2017/09/06

農家の悩みもコレで解決? 次世代型『スマート水田』がスゴい【IoTのチカラ】

IoTのチカラで、日本の農業が抱える課題を解決したい

高齢化、後継者不足、耕作放棄地の増大など、課題が山積する日本の農業。特に農業就業人口の減少は深刻な問題であり、1990年に480万人を超えていた農業就業人口は現在180万人にまで激減している。

そんななか、ITで農業を変えるべく、一人の男が立ち上がった。KDDIのスタートアップ向けアクセラレータプログラム「KDDI ∞ Labo」の10期および11期生、下村豪徳さんだ。

下村さんは農家の長男に生まれながら、農業とは無縁のIT企業に就職。プログラマー、システムエンジニア、ソリューション営業など、開発から営業まで豊富な現場を経験した後、独立起業した。

株式会社笑農和代表取締役 下村豪徳さん。富山県滑川市のオフィス内にて

同氏が代表を務める株式会社笑農和(えのわ)では、今年7月から、水稲農家向け水位調整サービス「paditch(パディッチ)」の本格運用をスタート。これがあれば、「水田で時間を取られる水の管理作業を、大幅に簡易化できる」という。一体どのような仕組みなのか、実際に「paditch」を設置した水田を見学させてもらった。

水位調節を遠隔化し、農家の負担を軽減する

富山県滑川市の事務所から車で約20分。立山連峰の麓に位置する富山県立山町は、下村さんが生まれ育った町だ。

この辺りは、立山連邦の豊富な伏流水を使った稲作が盛んで、訪れた8月初旬は、青々とした稲穂が爽やかに風にそよいでいた。その一角、下村さんの実家の水田に設置されたステンレスの箱。これが「paditch」だ。開閉可能な水門と土中に差し込む水位センサーも付いている。

しめ縄のデザインには、五穀豊穣への願いと“水を清める”という思いを込めているのだそう

「paditch」の最大の特徴は、遠隔操作で水門の開閉を行うことができるということだ。

専用WEBサイトで水位や時間を設定しておけば、自動で水門を開閉。水位センサーが水量不足などの異常値を計測するとアラート通知が届き、スマホやPCなどから遠隔操作で水門を開閉できる。

また、日々計測した水田の水位や水温のデータは、クラウド上に蓄積されるため、生育や栽培のデータ収集ができるというメリットもある。

水門の開閉だけで1日が終わってしまう農家も

稲作において、水の管理が重要なことは言うまでもないが、その作業にどれだけの時間を費やしているかまでは、あまり知られていないと下村さんは言う。

「水の管理が特に大切なのが、田植えしてから1〜2カ月。夜明けくらいから冷たい水を水田に張って、ちょうどいい水位になったら水門を閉じる。この開閉を、手作業で行うのが通例でした。たとえば、私の実家には、約30アールの水田が33〜34枚あり、それぞれの水田に1箇所ずつ水門を設置しています。

1枚の水門を開けるのに1分、隣の水田へ移動するのに3分とすると、計4分×33枚の水田=132分。つまり、水入れだけで2時間強を費やすことになる。ある程度水がたまったら、今度は水門を閉めなければいけないので、同じ作業を繰り返します。

さらに、猛暑日となると、1回の水入れでは足りず、もう一回りすることもある。つまり、水門の開閉だけで半日、ともすれば1日が終わることも珍しくありません

遠隔操作なら、「最初と最後の水田でのタイムラグが解消されるので、稲のクオリティの均質化にもつながります」と下村さん

もちろん、水門を開閉するついでに、雑草を刈ったり、モグラやネズミの獣害をチェックしたりもする。実際、米農家を対象に行ったアンケートでも、水の管理を負担に感じている人は少なくないという結果が得られた。

しかし、「50枚以上の水田を所有するような大規模の米農家では、水門開閉をするだけのアルバイトを雇っているくらい手間がかかる作業というのが実状。でも、規模が小さい農家では、人を雇う余裕がない。それなら、機械に任せられることは機械に任せればいいと考えたのが『paditch』発想のヒントでした」

