2016/11/18
【ITプチ長者への道】世界2,000万超ダウンロードの“バカゲー職人 ハップ”に聞く「“食える”アプリ制作の極意」
スマホアプリやLINEスタンプ、イラスト、写真・・・・・・etc。今の時代、個人が制作したものを、ネットを利用して販売するチャネルが増えている。でも、そのなかから頭角を現すのは、ほんのひと握りだけ。彼らはなにが違ったのか? 今回の「ITプチ長者への道」は、最新作『ママにゲーム隠された』をはじめ、ユニークな世界観が魅力のスマートフォン向け無料ゲームアプリを多数リリースしているハップ氏に、アプリ制作のコツや無料ゲームで収益を上げるためのポイントについて聞いた。
「恥を忍んで世間の目にさらされる覚悟」がクオリティを高める
「こんなゲームを世に出していいのかな? っていう、申し訳ないような気持ちが今でも抜けないんですよね。ゲームが完成しても、リリースするのは本当にギリギリまで躊躇しちゃって、マーケットにアップロードするボタンは、いつも『えいやッ!』って気合を入れないと押せないんです」
と語るハップ氏。今年8月にリリースし、11月までに全世界で500万以上もダウンロードされた『ママにゲーム隠された』ほか、多数のスマホゲームアプリをリリースしている気鋭のゲームクリエイターにしては、かなり消極的なキャラクターの持ち主である。
少年時代の夢はマンガ家だった。社会人になる前には、とあるマンガ賞の優秀賞に選ばれたこともあり、デビューを目指し、出版社に持ち込みをしていた時期もあるという。当時好きだった作家が漫☆画太郎や長尾謙一郎と聞けば、描いていた作品のテイストも想像がつくというもの。そんな漫画家志望の青年が、なぜゲームクリエイターへの道を歩むことになったのか。
「絵も下手でしたし、自分の能力ではプロになるのは難しいかな、と。そこで早々に進路を変えて、小さなWebデザインの会社に就職したんです。もともと独立志向があったので、デザインやプログラムといった仕事のイロハを学ぶだけでなく、フリーランスになるための人脈づくりにも役立つかなと思って、同じ業界で何度か転職しました」
時は2000年代初頭、Webはまだ生まれたてのホットな業界だったこともあり、仕事はたくさんあった。ハップ氏も、広告系の仕事を精力的にこなし、しかるべきスキルと人脈を得たのちに独立。正直「大手のクライアントにも恵まれ、まぁまぁの収入があった」というが、"ある事情"によりアプリ制作の道を歩むことになる。
「スマートフォンの普及で、めっきり仕事が減りまして。それまでFlashというツールを使ってコンテンツを制作していたんですけど、スマホ向けのWebページってFlash非対応が主流なんですよね。それで暇になって時間を持て余していたときに、Flashでスマホ向けアプリが制作できることを知ったんです」
時の流れに身を任せ、Webデザインのために身に付けたFlashのスキルを生かし、アプリ制作に勤しむようになるのだが、ヒット作に恵まれるまでの道のりは・・・・・・。
「大変だったようなそうでもないような、微妙なところですよね。すでに公開停止してしまったものを含め、いくつものアプリをリリースしましたが、そこそこヒットし始めたのは『こんなフリーキックはイヤだ』から。それ以降の作品も、ヒット作にしようとか、儲けようとかいう気持ちではつくっていないんです。じゃあ、まったくの趣味かといえば、そういうことでもなく・・・・・・」
どういうことなのか。
「強いて言うなら、作品を世に出し続けている原動力は『せっかくつくったんだから、みんなに遊んでほしい』っていう気持ち、ですかね。つくるのは楽しいのですが、クオリティに関しては毎回自信がないんです。だからといって100%納得できる作品なんて、そう簡単にできるわけないじゃないですか。明確なオーダーや締め切りがあるクライアント仕事なら、先方の要望に極力近いものにしようというモチベーションが湧きますけど、自分自身を相手にするのは本当に難しい。いくらでも妥協できるし、いつまでも妥協しないこともできちゃう」
だからこそ『えいや!』と気合を入れてリリースする"勇気"が必要なのだと、ハップ氏は言う。
「アプリをつくって売るうえで、最初はこれがいちばん大切なんじゃないかと思うんです。夜中のテンションだろうが何だろうが、思いついたアイデアは必ず形にする。アプリの場合、リリース後もバージョンアップでいくらでも手直しが出来ますからね。リリースしてユーザーの手に渡らないと見えてこないことがたくさんあるから、スキルやクオリティを高めるためには、恥を忍んで世間の目にさらされる覚悟がいるんですよ」
「ユーザーにストレスを与えない」ことが、広告配置の自己ルール
いわゆる「出世作」となった『こんなフリーキックはイヤだ』を筆頭に、ハップ氏のゲームには共通する特徴がある。どのアプリもゲームというよりは、いわゆる「シュール」なギャグマンガに近い世界観なのだ。
「そもそも僕がそれほどゲームをやらないっていうこともあるんでしょうけど、確かにみんながイメージするような『ゲーム』をつくろうとは思っていないですね。スマートフォンでゲームをしたいと思っている人って、実はそんなに多くないと思うんですよ。"暇つぶし"のひとつとして、ゲームを選んでいるにすぎない。僕がユーザーとしてイメージしているのは、そういう人たちなんです」
