2014/08/08
デジタルの世界にファッションを持ち込む ~アンジェラ・アーレンツ~
アンジェラ・アーレンツ/Apple 上級副社長
【何をした人?】 老舗ブランドの「バーバリー」を復活させた
【何ですごいの?】 ファッションとデジタルの融合を実現
【今は何をしているの?】 アップルの上級副社長に起用された
イギリスの老舗ファッションブランド「バーバリー」。トレードマークである「バーバリーチェック」を筆頭にブームを起こしたが、次第に勢いをなくし、2000年代にはすっかり時代遅れのブランドと見なされていた。それを立て直したのが、CEOとして就任したアンジェラ・アーレンツ。彼女が積極的に推し進めた打開策が、徹底したデジタルの活用だった。
* * *
先日、アップルの小売り・オンラインストア担当の上級副社長に正式に就任したアーレンツ。ファッションブランドからIT業界への異例ともいえる移籍劇は、彼女がバーバリーで成し遂げたことのインパクトの大きさを物語っている。
バーバリーは、1856年にイギリスで創業した歴史あるブランドだ。特にトレンチコートは有名で、「バーバリーといえばトレンチコート」という印象を持っている人も多いだろう。
しかし、アーレンツが就任した2006年には、この老舗ブランドはH&Mなどファストファッションの台頭に押され、世界的に業績が低迷していた。伝統を重んじる企業文化が裏目に出て、ファッション好きの人々から「時代遅れ」と見なされていたのである。
彼女はこの状況を打開するために就任した。そこで求められていたのは、これまでに築いてきた伝統を守りつつも、バーバリーというブランドに固定概念を抱いていない若年層に響くマーケティングを行うことだった。バーバリーの歴史を知らない若者たちであれば、従来のイメージにとらわれず、商品やブランドの"カッコ良さ"だけをシンプルに評価してくれると考えたのだ。
当時の心境を、アーレンツは『Forbes』が行ったインタビューでこう語っている。
「私が就任したとき、誰も私たちに注目していませんでした。会社は順調とはいえませんでしたし、私たちが戦う相手は、巨大なコングロマリットでした。言ってみれば私たちは勝ち目の見えない『負け組』だったわけです。そこで、こう考えたのです。彼ら『勝ち組』にはない何かで勝負しようと。ほかのラグジュアリーブランドは、1990年代以降生まれの世代をターゲットとして設定することはしていませんでした。ならば、そこを狙おうと考えたのです」
この難しい課題をクリアするため、アーレンツはひとつの決断を下す。それは「デジタルファースト」という施策だった。
まず、SNSなどを活用して情報発信を積極的に行った。これまで業界関係者やセレブしか見ることのできなかったファッションショーのオンライン中継も実施し、世界中の誰でもリアルタイムで視聴ができるようになった。
さらに象徴的だったのは、ブランドのアイコンともいえるトレンチコートを、ネット上で自由にカスタマイズできるようにしたことだ。この「バーバリー・ビスポーク」は、色や形といったコートの基本デザインから、ボタン、カフス、ベルト、ファーの有無までオンラインで選ぶことができ、その種類は約1,200万通りにも及ぶ。もちろん、ネット通販なので世界中から注文が可能だ。
こうした施策を支えるために、アーレンツは商品生産から配送までのシステムの全面的な見直しも進めた。ファッションショーでモデルが身に着けた商品は、通常、店頭に並ぶまでに半年ほどの時間が必要だ。しかし、バーバリーではショーの終了とともにオンラインストアで注文の受け付けが始まる。そして、わずか6週間ほどで手元に届く。
ファッションショーで最高の商品をネット中継しても、オンラインの世界ではすぐに注文できないと「欲しい」という気持ちを取りこぼしてしまう――。それを防ぐために、高級ブランドではあり得ないサイクルでの商品提供をアーレンツは実現した。まさに「デジタルファースト」なブランドにバーバリーは変貌したのだ。
こうした挑戦は大きな成功を収めた。2013年には、米ビジネスメディア『FAST COMPANY』が発表した「もっともイノベイティブな企業ランキング」で、ナイキに次ぐ2位にランクイン。老舗ブランドがITベンチャーのような「イノベイティブな企業」として評価された。
ほかの高級ブランドに先駆けてデジタル活用を推し進めた結果、新興市場の開拓にもいち早く成功。特に、中国や中南米では「新鮮なブランド」として受け止められ、大きく売り上げを伸ばしたのだ。アーレンツ在任中の7年間で、市場価値が33億500万ドルから111億8,000万ドルと3倍以上になったことにも、その成果は表れている。
そんなアーレンツは現在、同社のCEOを辞してアップルに移籍している。「中国市場を開拓した経営手腕が評価された」とのことだが、移籍の理由はそれだけではない。
アップルはこれから、「iWatch」などウエアラブル端末の世界に本格的に進出していく。しかし、常に身に着ける"ウエアラブル"は、そもそも商品自体がカッコ良くないと、機能がどんなに魅力的でも購入してもらえない。
