2016/12/16
【イノベーターズ】「世界初の月面探査レースへ! 民間から月面資源開発に挑む男」袴田武史
通信やICTにまつわる"なにか"を生み出した"イノベーターズ"。彼らはどのように仕事に向き合ってイノベーションにたどり着いたのか。インタビューを通して、その"なにか"に迫る。今回は、「月面資源開発」を今後15〜20年のスパンで、「事業」として展開しようとする「ispace」の袴田武史さんのインタビュー。
さて、まずは「Google Lunar XPRIZE」についてご説明。
Google Lunar XPRIZEはアメリカのXプライズ財団が発案&運営し、Googleがスポンサーになって開催されている、民間による月面無人探査レースのことだ。2016年12月現在、10以上の国と地域から16チームが参戦している。今回ご登場のispace代表取締役の袴田武史さんは、日本から唯一、このレースに参加しているチーム「HAKUTO」の代表である。
「Google Lunar XPRIZE」とはいかなるレースか
このレースのミッションは「2017年12月31日までに民間で開発した無人探査機を月面に着陸させ、着陸地点から500m以上移動し、レギュレーションを満たす高解像度の画像と動画や静止画データを地球に送信する」というもの。
優勝チームに贈られる賞金は、なんと2,000万ドル。日本円にして20億円以上!
優勝と準優勝を決める以外にも、アポロ計画で月面に残した機器を撮影することができれば「アポロ・ヘリテージ・ボーナス」として400万ドル、アポロ計画以外の宇宙開発での月への痕跡を見つければ「ヘリテージ・ボーナス」で100万ドル。ほかにも「着陸地点から5,000m以上走行する」「(14日間続き、温度が-170℃にもなる)月の夜を乗り切る」「水か氷を発見する」など様々なボーナスミッションがあり、賞金総額は3,000万ドルだ。
勝敗を決することよりも、イノベーションのベースとなることが重要なレース
このレースは2007年9月に立ち上げられ、レースの期限はこれまで2度先送りになり、都合2年延びた。その判断をするのは主催者側だが、参加チームの声が大きく影響する。
「1チームでもその期限では無理だということになれば、延期されます。もちろんレースではあるのですが、主催者としては成功チームをひとつでも多く出したいと考えているわけですから。Xプライズ財団の目的は、このレースを使って宇宙開発という産業にイノベーションを起こすこと。ですから、それに沿うかたちでレースの運営も行っているのです」
Xプライズ財団は、この月面探査レースだけでなく、サイエンスやエネルギーなど人類共通の課題を解決するための爆発的なイノベーションを求めてさまざまな賞金レースを主催している。ちなみに2004年に行った「Ansari XPRIZE」は、高度100㎞の宇宙空間を有人飛行できる機体を民間で開発するレース。この時はスケールド・コンポジット社の「SpaceShipOne」が有人宇宙飛行に成功し、賞金1,000万ドルを獲得。ヴァージン・ギャラクティック社の宇宙旅行事業につながっている。
チーム「HAKUTO」の構成は袴田さんが営むベンチャー企業「ispace」と「東北大学宇宙ロボティクス研究室」、そしてプロボノと呼ばれるボランティアメンバーという三本柱からなる。袴田さんの会社では資金調達やローバーのフライトモデルの開発、HAKUTOの後の事業展開を担当し、東北大がローバー開発をサポートし、ボランティアメンバーはそれぞれ、自分の持つスキルに応じて仕事を行う。これはエンジニアリングにまつわることだけでなく、イベント企画やコピーライティング、SNSを利用したプロモーションでもなんでもOK。
HAKUTOは、多くの企業からもサポートを受けている。KDDIはオフィシャルパートナーとして通信技術で支援している。その他、IHI、Zoff、JAL、リクルートテクノロジーズ、スズキ、セメダインのコーポレートパートナー6社が名を連ねている。企業だけではなく、個人でも支援は可能だ。「HAKUTOサポーターズクラブ」という組織には一人1,000円から参加できる。このように、企業や個人からの支援を得て、HAKUTOがこのレースに参加しているということを広く世間に知ってもらうことが大きな意味を持つのだという。
月の無人探査ローバーレースの、そのさらに先にある未来像とは?
