2019/10/25

“人の移動”に変革をもたらす『MaaS(マース)』とは? 交通手段の未来像を解説します

大都市の激しい交通渋滞、自動車から吐き出される温室効果ガス、高齢で運転ができないなど……そんなさまざまな問題を解決する次世代交通システムとして、いま世界中で脚光を浴びているのが「MaaS(マース:Mobility as a Serviceの頭文字を取ったもの)」だ。直訳すると「サービスとしての移動」。いったい、どんなシステムなのだろうか。他国に先駆けて、2017年にMaaSをスタートさせたフィンランドの様子なども紹介しながら解説していこう。

MaaSとは?

MaaS(マース:Mobility as a Service)のイメージイラスト

MaaSとは、バス、電車、タクシーからライドシェア、シェアサイクルといったあらゆる公共交通機関を、ITを用いてシームレスに結びつけ、人々が効率よく、かつ便利に使えるようにするシステムのことだ。すでにヨーロッパでは本格的な取り組みがスタートし、日本でも鉄道会社や自動車会社などが中心となって研究が始まっている。では、MaaSが普及すると、私たちの暮らしはいったいどんなふうに変わるのだろう。

たとえば、サッカーを観戦するためにスタジアムへ行くとき。いまでもアプリを使えば自宅からスタジアムまでの最適経路と利用すべき交通機関、所要時間や料金などを簡単に知ることができるが、MaaSではこの検索機能にプラスして予約や支払いも、スマホなどの端末を使い、まとめてできるようになるということだ。しかも、MaaSの場合、前述したように鉄道やバスだけでなく、タクシー、シェアサイクル、カーシェア、ライドシェアなど、ありとあらゆる交通手段が対象となる。

現在の交通手段とMaaSで実現するイメージイラスト

現状、MaaSの利用には、専用アプリという形で提供されている事例が多い。そして、目的地に至るすべての交通手段のなかから最適な組み合わせをAIが検索して、専用アプリに表示する。利用者はそれらのなかから選択し、必要な予約や手配に加え、決済もひとまとめにできる。しかも、次章で紹介するフィンランドのように、月額定額制であれば、料金のことを気にすることなく、さまざまな交通手段を自由に利用できることにもなる。

MaaS先進国フィンランドの取り組み

具体的な事例として、フィンランドの運輸通信省の支援のもと、マース・グローバル社が立ち上げたMaaSのシステムを紹介しよう。「ウィム(Whim)」というMaaSアプリを使って利用するこのサービスは、2017年から首都ヘルシンキで実用化されている。

フィンランドのMaaSアプリ「ウィム」の画面

利用者はまず、ウィムに目的地を入力する。すると公共交通機関を利用するいくつかの経路と料金が提案されるので、希望のものを選んで決済を行い、経路に合わせて移動する。この経路のなかにはレンタカーやシェアサイクルやカーシェアなども含まれ、レンタカーの場合は車種なども選ぶことができる。

フィンランドのMaaSアプリ「ウィム」で利用できるシェアサイクル

ウィムには30日間59.7ユーロの「Whim Urban 30(ウィム・アーバン)」、30日間249ユーロの「Whim Weekend(ウィム・ウィークエンド)」、月額499ユーロの「Whim Unlimited(ウィム・アンリミテッド)」、利用ごとに決済される「Whim To Go(ウィム・トゥ・ゴー)」の4種類がある。(2019年10月現在)

フィンランドのMaaSアプリ「ウィム」の料金プラン

「ウィム・アーバン」は電車、バス、トラム、フェリーなど、ヘルシンキ市交通局の全交通機関が乗り放題で、タクシーは10ユーロ分までが利用できる。「ウィム・ウィークエンド」は、これに加えて週末のみレンタカーが乗り放題というもの。「ウィム・アンリミテッド」では文字通り、ヘルシンキのすべての交通手段が無制限に利用できる。なお、「ウィム・トゥ・ゴー」は定額制ではないが、それでも通常料金よりは割安になる。

ちなみに、「ウィム・アンリミテッド」のサービスを東京に置き換えてみれば、月額およそ6万円でバス、地下鉄、JR、私鉄、タクシー、レンタサイクル、レンタカーなど、さまざまな交通手段を自由に使えるということになる。