つまり、これからのアップルに必要なのは、「デジタル×ファッション」のエキスパートなのだ。それを実現する上で最適な人物は、世界中でもアーレンツ以外にいないだろう。ファッションの世界にデジタルを持ち込んだ彼女は、今後はデジタルの世界にファッションを持ち込もうとしているのだ。
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先日、アップルの小売り・オンラインストア担当の上級副社長に正式に就任したアーレンツ。ファッションブランドからIT業界への異例ともいえる移籍劇は、彼女がバーバリーで成し遂げたことのインパクトの大きさを物語っている。
バーバリーは、1856年にイギリスで創業した歴史あるブランドだ。特にトレンチコートは有名で、「バーバリーといえばトレンチコート」という印象を持っている人も多いだろう。
しかし、アーレンツが就任した2006年には、この老舗ブランドはH&Mなどファストファッションの台頭に押され、世界的に業績が低迷していた。伝統を重んじる企業文化が裏目に出て、ファッション好きの人々から「時代遅れ」と見なされていたのである。
彼女はこの状況を打開するために就任した。そこで求められていたのは、これまでに築いてきた伝統を守りつつも、バーバリーというブランドに固定概念を抱いていない若年層に響くマーケティングを行うことだった。バーバリーの歴史を知らない若者たちであれば、従来のイメージにとらわれず、商品やブランドの"カッコ良さ"だけをシンプルに評価してくれると考えたのだ。
当時の心境を、アーレンツは『Forbes』が行ったインタビューでこう語っている。
「私が就任したとき、誰も私たちに注目していませんでした。会社は順調とはいえませんでしたし、私たちが戦う相手は、巨大なコングロマリットでした。言ってみれば私たちは勝ち目の見えない『負け組』だったわけです。そこで、こう考えたのです。彼ら『勝ち組』にはない何かで勝負しようと。ほかのラグジュアリーブランドは、1990年代以降生まれの世代をターゲットとして設定することはしていませんでした。ならば、そこを狙おうと考えたのです」
この難しい課題をクリアするため、アーレンツはひとつの決断を下す。それは「デジタルファースト」という施策だった。
まず、SNSなどを活用して情報発信を積極的に行った。これまで業界関係者やセレブしか見ることのできなかったファッションショーのオンライン中継も実施し、世界中の誰でもリアルタイムで視聴ができるようになった。
さらに象徴的だったのは、ブランドのアイコンともいえるトレンチコートを、ネット上で自由にカスタマイズできるようにしたことだ。この「バーバリー・ビスポーク」は、色や形といったコートの基本デザインから、ボタン、カフス、ベルト、ファーの有無までオンラインで選ぶことができ、その種類は約1,200万通りにも及ぶ。もちろん、ネット通販なので世界中から注文が可能だ。
こうした施策を支えるために、アーレンツは商品生産から配送までのシステムの全面的な見直しも進めた。ファッションショーでモデルが身に着けた商品は、通常、店頭に並ぶまでに半年ほどの時間が必要だ。しかし、バーバリーではショーの終了とともにオンラインストアで注文の受け付けが始まる。そして、わずか6週間ほどで手元に届く。
ファッションショーで最高の商品をネット中継しても、オンラインの世界ではすぐに注文できないと「欲しい」という気持ちを取りこぼしてしまう――。それを防ぐために、高級ブランドではあり得ないサイクルでの商品提供をアーレンツは実現した。まさに「デジタルファースト」なブランドにバーバリーは変貌したのだ。
こうした挑戦は大きな成功を収めた。2013年には、米ビジネスメディア『FAST COMPANY』が発表した「もっともイノベイティブな企業ランキング」で、ナイキに次ぐ2位にランクイン。老舗ブランドがITベンチャーのような「イノベイティブな企業」として評価された。
ほかの高級ブランドに先駆けてデジタル活用を推し進めた結果、新興市場の開拓にもいち早く成功。特に、中国や中南米では「新鮮なブランド」として受け止められ、大きく売り上げを伸ばしたのだ。アーレンツ在任中の7年間で、市場価値が33億500万ドルから111億8,000万ドルと3倍以上になったことにも、その成果は表れている。
そんなアーレンツは現在、同社のCEOを辞してアップルに移籍している。「中国市場を開拓した経営手腕が評価された」とのことだが、移籍の理由はそれだけではない。
アップルはこれから、「iWatch」などウエアラブル端末の世界に本格的に進出していく。しかし、常に身に着ける"ウエアラブル"は、そもそも商品自体がカッコ良くないと、機能がどんなに魅力的でも購入してもらえない。
つまり、これからのアップルに必要なのは、「デジタル×ファッション」のエキスパートなのだ。それを実現する上で最適な人物は、世界中でもアーレンツ以外にいないだろう。ファッションの世界にデジタルを持ち込んだ彼女は、今後はデジタルの世界にファッションを持ち込もうとしているのだ。
文:小山田裕哉