2016/01/29

世界遺産・軍艦島でスマホが使える! そこには"ある秘密"が隠されていた

かつて海底炭鉱によって栄えた長崎県の端島、通称「軍艦島」。エネルギー政策の転換に伴い1974年に閉山し、それ以降は無人島となっていたが、2009年、島の一部への上陸・見学が可能になって以降、観光地として人気を博してきた。映画『007 スカイフォール』ではこの島をモチーフにした廃墟の島が登場したほか、実写版『進撃の巨人』ではロケ地として使われたことが話題を呼んだばかり。2015年7月には「明治日本の産業革命遺産」のひとつとしてユネスコの世界文化遺産に登録された。日本の近代化を支えた石炭産業の名残を現在に伝える貴重な場所として、その注目度は高まる一方だ。

そんな軍艦島は、先述したように現在は無人島であり、電気も水道もガスも通っていない。電気がなければ、島内に携帯電話の基地局を設置することはできない。しかし、KDDIはある方法を使って、「軍艦島でスマホが使える」を実現している。その秘密を探ってみよう。

軍艦島 長崎県の端島、通称「軍艦島」。その姿が戦艦「土佐」に似ているところからそう呼ばれるようになった
軍艦島 こちらは軍艦島の空撮写真(提供:長崎県観光連盟)

実は意外と低い、軍艦島への「上陸率」

そもそも、本当に「軍艦島でスマホが使える」のか? それを確かめるため、T&S取材班は羽田から長崎へ飛び、軍艦島への玄関口となる長崎港へ向かった。

軍艦島へアクセスするには、長崎港から出航しているクルーズ船による見学ツアーに参加することになる。ただ、ツアーに参加したからといって、必ずしも軍艦島に上陸できるとは限らない。軍艦島への上陸には厳しい「条件」があり、風速5メートル以上、波高が0.5メートル以上、視程が500メートル以下のときは、たとえ出航したとしても、軍艦島の桟橋を利用できず、上陸することができないのだ。

天候が穏やかな時期は90%以上の高い確率で上陸できるが、台風シーズンなど天候が荒れる時期の上陸率は50%程度まで下がってしまうという。果たして無事に上陸することができるのか?

軍艦島取材に利用したクルーズ船 今回の軍艦島取材に利用したクルーズ船。ツアーの所要時間は約3時間20分

軍艦島に向けて、いざ出航! 軍艦島に向けて、いざ出航! 軍艦島に向けて、いざ出航!

写真ではわかりづらいが、出航時には小雨がぱらついていた。風もそこそこ強く吹いている。しかも、雨と風は時間が経つにつれてどんどん強さを増していく。

平日にもかかわらず、190席ある船内はほぼ満席。外国人観光客も少なくなかった。やはり世界遺産登録の影響は大きいのだろう。

クルーズ船に揺られながら海上を進むこと約40分、中継地点の高島に到着。港のほど近くに「石炭資料館」があり、上陸時間を利用して見学することができた。

高島の「石炭資料館」 高島の「石炭資料館」 高島の「石炭資料館」。炭坑の貴重な石炭資料が展示されている

石炭資料館前の広場には軍艦島の模型の展示も 石炭資料館前の広場には軍艦島の模型の展示も

高島も軍艦島と同様、かつては炭鉱で栄えた島だが、軍艦島と違って現在も人が住んでいる。公園や海水浴場もあるようだ。しかし今回のツアーにおける高島での上陸時間は30分しかない。「石炭資料館」の見学を終えた取材班は、足早にクルーズ船に乗り込む。

高島でも電波がバッチリ届いている

高島でも電波がバッチリ届いていることが確認できた

ついに軍艦島が姿を現す。しかし......

長崎港を出航してから、雨と風は強まる一方。これはもしかしたら軍艦島に上陸できないかもしれないな......。そんな不安を抱えつつ、高島からさらに南へ進むこと約15分、軍艦島が見えてきた!

軍艦島 軍艦島は廃墟の島。朽ち果てた鉄筋コンクリートの建物群が海上に浮かぶ様子は異様な光景だ

遠くに見えていた軍艦島が、どんどん近くに迫ってくる。これは上陸できるのかな......と思ったのもつかの間、船内に非情なアナウンスが流れた。

「誠に残念ですが、強風のため、本日は上陸を断念します」。
ガーン!

