2014/06/10

シリコンバレーで起業したワーキングマザー2 女性の再就職支援サイトを開設

Startup-Pairup

子育てなどのためにキャリアを中断した女性とスタートアップ企業を結びつけるサイトを開設したファラ・チャドウィックさん

子育てや家族の介護のためにキャリアを一度手放した女性たちが、再び企業で働くために就職活動をしてみると、ブランクゆえに苦戦を強いられることが多い。チャンスの宝庫のはずのシリコンバレーでもそれは同じだ。スタンフォード大学を卒業したばかりの20代の若者と競って職を得ようとするには、子育て中で、自由になる時間が限られる女性たちは圧倒的に不利だ。そんな自身の再就職活動体験を通して、もう一度働きたい女性たちとスタートアップ企業を結びつける人材バンク的なサイトを立ち上げたワーキングマザーがいる。

「ここシリコンバレーでも、子育てなどでキャリアを一時中断すると、再就職する時、たとえフルタイムで働けても、昔の現役時代よりも低い地位で、安い賃金の仕事に甘んじなければならないのが現実なんです。ましてやパートタイムやフレキシブルな勤務時間を希望するとなると、仕事を見つけるのはもっと難しくなります」

13歳の娘と10歳の息子の母であるファラ・チャドウィックさんはそう語る。彼女自身、2000年に長女が生まれるまでは、シスコなどの大手IT企業のエンジニアたちを教育するテクニカルトレーニング専門の講師をしていた。

コミュニティカレッジでの専攻はコンピュータサイエンス。アップルなどでインターン経験を積んだ後、学位を取る前に、後にIBMに買収されることになるAtria Softwareから早々に内定をもらった。その後は、エンジニア向けのトレーニングに特化した会社を設立して独立。オラクルなどシリコンバレーの大企業から講師として招かれ、自力で家も買った。結婚後も妊娠9カ月までフルタイムで働いたが、長女の出産を機に家庭に入り、その後長男を出産。

約12年のブランクの後、再び外に働きに出ようと決意し、求人情報を見て、愕然とする。

「まだ子どもを車で学校に送り迎えしなければならない身なので、できれば時間に余裕のある仕事がしたい。夜は子どもたちのためにも家に居たいんです。でも、そんなフレキシブルな働き方が許される職場はほとんど見つかりません」

経済的に今すぐフルタイムで働かなければならない状況にあれば、えり好みはできず、とにかく仕事と収入を得ることが最優先だが、チャドウィックさんの場合は、夫がIT企業の財務担当責任者で、経済的には困っていない状況だった。つまり、やりがいがあり、フレキシブルな時間で働ける仕事を探すというぜいたくな就職活動が許される身でもあったわけだ。

子育て中もビジネスやIT市場の動向が気になり、日頃からビジネス誌を愛読していた。ある日、ブルーシードというスタートアップ企業の記事を読み、その経営に興味を持つ。すぐに会社にメールを送り、CFO(財務担当責任者)とのミーティングを取り付けた。

週3日なら何とか働けること、過去にエンジニアを教える講師を務めていたことを伝えると、相手はこう言った。

「じゃ、無給で働いてもらえますかね?」

一瞬、言葉に詰まった。過去に会社まで興した自分が、自分より若いCEOの下で無給で働くのか。

10秒間の沈黙の後、決断した。「やらせてください」と答えた。

「無給と言われた瞬間、そこまでして働きたいのかと自問自答しました。答えはイエスでした。新しいことを学びたかった。外の世界で役立ちたかった。そして、何より、朝、口紅をつけて、さっそうと出勤したかったんです」

それから5カ月間、CEOの鞄持ちから始まり、あらゆる雑用を担当し、投資家とのミーティング、商品開発、情報管理、マーケティングなど何でもこなした。

「タダ働きということは、会社は私に期待していないということ。つまりプレッシャーはゼロ。だからこそ地道に努力したかったんです」

そこで、スタートアップ企業とはどういうものかを肌で学んだ。

オフィス賃料を節約するため、アパートの一室をオフィスにすることが多いこと。CEOは20代が当たり前の若い人たちであること。会社には誰もスーツを着てこないこと。どんな備品を買うのにも必ず割引クーポンを探すこと。有能な人材は喉から手が出るほど欲しいが、高給は払えないこと。

