2017/07/04

デザインとアートの狭間で 名モデルたちのユニークすぎる開発の舞台裏

「au Design project」(以下aDp)が誕生して、15年という歳月が流れた。機能一辺倒だった日本のケータイ市場に、デザインという新たな価値を与えるエポックメイキングな試みは、「デザインケータイ」という言葉を生んだ。

「表層的な商品企画でなく、感性価値に主軸を置いた携帯電話を世の中に広めることで、日本のデザイン文化を高めることにも貢献したいと考えたんです」

振り返るのは、当時からプロジェクトに関わるKDDI商品企画本部の砂原哲だ。aDpというと、深澤直人氏が手がけた「INFOBAR」シリーズがよく知られているが、長い歴史では数々のユニークなモデルが誕生した。aDpのそれらの魅力と裏話を振り返ってみたい。

au Design project 15周年特設WEBサイトはこちら

【talby】今や世界的デザイナーが手がけたモデルは、樹脂で金属を再現!

2003年。aDpの第一弾として発売された「INFOBAR」は、必要な機能を備えたカラフル&ポップなストレート型で、デザイン感度の高い層を中心に注目を集め、大ヒットを記録した。その発売と前後して、コンセプトモデルとして発表されたのが「talby」だ。

「ビジネスショウ2003 TOKYO」で初披露。展示ブースもデザインコンセプトに合わせ、マーク・ニューソンが手がけた

今や世界的スターデザイナーのマーク・ニューソン氏が手がけたこのケータイは、砂原が直接ヨーロッパまで出向いて直談判し、開発がスタートしたという。

「コンセプトモデルはアルミの切削加工で作られていました。しかし、商品化にあたっては、当時、切削加工はコスト的にも時間的にも困難でした。アルミのプレス加工も考えましたが、それだとつなぎ目の無い金属の塊のようなボディが実現できません。最終的にはアルミ板から削り出されたようなボディを樹脂と塗装で表現しました」

かくして未来的でありながら、有機的でポップなストレート型モデルは04年に発売され、大きな話題を呼んだのだ。

【MEDIA SKIN】触感までもデザイン。ソフトタッチのコンパクトケータイ

aDpでは、時代をときめくプロダクトデザイナーとのコラボレーションが相次ぐ。“マテリアルの魔術師”と呼ばれ、質感で語りかける数々のアート作品で世界を驚かせてきた吉岡徳仁氏も、ケータイのデザインを手がけている。

「00年の三宅一生展でのインスタレーションや、02年にミラノで吉岡さんが発表した椅子Tokyo-Popのインスタレーションがとても印象深くて。ミラノの方は、未来の日本庭園をテーマに、床に枯山水の砂利の代わりに白いプラスチックの玉が敷き詰められていて、そこをザクザク歩きながら鑑賞するんです。いつか一緒にお仕事できればと考えていて、05年にようやく声をかけさせていただく機会を得ました」

モデルの名前は「MEDIA SKIN」。第2の皮膚を標榜し、触感をデザインするという未知のアプローチを目指した。

「MEDIA SKIN」のコンセプトアート

「『触感』をどのように具現化するかが大きな課題でした。たまたま加水分解(経年劣化で樹脂がベタベタになること)しない、しっとりした触感を実現するソフトフィール塗装の紹介を受け、これで実現できるはず! と胸が高鳴りました。 またディスプレイの上にレシーバーを置くスペースが無いため、レシーバーユニットを背面に置き、ダクトを設けて耳に音を届ける仕様にしました。また世界で初めて、有機ELディスプレイを搭載したんです。画面の焼き付きが問題だったので、時計の表示が一定時間毎にズレるように工夫したりもしました」

「MEDIA SKIN」は大いに話題となり、日本はおろか世界中のハイファッション誌上を賑わすことになる。しかし当時の国産ケータイは、大半が日本でしか使えない独自規格。海外に持って行っても使えないのだ。そこでグローバル対応機種をつくることにした。それが、09年発売のソニー・エリクソン(現在のソニー)製の「G9」だ。

