2015/09/24

ひとり暮らしシニアの自立を見守るウォッチ型アラート

ひとり暮らしのお年寄り世帯の数が急速に増えつつあるアメリカ。北米とヨーロッパを合わせると、約4,000万人の65歳以上の人々がひとり暮らしをしている。30年前は、米国で老人ホームに入居する人の平均年齢は74歳だったが、現在では90歳と、ぐっと高齢化している。

一般的に、成人した子ども世代と親世代が、介護のために同居する習慣がないアメリカでは、独居に多少の不安はあっても、慣れ親しんだ自宅で、少しでも長く自立して暮らしたいと望むお年寄りが多い。そんなシニア世代のひとり暮らしの安全を見守り、薬の飲み忘れをアラートで知らせ、万が一倒れたときも、ボタンひとつで24時間サポートを通して救急隊につながるウォッチ型デバイスが「Lively (ライブリー)」だ。

「年寄りに見られたくない」ユーザーの気持ちに寄り添うデザイン

見た目は、若者が着けてもまったくおかしくないような、スタイリッシュなスマートウォッチ。遠目から見ると、Pebble TimeやApple Watchのようにも見える。ベルトは白や黒を含め10種類のカラフルな色から選べる。万が一倒れた場合には、時計の横についているオレンジ色のボタンを押せば、24時間対応のモニターセンターに連絡がいく。本人に電話をかけても応答がなければ、すぐに救急車が手配され、家族にも連絡がいく仕組みだ。

「ひとり暮らしに不安があっても、モニターされていることがすぐに分かる医療機器っぽいペンダント型のデバイスを身体に着けるのを嫌がるお年寄りは、実はとても多い。人間、何歳になろうと、いかにも『年寄り』とは見られたくないプライドがあるのは当然。だからペンダント型ではなく、ウォッチ型にこだわった」

彼が腕にLivelyをつけた、Lively共同創業者でありCOOのデイビッド・グリックマン氏

そう言うのは、Livelyの共同創業者で、COOのデイビッド・グリックマン氏。元アップル社員の彼は、ユーザーにとってデザインがどれだけ大切かを骨身に染みて知っているひとりでもある。折しもApple Watchが発売されたことで、クールなデザインのスマートウォッチを腕に着けることが最新トレンドとなったため、相乗効果で利用者のお年寄りからの評判もいいという。「あれ? それ、もしかしてApple Watch?」と周囲の人たちから聞かれることが、ひとつのステータスにもなっているという。

ひとり暮らしのお年寄り用のモニターデバイスは、米国にも数々ある。なかでも、首からかけるペンダント型のデバイスは、倒れたときにすぐに胸のボタンを押せることもあり、長いあいだ、この業界の中心的商品だった。だが、グリックマン氏たちが実際にお年寄りに聞き取り調査をしたところ、「格好悪いので、体調のいい日は実はペンダントをはずしている」と答える人が意外に多かったという。グリッグマン氏らは、万一に備えて、毎日着けていても邪魔にならず、モニターだと分からないデバイスを作ろうと考え、2012年に起業し、腕時計型のLivelyを開発した。

VPNでサーバーに直結して健康情報を守る

薬を飲む時間になると、それを知らせるピル型のアイコンがスクリーンに表示され、薬を飲まないと15分後にアラートが表示される。2回目のアラート後も薬を飲むのを忘れた場合は、本人のウォッチと家族やケアに携わる人のスマホのアプリに、「薬飲み忘れ」の表示が出る仕組みだ。ユーザーが1日に何歩歩いたかの歩数も、ウォッチ内蔵のセンサーが感知してスクリーンに表示できる。ウォッチは防水加工が施されているため、着けたままシャワーや浴槽に入っても大丈夫だ。

