2015/08/24
大気汚染の度合いや花粉の分布状況を計測できるハイテクなクリップが登場
写真提供:TZOA
一見すると、ちょっとオシャレなメタル風のクリップ。シャツやジャケットにつけるアクセサリーとしても違和感がない。サイズはオセロゲームのチップぐらいだ。TZOA(ゾア)という名のこのデバイスは、内蔵センサーによって空気の汚染度合いを測定でき、その結果をリアルタイムでスマホに表示できる。また、街のどの地域に花粉が多いかなどのマイクロ・マッピング情報も表示可能だ。
CEOケビン・ハート氏。向かって右胸に着けている金色のデバイスがTZOA(撮影:長野美穂)
「大気汚染が大きな問題になっている中国の北京に住む市民からも、商品の問い合わせがひっきりなしにきています」。そう語るのは、カナダ・バンクーバーで起業したTZOA Wearables のCEO、ケビン・ハート氏だ。従来型の空気センサーは大型で、2,000ドルから2万ドルと非常に高価なものが多い。よって、個人が所有できるようなものではなく、自治体が公共の建物の屋根の上に設置して計測するタイプがほとんどだった。
「自治体から空気の汚染具合の数値が発表されても、そのセンサーの設置された建物の周りの汚染しかわからず、市民にとっては、自分が住む場所の空気汚染の状況がピンポイントで把握できないまま。結局、ぜんそくや肺の弱い人、気管の弱い赤ちゃんを育てている親などにとっては、あまり役立たない不十分な情報に終わってしまっていた」とハート氏。
世界保健機構(WHO)の昨年の発表によれば、大気汚染が原因による病気で、世界中で年間約700万人が死亡していると推定されている。中国では深刻な大気汚染が大きな社会問題になっていることもあり、個人が自宅や生活圏内で、自由にいつでも大気汚染のデータを測定できるように、安価なセンサーを多くの人に提供できれば、という願いから開発されたのがこのTZOAだ。クラウド・ファンディングのIndiegogoで、資金集めを今年5月中旬に開始。1個99ドルや119ドルという先着販売は予約が殺到してすぐに売り切れ。現在は139ドルで販売中だ。商品の発送は来年の4月スタートを予定している。
TZOAは、デバイスに内蔵したセンサーが、肉眼では見ることのできない大きさの塵や埃、汚染物質などの質量を測定する。人間の髪の毛の太さよりもさらにずっと小さいPM2.5 やPM10と呼ばれる汚染物質をレーザーと光によって特定する。花粉、埃、排気ガス、たばこの煙など、広範囲の物質を測定可能だ。開発の段階では、市販されている2,000ドルから2万ドルの大気汚染センサーと性能比較をして、サイズは小さくても、それらの大型センサーに劣らない機能を目指したとのこと。
写真提供:TZOA
センサーで集めた測定データはBluetoothでスマホのアプリに自動送信される。スマホの画面上には「Dirty」や「Clean」などのシンプルな表示がなされるほか、数値も表示される。たとえば、通勤途中のいつもの道で「Dirty」表示が出た場合は、「通る道を変えてみてください」などの具体的なアドバイスが表示される。屋外だけでなく、室内の空気も測定可能だ。
「たとえば、換気扇をつけないで台所で調理をしてみると、15分でどのぐらい空気が汚くなるのか、簡単に実験でき、すぐ結果がスマホ上で見られるので、使う側が楽しみながら環境問題に興味を持てる」とハート氏。
空気の汚染状況のほかにも、紫外線の数値、湿度、温度、明るさなど、全部で5つの数値が測定できる。夏の強い日差しで、1日にどれだけ紫外線を浴びているのか気になる場合にも、実験感覚でデバイスを装着すれば、データを集められる。
また、花粉症で苦しんでいる人たちが、お互いに情報を共有できるマップ機能もある。花粉が多く分布している地域でユーザーがデバイスに軽く触れると、アプリの地図にその場所が表示され、同じ街に住むアプリの使用者で花粉情報が共有できる。
CEOのハート氏が強調するのは、外気の汚染だけでなく、室内の空気の汚染も見過ごせないことだ。「石炭や木などを使って煮炊きをすると、室内の空気も汚れてしまうことは意外と知られていない。窓を閉め切ったままでいると、さらに危険なことも」と言う。
現在、TZOAとカナダのブリティッシュ・コロンビア大学は共同で、インド国内の大気汚染がひどい地域でセンサーを使い、市民の健康にどんな影響が出ているのかデータを集めている。また、大学や研究所向けに、個人向けとは別に、大気汚染測定センサーを開発し、発売する予定だ。
サンフランシスコで開かれた、ウエアラブル機器の世界最大のイベント「ウエアラブル・ワールド・コングレス」では、ハート氏と大手企業のゼネラル・エレクトリックやサンフランシスコ市の職員などがディスカッションし、自治体らとともに、空気センサーのどんな利用法が考えられるか、ブレーンストーミングが行われた。
「デバイスを売るというよりも、環境問題に個人が積極的にかかわるソーシャル・ムーブメントを推進して、その活動自体を世の中に売っていくというのが我々のミッションだ」と語るハート氏。大気汚染がそれほど問題になっていない母国カナダよりも、自治体の反応のスピードが速い米国で、今後、共同事業をしていく可能性が高いという。
ハート氏いわく、「現在のデバイスには放射線の量などを測定できる機能はないが、多くの人が気になる数値でもあり、将来的には需要次第で商品化も考えたい」とのことだ。
文:長野美穂