2016/10/05

【ITプチ長者への道】初めて描いた漫画がバズってプロ漫画家へ 『SNSポリス』の作者“かっぴー”に聞く、コンテンツ制作の秘訣

スマホアプリやLINEスタンプ、イラスト、写真・・・・・・etc。今の時代、個人が制作したものを、ネットを利用して販売するチャネルが増えている。でも、そのなかから頭角を現すのは、ほんのひと握りだけ。彼らはなにが違ったのか? 「ITプチ長者への道」第6回は、"SNSあるある"を描いたWEBコミック『SNSポリス』で、一躍人気漫画家となった"かっぴー"氏の事例から、ネットを活用し、自分の作品を世に出すために役立つヒントを探る。

良いものは必ず広まる。それを信じてまずは「発表する」ことが大切

「やりたいことを『やらない理由』が、今はもうなくなっているんですよ」

そう語るのは、SNSの"あるある"を随所に散りばめた『フェイスブックポリス』(のちに『SNSポリス』として連載化)などで大きな話題になった、漫画家の"かっぴー"氏。彼は、ほぼ無名な状態でWEB上に発表した処女作から、わずか1年あまりで複数作品の書籍化を実現させたサクセスストーリーの持ち主だ。

かっぴー(本名:伊藤大輔)/1985年生まれ。武蔵野美術大学卒業後、広告代理店のクリエイティブ職を経てWEB制作会社に転職。当時WEBに投稿した漫画が盛大にバズり、それがきっかけとなって独立。今年2月に、漫画と広告を手がける「株式会社なつやすみ」を立ち上げた。『SNSポリスのSNS入門』(ダイヤモンド社)、『おしゃ家ソムリエ おしゃ子!』(大和書房)が発売中

「漫画、音楽、映像のほか、ダンスやお笑いといった実演まで、SNSを使えばノーリスクで発表できてしまうわけじゃないですか。なにかを世に向けて表現したい人にとって、こんなに恵まれた時代はなかったと思うんです。たとえ未熟であっても、反省や後悔は発表したあとですればいいだけのこと。僕だって、最初に『フェイスブックポリス』を公開したときには、自信なんてまったくなかったです」

子どもの頃、誰もが夢想する程度の憧れはあったものの、職業漫画家になるための努力や具体的なアクションをしたことはなかったという"かっぴー"氏。発表できるレベルの、まとまった作品を描いたのも社会人になってからだった。

2015年9月22日にnoteで公開した処女作『フェイスブックポリス』。SNSでよくある投稿が、キャッチ―な罪名で取り締まられる

「広告代理店を経て、WEB制作会社に勤めていた時に、社員で共有する日報のオマケ的なものとして描いたのが『フェイスブックポリス』。それをnoteで公開したのも、特にそれで収入を得ようとか漫画家として認められようとかいうのではなく、あくまでも趣味でストレス発散したい、みたいな感覚だったんです」

noteでは、作品を有料で販売することもできる

その「ストレス発散」が、"かっぴー"氏の人生を大きく変えることになる。「note」とは、ユーザーがテキストや画像、動画などを投稿し、それらのコンテンツを売買したり、応援したいクリエイターや作品に"投げ銭"ができるユニークなサービス。そこで発表した『フェイスブックポリス』が、その日のうちに、FacebookやTwitterといったSNS上でシェアされまくるバズ状態となったのだ。翌日には早くもWEBメディアから取材を受けるなど、文字どおり一瞬で「時の人」となった"かっぴー"氏は、その理由を次のように分析する。

「身も蓋もない分析になってしまうんですけど、結局のところ、WEB上では『良いものは必ず発見される』としか言いようがないんですよね。『フェイスブックポリス』のケースでは、はあちゅうさんとかホリエモンさんといったアーリー・アダプターの方々が作品を発見し、紹介してくれたのが大きかったんですが、それだって別にこちらからアプローチしたわけじゃない。逆に言えば、アーリー・アダプターの方々が良いコンテンツをサーチする能力が凄いわけで。だからこそ、ネットでなにかを起こしたい人は、『やらない理由はない』と思っています。発表しなければ、サーチの対象にならないわけですから」

とはいえ、作品がバズったことで、すぐに具体的な収入の道が開けるわけではなかった。"かっぴー"氏が『フェイスブックポリス』で得た"投げ銭"は、わずか700円に過ぎなかったという。

「バズる」と「売れる」は別物。ゴールからTo-doを逆算することが目標達成の王道

左は『オシャレクソ野郎伝説〜モテ服編〜』(note)、右は『おしゃ家ソムリエおしゃ子!』(Yahoo!不動産おうちマガジン)より。前者はファッション、後者は住まいやインテリアを扱った"あるあるネタ"だ

「noteのシステムには興味がありましたが、それで収入を得ようとは最初から考えていませんでした。なぜなら『バズる』コンテンツと『売れる』コンテンツが別物ということは、広告などの仕事の経験で理解していましたから。ここを混同している人って、業界でも意外と多いと思うんです」

