2016/03/17

ブラックホールのナゾをKDDIのパラボラアンテナが解明する!(かもしれない)

山口市街から広島方向へと車を走らせること15分。大きな国道を左折して細い市道へと入る。坂を登り切ると、巨大なパラボラアンテナが現れた。日本最大の衛星通信施設「KDDI山口衛星通信所」だ。

計24基のパラボラアンテナが存在し、国際海底ケーブル網では疎通できない国々や地域、船舶、航空機などに、太平洋・インド洋上の通信衛星を介した国際電話、国際データ通信、国際TV伝送などを提供している。

東京ドーム3つ分、16万㎡の広大な土地に計24基のアンテナがある

まさに、日本の国際通信拠点と言うべき施設だが、通信以外にもうひとつの顔も持っている。それが、ブラックホールの謎を解き明かすかもしれない、宇宙観測研究の最前線としての一面だ。実は、24基のパラボラアンテナのうち、ひときわ大きな2基である「山口第4アンテナ」と「山口第2アンテナ」が「電波望遠鏡」として転用されているのだ。

2001年、「山口第4アンテナ」は「山口第1電波望遠鏡」として国立天文台に無償譲渡。2002年から山口大学の研究グループが運用し、観測に用いている。

そして2016年1月、「山口第2アンテナ」が、「山口第2電波望遠鏡」として山口大学に貸与された。現在、通信衛星の性能向上に伴い、パラボラアンテナには大きさが求められなくなった。通信衛星からの電波を受信する役割を終えたところに、山口大学から賃借の相談があったという。

口径32mの「山口第1電波望遠鏡」は、日本で4番目の大きさ。「KDDI」の上に記された「NAO」のロゴは、「National Astronomical Observatory of Japan」(国立天文台)の頭文字だ

口径34mの『第2電波望遠鏡』。電波望遠鏡としては、日本最大級の大きさ

パラボラアンテナと電波望遠鏡の基本的な仕組みは同じ。転用も簡単にできる

山口大学 時間学研究所教授、藤沢健太氏

「山口第1・2電波望遠鏡」を管理、運用しているのは、山口大学 時間学研究所の藤沢研究室だ。藤沢健太教授は、「ひとつの大学で、これだけの規模の電波望遠鏡を使った研究ができるのは世界でも稀なケース。すぐに利益につながる研究でもないが、学術的、文化的な意義を理解して協力を惜しまないKDDIには感謝をしている」と語る。

KDDIは、世界的な天体研究や山口市への地元貢献ができるという理由から、積極的に協力しているという。しかし、ここでひとつ疑問が浮かぶ。そもそも、なぜパラボラアンテナが電波望遠鏡に転用できるのだろうか? それには、まず電波望遠鏡とはなにかを知る必要がある。

太陽や星、ブラックホールなどの天体は、光や電波、紫外線、X線などさまざまな電磁波を出しています。実は、光も電波も電磁波に属する仲間同士なんです。異なるのは波長の長さ。波長が短いと目に見える光になり、長いと目に見えない電波となる。みなさんが想像している天体望遠鏡は、天体が出す、目に見える光を大口径の鏡で集めて観測しているんです。一方、電波望遠鏡は、その名の通り、目に見えない電波を大口径の鏡で集めています」(藤沢教授)

    

そもそも、パラボラアンテナの役割は通信衛星とやり取りされる電波を効率的に受発信すること。電波を捕捉する形状はもちろん、衛星に向かって方向や角度を変えられる装置も搭載している。それらは、天体から発せられる電波の受信に必要な仕組みそのものだ。藤沢教授は、「通信衛星との電波を受発信すればパラボラアンテナ、天体からの電波を受信すれば電波望遠鏡になる。違うのは名称くらいです」と語る。

「山口第1電波望遠鏡」を活用して、世界で初めて「星が生まれる瞬間」を観測

電波望遠鏡の特長は、光で見えにくい天体も観測できる能力だ。この能力を活用し、藤沢研究室では、星の誕生に関わる「星形成領域」と「ブラックホール」の研究を行っている。「山口第1電波望遠鏡」の運用では、国内のほかの電波望遠鏡と連携させることにより、「星形成領域」で世界的な成果を挙げた。それが、「星間ガス・メーザ天体の観測と星の形成過程」の確認だ。

「星が生まれるときには、星の周囲にガスの塊が発生し、それが回転しながら落下して降り積もるという定説がありました。ただしこれまでは、微小な動きを示す電波を計測できなかった。その動きを、地球から2,200光年離れたケフェウス座に生まれた新しい星『ケフェウスA』で検出することに成功しました」

中心が新しく生まれた星で、周囲の青いモヤモヤがガスの固まりだ。ガスの固まりは、通常では発生しない「メーザー」と呼ばれる強力な電波を発しており、その電波を電波望遠鏡で検出した

星が誕生するイメージ図。ガスの固まりが中心に吸い寄せられて、新しい星に堆積して新星が形作られる

より暗い星までしっかりと観測できる「山口干渉計」とは?