コンテンツとしてのボリュームは極力ライトに、というのが基本方針だ。誰でもすぐにわかるシンプルなルール。1回あたりのプレイ時間はなるべく短く。そして、難易度を含めオールクリアまでの道程も険しいものにはしない。
「そういうゲームなら、自分でも遊んでいいかなと思えるんですよね。真面目な言い方をすれば、あくまでもユーザー目線で設計しているというか」
とはいえ、ハップ氏にとってリリースした作品は重要な"収益源"でもある。どの作品も、基本的に無料公開となっているため、収入を得るためにはアプリ内に広告を設置しなければいけない。無料アプリの広告といえば、画面に常駐するバナータイプのほか、最近では起動および終了時や場合によってはプレイ中に表示される全画面(インタースティシャル)広告が主流だが、正直なところ、頻繁に表示される広告を煩わしく思っている人の方が多いだろう。
「僕の場合は『作品の世界観を極力損なわない』、『ユーザーにストレスを与えない』ことを広告設置の基本ルールにしています。一例を挙げると、全画面広告は出現するタイミングや頻度を作品ごとに調整しているんですよ。具体的にはクリアした時よりも失敗した時に多く出現させるようにするとか。上手くいってるときは、すいすいと先に進みたいじゃないですか。そこで広告が表示されると、やる気をそがれますよね。よく、収益を優先して画面のあちこちにバナー広告を配置したり、やたらと全画面広告を仕込んでいる人がいますが、あれは逆効果なんじゃないのかな。単発ならともかく、定期的にアプリをリリースするつもりがあるなら、ブランディングとしても得策ではないと思います」
広告の設置に関しても、あくまでユーザー目線。最近では、CM動画を見てもらうことで広告料を得るリワード動画広告を積極的に取り入れているが、
「動画を見るとヒントがもらえるとか、ストーリーのなかでさりげなく動画視聴を進めるとか、とにかくユーザーにとって自然な流れで、ストレスなく受け入れてもらえるようにする工夫は大切だと思います」
と言う。ちなみに、こうした工夫を重ねることで現在、どれくらいの収益を上げているのか聞いてみたところ、
「本屋で新刊コミックスを買って家に帰ったら、実は既に購入済みの巻だったってことがあるじゃないですか。それで大ショックを受けない程度の生活はできるようになりましたね」
と、申し訳なさそうに答えてくれた。現在、彼は自作のアプリだけで生計を立てているが、フリーランスとしてWeb制作を請け負っていた時期と比べても遜色ない程度には稼げているという。
アプリ供給過多の時代。収益を考えるなら単発リリースではなく「面」での展開を考えて
ハップ氏が制作するアプリには、誰もが思わず膝を打つ"あるある"の要素が多分に含まれている。突然部屋に入ってくるお母さんに目撃されないよう背後のドアを気にしながら、好きな音楽で踊り続ける『うしろ!うしろ!』や、タイトルそのままの謎解きゲーム『ママにゲーム隠された』といった最新作は、その真骨頂だろう。さらに、四コマ漫画や大喜利を連想させるようなギャグも、ユニークな世界観を織り成す一貫した要素だ。
こうしたテイストはいかにも日本人の"内輪ウケ"な気もするが、実は、台湾、香港、韓国、タイでゲーム無料1位を獲得している。アジアだけでなく、欧米でのダウンロード数も多いようだ。なぜ、海外で受け入れられたのか。
「意外と日本の"あるある"って海外でも"あるある"だったりするんですよね。もちろん、意味が通じないネタもありますが、そういうのも『なんかヘン』っていうのはわかってもらえてるようです。一応、最初から海外も意識して制作しているんですが、各国向けのローカライズはせいぜいタイトルや説明を変える程度。笑いのセンスやアイデアについては、グローバルに寄せることはしないですね。それでもウケるんだな、っていうのもやはりリリースしてみて初めてわかったことでした」
決して万人ウケするものではないかもしれないが、ひとつハマるとほかのゲームもやりたくなる。そうやってジワジワと、世界中にハップ氏のファンが増えてきたのだ。筆者のスマホにも、水色の背景にあのイラストが載ったハップ氏のゲームが並んでいる。
「『こんなフリーキックはイヤだ』以降は、あえてキャラや世界観を揃えるようにしているんです。まぁ正直なところ、キャラを揃えることで制作が楽になるってこともありますが、一種のブランド化ですね。ひとつヒットすれば、横展開でほかのアプリのダウンロードも伸びますから。プラットフォームを問わず、現在は特にアプリ供給過多の時代です。それだけに単発のアプリで回収を図るのは難しいから、最初から複数のアプリで勝負することを考えた方がいいんじゃないですかね」
本名はもちろん、顔出しもNGだったハップ氏。経歴に関しても、なるべく隠しておきたいという。
「なるべく穏やかに生きていきたいんですよね。名を売りたいとか、大金持ちになりたいとかいう欲望はまったくなくて。できれば最後まで、業界の片隅・・・・・・できれば中の中くらいのポジションを維持し続けたいものです」
穏やかに末永く現状維持を目指す。簡単なことではないが、「好きなことで生きる」ためには、意外と大切な考え方なのかもしれない。
取材・文:石井敏郎