「HAKUTO」は2008年4月、前身となる日欧混成チーム「White Label Space」としてこのレースにエントリー。4年後にはローバーのプロトタイプを伊豆大島の火山灰地帯で走らせる実験を行った。しかし、この時はまだ世間から注目されるようなことはほとんどなく、「ほぼ日刊イトイ新聞」に実験の模様の取材依頼を行ったのだという。今では取材依頼が引きもきらず、サカナクションが応援ソングをつくり、HAKUTOをテーマにしたプラネタリウムが上映されたりもする。
ispace社はクリーンルームを備えている。ここで実際にローバーの組み立ても行う
「ようやくここまで来たのかなあ。でも8割ぐらいですかね」と袴田さん。
「僕がプロジェクトに参加したときから着実に成功への確度を上げてこられたことは嬉しいと思っています。HAKUTOのプロジェクト以降もいろいろな事業を構築していく予定なので、一歩ずつ僕らの活動を大きな事業にしていけるという実感を持ってやっています」
袴田さん自身は、取材を受けたり著名人と対談したりといったことは「得意じゃない」(本人)そうで、取材のたびに「もっとうまくできなかったか」と後悔することも多いとか。それでも「プロジェクトの進捗が世の中に対して見えるように努力している」のだと言う。「世の中に対して見える」ということが、実は今回のイノベーションとして重要なのだ。
宇宙との出会いは?
そんな袴田さん、小学生の頃にテレビで『スター・ウォーズ』を見て、作中に出てくるような宇宙船を作りたいと思ったのが宇宙との出会い。同時にNHKの『ロボコン(アイデア対決・全国高等専門学校ロボットコンテスト)』にもハマった。国内の高専ロボコンがお馴染みだが、袴田さんが夢中になったのは世界を舞台にした大学生版だ。
学生時代は上智大学の理工学部から名古屋大学へと再入学したものの、日本の大学では研究分野が細分化され過ぎていて、宇宙船を設計するような分野はなかった。そこで教授の反対を押し切って米・ジョージア大に留学。大学卒業後は一転、コンサルティング会社に就職した。一環しているのは「宇宙を仕事にしたい」ということ。
「宇宙事業を国家だけではなく民間でもやっていかねばならないと思っていました。その場合、スター・ウォーズみたいな宇宙船を作るにしても、きっとエンジニアはいっぱいいるんですよね。より必要とされるのは資金調達と経営だろうと直感的に思ったんです。それなら自分がその役割を果たそうと。僕の中のプランだと、まず会社経営のノウハウを掴んでから、40歳手前ぐらいにエンジニアたちのサポートしながら宇宙を目指すイメージだったんですが・・・・・・」
その予定が10年近く早まってしまった。友人から、「Google Lunar XPRIZE」の情報を聞かされたのだ。
「アメリカ留学中に『Ansari XPRIZE』で『SpaceShipOne』が優勝するのを見ていて、その熱狂を直に感じていたし、同時に"今、偶然にせよこういう話がもたらされるということは、機は熟しているのかもしれない"と思って、コンサルティング会社に籍を置きながら、今の仕事にボランティアで関わるようになったんです」
技術を競うのではなく、いかに"宇宙"を経済活動として成り立たせるか
このレースを通して袴田さんが目指すのは、「人間が宇宙で生活できるような基盤づくり」だという。
「そのためには宇宙に経済をつくって豊かにならないといけない。経済をつくるのに必要なのは資源開発。今はこのレースを進めていくのと同時に、その先の宇宙での資源開発の事業を構築していこうとしているんです。最近、このトピックがかなり目立ってきたので、我々が今のままこの事業を進めていくと、日本が世界のトップリーダーとしてやっていける可能性が非常に高いんですね」
