2016/01/06

最終にして究極の暗号、『量子暗号』とは?

この世の中の暗号がすべて無力になるかもしれない

SSL/TLSの項でも触れられているが、秘密を守るための暗号技術の開発は何世紀にもわたって続いてきた。そのおかげで、ネットで銀行振込や買い物を安心してできるわけだけれど、世の中そんなに甘くなかった! というのが今回の話。どういうことかというと、「現在、多くの人が使っている暗号化技術が無力化する」可能性があるのだ。

マジか!? と世界の研究者たちを震撼させたのは、1994年に発表された"ショアのアルゴリズム"理論。発表した米ベル研究所の研究者ピーター・ショアさんいわく、「量子コンピューターが実現すれば、現在の暗号はすべて破れてしまう」。なるほどそういうことか。......で、量子コンピューターって?

量子コンピューターについては、このICT用語事典でも取り上げているので、詳しくはそちらを読んでいただきたいが、以下、簡単におさらいを。現在のコンピューターは、1ビットで0か1(有か無か)の1つの状態しか表すことができない。量子力学の原理を利用した量子コンピューターでは、1量子ビットあたり2つの状態を表すことができる。たとえば「00000000」から「11111111」の組み合わせから特定の条件を選ぶ場合、今のコンピューターは律儀に総当たり計算をして解を探すが、量子コンピューターでは大量の組み合わせを1回の計算で完了できるのだ。これはつまり、大量の計算を並列して一度に行うようなものだ。

解読に時間がかかる=解読できない、の常識が覆る

コンピューターにも得意・不得意がある。得意分野は、たとえば「5672343x2789045」のような桁数の多い掛け算の解は一瞬で出せる。一方、苦手分野は「500737055の素因数分解」のような、割り出す作業。これはかなりの時間が必要で、200桁の素因数分解には何年もかかってしまうという。現代の暗号技術は、このコンピューターの不得意分野を逆手にとって開発された。

今、一般的に普及している暗号は素因数分解の原理を利用していて、暗号文の規則性を複雑にして解読に時間がかかるようにしている。国家機密や軍事用のドキュメントに使われる暗号ともなれば、解読まで200億年かかるものもある。つまり「200億年もかかるなら解読しようと思ってもあきらめめる」→事実上、解読不能。ということで世界中の人が安心してRSA暗号を使っていた。

ところが、量子コンピューターはものすごく計算が速い。何年もかかると考えられていた暗号解読を、ひょっとしたら一瞬で終わらせてしまうかもしれない。暗号解読をあきらめるどころか、ひょいひょい突破してしまったら、世界中が大混乱に陥ること必至だ。そういうわけで、世界中の研究者が血眼になって開発を進めているのが「量子暗号」だ。謳い文句は「絶対に解読できない暗号」。本当に、文字どおり、解読できないシロモノだ。

盗聴、ハッキング、一発検知で安全を確保!

量子暗号(Quantum cryptography)は、量子コンピューターと同様、量子力学の原理を応用した暗号技術。細かい説明は省くが、量子暗号がデータの受け渡しに使うのは光子(光の粒、量子の一種)だ。その特徴は、少し触れただけでも性質が変わってしまう点にある。だから、暗号を解読するための鍵を光子で送れば盗聴された時点で鍵が壊れてしまうため、受信者は盗聴に気付くことができるし、暗号は解読されない。

量子暗号の研究は世界中で進められており、実用化のための技術開発はほぼメドがついたといわれている。ただし、データを運ぶ光子を規則正しく生成・検出する専用装置が必要となる。価格は1台1千万円以上と高額で、送信側/受信側にそれぞれ必要になる。また、安全に光子を伝送できる距離は従来400kmが限界とされていたが、2015年末には800kmまで延ばすことに成功したというニュースが飛び込んできた。

もうひとつ、課題といえば、量子コンピューターの実用化について。研究は日進月歩で進んでいるが、どんなに早くても、実用化まで20〜30年かかるといわれている。今すぐ世界中の暗号が破られてしまう! なんてことは起こらないので、ひとまずはどうかご安心を。

文:吉田 努