2015/12/18
【猛! 男子少年マンガ部】『シティーハンター』から、80's的モテテクを学ぶ
ここは新宿のある酒場。2階にある秘密の小部屋が彼らの部室だ。引き戸を少し開けば侃々諤々(かんかんがくがく)、テンションも音量も上がり気味のトークが溢れ出してくる。
「新宿駅の掲示板に『XYZ』って書き込むと、スイーパー(掃除屋)が来る」
「"ひいいいい、かっこつけすぎたか"って」
「マジすか。むしろサムくないですか!」
"彼ら"とは――。TS 男子少年マンガ部である。メンバーは20代、30代、40代のT&S編集部員3人。2015年6月、編集部内に新設され、『花より男子』全36巻を読破した少女マンガ部からのスピンオフで発生。以前に『ドラえもん』から現代のビジネス観を読み取って以来の再登場だ。
活動内容は、auブックパスで配信される少年マンガを読み、その昔読んでいた頃とは違う、大人なりの視点と価値観をあますことなく発揮して語り倒すこと。今回は北条司『シティーハンター』全32巻である。
『週刊少年ジャンプ』で1985年から7年にわたって連載。新宿を舞台に、街のスイーパー「シティーハンター」の活躍を描く。毎回異なる様々な美女が依頼人として登場。主人公の冴羽獠は、毎回彼女たちに"もっこり"し、ビジネスパートナーの槙村香に巨大なハンマーでツッコまれながら確実に事件を解決。ときに美女たちに惚れられるも、決して結ばれない......というハードボイルドコメディなのだ。美女たちとの会話に、敵とのやり取りに、ギャグセンスに、80'sのキラキラした感覚が溢れまくる! 終盤に加速する獠と香のスレ違いラブストーリーも、読みどころだ。全32巻。©北条司/NSP1985
40代T(以下40)「今日は80'sアーバン・ハードボイルドの金字塔『シティーハンター』から、モテる男の哲学や技術を学ぼうと思うんだけど」
20代H「いやあ、全然通過してないんスよね......」
30代N(以下30)「あ、20はアレか! どっちかっていうとアニメのほうか!」
20「てかアニメあったんスか! ドラマは最近までやってましたよね」
30「それ『エンジェル・ハート』だろ! っていうか、『シティーハンター』のアニメ版知らないの?」
40「アレもアーバンだったよなあ......とくにエンディング! 毎回のエピソードのラストカットにエンディング曲のイントロがかぶるように流れてきてさ。"エンディングに曲のイントロがかぶる系作品"の元祖なんじゃない?(と、エンディング曲『Get Wild』を検索して)......おお、これこれ!」
30「いいねえ(しみじみ)」
20「あー、なんとなく聞いたことありますwww」
30「そのレベルか! なあ20、じゃあこの人見たことない?(と、TMネットワークの画像のひとりを指す)」
20「えーと......」
30「小室哲哉」
20「えーーーーーーーーーーーーっ!? 若!」
40「あと、岡村(靖幸)ちゃんとか、まあとにかくタイアップ曲もアーバンでカッコよかったんだよ。まあ20のステイタスはわかった。逆に面白い。読んでみて率直にどう思った?」
20「これって劇画ですよね......」
40「あーーーーそうかーーーー。そういう受け取りかーーーー! それはショック! 絵柄も含めて最先端っていうのが当時の子どもたちの共通認識だったんだけどなーーーー」
30「でもあながち20が言うのも外れてないかも。『シティーハンター』っていうと、主人公の冴羽獠のとにかく女好きのキャラとか、いわゆる"もっこり"とか、いかにも80年代らしい軽さとおふざけ感にあふれてるけど、連載当初は笑いの要素が薄くて結構ハードだったんだよね」
初期『シティーハンター』は超ハードボイルドだった!?