現在考えているもっとも重要な資源は月の「水」。
人間が生活する上で欠かせないし、水素と酸素に分解すれば宇宙船の燃料にもなる。宇宙ステーションなどで使う水は今、地球からロケットで打ち上げているが、これを月から供給できる仕組みができれば、はるかに輸送コストをはるかにおさえられるようになる。
そこで2030年頃を目標に、水を元にした"ガスステーション"を月面に配備できるように現在構想中。1日に平均5件の会議も、来年末までにゴールする今のHAKUTOのプロジェクトはもちろん、その先15年後、20年後を見据えた事業にまつわるものも少なくないのだという。
夢に見た未来の宇宙を現実に。追い求めるのは「小さく軽く」。
HAKUTOのローバーの強みは小型軽量であること。現在NASAが火星で運用している「Curiosity」の重量は約900キロ。小型自動車ぐらいの大きさと重さがある。最近、中国が月を探査させたローバーが約120キロ。対してHAKUTOのローバーは、約4キロ!!!! 「軽い」ということは宇宙に運ぶ際の大きな利点。「運賃」が非常に安くて済むわけだ。
宇宙開発では1回の打ち上げミッションについて、数百〜数千億円というコストがかかっていたそう。HAKUTOは1回のミッション費用は、打ち上げ費をふくめて概算で11億円ほど。小さく軽くすれば打ち上げ費用が安くて済む。すると民間企業も宇宙開発に着手しやすくなる。その先鞭をispace社でつけようというのだ。
「小型軽量なものを複数台持って行くというのがコンセプトとしてあります。我々は群ロボットって呼んでますけど、多数のローバーをひとつのソフトウエアで管理、運用ができるような探査システムの開発を検討しています」
大きいものを国の予算で打ち上げて、民間はその下請けとしてぶら下がっている。これまでのそうした宇宙開発の図識に変革をもたらしたいと、袴田さんは考えているのだ。
「衛星とかもそうで、今までNASAやJAXAが打ち上げていたものは非常に大きかった。そうじゃなくてひとつ50kg程度の超小型衛星を複数打ち上げて広域エリアを観測し、データを受信して地球に送り返すみたいなことがトレンドになっています。それが流行っているからということではなく、僕たちがやりたいことを実現するには、まず『自分たちに何ができるか』というところから着実に進めていくことだと思っています」
この日、TIME & SPACEの取材のあとは、宇宙を舞台にしたベンチャーのあり方に関して講義するのだという。こうした、今まさに宇宙開発という事業が身近になりつつある様子を一般の人たちに見せていくのも、「とても重要な仕事」なのだ。
ちなみに講義で話す内容は?
「六本木から横浜の日吉までの電車移動の間に考えます(笑)」
- 本物さながらの「月への旅」を体験できる!
au×HAKUTO オリジナルプラネタリウム『MOON』を上映中 -
- ・上映期間:2016年12月16日~2017年5月14日
- ・ナビゲーター:松田翔太
- ・音楽:サカナクション
- ・会場:コニカミノルタプラネタリウム"天空"in東京スカイツリータウン®
- ・詳細はこちら
文:武田篤典
撮影:森カズシゲ
袴田武史
1979年生まれ。株式会社ispace ファウンダー&代表取締役CEO、「HAKUTO」チームリーダー。上智大学入学後、名古屋大学工学部を経て、アメリカ・ジョージア工科大学大学院に。航空宇宙システムの修士号を取得し、コンサルティング会社に入社。会社員をやりながら、2010年『Google Lunar XPRIZE』に参加するために設立された日欧混成チーム「White Label Space」にボランティアとして参加。2013年、欧州チームが撤退し、日本単独の「HAKUTO」にチームを改編、株式会社ispace社を設立。