2015/07/14

沖縄の離島にiPadがやってきたよ! 子どもたちと「15の春」のものがたり【前編】

沖縄本島から東へ360km、沖縄最東端の北大東島で、iPadのKeynoteでプレゼンテーションの技術を学ぶ北大東小学校の児童たち。iPadを囲む笑顔に、iPadそのものがコミュニケーションツールなのだと気付かされる

「15の春」の旅立ちの前に

小学生や中学生の頃、クラス替えを楽しみにしていた人も多いだろう。多くの小学校では2年に1回、中学校では学年が進むごとにクラス替えが行なわれる。それは、子どもがいずれ社会に出るための、新たな人間関係をつくる練習の場でもある。

ところが、児童生徒数の少ない学校ではそうはいかない。クラス替えのない学校――。沖縄本島から東へ約360km、沖縄最東端の北大東島の小中学校もそのひとつだ。

北大東島は沖縄本島から約360kmの距離に浮かぶ離島。ちなみに360kmといえば、東京―京都間とほぼ同じ距離となる

全周およそ14km、クルマで30分もかからずに1周できてしまう小さな島に、700人ほどが暮らしている。2015年度は、37名の小学生と24名の中学生が、島唯一の学校、北大東小中学校へ通う。3年生と4年生、5年生と6年生は複式学級、小中あわせて7クラスの小さな学校だ。クラスの仲間は、小中学校9年の時間を共にする家族のような存在だ。

北大東小学校の外観(写真左)と校舎内で遊ぶ児童たち(写真右)。校舎の形は、大東諸島の固有種・ダイトウオオコウモリが翼を広げた姿がモチーフ。木をふんだんに使った2階建の校舎は、中央部分が吹き抜けになっていて明るく開放感がある

クラス替えのない北大東島には、高校が存在しない。そのため、生徒たちは高校進学を機に、慣れ親しんだふるさとの島を離れて沖縄本島に移り住む。

実は、沖縄の多くの離島が北大東島と同じ境遇にある。沖縄には面積1ヘクタール以上の島が160存在し、有人島は49、うち29島に学校がある。だが、高校があるのは沖縄本島、石垣島、久米島、宮古島、伊良部島の5島だけ。隣接する島に船で通える2島を除いた23の島に住む生徒たちは、北大東島と同じく、15歳にして親元を巣立っていく。中学を卒業した生徒たちが旅立つ季節は、いつしか「15の春」と呼ばれるようになった。

「15の春」は、ふるさとの島を離れる生徒たちにとって試練の春でもある。島では新しい人間関係をつくる機会がほとんどない。それが突如、見知らぬ土地に移り住み、大人数が通う学校の一員となり、自分以外はほとんど初対面の環境で、クラスに溶け込む必要性に迫られる。人生で経験する「初めて」の連続に、萎縮して不登校に陥る生徒もいるという。

学校の外にも落とし穴が潜む。家族との連絡のため、ケータイを持ち始める生徒が多いが、十分なリテラシーがないままケータイを使い始め、思わぬトラブルに巻き込まれることもあるのだそうだ。

北大東小学校3、4年生のクラス。撮影していても子どもたちに気負いはない。先生「緊張しなくていいからね」、子どもたち「先生が緊張してるよー!」

「15の春」を、生徒のさらなる成長のきっかけにする――。そのために、北大東島・南大東島・多良間島の3島が手を取り合った。教育委員会や小中学校が連携し、「15の春」の旅立ちを応援するプロジェクトを2014年3月に立ち上げたのだ。

その名も「沖縄離島15の春 旅立ち応援プロジェクト」。KDDIとグループ会社の沖縄セルラー電話もプロジェクトに参画し、3島の学校にLTE対応のiPadを10台ずつ、1年間の通信費とセットで提供した。

小中学校の教育現場にiPadを導入し、子どもたちのICTリテラシーを高めると同時に、ICTを活用した情報学習を通じ、生まれ育った島への誇りを醸成する。本島に移り住んでも萎縮しない自信を、彼らの心のうちに育むのがプロジェクトの狙いだ。
開始から1年が経ち、2015年度からは通信費が村の教育予算に組み込まれ、プロジェクトの成果は着実に実を結び始めている。各島はさまざまな施策を展開するが、なかでも北大東島は、教育現場でのiPad活用に特に力を入れているという。その様子を取材しに、T&S編集部は北大東小中学校へ飛んだ。

体育で理科で社会で国語で......さまざまな科目でiPadが大活躍

小中学校では、我喜屋健校長先生と教務主任の狩俣高志先生のお二人が出迎えてくれた。校長先生は昨年4月、iPad到着とタイミングをあわせるように同校に赴任。この1年、みるみるiPadに馴染んでいく子どもたちの姿に目を細めていたという。

「大きな成果は"調べ学習"かもしれません。もともと、20台のパソコンを備えたコンピュータ室がありましたが、場所を選ばず使えるiPadは、授業に変化をもたらしています。コンピュータ室への移動時間も省けますし、教室で資料を見ながら手軽にiPadで情報検索ができ、LTEも使えるので校外学習にも使えます。教師にとっても子どもたちにとっても、いい刺激になっているようです」

ICT教育の取り組みについて語る我喜屋校長(写真左)と狩俣先生(写真右)。児童たちの顔を浮かべなら話しているからか、表情には笑顔が絶えない

昨年度、5、6年生の担任を受け持っていた狩俣先生は、当初はむしろ教師のほうに戸惑いがあったと語る。「iPadというツールはあっても、それを授業でどう使うか活用法がなかなか分かりませんでした」

