2015/07/17

「“海上”が勤務地です!」 光海底ケーブル敷設で世界の通信網を支える

世界中にはりめぐらされた通信ネットワークのなかでも、国際間の通信に欠かせないのが光海底ケーブル。日本と海外との通信の99%が利用する、重要なインフラだ。KDDIのグループ企業である国際ケーブル・シップ株式会社(KCS)で光海底ケーブルの建設・保守に携わる小田明日香に、その仕事とやりがいについて聞いた。

総延長9,000kmの光海底ケーブルの建設が始まった

2015年6月、東に向けて大きく開けた三重県志摩市の甲賀海岸。夜明け前から、巨大な船のシルエットが沖合に浮かぶ。海底ケーブル敷設作業船、KDDIパシフィックリンクだ。2016年4月からの運用開始を予定している日米間光海底ケーブル「FASTER(ファスター)」の陸揚げ作業が始まろうとしていた。

夜明けと共にケーブル陸揚げ作業が開始される

FASTERは総延長約9,000km、千葉県南房総市および三重県志摩市とアメリカ・オレゴン州を結ぶ。当初の設計容量は世界最大規模の60Tbps(T=テラは1兆)。ますます増大する日米間のデータ通信需要に応えると同時に、現在主力となっている日米間光海底ケーブルUnityのバックアップとして建設される。60Tbpsがどれぐらいの速度かというと、2秒間でDVDのデータ約3,000枚分が送信できるほど。1995年に運用開始したTPC-5CNの約3,000倍、2010年に運用を開始したUnityの約12倍となる。

大洋を横断する長大な光海底ケーブルの敷設作業は、敷設経路に沿って航行するケーブルシップからケーブルを下ろしていく。しかし、陸に近いところでは海が浅くなるため、巨大なケーブルシップは近づくことができない。沖合に停泊したケーブルシップから陸上にケーブルの先端を引き上げる作業だが「陸揚げ」だ。地上で待ち受ける作業班の中に、小田の姿があった。

船からケーブルの先端が到達する

「陸揚げ作業の前の準備のために、2週間前から現地入りしていました」(小田)。地中下にある海底線中継所への引き込み口を重機で掘り出し、崩れてこないように土を止める「矢板」を打ち込む。船の停泊予定場所までの中間点にポンツーン(小型台船)を設置し、海底ケーブルを結びつけるためのリードロープをポンツーンから引き込みルートに沿って敷設するなど、さまざまな準備が必要だ。工事だけでなく、日頃近海で漁をしている近所の漁協との調整も、地上班の大切な役割だ。

当日の小田の役割は、「陸揚げシーブ」という、ケーブルを曲げるための滑車の動作確認、巻き取り機械の動作確認、および陸揚げされたケーブルを、中継所敷地内へ引き込む作業の指揮を執ることだった。「リーダーは、陸揚げルートを目で見てケーブルの張り具合を監視し、指示を出します。私の役割は、ケーブルや巻き取り機械の動作が問題ないかをチェックすることで、動けないリーダーの代わりに場内を走り回っていました」(小田)。

天候にも恵まれ、作業も順調で、予定よりも2時間近く早くケーブルの先端は陸上に到着。陸揚げを祝うセレモニーや電気試験も無事済ませ、地下管路からKDDI南志摩海底線中継所にケーブルを引き込んだ。

重機で牽引しながら陸揚げ。ケーブルの引張(ひっぱり)など、人力での調整も必要となる

小田はトランシーバーを持って作業場内を走り回る

海底ケーブルの陸揚げセレモニーをシャンパンで祝うのは国際的な慣習だ

海底線中継所への引き込みが終わると、「防護管」というダグタイル鋳鉄のカバーを陸揚げしたケーブルに取り付けて、砂浜から浅い海底に埋める作業を行う。

陸揚げ作業を終えてひと息つき、笑顔を見せる小田

KDDIパシフィックリンクは、本邦近海にて、海底にケーブルを埋める敷設作業を行っており、その後、もう1カ所の陸揚げ地である千葉県南房総市の千倉で陸揚げを行う。以降、いよいよ対岸のオレゴン州に向けた光海底ケーブルの敷設も始まり、日本と世界がまたつながろうとしている。

要請があれば24時間以内に出航!

