2015/06/08

【基地局探訪記 その4】世界遺産の村に電波を届ける基地局は『合掌造り』?

スマホやケータイは電波でネットワークとつながっている。その中継地点となっているのが「基地局」だ。全国にある基地局の多くは電柱のようなコンクリート柱や鉄塔にアンテナを付けたオーソドックスな形をしているが、なかには個性的な特徴をもったものもある。こちらの連載では、TIME & SPACE編集部が各地をめぐり、そういった「変わりダネ基地局」紹介していきます。

合掌造りによく似た屋根の両脇に、2本の支持柱と、その先端に3本のアンテナを携える馬狩基地局。よく見ると、基地局の左手奥に合掌造りの家屋が見える

世界遺産の村に電波を届ける基地局

合掌造りの集落が世界遺産で有名な白川郷(岐阜県大野郡白川村)。1995年に世界遺産に登録されて以来、観光客が急増し、今では国内外から毎年150万人前後が訪れる。近年のスマートフォンの普及により、撮った写真をそのままSNSにアップする観光客も増えている。そういった使い方が可能なのは、世界遺産の白川郷に電波を届ける基地局があるからだ。

その白川村に、合掌造りと見紛う屋根をまとった基地局がある。その姿を確かめるため、TIME & SPACE編集部は現地へと向かった。取材を行ったのは4月下旬。遠慮がちだった今年の春も、東京にようやく暖かさがやってきたころのことだ。

現地の天候を気にしつつ、東海道新幹線で名古屋に向かう。そこからレンタカーに乗り込んで、白川郷を目指す旅路だ。名古屋も春らしい陽光に包まれていた。取材の滑り出しとしては上々だ。

名古屋から白川郷へは、東名高速、名神高速を経て東海北陸自動車道を走り抜けて3時間ほどかかる。後で村の人に聞いたところによれば、東京から白川郷へは、今年3月に開通した北陸新幹線とクルマを組み合わせるのが早いとのこと。北陸新幹線で金沢の手前の新高岡駅まで行き、そこからはクルマを使う。新幹線は3時間弱、クルマはおよそ1時間、合わせて4時間前後。名古屋経由だと、東京‐名古屋で1時間40分かかるから、30分から1時間弱は短縮できそうだ。白川郷への観光の際の参考にしてほしい。

肌寒い世界遺産の集落で見たもの

岐阜県は、北部に北アルプス(飛騨山脈)がそびえ、県土の大半は山塊に覆われている。そのため、名古屋からクルマで北へ向かうとすぐに、名古屋市や岐阜市のある濃尾平野を抜けて山間部に入る。

名古屋を出発して2時間ほど経っただろうか。いくつものトンネルを抜け、山の気配が色濃くなると、東海北陸自動車道のところどころの道端に溶け残った雪が見える。

白川郷は、豪雪地帯として知られる。取材では、屋根に雪をいただく合掌造りを見ることになるのだろうか――。テレビや写真で目にしたはずの光景が、ふと頭に浮かぶ。だが結局、その期待は肩透かしで終わった。白川郷ICで東海北陸自動車道に別れを告げると、雪は高速道路の車窓の風景と同じく、ときおり傍らに見かけるばかり。少しばかりの落胆と、東京の春の暖かさに誘われ軽装で来た我が身を振り返り、ほっと胸を撫で下ろす。それでも、クルマの外に出ると、春の日差しのなかにも空気には冷たさが残る。真冬の寒さは、こちらの想像を超えているに違いない。この地で暮らす人の苦労が偲ばれる。

背後の山並みと集落のところどころには4月半ばを過ぎても雪が残る

春は白川郷にも訪れていて、道端の側溝では川魚が春の日差しを浴びながら泳ぎ、村での一番桜は満開の花を咲かせる

世界遺産に登録された合掌造りの家屋の集落を、アジアからとおぼしき観光客の合間を縫うように見て歩く。集落に電波を届けるアンテナがどこにあるかと探してみるが、それらしきものは見当たらない。そんな編集部一行の傍らで、観光客はスマートフォンに自撮り棒で撮影に興じている。姿は見えないが、ここにもやはり電波は届いている。