道を切り開いたのは、ひとりの先生の存在が大きい。
「3月いっぱいで本島の小学校に異動された喜屋武(きゃん)仁先生が、iPhoneやiPadを使った授業法について、長く研究をされていました。喜屋武先生を中心に、授業でiPadをどう使うか工夫を重ねてきたんです」(狩俣先生)

今では、さまざまな科目でiPadは活躍を見せる。体育の授業では、走るフォームやバク転のフォーム、逆上がりのフォームを録画して、いいところと改善点を児童と一緒にチェックする。理科では、外に出て植物や動物の写真の撮影にiPadを使う。社会科では、アプリを使って都道府県や市町村の形を当てるパズルゲームをする。国語では、漢字の読み書きアプリを使ってゲーム感覚で漢字を学ぶ。iPadを使う授業がすっかり当たり前のことになっている。

走って、跳んで、逆上がり。体育の授業で動画をとってフォームをチェックすれば、うまくいかないポイントもよく分かる

3、4年生の国語の授業風景。狩俣先生お手製の漢字読み取りクイズと、無料でダウンロードできる漢字書き取りアプリを使って漢字の読み書きのお勉強。iPadを使えば、漢字の勉強も楽しくなる!?

海を越えた、アップル社のティム・クックCEOへのビデオレター

iPadは授業以外の時間でも活躍している。喜屋武先生が、iPadを使った授業のノウハウを伝えるべく、北大東島と隣接する南大東島に招かれたときは、南北の島をFaceTimeのテレビ電話でつないで児童どうしの交流を試みたり、iPadを活用している様子を動画で撮影し、アップル社のティム・クックCEOにビデオレターを送ったり......。アップル社からは、「アップルが端末を通じてやりたいことが形になっている」とおおいに喜ばれたという。いずれも、喜屋武先生が中心となって進めた取り組みだ。

喜屋武先生を中心に、北大東島小中学校の児童生徒がつくったアップル社ティム・クックCEOへのビデオレター。英語のナレーションを読み上げているのは中学生だ

Keynoteでプレゼンする子どもたち

さまざまな委員会活動でも、iPadを活用した報告が行なわれている。
「保健委員会でiPadのアプリケーション、Keynoteを使って歯磨き指導の資料をつくって発表したり、美化委員会の活動報告もKeynoteでつくって発表したり、図書委員会では絵本の写真をiPadで撮って、それを見ながら読み聞かせをしたりしています。iPadを使うことに児童が自発的に興味を示すので、飲み込みも早いですよ。話を聞く側の児童も、食い入るように話に集中しています」と校長先生。

昨年12月、4年生の図書委員が本を紹介する資料をKeynoteでつくったときの様子

給食委員の児童による読み聞かせ。使っているのはiPadのSideBooksというアプリ。紙のようにめくれるのが特徴だという

「15の春」の予行演習。iPadとKeynoteで本島の児童の心をつかめ!

今年に入り、児童のiPadへの関心はさらなる高まりを見せる。
北大東島小学校の5、6年生は、毎年6月、那覇市内にある児童数1,000人のマンモス小学校と交流学習を行う。普段は毎日席を並べるクラスの15人が離れ離れになって、受け入れ先のクラスに送り込まれる。そこでは、一人ひとりが北大東島の紹介をすることになっているが、今年はKeynoteを使ってプレゼンテーションしたいと、ひとりの児童が自発的に言い出した。

発案したのは、昨年、喜屋武先生からKeynoteの使い方を教わった5年生の女の子。図書委員で本を紹介するときにKeynoteを使い、写真や文字で表現する面白さを実感したのだという。

取材で訪ねたその日は、「総合学習」の時間を使い、北大東島を紹介するスライドをつくることになっていた。今年、5、6年生のクラスを受け持つのは、喜屋武先生と入れ替わりでこの4月に赴任してきた池田崇先生。前任はICT教育に力を入れる浦添市の小学校で、自身もiPhoneやiPadに慣れ親しんでいる。

Keynoteの使い方を、モニターを使って説明する池田崇先生。池田先生がプレゼンで使うのは自前のiPhoneとApple TV。児童たちは食い入るように画面を見つめる

授業は昼休み前の3、4時間目を使って行なわれた。15人を3人ずつ5つのグループに分け、資料づくりに取り組む。児童が自分たちで事前に撮っていた写真を取り込み、見出しの文字を考える。あわせて、プレゼン用の原稿もつくっていく。

写真を選んでテキストを入力、さらにはプレゼン用の原稿まで考える。これが小学校の授業で行なわれていることに編集部一同は驚くばかり

みんなスライドをつくるのに夢中。休み時間もほとんど休むことなくKeynoteを使い続けた

授業の最後には発表の練習も行なった。各グループが発表を終えると、聞いている児童が積極的に手を挙げて感想や意見を言う。それを受けて、池田先生もよかったところと改善したほうがいいところを指摘する。

スライドと原稿をつくったらみなの前で発表。本番の交流学習でもうまく発表できますように

小学生がごく当たり前のようにKeynoteを触っていること、プレゼンの技術を小学校で学んでいること、この出来事が沖縄の離島で起きていることに、取材陣一同ただただ驚かされた。

沖縄最東端の北大東島は、沖縄でいちばん早く朝日が昇る島だ。この島で、日本のなかでもいち早く、ICT教育の日が昇ろうとしているのかもしれない。

取材に協力してくれた5、6年生みんなでパチリ。沖縄の太陽に負けないぐらい笑顔がまぶしい! このなかから、未来のスティーブ・ジョブズが生まれたとしたら、こんなに嬉しいことはない

後編では、北大東小学校でICT教育を切り開いた喜屋武仁先生の話を紹介します。

文:萱原正嗣 撮影:有坂政晴(STUH)

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