上陸を断念したクルーズ船は、島の周囲をぐるりと一周していく。

高島でも電波がバッチリ届いている
高島でも電波がバッチリ届いている
高島でも電波がバッチリ届いている
高島でも電波がバッチリ届いている さらば軍艦島、また会う日まで。今度来たときは上陸させてくれよ

上陸できなかったのは残念だったが、雨が強く降りしきる甲板から眺めるだけでも、その迫力は十分に伝わってきた。

最盛期にはこの小さな島に約5,300人が暮らしていたという。現代に生きる私たちは、この島を"廃墟"や"世界遺産"といった観光的な目線で見てしまいがちだけど、かつてこの島にはそこに住む人たちの日々の営みがあり、それぞれがそれぞれの思いを抱えながら暮らしていた。楽しいこと、うれしいこと、悲しいこと、つらいこと、いろいろあっただろう。そう思うとちょっと感慨深いものがある。

電波状況は極めて良好

ふと手元のiPhoneに目をやると、電波状況は極めて良好。ネットもメールもSNSもストレスなく使うことができた

軍艦島の風景

天候に恵まれて無事に上陸できれば、このように間近で廃墟を拝むことができる。上陸が許可されている島内の南端部には見学路が整備されている(提供:長崎県観光連盟)

軍艦島でスマホを利用可能にした舞台裏

クルーズ船による見学ツアーを終え、長崎市内へ戻ったT&S取材班は、軍艦島のエリア対策を担当したKDDI福岡エンジニアリングセンター(福岡EC)の木立葉月(きりゅう・はづき)と合流。「軍艦島でスマホが使える」をどのようにして実現したのか、話を聞くことに。木立いわく、「軍艦島をエリア化している秘密は、長崎の南、野母崎という場所にあるんですよ」とのこと。さっそく一緒に現地へ向かうことにした。

長崎市内からクルマで約1時間、長崎半島南端の野母崎地区に到着。海岸でクルマを停めると、沖合に軍艦島のシルエットがうっすらと見えた。野母崎から軍艦島はかなり近い位置にあるようだ。

KDDI 建設本部 福岡エンジニアリングセンターの木立葉月

野母崎の海岸にて、軍艦島のエリア対策を担当したKDDI 建設本部 福岡エンジニアリングセンターの木立葉月。後ろにうっすらと見えるのが軍艦島だ

再びクルマに乗り込み、野母崎の集落を抜け、山あいの道を進む。途中から非舗装路に入り、クルマ1台がギリギリ通れる細い林道を進んで行くと、携帯電話の基地局らしき鉄塔が見えてきた。

KDDIの「野母崎局」

――もしや、この基地局から軍艦島に向けて電波を......?

「その通りです。この野母崎局から、軍艦島へ電波を飛ばしているんですよ」

KDDIの「野母崎局」

「軍艦島でスマホが使える」を可能にした、KDDIの「野母崎局」

――ここから軍艦島までどれくらい離れているんですか?

「だいたい5kmくらいですね。それくらいの距離であれば、指向性の高い特別なアンテナでなく、通常の街中で使っている一般的なアンテナで十分届きます」

長崎半島南端の野母崎局が発する電波を強化することで、軍艦島のエリア対策を図っている 長崎半島南端の野母崎局が発する電波を強化することで、軍艦島のエリア対策を図っている

――この基地局は、軍艦島のために特別に設置したのですか?

「いいえ、以前からあったものですが、SNSの普及に伴い、観光地や名所で携帯電話やスマートフォンを使いたいという声は高まっています。軍艦島も、世界遺産の登録によって観光客が増加することが予想されたため、観光に訪れたお客様に携帯電話やスマートフォンを快適にご利用いただけるよう、アンテナの向きや設定を調整したほか、アンテナを一本増設して、軍艦島における電波状況を強化しました」

――軍艦島のエリア対策が完了した時期はいつですか?

「2015年7月3日。世界遺産登録が決定した前日です。工期は1カ月もありませんでした。通常の7分の1ほどの短さです。途中で大雨による土砂崩れが起こるなど、苦労もありましたが、スタッフが一丸となって取り組んだ結果、なんとか世界遺産登録決定までに間に合わせることができました。軍艦島を訪れた観光客の皆様が、スマートフォンが使えないことで不便な思いをしてほしくありませんから」

――土砂崩れとは、大変でしたね?

「はい。短い工期だったのに、工事が始まろうとした矢先に基地局までの唯一の林道が、大雨により土砂崩れ。現場からは『基地局へ辿り着けません』と話があった時には、凹みかけました。それでも、上司から『一輪車やスコップを購入し、福岡エンジニアリングセンターとKDDIエンジニアリング九州支社が総出で土砂撤去や機材搬入し、世界遺産登録まで何とか間に合わせよう!』との強い思いを胸に、関係機関へ調整の結果、早々に林道整備をしていただき工事再開ができました」

工事中に土砂崩れが起こった箇所
工事中に土砂崩れが起こった箇所

工事中に土砂崩れが起こった箇所。基地局までの道中も背の高い植物がなぎ倒されていた

KDDI 建設本部 福岡エンジニアリングセンターの木立葉月 木立は九州エリア全域の対策を担当。基地局を増やすなどして電波状況を改善していく現在の仕事に、大いにやりがいを感じているという

人口カバー率99%を超えるauのLTE通信網。いまや「どこでもつながる」が当たり前の時代だ。街でも、山でも、世界遺産でも、つながらない場所を探す方が難しいかもしれない。しかし、「どこでもつながる」の裏には例外なく、現場の地道な努力がある。軍艦島も然り。「軍艦島でスマートフォンが使える」は、木立をはじめとする担当者のゲンバダマシイが支えているのだ。

文:榎本一生
撮影:竹内一将

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