小田がKCSに入社したのは2010年。京都出身だったが、海に憧れて東京海洋大学に入学し、そのまま「船に乗る仕事がしたい」という理由でKCSに就職した。最初はケーブル船に乗船し、主に船や設備のメンテナンスを担当していたが、「外部の人と接することで視野を広げられる仕事がしたい」という思いで転属を希望した。現在は陸上部と浅海部の海洋土木技術者を主担当としつつ、乗船によるケーブルの修理にも対応している。

KCSには「KDDI パシフィックリンク」「KDDI オーシャンリンク」という2隻のケーブル船があり、海底ケーブルの建設のほか、海底ケーブルの故障や切断などがあった時にはただちに出航して現場に駆けつけ、修理を行う。KDDIオーシャンリンクは主として修理工事を担っており、出動範囲は「ヨコハマ・ゾーン」と呼ばれる、北はサハリンから南は赤道まで、東は日付変更線を越えて太平洋のほぼ中央までとなる。日本海方面も出動範囲だ。ひとたび出動要請がかかれば、必要なケーブルや機材を積み込み24時間以内に出航。現場に向かいながら修理の準備を行う。

KDDIパシフィックリンク

KDDIオーシャンリンク

KDDIオーシャンリンクの母港となっている横浜港に面した事業所には、いつでも出動できるようさまざまな光海底ケーブルが格納されている。光海底ケーブルは絡まったり重さで潰れたりしないよう、直径8mのタンクの中で慎重に巻かれて積み上げられている。出港時には必要な光海底ケーブルをクレーンと滑車を使ってケーブルシップのタンクに積み込む。船底にあるケーブルタンクには、長さ5,000km、重さ4,500tのケーブルが積載できるようになっている

数10km間隔で信号を増幅する「海底中継器」の接続は大変デリケートな作業になるため、船上ではリスク回避のためにあらかじめ50m程度のケーブルに接続した状態で保管されており、このまま船に積み込まれる

この日は「KDDIパシフィックリンク」「KDDIオーシャンリンク」共に出航していた。それぞれの船の出航回数は年間15回程度、200日にも及ぶ。ここにいることのほうが珍しい

船上での精密作業で通信を復旧する

海底ケーブル修理のため、1度出航してから母港に戻るまでの期間は10日から1カ月程度。「回航」と呼ばれる現場への移動中にも作業はある。「現場に向かいながら、海底ケーブルの本番接続時の環境に合わせた条件出しと、実際に光ファイバーを接続するなどの準備を行います」(小田)。光ファイバーや、光ファイバーを接続する融着器は非常にデリケートなため、温度や湿度の変化に合わせ、融着時の放電の強さなどを事前に調整する。

現場に到着したら、まず、修理するケーブルを海底から引き上げる。引き上げには遠隔操作の水中ロボットを使用する。引き上げたケーブルから故障した区間を切り離し、新しいケーブルに交換する。ケーブル敷設は海底のケーブルに張力がかからないようにスラック(余長)を考慮するが、この「スラック設計」も船上で行うことになる。そしていよいよ光ファイバーの両端の融着だ。ケーブルの中心を通る髪の毛ほどの細い光ファイバーの芯線を引き出し、慎重に融着していく。作業には資格が必要で2年に1回更新する必要がある。

KCSの横浜事業所では、光ファイバー接続に必要な資格を習得するための講習も行われている。世界でも6カ所しかない施設のうちの1つなので、他社の技術者も講習を受けに来る

ケーブルシステムによって微妙にその構造が異なるため、すべてのシステムに対応できる技術を身につけなくてはいけない

海底ケーブルの太さは水深によって異なる。漁網や錨などからケーブルを守るため、浅い場所ほど、太く強度がある外装になっている。逆に深海ではケーブルが重すぎると自重に耐え切れなくなるため、「無外装ケーブル」といわれる細いタイプのものになる。直径17mm程度ある