20「1巻なんか、なかなかコワイじゃないスか。人とか結構バンバン死んじゃってるし。少年マンガなのにいいの? っていう」
40「確かに。その見方は初見ならではかもな」
30「昔のマンガを読む楽しみって、そのへんにあると思うよ。ちなみに史実を言うと、『シティーハンター』の担当編集者って『北斗の拳』と同じ人だったんだって、で、引っ張られてハードにしすぎたって何かのインタビューで言ってる」
モテのために――夜景を見ながらキメるか否か
40「オレ結構憧れたよ。新宿駅の掲示板に『XYZ』って書き込むと、裏の世界に生きる街のスイーパー(掃除屋)が来る設定」
30「実在の街っていうところにリアリティがあったよね」
40「で、依頼人とか毎回のエピソードの関係者が必ずアダルトな雰囲気の美女でさ、夜景見たりバーのカウンターに並んだりなんかしながら、洒落たセリフを言うわけじゃん。当時オレ、田舎暮らしの10代だったけど、いつか女のコを口説くときにはこういう感じのシチュエーションで!って、かなり刷り込まれたと思う。『シティーハンター』はそういう作品のひとつだなー」
30「雑誌でもドラマでも、当時はそういう価値観が日本を支配してたからね。"クリスマスにはヘリをチャーターして東京の夜景を空から2人で"的な。オレ、大人になったら船上バースデーパーティーやるもんだと思ってたもん」
オレだけのとっておきの夜景スポットに依頼人をエスコート。「唯一おれが夢を見れるところ」に「初めてだぜ人を招待したのは」。で、珍しくこのままここでキッス。最高の場所でナイスなセリフを言う、という80'sメソッド。14巻「告白のエアポート」より。©北条司/NSP1985
20「マジすか。やりすぎじゃないすか。むしろサムくないスか?」
30「しかも1デート20万とかかかる(笑)。ヘリは経済的に無理なだけで、憧れてたのは間違いない。いや金があったら今でもやりたい」
20「完全にトレンディドラマの世界ですね」
40「イマドキは勝負的なときに夜景見に行ったり、いい雰囲気のバーに行ったりしないの?」
20「しますけど、そこでなにかカッコイイことを言ったりはしないですね」
30「アレか、自撮り棒とかで"夜景なう"とかか! "ちょっとお洒落なバーに来てみました"つってSNSに上げたりか!」
20「いや、冗談抜きにそうなりますよね。行くは行くんですけど、姿勢が違うというか......」
40「冴羽獠みたいに"ここがオレの一番好きな場所だ"とかは言わないんだ(笑)」
20「言うんすか!?」
30「言わない。つか言えない(笑)。子どもの頃に冴羽獠に出会ったからさ、いつかはあんなふうにふるまいたいって思ったけどね。まあ実は獠だって、カッコつけ続けることはほぼなくて。獠が自分の手を撃って決め台詞をいうくだりでも、そこだけ見ると超かっこいいんだけど、ちゃんと2〜3ページ後ろの小さいコマで"ひいいいい、かっこつけすぎたか"って痛がってる」
40「無心にカッコいいわけじゃなくて、どこかにオチを用意してるよね」
30「これきっと『オレたちひょうきん族』のビートたけし的なんだよね。かっこよかったり、ボケたりしてキャラを演じるだけじゃなくて、フッと素に戻って照れたりする部分を見せる瞬間がある。80年代はそういうキャラがカッコよくて、当時の子どもたちが感じる"面白さ"にもピッタリフィットしてたんだよ」
モテのために――シモネタの扱い、どうする?
20「あ、でも僕読んでて、冴羽獠と30さんが似てるところあるなって思いましたよ。......まずシモネタから入るところとか」
30「それは当時の空気感だよ空気感! ......でもまあ、確かに冴羽獠的キャラクターが無意識のうちに"かっこよさ"のベンチマークとして刷り込まれてるような気がしてきた。今回、『シティーハンター』を読み返してみて感じた、ちょっとした気恥ずかしさの原因はきっとそれだな......」
20「冴羽獠って最初から"やらせて"って言うじゃないですか。その辺、僕の世代の感覚からすると、すげーなって思いますもん。僕の場合、女のコと知り合って、友だちっぽい状態でずーっと来ますよね。できればもう一歩進みたいなあと思うんだけど、なにも言えないまま、ただ悶々としてる。で、どこで切り替えたらいいのかよくわからないまま、間違ったタイミングで急に温泉に誘ったりして断られるんですよ。で、いつのまにかLINEブロックされるっていう」