"かっぴー"氏の分析によれば、「バズるコンテンツ」には「新しい切り口」、「ほどほどの完成度」、「パブリックな共感」といった要素が重要とのこと。一方「売れる」コンテンツには「普遍性」、「熟練された完成度」、「パーソナルな共感」が求められるという。

「自分の体験に置き換えてみればわかると思うんですけど、『シェア』したい気持ちと『購入したい』気持ちって、かなり違うじゃないですか。漫画の場合でいえば、『みんなに読んでほしい』作品と、『自分が本当に好きだと思える』作品では、内容が大きく異なるはず。その点でいえば、誰もが共感できる"あるある"をテーマにした『フェイスブックポリス』は、『バズる』コンテンツの要素が多く含まれていました。とはいえ、あくまでも『バズ』は通過点。誤解を恐れずに言えば、今は、『バズ』にあまり興味がありません」

もちろん、ネット上で発表する限り「バズ」を意識しなければ、表現物を広く世に知らしめることはできない。しかし、それ自体が目的となってしまうと本来の目的を見失う、というのが"かっぴー"氏の考えだ。

「そもそも漫画家という職業を選ぶ前から、最終的に自分の作品をテレビドラマや映画といった、マス向けの映像コンテンツにしたいという目標がありました。広告代理店に入ったのも、自分で考えたアイデアをマス向けに発表したかったからですし、バズる漫画を発表するといったアクションもモチベーションは同じ。今は、自分が生み出したものを映像化するというゴールから逆算して行動しているつもりです。人それぞれだとは思いますが、特に独立を考えている人は、自分のゴールをハッキリと設定して、そこに向かうためのプランを立てるべきではないでしょうか」

「コンプレックス」との付き合い方に、良いコンテンツを生み出すヒントがある

現在、定額制コンテンツサイト「cakes」で連載している『左ききのエレン』は、"かっぴー"氏初の長編ストーリー漫画

最新作『左ききのエレン』は、これまでの"あるある"路線から転進し、映像化を明確に意識して制作しているもの。広告業界を舞台としたこの作品は、"かっぴー"氏の経験や内面を投影した意欲作である。

『左ききのエレン』(cakes)より

「これまで僕は、『自分のコンプレックスから逃げる』という発想でコンテンツを制作してきました。作品を見てもらえばわかるとおり、漫画家として絵の才能はほとんどないといえるレベルですよね(笑)。もちろん、そこにコンプレックスがあるわけですが、だからといって絵の練習を熱心にするのではなく、もともとの得意分野だったストーリーに力を入れるようにしたんです。ほとんどの人は、漫画なんだから絵もストーリーも大事と思うじゃないですか。でも、そこで苦手なものを克服しようとしても、実はバランスが整うだけで全体的な面白さが高まるわけではないと思っていて」

この「コンプレックス」というキーワード、実は"かっぴー"氏にとって作品に通底するテーマでもあるという。

「『SNSポリス』の場合は、SNS上の"あるある"を扱っていますが、人前でスマートな振る舞いが自然にできないというコンプレックスを笑いに転化している作品だったりもします。インテリアをテーマにした『おしゃ家ソムリエおしゃ子』もそう。収入やセンスが足りず、自分の理想の"家"に住むことができないコンプレックスを扱っているんですよね。これらも『自分のコンプレックスから逃げる』に近いというか、コンプレックスをあえて笑いにすることで、客観的に捉えようとしている作品だったりするのかなと。

対して『左ききのエレン』は、割と真正面から自分のコンプレックスと向き合っている作品。ただし、コンプレックスをあまりにも生々しく表現することは、本来の目的である『マス向きのコンテンツ』にとって好ましくはないので、サジ加減には細心の注意を払っているつもりです。逆にバズることを考えたら、もっと生々しくすべきだと思いますし、どこでブレーキを踏むかは常に悩んでいます」

ここで興味深いのが、"かっぴー"という存在の位置づけだろう。

「自分の中で"かっぴー"という漫画家と、そのマネジメントをする伊藤大輔("かっぴー"氏の本名)という人格を切り分けているんですよ。今の会社(株式会社なつやすみ)をつくったのも、そのためだったりして。"かっぴー"にはクリエイティブに専念してもらって、伊藤大輔が収入や目標となる映像化につながるジャッジをする、というようなイメージといえばいいのかな。意識しすぎるのもダメなんでしょうが、こういう感覚って独立して生きていくためには必要だと思います」

「自分の方法論を人に勧めるつもりはない」という"かっぴー"氏だが、彼が歩んできた、そしてこれから歩むことになる道程には、誰もが表現活動をできるようになった時代だからこそ踏まえておくべきヒントがたくさん隠されているのではないだろうか。

取材・文:石井とっぴ~