバラの音を出して呼応したり、中心から外へ広がるパターンといった演出もできるということで、来場者の参加感を高めることにつながると思い分割しました。パターンファイルは楽曲ファイルと一緒にダウンロードしてもらって、画面のフラッシュするタイミングや色もコントロールしています。
最初はバラバラに光っているものが、最後に1つになることで、「パーソナルなデバイスがパブリックになる」「知らない人と一体になる、つながる」というメッセージを込めています。
——「ケータイ」という通信機器のあり方を考え直させる意図があったんでしょうか。
齋藤: 今の人間同士のコミュニケーションには口頭、電話、LINE、SNS、Twitter、メールなどがありますが、現実の自分とオンラインの自分みたいなものがたぶんあるんだと思います。「人がオンラインの自分のままで、現実に知り合えるような場所」が作りたいと思ったのかな。たとえばカフェで自分が知っている人が誰もいなくても、スマートフォンから音が出てきて、店内にいる人とセッションしたら、終わった後で挨拶ぐらいはしますよね。そういうゆるいコミュニケーションができればいいと思って、最初は作っていました。
——人と人のコミュニケーションをフィジカルに戻したい、という気分はありましたか?
志伯: 印象を残したいという目的があって、人の記憶に残すにはやはり身体を動かすのが一番というのがベースにありました。ライブに来た人は一生auのことは忘れないでしょう。コミュニケーションの強度を強くするには、眼だけじゃなくて身体も動かしたほうがいいという動物的な話です。
ライブに登場したFLOWER FLOWER。2012年に活動を停止したシンガーソングライターのYUIが、リスペクトしているミュージシャンに声をかけ、結成されたバンドだ。この日はCMでも使われた新曲「月」をはじめ9曲を演奏した
スマートフォンが発する光が、星のまたたきのように見える。2000人のスマートフォンが参加するライブは、リハーサルのできないまさに一期一会のステージだ
「リハーサルができない」
超参加型ライブ
——ライブでは、ステージを360度囲むようにホログラフィックスクリーンを配置して、FLOWER FLOWERのメンバーとホログラフィックが一体化する、非常に不思議なステージになっていましたね。
齋藤: 4面ホログラフィックをあの規模でやったのは、きっと日本初です。観客から見て演者の前に、音と同期した映像的な演出が入ることが必要で、、音のフィードバックでビジュアルが変化するといった演出を重要視しました。
映像の送り出しはVJ方式で、音のフィードバックをもらいながらビジュアルをその場で作っています。リハーサルの時とは音数やボリュームも違いますから、それを現場で見ながら、ボリュームや周波数をどのくらいで拾うかを考えながら映像を変えていきました。音によって映像のパターンを増やしたり、CGで作成したパターンの色味を照明に合わせて変えるといった変更も現場で行なっています。
会場内やネットワークでつながったアプリから送られた参加者のアイコンがホログラフィックで流れるように表示され、最後には「PERFECT SYNC.」の文字を形作った
ライブの最後で、観客が手元のスマートフォンから送信した自分のアイコン画像が集まって「PERFECT SYNC.」という文字になって表示されるという演出も、どのくらいの数のアイコンが集まるかは当日になるまで分かりません。
音を観客全員で出すことも含めて、リハーサルができない、観客も含めて全員が会場にいてはじめて作れたステージでした。もっとも、機材自体はとてもシンプルで、そこがうちの強みでもあります。
——当日はどのくらいのスタッフがかかわっていたのでしょう。
齋藤: オペ卓(オペレーション用の器材を操作する場所)にいただけで30人ぐらい、運営まで入れると100人ぐらいでしょうか。かなり多かったと思います。
——イベント参加者からはどのような反響があったのでしょうか。
齋藤: 会場に集まったのが約2000人、オンラインでも多くの方にご参加いただきました。参加者の方からは、FLOWER FLOWERのファンの方やYUIさんのファンの方からライブが見られてうれしいという声以外にも、これまで見たことのないライブ演出に参加して、CMに参加できて楽しかった、という声がありました。
