2014/06/06

シリコンバレーで起業したワーキングマザー1 子育て支援アプリを開発

KangaDo

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自らの体験から子育て支援アプリを開発したサラ・シェアさん

子育てで奮闘した経験が、自ら起業するアイデアのネタ元になったというシリコンバレーの女性CEOがいる。忙しいワーキングマザーとして「こんなサービスがあったら」と願い、子育てをする両親を支援するアプリ「KangaDo」を開発したDoLightful Inc.のCEO、サラ・シェアさんだ。

「難問にぶつかると、どんな解決策をひねり出せるか自分で考えるのが何より好き」と言うシェアさん。10年以上、競争の激しいスタートアップ業界で第一線を走ってきた彼女が、子育てでぶち当たった「難問」とは? そしてそこから起業を成し遂げた秘訣とは?

「子育てをやってみて、一番困ったのは、午後3時までに保育園に子どもを迎えにいかなければならない時に、会議が立て込んで社内から一歩も出られないことでした。そんな時に限って、誰かにお迎えを頼もうにも、誰もつかまらなくてピンチで」

現在、8歳と11歳の息子たちの母親であるシェアさんは、子どもたちが小さい頃から「スナップフィッシュ」というフォトシェアリングササイトでキャリアを積んでいた。

2000年、スナップフィッシュが小さなスタートアップ企業だった立ち上げ時からチームに加わり、同社が2005年にヒューレットパッカード(HP)に買収され、その後グローバル企業となった頃には、プロダクトマネジメントのシニアディレクターの重責を担っていた。アメリカ国内だけでなく、インド市場の責任者でもあったため、北米の夕方過ぎ、つまり、アジアが朝になる頃が、忙しさのピークだった。

そんな時間に、そっと職場を抜け出して、保育園に子どもを迎えに行き、また仕事に戻る、というのは、ほぼ不可能に近い。綱渡り的に1度や2度はできたとしても、そう何度も職場を抜け出せない。

ベビーシッターの都合がつけばいいが、それができない緊急時もある。そんな時は、地域のママ仲間たちにピンチヒッターとして、お迎えを頼まざるを得なかった。

「急で本当に悪いけど、今日、息子を迎えに行ってくれない?」

近所のママ仲間数人にメールやテキストを送り、Facebookにもお願いのメッセージを載せた。だが、相手がメールやテキストを開いた時には、すでにお迎えの時間が迫っていることが多く、複数のメールを送ってひとつひとつの返信を待つのは、会議に忙殺されている身には手間がかかり過ぎた。電話をして友人の留守電にメッセージを残しても、相手が録音されたメッセージに気づくまでの時間差がやはりネックだった。Facebookに掲載したお願いメッセージの返事は、翌日にならないと返ってこなかった。Twitterでは世界中に自分の息子の居場所が知れてしまうので、プライバシーの面でどうしても無理だ。

「一体、どうしたら忙しいママ仲間たちと即時に連絡が取れ、お互いの緊急お迎えニーズを満たして助け合うことができるんだろう」

シェアさんは、いくつかある子育て支援のスマホ用アプリを見つけて使ってみたが、どのサービスも即効性や使い勝手の点でワーキングペアレントが満足できるものではなかったと言う。

緊急お迎えニーズ以外にも、子どもたちが集まって遊ぶ「プレイデート」の日程調整や、子どものサッカーの練習の送迎などにクルマを出す順番を決めるカープールの当番の調整など、仲間の親たちとの連絡事は多い。そんな時、親たちがお互いの都合を即時に知らせ合う簡単な手段があればいいのに、と思った。

「無いのなら、いっそのこと、自分で作ったらどうだろう?」

ふと、そんな考えがよぎった。

昔から、問題が解決困難であればあるほど燃えるタイプだった。また、リスクを取って新しいことにチャレンジするのも実は得意だ。スタンフォード大学を卒業してから、フランスのビジネススクールでMBAを取り、アクセンチュアでコンサルタントとして働いた後、スナップフィッシュで、スタートアップの誕生から大企業に買収されるまでのサイクルをすべて体験してきた。自分の履歴書に足りないのは、起業の経験だけだ。

よし、やってみよう。

そう決断したシェアさんは、スナップフィッシュで最も優秀だったエンジニアの男性を引き抜き、共同で2012年に正式にDoLightfulを立ち上げ、CEOになった。

「子どもが2人もいるのに、給料もいい、安定した会社を辞めちゃって大丈夫なのか?」と心配する親戚や知り合いもいた。開業資金はこれまで蓄えた自分の貯金のみ。外部の投資家にはあえて頼らなかった。

まず始めに、ママ仲間や知り合いを通じて「今、何に困っているのか」の徹底聞き取り調査を行った。出てきた本音は、なるほど、とうなづけるものばかりだった。

「子どものお迎えを誰かに頼みたいときもあるけど、本当に信用できる人を探すのが実は難しいの」
「いつも同じ人にお迎えをお願いしてしまい、悪いと思っている。でもほかに頼める人がいない」
「予定をどうしてもドタキャンしなければいけない時に、すぐママ仲間に連絡が取れるといいんだけど」
「他の家の子どもたちとのプレイデートを設定するためのメールのやりとりが面倒で、やめてしまった」
「フェイスブックで誰かにお迎えを頼むと、子どものプライバシーが公開されているような気がして心配」

この人ならと信頼でき、安心して頼める気心知れた近所のママ仲間と、近所だが、それほどよく知らないママたちをどうつないでネットワークを作るか。また、メールで誰かに頼むときのように罪悪感を感じずに済み、一度に多くの人に瞬時にリクエストを送って双方向でやりとりするにはどうしたらいいか。そんな数々のハードルを考慮しながら、起業する少し前の2011年からはアプリのベータ版を作成し、テストを重ねた。

