2016/07/12
【イノベーターズ】「テレビ、デジタル音楽の分野も独自のメスを入れ続ける天才プログラマー」竹中直純/後編
1968年、福井県生まれ。高校卒業後、アパレルブランドに就職。1年間の勤務を経て大阪府立大学へ。プログラマーとして頭角を現し、現在に至る。2ちゃんねるの全文検索や電子通貨「モリタポ」、「BCCKS」「OTOTOY」など数々の設計・システム開発に携わり、自らも経営。坂本龍一のネット上の表現活動をサポートし、村上龍の『希望の国のエクソダス』の主人公・ポンちゃんのモデルになったという説も。そして、元タワーレコードCTO
通信やICTにまつわる"なにか"を生み出した『イノベーターズ』。彼らはどのように仕事に向き合い、いかにしてイノベーションにたどりついたのか。本人へのインタビューを通して、その"なにか"に迫ります。今回は「インターネットの『正義』に挑み続ける 天才プログラマー」、竹中直純さんの後編。
「突然、できる感覚が得られるんですよ」
ちなみに東京に出てきたのは、NeXT Computer社がハードウエアから撤退することになってフリーランスの仕事が無くなったから。まさに同じタイミングで、のちにKMD(慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科)の奥出直人先生と藤幡正樹先生からSFCに誘われるのだ
竹中さんは、世の中のいろいろな物事に対して「もっとこうすればいいのに」と思っていると、同時に「こういうふうにすれば変えられるんじゃないか」という仮説も持っている。盲目的に理想を追うのではなく、技術と経験というベースがあるからこそ、理想を口にできる部分もある。「やりたい」と「できそう」がそれぞれどのくらいのバランスで組み合わさっていて、実践に至るのか。そういうことを質問したら、冒頭のカッコイイひとことが返ってきた。
「どこかでパーンと繋がるんですよ。たとえば『動画を圧縮する新しいハードがどこそこのメーカーから出ました』みたいなプレスリリースが目に入るとしますよね。H.264を使うと、当時のMPEG2の圧縮技術よりも、さらに4倍圧縮できるのか......みたいなことを思う。そうしたら現行のハードディスクに8波2週間分余裕で入るな......みたいな計算がパッとできて、だったらつくれるな! って」
ベタな言い方をすると「アンテナを張ってる」というやつだろう。培ってきた知識と経験があるから、一見関係なさそうなニュースやプレスリリースを目にしても「パーンと繋がる」のだろう。ちなみにここで言ってる「8波2週間分」とはテレビの地上波放送のことで、このエピソードは2003年、「SPIDER」という、全テレビ局の番組を同時録画するレコーダーを開発する決意をしたときの話である。
竹中さんは、「SPIDER」を開発したPTPという会社の創業メンバーのひとりだった。「SPIDER」の場合、最初に「全録」という発想があったらしい。
本当に面白いテレビ番組と信頼できる視聴率を見つける。
「きっかけは、夜中にはどんな番組やってるんだろう......っていうところだったんです。普段、真夜中にやってる番組って、わざわざ番組表まで見てチェックしないでしょ? 僕はテレビ好き世代なんで、あるときふと気になった。それと常々バラエティ番組全般のテロップの誤変換がひどいなって思ってたんです。僕は言葉をなるべく正しく使いたいと思っているので、これは許せないなあって感じだったんです」
で、たまたまテレビをつけてそういう番組に当たると腹が立つ。
今、テレビを観るときは、どうしてもテレビ局の編成に左右されがちだ。ゴールデンタイムとかプライムタイムとか、観やすい時間帯に観る機会が多いし、宣伝などでの露出量も大きくて、なんとなくお馴染みな気分になってしまう。好きな番組は録画するけれど、それこそ真夜中なんて、存在を知らない番組だってある。