志伯: 私はこのスタイルを「超参加型ライブ」と言っています。よく「自分ごと化」というキーワードがあるんですがイベントはその究極なんです。私は街づくりにもかかわっているのですが、日本中の市町村が、住民に自分たちの街のことを「自分ごと化」させたくて、でもできていない。「自分ごと化」するためには、外部から有名な人を引っ張ってきてプロデューサーに据えてもだめで、参加してもらうこと、プロセスを開示してそこにエンターテインメントをもたらすことが重要です。
——今回の演出でここが見どころだった、というのはどこでしょう。
志伯: ライブの最初の“つかみ”で、YUIさんが出てきてふっと消えていくところで「何だこれは!」という驚きをもってもらって、その後の演出につなげていく、あれはなかなか見られないと思います。ホログラフィックを使った演出で、透過して見えるのがとても不思議な感覚なのですが、CMにするとふつうのCGのように見えてしまうのが悩みです。会場にいなかった方には、メイキング映像を見せてはじめて「すごい」ことに気づいてもらえる、というのは前回(FULL CONTROL TOKYO)もありました。
志伯: 本当は長期間、いつでも見に行けるものがあるといいんですよね。どこかに一定の期間中常設して、そこに行けばもっと深い体験ができるような、今まで広告ではあまりなかったワークショップ的な手法も行なってみたいと思っています。
ホログラフィックで映し出されたYUI。幻のように消えた瞬間、会場からどよめきが起こった。これだけ大規模な4面ホログラフィでの演出は国内初。4面別々のパターンが投影されているため、人によって見えている演出は異なっている
音楽とステージに投影されるホログラフィックに合わせて、客席のスマートフォンがさまざまなパターンで光や音を出す
分かりやすく美しく「驚き」を伝える
——「すごい」という感想を引き出す技術についてはどうお考えですか。
齋藤: 高度な技術ってもったいないなと思うことが多くて、“テッキー”なものは、少し表現を変えることで“ハネる”と思うんですよ。大学など、先端で研究者がやっていることは高度なのですが、難しいままで終わってしまいます。広告のいいところは、そこにカバーをかけて、分かりやすく、美しく人に伝えてあげることができるところです。どういう絵と言葉でお客さんをエンタメしていくか、ということが、広告にはできます。
今、学校でも教えているのですが、学生たちは入口を作ってあげれば、テッキーなものに抵抗なく入ってきます。前回の「FULL CONTROL TOKYO」でも、きゃりーぱみゅぱみゅを入口にすれば「なんだかわかんないけどすごい」「auってかっこいい」とか反応してくれるんですね。
もちろん若い人だけではなくて、老若男女、都会の人にも地方の人にも伝えていきたい。アプリをダウンロードする人、イベントに来る人、中継で見る人、テレビでかっこいいと思う人、いろんな段階で楽しんでもらえるような表現やコンテンツを作っていきたいと思います。
志伯: 便利なものだけが流行るとは私は思っていなくて、面白いとか、きれいとか、そういうものを描いてあげるのが、このシリーズ「驚きを、常識に。」の役割だと思います。
——「驚き」というキーワードも志伯さんの提案だと聞いていますが、最後に、そこに込めた思いについてお聞かせください。
志伯: 「時代を変えてきた発明品には、常に驚きがあった」というのがはじまりです。たとえば蒸気機関車とか、カラーテレビのような、時代を変えた発明品というのは、人々が熱狂とともに受け入れて、あっという間にスタンダードになっています。au 4G LTEも、それらと肩を並べるものにしたいと思っています。
そこで問題になるのは細かいスペックではなく、提供する価値は「驚き」だろうと。英語で言うと"WOW" なんですが、WOWがないとダメなんだ、WOWを描いていこうと。ですからサイトも「ODOROKI」ですし、アプリの名前も「ODOROKI」。インテグレーテッドキャンペーンとして、さまざまなメディアを横断しながら「驚き」という言葉に統合していこうという企画です。今となっては大事な言葉です。
取材・構成: 板垣朝子(WirelessWire News)
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