台湾でもMaaSの普及が進行中

台湾でも、交通通信省と大手通信会社の主導でMaaSへの取り組みが始まっている。南部にある台湾第2の都市、高雄ではウィムに似た「Men-GO(メンゴー)」というMaaSアプリを使って利用することができる。

こちらもウィム同様、いくつかの定額制プランがあり、月額およそ6,000円のプランではMRT(地下鉄)、LRT(ライトレール:次世代型路面電車)、バス、シェアサイクル、タクシーなどが乗り放題になる(タクシーは回数制限あり)。目的地を入力すると最適な経路が案内されるのもウィムと同じだ。

台湾・高雄市のLRT(ライトレール)

また、高雄ではMaaSの導入とともに、シェアサイクル専用の駐輪場や自転車専用道路が数多く整備され、地下鉄の駅にはシェアサイクル駐輪場やバス乗り場などへの案内板が設置されるなど、MaaS利用に最適化された街づくりもどんどん進みつつある。

そしてMaaSが広まり、より多くの市民が公共交通機関を使うことで自家用車の利用が減れば、当然、温室効果ガスの排出は減るし、渋滞も少なくなる。これこそが、MaaSの目的のひとつである環境への負荷、都市交通への負荷の軽減につながるのだ。

自動運転技術の進化で可能性はさらに広がる

近未来のMaaSは、さらに多くの問題を解決してくれるだろう。仮定の話だが、自動運転技術が進化すれば、自動運転で走るバスやタクシーをこのMaaSのシステムに組み込むことができると言われている。そうすれば、たとえばこんなことが可能になる。

・高齢者の移動がドア・トゥ・ドアに

おじいさんが孫に会いに出かけるとしよう。おじいさんはMaaSアプリで経路を選び、予約、決済する。指定した時間になって玄関を出ると、自動運転の乗合タクシーがやって来る。乗りこんで駅まで行き、地下鉄に乗って目的地に着くと、自動運転の乗合タクシーが待っている。つまり、自宅から目的地まで、ドア・トゥ・ドアの移動がスムーズ、かつ安価にできるようになるのだ。

・高齢者の医療費の減少と地域の活性化に

上記のように、交通手段の変革により、高齢者が積極的に外出することによって、さらなる効果が考えられている。日本の国土交通省は、MaaSの普及によって高齢者の外出が増えれば、健康増進に効果があり、医療費の減少と地域の活性化に役立つだろうとしている。

・過疎地での公共交通機関が安価に

自家用車に頼る以外に交通手段がない過疎地などでも、MaaSのシステムとして自動運転の乗合タクシーやバスなどを無駄なく効率よく運行させることができれば、安価な料金で公共交通機関を利用できるようになる。地方における交通手段の確保という面でも、MaaSは非常に有用なシステムなのだ。

日本での普及は?

では、日本におけるMaaSの普及はいつごろ始まるのだろうか。実は、東京と神奈川を運行エリアにした大手私鉄が、2019年10月から期間限定でMaaSの実験を始めている。専用のMaaSアプリを使って、鉄道やバスだけでなく、タクシー、シェアサイクル、カーシェアなどを対象とした経路検索が可能なのはフィンランドの「ウィム」と同じだ。特急列車やタクシーなどの予約・決済に加え、沿線の商業施設や飲食店などの決済もMaaSアプリでできる。この大手私鉄では、今後、自社だけに限らず、多くの交通機関との提携を模索し、さまざまなデータをオープンにするとしている。

日本のような多種複雑な公共交通機関網が張りめぐらされた国でMaaSを実現するには、それぞれの公共交通機関が持っている時刻表といったデータやリアルタイムな運行情報をどうやって共有するのかなど、多くのハードルがあるようだ。まだまだ本格的なサービスとして軌道に乗らないシェアサイクルやライドシェアをいかにして活性化させるのかもまたハードルのひとつと言われている。現状ではさまざまな課題があるものの、フィンランドや高雄市のようにMaaSの利便性を日本で享受できる日が来るのも、きっと遠くはないだろう。

文:太田 穣