そして2012年に公開したスマートフォン用のアプリ「KangaDo」は、子どものお迎えなどを含む「チャイルドケア」、そして「カープール」、さらに「その他のお願い」の3つを基本機能として、親たちがお互いのリクエスト事項を瞬時に共有できる画面にした。

子どもの名前で、お迎えが何時にどこからどこまで必要かを登録すると、それを見て手助けできる人が「受けます」のボタンを押し、約束が成立する仕組みだ。もし一度受けた案件をキャンセルしなければならない場合も、キャンセルのボタンを押すだけででき、キャンセルした履歴が「アラート」としてすぐメンバーに表示される。それを見た別のママ仲間が「じゃ、私がかわりに迎えに行ってあげる」とすぐに飛び入りできる仕組みだ。

アプリは、iPhoneおよびAndroid用で無料。仲間を誘える機能つきで、メンバーのアイコンには各自の顔写真が出るので、スマホ上ですぐに認識しやすい。直接知らない登録メンバーたちも、本人の了解があれば、近所に済む30人ほどが表示され、その中から知り合いを増やすことも可能だ。また、反対に、決まった固定メンバーだけでクローズドなグループを作ることも可能で、そのグループの構成員が誰かはグループ員以外には分からないようになっている。お迎えリクエストを誰に対して表示するか、その対象者はユーザーが自由に選べるため、いつも同じ人に頼む気まずさも解消しやすい。

自分の当日の予定が自動的に表示される「リマインダー」という機能もあえてつけた。

「例えば、仲間の子どものお迎えを誰かに頼まれたとして、それを忘れると大変なことになります。頼まれた人が予定を忘れて、子どもが学校で待たされたということも実際に結構あるんです」と、シェアさん。 

子どものお迎えを誰かに頼む。一見簡単なことのようだが、金銭のやりとりが発生しない無償の親切行為だけに、やはり他人に頼みづらいと遠慮するママたちは多い。いつも助ける側に回る人と、お願いばかりする人の格差も不公平感を生む。そんな心理的な垣根を最小限にすべく、「お互いさま」の親切行為を仲間内で可視化し、あるメンバーがこれまで何度仲間を助けたか、アプリ上で数字で見えるようにした。

いつもカープールをする仲間とは、ママ友を超えて、個人的な友人になれるチャンスも多い。そんな時、シェアさんは自宅でバーベキューをし、ママたちを招待する。

「もちろん、余裕を持って準備する時間なんてないから、『明日バーベキューやるけど、来られる人、来て!』と、直前ギリギリにこのアプリでメッセージ送るだけですけど」

スナップフィッシュ時代のオフィス勤務と違い、起業してからはホームオフィスで仕事をするシェアさん。11歳の長男、ジュリアン君は、母親が、毎日アプリをテストしたり、技術者やデザイナーらとミーティングして、CEOとして試行錯誤する過程を側でじっと見ていた。

そしてある日、ジュリアンくん自身も起業してしまった。

カラフルな折り紙で箱を作って、それを小学校のクラスメートに売るビジネスを立ち上げたのだ。手先の器用な友人らを社員として雇い、カスタムメイドの箱を作成しながら、クラス内で注文を取り、エクセルで注文管理し、利益も上げていたという。

ジュリアン君の折り紙箱はデザインが人気で売り切れになることも多く、学校内で評判になった。それがついに先生に見つかり、親のシェアさんに呼び出しの連絡が入った。

「先生から『学校で商売してはいけない』と注意されるまで、息子がビジネスしているなんて全く知りませんでした。私の事業が利益を上げる前に、息子はもう売り上げをきちんと出して従業員たちに支払いもしていたんです。これには私も、うちのエンジニアも驚きましたね」

起業家のDNAが息子に受け継がれていたのを見て、シェアさんは先生に謝りながらも、内心にっこりせざるを得なかったという。

KangaDoアプリのダウンロード数は数千を超えた。チャット機能や写真添付機能、ロケーション機能なども付け、改良を重ねている。

無料アプリだけに、まだビジネス自体、利益は生んでいないが、将来はベビーシッターや親向けのビジネスとの連携も取り込んで、利益を生むシステムを構築していく予定だ。

「子育てには、多くの親が多くの子どもを温かく見守る『村』みたいな環境が一番だと誰かに言われたんです。本当にそうだなと。自分が作りたかったのもそんな『村』みたいなコミュニティーを作る手助けをするツールなんです。これまでいろんなキャリア経験をしてきましたが、起業してからが一番ハッピーです」

シェアさんが起業をする上で、最大の理解者はシェアさんの母親だったという。

「私が子育てに奮闘しているのを母はずっと見てきただけに、起業すると言ったときも、全く反対せず、迷わず応援してくれました」

シリコンバレーのベテラン、シェアさんから、起業家になりたい人へのメッセージはこれだ。

「起業は子育てと似ているかも。感情も時間もお金もみんなつぎ込んで、結果がどうなるか、予測がつかない。だからこそ、面白い」

また、彼女はこうも言う。

「起業したいなら、やりたいことを紙に書いておくこと。いますぐ実現しないかもしれないけど、いつかタイミングが合った時に実現させると、まず、自分を信じること。女性の場合は、まだまだシリコンバレーでも起業家の数は少ないけれど、ネットで起業家の支援団体を探せば結構あるし、積極的に参加していくと、世界が広がるはずです」

著者:長野 美穂(ながの・みほ)

ジャーナリスト。早稲田大学卒業。出版社勤務を経て渡米、ノースウェスタン大学大学院でジャーナリズムを専攻。ロサンゼルスの新聞社で記者を務めた後、フリーのジャーナリストとして活動。