修理が完了したら、ケーブルを再度海底に沈める。陸に近い場所では、漁網や錨などによる切断事故を防ぐために、ケーブルを海底に埋める必要がある。埋設が必要な時には、水中ロボットを遠隔操作して埋設作業を行う。「ロボットの操作は好きです。視界の良いところでの埋設作業も楽しいし、水深1,000m以上の深海の海底をカメラで見るのもとても楽しいです」(小田)

海底ケーブルの埋設に使用する水中ロボットの作業は船内から遠隔操作される

作業が終わった帰途は、報告書作成などのデスクワークを行う。そして横浜に戻ると、次の出航を待つ。ちなみに、出航時には日本を出ることになるため出国手続きを行う必要があり、帰港時には同様に入国手続きが必要だ。したがって、パスポートには日本を出国後、別の国に立ち寄ることなく入国した記録のスタンプがたくさん並ぶことになる。「シンガポールに遊びに行った時に、パスポートを提示したらぎょっとされました」というエピソードは、この仕事ならではだろう。

海の上ならではの風景が楽しみ

船上での勤務は3交代制で、1回4時間の作業。24時間で2回、1日8時間が作業時間となる。1ワッチ(作業時間)に対して3〜4人のチームで作業にあたる。KCSの土木技術者は数十人、うち女性は今年の新入社員を含めて4人なので、まだまだ男性の方が圧倒的に多い。

乗船しているのは技術者が10〜15名、船員が40名ほど。総員約50名での航海となる。「船員はフィリピン人の方が多いので、クリスマス時期にはカトリックの彼らと一緒にクリスマスパーティーを楽しみます」(小田)。

航海中は、イルカたちが船首の波で遊びに寄ってくることも

船室は個室で、KDDIオーシャンリンクには部屋にシャワーもついている。航海中でもインターネットは使えるが、衛星回線を利用するため容量が限られており、地上にいるときのように自由にというわけにはいかない。部屋ではそれぞれ、DVDを見たりゲームをしたりして過ごす。「最近はモンスターハンターが流行っています(笑)」(小田)。運動不足にならないよう船内にはジムも設置されている。航海によっては、船内にあるものを利用して運動会をすることもあるそうだ。

航海中の楽しみは、「船上からしか見られない美しく壮大な景色が見られる」こと。ベタ凪(無風)状態の鏡のような海面や満点の星空を楽しんでいる。航海ごとに、船酔いに悩まされるが、それにももう慣れたようだ。

船上作業の様子。巨大なシーブ(滑車)を使って海底ケーブルの繰り出しを行う

より技術を高め、お客さまの要望に応えたい

海に憧れ、船に乗る仕事に就いて5年。その間には、東日本大震災があった。巨大地震による急激な引っ張りや海底の地滑りにより、日本近海の海底ケーブルも20カ所以上の損傷を受けた。KCSのケーブルシップは震災直後からフル稼働で、故障箇所の修理にあたった。当時まだ新人技術者だった小田も、KDDIパシフィックリンクに乗り込み、船上での作業は地震発生直後から4カ月以上も続いた。

海底ケーブルの保守は、日本と海外の情報通信を支える大事な仕事だ。だが小田は、「修理ができた、敷設ができた、という区切りでの達成感は感じるけれども、扱っているものがあまりにも巨大すぎて、自分の生活とのあいだには少し距離を感じる。でも、ケーブルの陸揚げ地などで、地元の人に応援してもらえることほど嬉しいことはない」と語る。

FASTERの陸揚げ作業では、作業現場を訪れる住民の方々の質問にも気さくに答えていた。「女性だから話しかけやすいというのはあるかもしれません。海底ケーブルは陸揚げ地の方々のご協力があってこそ運用できるシステムです。でも、地元の方に直接的に還元できないのがもどかしいところですね」と、細やかな心遣いを見せる。

今後は、「敷設精度をもっと上げて、通信用だけでなく、地殻変動調査や資源調査など、お客さまのさまざまなニーズや要望にも応えていきたい」と目を輝かせる。海底の巨大インフラを守る、プロフェッショナルの矜持が見えた。

文:板垣朝子 撮影:稲田 平

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