ウォッチを使うのに、家の中にインターネットやWi-Fiの設備は必要ない。ハブと呼ばれる卵形をした白いデバイスを室内に置くだけだ。このハブの中にはSIMカードが入っており、Vodafoneのデータネットワークと直接つながっている。このVodafoneのVPN(Virtual Private Network)は、米国ではAT&Tと T-Mobileを通しての通信となる。室内のインターネット回線やWi-Fiを通さないので、外部からのハッキングの心配がなく、無防備になりがちなシニア世代の個人情報を守るのにも適している。ハブから450mの範囲まで通信が届くため、ウォッチをしたまま外に出て庭仕事をしていても、モニター機能は働いており、万が一、庭で倒れても、ボタンを押せば統括センターにすぐ通報がいく。

冷蔵庫のドアをいつ、何回開け閉めしたかを示すセンサーのデータ

その日にユーザーが薬を飲んだかどうかを、どうやってセンサーが感知するのだろうか?「小さな白いセンサーをユーザーの薬箱に取り付けて、薬箱を一定以上傾けて薬を取り出すと、センサーが感知する仕組みです」と、グリックマン氏。同じ形の小型センサーを冷蔵庫の扉にも取り付け、1日に何回、冷蔵庫の扉を開け閉めしたかも記録され、家族やケアをする人のスマホにそのデータが送られる。

「冷蔵庫をその日、何度開け閉めしたかは家族にデータとして把握されたとしても、いちいち何を食べたかまでは誰にも知られたくないのがお年寄りの本音。そんな微妙なプライバシーの線引きを大事にした」とグリックマン氏。

まったく歩かなかった日や、薬を飲まなかった日、また冷蔵庫の開け閉めがない日があれば、家族や介護人がそれをスマホのアプリ上で知ることができるが、このLivelyのシステムに室内カメラは含まれていない。お年寄りがもっとも嫌がるのが、ビデオカメラで家族から遠隔監視されることだということも、お年寄りへの聞き取り調査で分かったからだという。

家族やケアする人が、独り暮らしのお年寄りの行動をウォッチしてモニターできるようになっている

ウォッチ型のデバイスとハブ機、さらに薬箱や冷蔵庫に付ける小型センサーを合わせて価格は50ドル。それとは別に、月々27.95~34.95ドルのサービス料金がかかる。60日間は無料体験期間とした。一般的な30日ではなく、あえて長い期間にしたのも、お年寄りが新しいデバイスを生活に取り入れるには時間がかかるという配慮からだという。現在、米国でのこのデバイスのユーザーの55%は女性で、45%が男性とのこと。女性の方が平均寿命が長いので、ひとり暮らしになる可能性も高いためだろう。

親世代をターゲットに、使うと嬉しくなるような体験を

商品開発で気を付けたことは何か、とグリックマン氏に聞くと、彼はこう答えた。

「とにかく軽いこと。90歳の女性が腕に毎日着けるわけだから、重かったら絶対に着けてもらえない。電池も1カ月交換なしで持つようにした。さらに、見た感じはApple Watchのようでも、操作は何倍も簡単にした」

たとえば、緊急の際に押すボタンはよく見えるようにオレンジ色にし、さらにほかにはボタンを一切付くけず、そのひとつだけにした。「倒れたときに、身体を起こせなくても、手探りで簡単に押せるボタンにした。スクリーンを触って操作する必要は一切ない」とのこと。

Apple社など、シリコンバレーのテクノロジー業界を渡り歩いてきたグリックマン氏は、仲間とLivelyを起業したきっかけをこう語る。

「世の中の未解決の問題に何らかの解決方法を示したかった。シニアだって自立して尊厳を持って生活したい。でも実際にはその手段がなかなかない、というのが問題だと思った。テクノロジーを誇るために最新テクノロジーを提供するのではなく、インターネットアクセスがないお年寄りの家でも、彼らが簡単に使えて、生活に役立つものを作りたかった。そしてユーザーが10歳であれ、90歳であれ、年齢にまったく関係なく、毎日使っていて嬉しくなるような、優れたデザインを提供したかった」

Livelyのサイトにあるメンバー紹介には、親と一緒に写っている写真も掲載されている。シリコンバレーの40代の起業家たちの親たちは、すでに70代から80代。まさに、このデバイスのターゲット世代だ。今後、ベビーブーマー世代がリタイアするにつれ、シニア世代のひとり暮らし市場は、爆発的に拡大するだろうと予想されている。

文・撮影:長野美穂