合掌造りとのツーショット

昼食を済ませ、「白川村地域おこし協力隊」の大倉 暁さんを訪ねに村役場へ向かう。大倉さんは、先にこちらの記事で紹介した白川村とKDDIの協定締結のきっかけをつくったキーパーソンのひとり。協定の内容やそれに関する最新の動きを聞くのも、今回の取材の目的のひとつだった。それらの詳細については、先の記事を参照してほしい。

実は、編集部一行には、現地の地理に明るいメンバーがいなかった。目的の基地局の地図は、事前に大まかなものを入手してはいたが、地図があまりに大まかすぎて、たどり着けるか心もとない。ダメもとのつもりで大倉さんに基地局の場所を聞いてみると、「あそこのことだと思います」と心強い返事が。話を聞きながら、基地局の場所に案内してくれた。

「白川村地域おこし協力隊」の大倉 暁さん。つなぎの背中には「ひだ白川郷」の文字が。地域おこし協力隊お揃いのコスチュームだ

クルマで山に向かって走ることしばし。トンネルを抜けると、そこには驚きの風景が待っていた。道路を除いて、一面真っ白な雪国の装いだ。山をひとつ越え、標高が高い分だけ雪が多く、気温も低いということなのだろう。

トンネルを抜けて飛び込んできたのは銀世界。道路はさすがに除雪されているが、一面に雪が残る

目的の基地局は、雪原から突き出るように建っていた。その足元は雪かきをした痕跡が見てとれるが、雪が積もることを見越してこの基地局はつくられている。電波をつくる無線機が1m以上かさ上げされていることと、無線機が雪で埋もれてしまわないよう、合掌造りとよく似た屋根がかぶせられているのがその工夫だ。写真に目を凝らすと、基地局の屋根の向こうに、合掌造りの屋根も見える。世界遺産の集落からは少し離れているとはいえ、この地でしか見られないツーショットだ。

雪が積もることを見越して無線機はかさ上げされ、無線機が埋もれてしまわないよう屋根がかけられている

雪原から突き出るように建つ基地局。基地局の右手には合掌造りの家屋が見える。支持柱や無線機を置く架台が茶色なのは、景観に配慮してのこと。支持柱の先につけられたアンテナには傾きがあるが、それにも意味がある(後述)

世界遺産に電波を届ける人たち

大倉さんの話によれば、この近くにも基地局らしきものがあるという。案内してもらうと、たしかに基地局が存在し、KDDIのものであることも確認できた。

それは、白川郷の集落を眼下に見渡せる高台にあった。山道のトンネルよりも集落に近く、辺りに雪はそれほど見られない。そのためか、雪除けの屋根は見られなかったが、無線機は雪が積もってもいいようにかさ上げされていた。支持柱も、屋根のある基地局と同じく茶色をまとっている。

白川郷の集落を見下ろす高台にある基地局。ここでも無線機を置く架台はかさ上げされていて、支持柱とともに茶色くなっている。近づくと、基地局の向こうに合掌造りの家屋の屋根が見える。ここが、世界遺産の通信を支える基地局のひとつだ

協定についての取材も終えると、再び名古屋へ戻る。東海地区の基地局の設計や維持管理を行うKDDI名古屋エンジニアリングセンターの後藤昂博に、白川村で見た2つの基地局について、詳しい話を聞いた。

基地局について熱弁する後藤昂博。入社2年目の若手だ。通信を支える仕事に、やりがいと責任を感じているとのこと

「屋根がない方の基地局は、白川郷の集落に向かって電波を吹いています。この局を含めた3つの局で、集落周辺の主な観光ルートをカバーしています。もう一方の屋根がある方は、白川郷から石川県に抜ける白山白川郷ホワイトロード(旧・白山スーパー林道)をカバーするためのものです。アンテナが支持柱に対して少し上に傾いているのは、木々や山などの遮蔽も考え、より広くエリアを取るための対策です」(後藤)

これも先の協定の記事で触れたことだが、昨年夏、KDDIは白川村周辺のエリアを拡充する対策を行なった。後藤さんによれば、それぞれの基地局でアンテナの背を高くしたり、アンテナの角度を調節したりすることでエリア拡充を実現したのだという。世界遺産の合掌造りの集落で、雪深い山の中で、ケータイを使うことができるのは、そのために手を尽くす人たちがいるからなのだ。

文:萱原正嗣 撮影:下屋敷和文(白川村)、稲田 平(インタビュー)

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