無給労働を5カ月間続けると、会社側からストックオプションの提示があり、正社員として働いてほしいというオファーを受けた。

嬉しかったし、心も動いたが、自分と同じように再就職に苦労している女性たちとスタートアップ企業を結びつける事業を立ち上げられるのではと思い、それを形にしてみたかった。オファーを断り、2012年の10月に、自分の貯金で「Startup-Pairup」という名のサイトを立ち上げた。

サイトの機能はごくシンプルだ。仕事が欲しい女性たちが無料で登録して履歴書をアップし、人材を探しているスタートアップ企業は、募集中のポジションと欲しい人材の概要をサイトにアップする。両者をうまくマッチングさせるのが目的だ。

フレキシブルな労働時間で働きたい女性側のスキルと経験、働きたい理由を重視するため、登録希望の女性には、チャドウィックさんがスカイプを通し、または実際に会って一人一人面接している。大手の人材バンクにはない手作り感が売りでもある。

「スタートアップ企業にとって、30代、40代、50代のパートタイム希望の女性たちは、まだ発掘されてない宝みたいなもの。かつてシリコンバレーの大企業や金融業界などで働いていた経験がある彼女たちは、十分なスキルを持ち、フレキシブルな勤務時間を要求する代わり、フルタイムより安い賃金で働いてくれます。プロジェクトベースでも契約可能なので、短期のみ必要な場合でもOKです」

現在、登録している女性たちは16人ほど。大手IT企業でマーケティング担当やプロダクトマネージャーだった人もいるという。

登録したいけれど、ブランクが10年などと長く、履歴書の書き方も忘れてしまったという応募者にはレジュメ指導も行っている。

「自分の本質を表すシンプルで正直な言葉で書いていない履歴書は、スタートアップ企業には向きません。巷のレジュメ専門ライターに添削してもらえば、過去の経歴はきらびやかに見えます。でもスタートアップ企業には、そんなメッキはかえって逆効果なんです」

シリコンバレーは、ある意味ギーク大国だ。エンジニアやプログラマーなどと若い頃から共に働き、プライベートでも一緒に過ごしてきたチャドウィックさんには、彼らの思考回路は手に取るように分かるという。

「あなたにはいま、何ができるか、あなたの頭の中には何が詰まっているか、相手が知りたいのはそれだけです。どんな洋服を着ていようと関係ない。サイエンスフィクションが大好きで、エスニックフードも好き。情熱はあるが大企業勤務の経験はほとんどない、そんなCEOたちと働くには、大企業に就職するのとは違ったマインドが必要なんです」

将来、人材登録者の数が30〜40人を超えたら、本格的にマッチングを開始し、登録メンバーからは登録料を徴収する予定。登録者はシリコンバレー在住者に限らず、世界中に広げたいという。プロジェクトの多くは、シリコンバレーにいなくてもできるアウトソース可能な仕事だからだ。現在、趣旨に賛同した6人のボランティアの女性たちが、無給でチャドウィックさんの活動をサポートしている。

サイトを立ち上げてから、シリコンバレーで開催されるカンファレンスに行くと、「私のレジュメも見てくれますか?」と、見知らぬ女性から履歴書を手渡されることが多くなった。自分が働くことで、13歳の娘に、何かポジティブな影響を与えられたら、とも願っている。

チャドウィックさんは、10歳の時、インドから家族でシリコンバレーに移民してきた。ABCすらも知らず、英語も全く話せなかったが、いきなり小学校に入れられた。彼女にとっては、6人の子どもを抱え、異国で子育てに一生懸命だった母親の姿がいまでも一番大きなロールモデルだ。13歳といえば、英語を覚えたてで、必死だったころだ。

再び働き出してから、近所のママ友から「いいわね。生き生きしてて。あなたは、また世の中に必要とされる大切な人に返り咲いたのね」と言われた。ちょっぴり羨望が混じったその言葉を聞くたびに、現在、家庭に埋もれている女性たちが、その才能を思う存分発揮できる場所を作りたいと奮起させられるという。

「みんなが大切な人なのだ、と思える社会を作りたい。そのためにも、女性の人材コミュニティを作ることが第一歩と思ってます」

著者:長野 美穂(ながの・みほ)

ジャーナリスト。早稲田大学卒業。出版社勤務を経て渡米、ノースウェスタン大学大学院でジャーナリズムを専攻。ロサンゼルスの新聞社で記者を務めた後、フリーのジャーナリストとして活動。