30「そりゃいろいろすっ飛ばしすぎだろ(笑)。切り替えるもなにも、最初から"そういう人"だと思われるとラクなんだけどね」
20「そこまで潔くなれないッス」
30「そういう意味では、下ネタはむしろ、相手への思いやりとも言えるんだけどね」
20「は?」
30「"そういう人なんだから、まあしょうがないか"って、相手にエクスキューズをあらかじめ与えるっていう。その件に関しては全責任をもつという姿勢の表明でもある。10週まわって、繊細で日本的な心遣いだよね」
20「いや美談っぽくされても......」
男の価値はハートともっこりである。と、冴羽獠はギャグめかして言っているが、これこそが彼のモテの本質。とにかく「やらせろ」と言いまくり"もっこり"を見せつけるのは、相手への思いやりであるこをがよく分かる。シティーハンターのモテの仕組みが"ポロリ"した瞬間だ。6巻「恋のアフターサービス」より。©北条司/NSP1985
モテのために――ギャップに萌える構図が重要
30「『シティーハンター』って、女優とかディーラーとかパイロットとかナースとかデザイナーとか小説家とか泥棒とか王女とか、属性のバラバラな依頼人が毎回出てくるのがいいよね。で、若干今のレギュレーションよりゆるめのお色気感覚で。読者的にはそれってコスプレじゃん」
20「そうですね」
30「そういう各種美女たちの共通点といえば、"困ってる"こと。命を狙われてるとかなにかヤバい案件に巻き込まれてるとか。冴羽獠はそもそも頼られてるわけだよね」
40「だから本当はきっちりと仕事をやり遂げるだけで、少なくともそこそこ好印象は持たれる。ましてや命を救うみたいな話だから、その吊り橋効果ぶりたるや、尋常じゃないか。そういう依頼人たちに、毎回臆することなく"やらせろ!"って言ったり夜這いかけたり(笑)」
30「うん。すごいギャップなんだよ。普段ふざけてるようにしか見えないヤツが、超頼りになるっていう」
20「それはよくわかります。でも参考にすべき現実問題として、我々がなにかを学ぶ場合、どっちに軸足を置くのかが重要ですよね」
40「やっぱり普段ふざけてる人がキメる方が、よりときめくんじゃない? ただその場合、唯一にして最大のポイントは、スキルがなくちゃなにも始まらないこと。お前、なんもないじゃん(笑)」
20「......」
30「まあハードルは高いよね。"モテるヤツは結局モテる"って話だから」
20「依頼人にちょっかい出しては振られるっていうことを繰り返しながらも、ごくまれにうまくいきそうな時ってありますよね。でも獠は自分から身を引いてる。これってなんなんでしょう?」
40「スタントマンに扮していた王女さまに告白されても、結局向こうの大使館に送り届けたりね。オレ、入婿で国家元首の配偶者になれるならホイホイ行くけどなあ(笑)」
30「メタ的に見たら、"行くと話が終わる"から。物語としては香と結ばれないとおかしなことになるけど」
両親を知らず、自らの生年月日すら知らない獠に「その辛さや孤独はわかる」と、誕生日をつくってあげる香。「これからもよろしく」と、パートナーとして握手を求める香の手をぐいと引き、「誕生日をつくってくれたお礼をしとくか......」とハグ&おでこにキッス。右手は優しく髪を撫でる。2人が徐々に接近していく様子も見どころのひとつだ。20巻「涙のバースデー」より。©北条司/NSP1985
40「後半はほとんど香ひと筋で、ふたりのスレ違いゲームみたいな見せ場も多いのに、冴羽獠ってやっぱりかなりのモテテクを駆使してるんだよね。モテたところで身を引くわけだから、かなりストイックなモテ男だと思う。つまりさ、獠が目指してるのは"純粋モテ"だよね。モテこそが目的であり、手段であり、それ以上はなにも求めない」
30「でさ、個人的な印象だけど、この何年か、わりと『シティーハンター』的なモテテクって通用してるような気がする」
40「そうなの?」
30「オレたち世代にとって冴羽獠的価値観はおなじみだけど、若い世代には、20みたいに新鮮にうつったりするわけでしょ?」
20「あ、そうかもですね」
30「よく読むと"あ、そのテクってそんな昔からあったの!?"的なのも紹介されてたりする。オレたちがかつてこのマンガから知らず知らずのうちに、モテとか大人の恋愛を学んだみたいに、これまたイケるような気がするんだよ」
シティーハンター冴羽獠直伝、80'sモテテクを発掘!