【G9】世界を股にかけるデザインケータイを。

「グローバル対応の上質な道具のような携帯電話を目指しました。2001年につくった岩崎一郎さんによるコンセプトモデル『GRAPPA』の思想を受け継ぐモデルにしようと、名前はGLOBALそしてGRAPPAのGを取り、発売予定年の2009年と組み合わせてG9としたんです。ステンレスフレームにはチタン化合物の薄膜コーティングが施されていたり、細部にまでこだわりぬいたモデルです」

これは、aDpが名を変えた「iida」の第1号モデルとなった。KDDI本社が飯田橋に遷ったことからiida・・・・・・ではなく、『innovation』『imagination』『design』『art』の頭文字を取ったもの。aDpデザインケータイの流れを引き継ぎながら、ケータイのみならず、ライフスタイルにまでデザインの文脈を広げる新たなアプローチ。

【PLY】『カドケシ』のデザイナーがつくったケータイ

「iidaでは若手のデザイナーを積極的に起用する取り組みも行いました。『PLY』(09年発売)もそのひとつ、『カドケシ』(コクヨ)をつくった神原秀夫さんにお願いしました。10代~20代の頃にポケベルからケータイまでを渡り歩いた世代が携帯電話をデザインしたらどのような新しい価値が生まれるのかに期待しました」

神原秀夫デザインの「カドケシ」(コクヨ)

こうして生まれた「PLY」はプライウッド(積層合板)にインスピレーションを得たもので、プラスチックの層が幾重にも重なったユニークなデザインだ。

「そのコンセプトは、ケータイの過去と未来が『層』として積み重なっていくというものです。オペラグラスのようにパカッと開くとプロジェクターが現れるなど近未来的な機能、空想的な機能がコンセプト段階では提案されていました。もちろん量産ではそれらの機能はさすがに盛り込めませんでしたが。特徴的な『層』は、1層毎に独立したパーツで組み立てられているんですよ」

【草間彌生】アート作品なのにケータイ。驚きの高額モデルも誕生

09年には、ケータイ史上でも異色のモデルが誕生する。世界的アーティスト草間彌生によるデザインケータイ・・・・・・というよりもアートピースな「宇宙へ行くときのハンドバッグ」(10万円/1,000台)、「私の犬のリンリン」「ドッツ・オブセッション 水玉で幸福いっぱい」(いずれも100万円!/各100台)だ。

「企業として社会貢献を目的とした芸術支援活動ができないかと考えたんです。同じようなことを考えていた人間が社内にもう一人いまして、二人ともかねてから草間彌生さんに関心を持っていたので、草間彌生スタジオにすぐにコンタクトしました。アートをモチーフにしたアクセサリーではなく、アートとしても価値を持ちながら、携帯電話としてしっかり機能するものをということで快諾いただきプロジェクトがスタートしました」

とくに苦労したのは「ドッツ・オブセッション、水玉で幸福いっぱい」。

「ドッツ・オブセッション、水玉で幸福いっぱい」(草間彌生・作)

「アートでありながら、きちんと携帯電話として使えるものをつくらなくてはいけない。背面に突起がたくさんついているんですが、落とすと衝撃でディスプレイが割れてしまう。そこで荷重が分散されるように、突起のサイズや配置を調整してあるんです。宇宙へ行くときのハンドバッグは、通常の塗装では使わない大きめのラメを使っています。私の犬のリンリンは、僕らで100匹を1匹1匹丁寧に検品したんです。携帯電話をアートギャラリーでも販売するという製品から流通に至るまで前代未聞のチャレンジだらけのプロジェクトでしたね」

aDpが歩んできた道のりは、国内外のさまざまな才能と組み、ファッションアイテムやガジェット、アートに至るさまざまな角度からデザインアプローチを重ね、ケータイのあり方と向き合ってきた歴史でもある。

文:吉州正行