持続的農業におけるIoT技術の可能性

現在、「paditch」契約数は約20台。富山県内の米農家が8割で、ほかは福島県、広島県、愛知県など広域へ提供している。導入した農家からは、どのような声が聞かれたのだろうか。

「水門開閉の手間が削減できることについては、非常に好評でした。『本当に作動しているか気になって見に行ってしまう』という声もありましたが(笑)、こうした不安は機器に慣れたり、『paditch』の精度をさらに上げたりすることで解消されていくと思います。

細かいところでは、水門の開閉を段階的にできるようにしてほしいとか、センサーを用水路に置けないかなどの要望が挙がってきたので、来年販売する機器には機能を反映したいと思っています」

「paditch」の開発においては「ハードの制作がもっとも苦労した」と語る下村さんだが、サービスの利便性を理解してもらうのはさらに大変だったようだ。

「私の弟ですら、どれだけ説明しても『うちには要らない』と言っていて、テスト機を導入してようやく『これは楽だな』と理解したくらい(苦笑)。もちろんコストがかかるので、一定規模以上の農家向けサービスにはなりますが、いずれどこも必要になると思います」と断言するのには、富山県が抱える農家事情も関係している。

県内の95%は米農家、さらに兼業農家が多いというのが富山県の特徴。なので、近くの兼業農家同士で協力し、お互いに人手を補い合いながら米を作るというのが習慣でした。ところが、全員が同じように年を取ってきて後継者もいない。すると全員一斉に『米作りをやめよう』となり、ある日突然、30ヘクタールもの広大な水田が空いてしまう。

それが防げたとしても、高齢化で稲作をやめた農家の近くの方が水田を引き受け、少人数で大規模の水田を経営せざるを得ない。こんなことが、すでに各地で起きているんです。今後、少人数による大規模経営が加速することは目に見えているからこそ、IoT技術を導入して生産効率を上げることが持続的農業には不可欠だと思います」

実際、下村さんは水の管理以外にもIoT技術を取り入れようと模索し始めている。

「アンケートの結果、農家がもっとも負担を感じているのは草刈りとわかりました。そこで、草刈りロボットを開発する会社と情報を共有しながら、負担を軽減する方法を探っています。

たとえば、paditchで計測した気温や水温などのデータをもとに、『そろそろ草刈りの時期だ』と知らせて草刈りロボットを作動させる、など試行錯誤中です。なかには、『草刈りはシルバーの仕事なのに、機械が仕事を奪うのか』と反対の声を上げる人もいますが、人間はもっと別のところで活躍すればいいし、できるはずだと思っています」

「データの蓄積は、品質の高い作物を安定して作るためにも必要」と下村さん

未来まで持続可能な農業へ。その思いは、サービス名の「paditch」にも表れている。名称の由来は「Paddies(水田)」「Switch(スイッチ)」だ。

「人力ではまかなえない部分をIoTで底上げする、といった具合に農業の在り方をスイッチしていかないと、本当に日本の農業は消えてしまう。最近は、農業に興味を持つ若者が増えてきていますが、いざ就農してもなかなか収量が上がらず、どうしていいかわからないという人が多いんです。

これまでの農業は、勘と経験に頼る部分が大きく、ほぼデータが残っていません。農業研究所ではデータを取っていますが、それはあくまで研究所近辺の環境にしか通用しない。天候や土壌の状態などを読み取りながら、高品質・多収量の作物を作れるのは、ベテラン農家だけ。若者は、その域に達するまで苦しい経営を強いられます。かといって、ベテラン農家のノウハウが引き継がれるかというと、それもない。たいていは、後継者がいないまま、その技術は途絶えてしまいます。

最近は、経験豊富な農家でさえ読み切れないほどの異常気象も頻発していますし、IoT技術を使ってさまざまな環境や栽培のデータを残し、知識や経験を着実に引き継いでいくことが、日本の農業には急務だと思っています」

コシヒカリの水田の前で微笑む下村さん。「食味の良さが自慢です」と語る

IoTのチカラを駆使して、おいしい米作りの環境をサポートする下村さん。先人が築いてきた知恵を受け継ぐという点でも、農業へのIoT活用は大きな可能性を秘めているといえるだろう。

文:知井恵理
写真:有坂政晴

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