「そんなふうに思ってるなかで、僕がテレビに関してできることはなにかなって考えたら......全部録画して全部選べるようにする! っていうところにたどり着いたんです。これは特別なアイデアじゃなくて、コンシューマーがテレビ番組を選択する自由、観る自由を持つこと、という方針の延長線上にある当然の帰結ですよね」
竹中さん曰く、「コンシューマー視点の指標を確立したい」ということなのである。
「視聴率って、制作側にとっての価値観ですよね。リアルタイムでテレビの前に正座してCMまで全部びっちり観てもらう、という理想的な視聴者をカウントしている。そんなこと僕たちにとっては理想ではないじゃないですか。関係ないところとか興味ないところは全部飛ばしたいし、ダラダラしたところは1.5倍速とかで観たい。そういうふうにテレビと向き合うと、相対的に本当に面白いものとか価値のあるものがあぶり出されてくるでしょ」
早送りもされず、1.5倍速にもならず、みっちりしっかり観られる番組がはっきりしてくる。
「そういう部分まで含めた視聴率を取れれば、それはコンシューマー側から観た番組の良し悪しを表すバロメーターになると思ったんです。別に"いい番組をつくれ!"とか言ってるんじゃないですよ。"衆愚"といわれても、すごくつまらなくて内容がない番組でも、視聴率が高ければ、善。......っていう価値観はすでにテレビ業界に実装されてますよね。ただ、その数字自体に僕は信用がおけないんです。これを信用できるようにするにはどうすればいいかっていうのを一所懸命考えた結果が『SPIDER』だったんです」
SPIDERをつくったPTPは1999年に発足するが、初号機のテストマーケティングは実に2006年の事。当時全地上波を1週間録画できるマシンを200人程度にサンプリングした。するととても面白い発見があったという。
「『渡辺篤史の建もの探訪』が大人気だったんです(笑)。放送は毎週土曜の早朝で、普通の人は見ないし、よほどの人しか録画しないじゃないですか。でも全部録ってあれば、多くの人が見る。たとえば、『このヤバい物件を、今週渡辺篤史はどう褒めるんだろう』みたいな、制作側の意図とは一致しない見方は何通りもあると思うんですけど、だとしても、まさかここに人が集まるなんて思わないでしょう? ところが集るんですよ」
もしかしたらこれが「SPIDER」基準での高視聴率番組になるかもしれないわけだ。いや、むしろトラッキングできていない録画視聴データはとっくの昔にそうなっていたのかもしれない。07年に法人向けに販売が始まり、当時志していたコンシューマー向けに関しては、現在も準備中。竹中さんは取締役を離れ、PTPへの出資は続けている。
インターネットでみんなを幸せにしようという使命感。
大学時代に「当面これでいこう」と思ったまま、おおよそ30年に達しようとするプログラマー生活だが、40歳を過ぎた頃から、竹中さんのなかで使命感みたいなものが生まれてきたという。
「僕はいつもやってみてからあとで気づくんですけど......テレビとか出版とか音楽なんかの既存メディアの産業構造がインターネットとうまく合っていないので、それを合わせないといけないなと。仕事し始めて20年ぐらい経ってから、ようやくそこに気づいたんです」
それまで興味のあることにいろいろ手を出し、儲けたり損したり成功したり失敗したりしてきたわけだが、あるとき、出資を求めたベンチャーキャピタルの人に面と向かってバカ呼ばわりされたらしい。
「自分が関係している会社の名刺を並べて自分の素性と事業を説明したんです。そしたら『我々ベンチャーキャピタルは、3つ以上の事業をやっている人は信用できないし、出資もできません』って、けんもほろろに断られたんです」
問題は「3社」という数ではなくて、きちんとした理念に基づいて事業を展開しているのか否か。
「そこのところをしっかりと言葉にできないと、全然ダメなんだと痛感させられました。それで出資してもらえないのは損なので、そこを最適化すべきだと自覚したんです。使命、みたいなことが言えるようになったのはそれ以降ですね。今はまだ過程なんで、うまく説明できてるとはあまり思わないんですが、でも僕のやりたいことは少しずつわかってもらえるようになってきました」
