2015/06/15
【基地局探訪記 その5】名古屋駅を狙い撃ちする『バズーカ』の威力
スマホやケータイは電波でネットワークとつながっている。その中継地点となっているのが「基地局」だ。全国にある基地局の多くは電柱のようなコンクリート柱や鉄塔にアンテナを付けたオーソドックスな形をしているが、なかには個性的な特徴をもったものもある。こちらの連載では、TIME & SPACE編集部が各地をめぐり、そういった「変わりダネ基地局」を紹介していきます。
2本のバズーカが、名古屋駅ホームの通信を支える
名古屋は言わずと知れた、東海地区の中核都市。その玄関口の名古屋駅は、JRと私鉄、地下鉄各線を合わせると、1日100万にも及ぶ人が乗り降りする、日本でも有数の巨大な駅だ(ちなみに、日本最大の駅は1日300万人以上が利用する新宿駅)。
ここには、街中ではなかなか見かけない、ちょっと珍しい形と名前のアンテナを持つ基地局がある。その名も「バズーカ式八木アンテナ」。名古屋駅前のビルの屋上から、文字通りバズーカのように新幹線のホームを狙い撃ちする、人を傷つけない、名古屋駅の通信を支えるためのバズーカだ。
名古屋駅前のビルの屋上、看板の隙間から、スナイパーのように新幹線のホームを狙うバズーカアンテナ。新幹線が名古屋駅に着くたびにたくさんの人が乗り降りし、そのときに多くのトラフィック(通信量)が発生する。それでも滞りなく通信できるのは、このバズーカのおかげだ
なお、バズーカが2本あるのは、対応する周波数帯の違いによる。細めでシュッとしているのが高速通信に適した「2GHz帯」のもの(写真上)、ちょっと太めでがっしりしているのが「プラチナバンド」でよりつながりやすい「800MHz帯」のものだ(写真下)。
もうひとつ補足を入れると、名前にある「八木アンテナ」とは、TVの電波を受信するのによく使われる、魚の骨のような形をしたアンテナのこと。戦前の1926(大正15)年に日本の研究者が開発したもので、研究者の名前から「八木アンテナ」と呼ばれる。TVの場合は電波の受信に使われるが、原理を応用して電波の送信にも利用されている。
なぜ、バズーカ形状でなければならないのか?
さて、名古屋駅の新幹線のホームは、どうしてバズーカに狙い撃ちされることになったのか――。というのが気になるところだが、その前に、基地局がどんなふうに電波を出しているか、その仕組みをざっと押さえておこう。
ひとつの基地局は、おおよそ円形に数百mから数kmにわたってエリアをカバーし、このエリアが重ならないよう基地局を配置するのが基本形というか理想形だ。エリアの重なりを避けるのは、複数の基地局からの電波を受信する場所では電波の干渉が起こり、通信品質を劣化させる要因になるからだ。
だが、現実はなかなか理想通りにはいかない。地形や建物の影響で電波が遮られることもあれば、さまざまな理由で建てたいところに基地局を建てられないこともある。そういう場合、ある程度のエリアの重なりは承知のうえで基地局を建てることになるのだが、とはいえ、電波の干渉は最小限に抑える必要がある。そのため、円形に電波を出すアンテナではなく、狙いたいところだけに届く特殊な性質のアンテナが用いられる。
「バズーカ」のある屋上から駅前ロータリーの風景を覗く。ここはここで、また別のアンテナが狙っている(後述)
さらに考慮しなければならないのは、ひとつの基地局がカバーするエリアで、どれだけの人が同時に通信を行う可能性があるかということ。ひとつの基地局が同時にまかなえるユーザー数や通信帯域には上限があるからだ。同時接続ユーザー数は上限に達していなくとも、限られた通信帯域を多くのユーザーで分け合えば、1人あたりの通信速度(スループット)はどうしても低下する。通信速度はユーザーの満足度に直結するため、ユーザーの満足度を高めるには、基地局を密に細かく建設すればいいということになる。
けれども、それには当然コストがかかるし、基地局が密集すれば電波の干渉も起きやすくなる。電波がつながるエリアを面で確保するのと同時に、エリア内のユーザー1人あたりの通信速度を確保し、そのうえで設備投資と電波の干渉を最小限に抑える。それが、基地局のエリア設計の際、技術者たちに求められる複雑に入り組んだ要求だ。
KDDI名古屋エンジニアリングセンターの東 明人。基地局で電波をつくる無線機や電源の前で
という前提を踏まえ、KDDI名古屋エンジニアリングセンターの東 明人は次のように言う。
「干渉のことを考えれば、名古屋駅ぐらいの広さなら、ひとつの基地局でカバーするのが理想です。ただ、多くの人が行き交う名古屋駅で、ユーザーの方にご満足いただける通信環境を提供するには、エリアを細かく分けて基地局をいくつも建設するしかありません。目的の場所をピンポイントで狙えたほうが、干渉を少しでも軽減できますので、新幹線のホーム目がけて電波を出せるバズーカ式アンテナを、このビルの屋上に設置することにしたんです」
このバズーカアンテナ、名古屋駅で使うために新たに開発されたものかと思ったらそうではない。
「鉄道や道路のトンネルの入り口にも同じタイプのものを使用しています。トンネル内に基地局を設置するのはさまざまなハードルがあり、手間やコストを考えると、入り口からトンネル内に電波を送り込むのが効率的です。もちろん、カーブの多いトンネルだと中まで電波を届けるのは難しく、その場合はトンネル内に基地局を設置する必要がありますが、バズーカ式でも直線であれば3kmぐらいまでは十分に届きます」(東)
バズーカの性能、おそるべし......。
なお、バズーカの筒の中には、弾丸ではなく、名前のとおり、魚の骨状の「八木アンテナ」が2つ組み合わさるように収められている。単体の「八木アンテナ」でも電波に指向性を持たせることはできるが、2つ組み合わせることで、指向性をさらに高めることができるのだという。それが、バズーカの性能を生み出すヒミツだ。
街の変化にあわせて、エリア設計も柔軟に対応
最後に、名古屋ならではのエリア設計の特徴について尋ねてみた。
「狭い地域に多くの人が密集するので、エリアをどう分けるかが考えどころです。名古屋駅前、バズーカアンテナのすぐ近くには、駅の入り口と駅前の交差点をそれぞれピンポイントに狙うアンテナを設置しています」
地下街が縦横無尽に張り巡らされた「地下文化」の名古屋では、地下にどう電波を送り届けるかも、エリア設計の重要なポイントなのだそうだ。
昨年には、バズーカアンテナと同じ屋上に、新たなアンテナも設置した。それが、下の写真の四角い形状のアンテナだ。
昨年新たに設置されたJRセントラルタワーズを狙う四角い形状のアンテナ
「これは、名古屋駅に併設する高層ビル、JRセントラルタワーズの上層階を狙うアンテナです。上の階に届けるため、アンテナの角度を上に向けています。このアンテナを含め、駅周辺に設置した同タイプの3つのアンテナで、セントラルタワーズ対策を施しました」(東)
駅前では、新たに2棟の高層ビルの建設が進んでいた。街の変化とともに、人が集まる場所や人の動きも変わり、最適なエリア設計も変わる。それを見越して、エリアの再設計の計画も進んでいるようだ。快適な通信は、技術者たちのたゆまぬ営みによって支えられている。
文:萱原正嗣 撮影:下屋敷和文
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