40「じゃあ"これ使える!"っていう冴羽獠のモテテクをさがしてみようか」
1.<モテアクション定番三連発>
左上から時計回りに、「お姫様抱っこ」「壁ドン」「アゴクイ」。当時からネーミングされていたのは「お姫様抱っこ」ぐらいか。ただそれにしてもさすが冴羽獠、"もっこり"できっちり女体をホールドしている。また、壁ドンは手のひらではなく、肘でドンするショートレンジのムエタイスタイル。距離は近いのに圧迫感を与えない、大人の壁ドンだ。左上から時計回りに、7巻「甘い裏切り!」、12巻「不器用な告白」、23巻「獠の『愛は地球を救う』!?」より。©北条司/NSP1985
2.<弟扱い>
見よ、「ぐいっ」とされたあとの香の表情。完全に女の顔だ。獠は、まったく香を女性として意識していない体(てい)で扱っている。性別を逆にして考えると、行動の端々に「こいつオレのこと好きなんじゃね?」感を漂わせて男子を惑わす厄介な女子がいるけど、そういうののコレは男版。困った獠ちゃんだ。26巻「ふたりのシティーハンター」より。©北条司/NSP1985
3.<コートイン>
冴羽獠の得意モテテク。上コマでは突然の雨に対して、自分よりも背の低い少女に傘みたいにしてコートの懐を提供しているが、大人の女性もよく懐に入れる。各種シモネタなどで相手の懐に飛び込むのが得意な冴羽獠だが、このテクでは"フワッ"と軽やかにコートを掛け、その内側には鍛え上げられた実際の胸板がお待ちかねという必勝モテパターンだ。冴羽獠は袖を通さずにコートを着用するケースが多いが、<コートイン>をいつでも発動するためなのかもしれない。また、コートほど着丈の長くない上着で行う<ブルゾンイン>も確認されている。6巻「恋は盲目!」より。©北条司/NSP1985
4.<背後現れ>
女性の背後に背中合わせに立ち、声をかける。先に一声掛けておいてから、顔を見る。女性は虚を突かれてドキドキ。仕掛ける側は自分のペースで相手にかけられるので、基本、優位に立てるのだ。また<背後現れ>からの<土下座>へのコンボも相手心を揺さぶるうえで非常に有効。相手は完全にコンフュージョン。そりゃそうだ。14巻「愛は誤解の中に!?」より。©北条司/NSP1985
5.<背中語り>
一見なんの変哲もない会話シーンだが、重要なのは2人の位置関係。先を歩く獠の後を追う香という構図。相手に背中を向けたまま語り、キーになるフレーズを言うときだけ、クルッと振り返る。会話にメリハリを付けることができ、重要ポイントをアイコンタクトで知らせることができる。それ以外に、自分の背中を見せつけることは、「オレの後についてこい」を遠回しに伝える効果もある。そんな気がする。26巻「I must change my life.」より。©北条司/NSP1985
あえて相手を怒らせることを言い、突っかかってきたら、相手のなすがままを受け入れる。相手の気の済むまで無抵抗に殴られ続け、勢いが弱まってきたタイミングでそっと手を握る。殴った引け目と気持ちを引き受けてくれた感謝と、あと殴った疲労で身を委ねてくるのだ。それももちろん全力で受け止める。上コマは冴羽獠の同業者・海坊主の相棒。普通の女性はこんなに何発も殴らないと思うけど。25巻「過去の傷跡」より。©北条司/NSP1985
好きな彼女になにかが起こった時には躊躇なく動き、身を挺して守る......という「心構え」。狙撃されるのを待つ必要はない。おそらくそんな好機は、ほぼない。落としたボールペンが床に落ちるまでにキャッチするとか、雑な歩き方の上司が彼女にぶつかる前にさりげなく進路を開けさせるとか、その程度のことで十分。重要なのは、受身の姿勢。上からタックルしているのに着地する時は自分が下になっている。このホスピタリティ精神こそを学びたい。13巻「動き出した犯人」より。©北条司/NSP1985
袖を引きちぎった超個性的デザインのコートでモテる。なにも自前のコートの袖をちぎれというのではない。ちなみにこの美女はファッションデザイナー。彼女の属するコミュニティとは違うところの常識は、なんにせよ彼女には新鮮に見えるのだ。冴羽獠と行動をともにしたデザイナーは、のちにあらゆる武器と一体化したコートをコレクションに発表することになる。獠への思いを作品に込めた、とも取れる。24巻「華麗なる脱出!!」より。©北条司/NSP1985
40「いやあ、モテてるねえ!」
20「......そっすか?」
30「うん、明らかにモテてるね」
40「お子ちゃまにはわからんのな!」
20「じゃあ40さんのコート、ワイルドノースリーブにしてくださ......」
40「しねーよ!」
文:武田篤典