数多あるイノベーションのなかで、今の所、いちばん達成感を得たものを尋ねると、「OTOTOY」なのだそうだ。「OTOTOY」は、独自レコーディングによるライブ音源やインディーズなど、他の配信サイトにはない独自のハイレゾデータを数多く揃えることで人気を呼んでいる音楽配信サイト。2004年に「recommuni」としてスタートしたもので、そもそもその名の通り、音楽による人と人とのコミュニケーションを標榜していた。素晴らしい音楽は、誰かとわかち合うことで楽しさも倍増すると考え、当初から、DRM (Digital Rights Management=コピーコントロール)に異を唱え続けてきた。
「それが2007年頃、日本の音楽業界からも取り払われ始めたんです!というのも、スティーブ・ジョブズが『やめよう』と公開書簡で主張したからで、世間的にも『iTunesさんがやめるならしょうがないね』という流れができました。日本ではよくある、外圧に屈した形ではあるんですが、日本のレーベルやアーティスト、ユーザーに対して、それよりずっと前から『コピーコントロールは無駄』を主張してきたのは僕らだということもあり、その時期から権利者と話すときに一定の信用が得られるようになりました。そして間接的にでも、僕らのサービスが日本の産業構造を良い方向に変えるのに少しでも貢献できたという自負はあります」
この7年前には、音楽家の坂本龍一氏らの発起によるメディア・アーティスト協会(MAA)を通じて、民間の著作権管理事業者がJASRACと並んで参入できるように著作権法を改正する手伝いもしている。
「確かにこの時も似たような達成感はありましたが、それはもう16年も前のことなので...」
でも、「達成感」という切り口であまり事業を捉えたことはない、という。それよりも、日々、小さな小さな達成感を繰り返し得ているというのだ。
「プログラムがうまく書けた時ですね(笑)。それがなんの役に立たなくても、単にきれいに動くというだけですごく嬉しいんですよ。僕は『OTOTOY』ではプログラミングをいまだにやっているんですが、Apple ロスレス(略称ALAC/編集部注:原理的にまったく音質が劣化しない音声圧縮方式)のエンコーダーを商業レベルで実用化することに成功しています。動的にサーバサイドでエンコーダーを動かしているのは世界でもたぶんうちだけです。アセンブラ(編集部注:機械語プログラム)レベルの調整が必要で、そういう部分がすごく楽しかった。OTOTOYのお客様はALACが使えることにすごくメリットを感じてくれているし、このおかげといってはなんですが、2014年当時、普及度が低くハイレゾで使えるかどうかもあやふやだったALACがいまだに世界中のハイレゾ音楽プレイヤーの多くでそのままデコード(編集部注:圧縮前の元のデータに復元する処理)できる。これはちょっと誇らしいですね」
ものすごく雑に、ディテールを無視して翻訳すると、つまりはプログラマーとしての腕で世界を動かしたことが嬉しい、ということ。
「"コード""コーディング"という単語はいろいろな意味を持ってるんです。『秘密のこと』とか『暗黙の仕組み』とか『暗号』とか。僕はこの言葉がすごく好きです。世の中とがっちり繋がってる部分で、実際に"コード"の力を示せると快感なんです。プログラマーが社会を動かす、そこに関係している快感が得られる。それはたとえば、現実社会で建築会社の人が『俺がこの橋を作った』って自慢するのに等しい。僕らは仮想的な情報空間に穴を開けたり橋をかけたりする。それは、そのための能力とビジョンがなければ実践できません。僕にはそれができるチャンスが何度もあって、実際に何度も穴を開けたり橋をかけたりしてきた。それはすごく恵まれてるな、と思います」
文:武田篤典
撮影:有坂政晴(STUH)