十分な成果を得ることにひと役買った「山口第1電波望遠鏡」だが、今回、「山口第2電波望遠鏡」が加わったことで、さらに研究が進みそうだ。

これは、単純に観測回数や能力が2倍になるという意味ではない。実は、2台の電波望遠鏡を活用することで、従来の約100倍の感度で計測できる「電波干渉計」という高度なシステムを構築できるのだ。藤沢教授は、「山口干渉計の完成により、より暗い星を観測できるようになる」と意気込む。

山口干渉計を含め、「KDDI山口衛星通信所」のアンテナ群は、隣接するPR施設「KDDIパラボラ館』から見学することができる

「電波干渉計」の仕組みはこうだ。電波望遠鏡がキャッチする電波のほとんどはノイズである。発している電波が弱く暗い星の場合、電波がノイズにまぎれてしまい観測が難しい。逆に言えば、ノイズを正確に除去できれば、電波をクリアに抽出できるので、暗い星でも観測できるというわけだ。「電波干渉計」は、このノイズを上手く除去できるのが特長だ。

実は、そもそもノイズの大半は、電波望遠鏡が自ら出している電磁波だ。そこで、2台の電波望遠鏡で同じ星を同時に観測、受信した電波を比較して、波長が一致する電波だけを抽出する。同じ星を観測しているので、「一致する電波=目的の星が発している電波」となる。一致しない電波はノイズとして切り捨てることができるので、目的の星が発している電波をより正確に取り出せるというわけだ。

山口干渉計のイメージ

山口干渉計の稼働によって、ブラックホール研究の流れが変わる!?

これにより期待されるのは、ブラックホールの観測などの研究に重要な役割を果たすこと。藤沢教授によると、「ブラックホールとは、恒星がエネルギーを使い果たして消滅するときに、小さく潰れてしまった状態のこと。重力が非常に大きく、光さえも吸い込んでしまうので、ブラックホールと呼ばれています」という。仮に太陽がブラックホール化したら、直径6kmくらいの大きさまで圧縮される超高密度な状態だ。

宇宙最大の謎であるブラックホール。出典:Author: Ute Kraus (background Milky Way panorama: Axel Mellinger) Institute: physics education group (Kraus), Universitat Hildesheim

「現在、銀河系の中にブラックホールは50ほど確認されていますが、実際には100万〜1億はあると考えられています。しかし、かなり小さく、また電波も弱いので、電波望遠鏡でも見つけるのが大変なんです。山口干渉計でさらに多くのブラックホールを観測できれば、研究に新しい流れをつくることができると思います」(藤沢教授)

こちらが電波望遠鏡で観測したブラックホールの電波図。光っている部分はブラックホールではなく、ブラックホールに吸い込まれる直前に噴出したガス。現在の技術では、光を吸い込む黒い穴を観測することはできない

なかでも解明してみたいと考えているのが、"ジェット"と呼ばれる現象だという。藤沢教授は、「ブラックホールが周囲のガスを吸い込んでいるとき、一部のガスがプラズマとなり、電波を発しながら吹き出すのですが、なぜこの現象が発生するのかはわかっていない。山口干渉計で"ジェット"を観測して、解明に近づけると嬉しいですね」と意気込む。

現在、「山口第2アンテナ」を電波望遠鏡として使用するために、駆動部や受信機、電波信号分析システムなどの開発・改造作業が行われている。2016年中には完了し、「山口干渉計」として稼働、2017年には最初の成果を得ることを目指しているという。

長らく、国際通信の根幹を担い、我々の生活を支え続けてきたパラボラアンテナ。技術の進化で通信としての役割は終えたが、宇宙の謎に挑むという壮大なミッションを携えて、第二の役割に挑もうとしている。

文:コージー林田
サムネイル画像提供:Author: Ute Kraus (background Milky Way panorama: Axel Mellinger) Institute: physics education group (Kraus), Universitat Hildesheim

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