2016/06/08

【ITプチ長者への道】LINEスタンプ職人は72歳! 前編 「エクセルイラストレーター誕生」

2016年の始めにツイッターで大拡散したLINEスタンプ『団塊の世代』©田澤エンタープライズ

スマホアプリやLINEスタンプ、イラスト、写真......etc。今の時代、個人が制作したものを、ネットを利用して販売するチャネルが増えている。でも、そのなかから頭角を現すのは、ほんのひと握りだけ。彼らはどこが違ったのか? その実態を紹介する本連載「ITプチ長者への道」第1回は、自作のLINEスタンプがツイッターで拡散されてブレイクした、田澤誠司さんだ ――

なにが売れるかなんてわからない。だからこそつくってみることが大事なんだ

"素朴"のひと言では説明しきれないユニークすぎる画風。そこに添えられた「まずいよ脱脂粉乳」、「月賦でテレビ買ったよ」といった謎のメッセージ。2016年初頭にツイッター上で"発掘"され、瞬く間にブレイクした『団塊の世代』スタンプは、作者が72歳の老紳士であることが発覚して以来、テレビやラジオ、雑誌でも頻繁に取り上げられるニュースな存在となった。ツイッターで拡散された翌日にLINEスタンプランキング(クリエイターズスタンプ)TOP50に入り、1カ月で最大2万セット以上もの販売数を達成したという話題のスタンプを世に出した田澤誠司さんに、成功の秘訣を訊いた。

「オレの人生もそろそろ終わりかなと思ってたときに、こんなことになるなんてさァ。人間、なにが起こるかわかんないもんだねェ」

こちらが田澤誠司さん。御年72歳のLINEスタンプ職人だ

のんびりとした茨城弁がよく似合う、いかにも好々爺といった印象の田澤さんがLINEスタンプの制作&販売を始めたのは、LINEがクリエイターズマーケット(※一般のクリエイターが制作したスタンプを世界中のLINEユーザーに販売できるプラットフォーム)をスタートさせた2014年のこと。長年勤めた大手メーカーを退職し、趣味で描き始めたイラストを見たお孫さんに勧められたのがきっかけという。

「サラリーマン時代は生産設備の管理をやっていたんだけど、現場で安全指導をするときに、言葉だけじゃ興味を持ってもらえないと思ってネ。紙芝居みたいなのをつくってたんですョ。それが絵を描き始めたきっかけ。会社辞めてからは、芸能人とかの似顔絵を描いてたんだけど、どうせ絵を描くなら『LINEスタンプ』ってのにすれば、小遣い稼ぎになるからって孫に言われてねェ」

田澤さんが趣味で描き溜めた似顔絵の数々。すべてエクセルで描かれている

お孫さんの何気ないひと言で一念発起。スマートフォンに乗り換え、LINEの使い方とスタンプの制作&販売手順を自力で学んだ。最初にリリースしたのは、会社員時代の経験を生かした『工事現場の安全促進スタンプです!』と『工事現場で働く「安全一郎君」の安全管理』だった。

田澤さんが最初にリリースした『工事現場の安全促進スタンプです!』©田澤エンタープライズ

「現場の安全指導に使えるスタンプがあったら便利かなって。初めは何度も(LINEの運営から)突っ返されるわけです。『これじゃ文字が多すぎて読めない』って。スタンプだと小っこくなっちゃうから。そういうのもわかんないトコから始めて、何度もやり取りしてようやく出せたけど、まぁ売れなかったネ(笑)」

そこで挫けなかった田澤さん。「自分が必要だと思ったもの」をマイペースでつくり続けた結果、同世代向けのスタンプとしてリリースした『団塊の世代』がツイッター上で紹介され、若い人たちの間で話題に。1カ月で2万セット以上が売れる大ヒット商品となった。

なにに使うスタンプかわからないから面白い、っていうらしいんですよねェ。若い人は、そういうのを自分の解釈で自由にアレンジして使っちゃうみたいなの。これは、逆に刺激になりました。あらためて、スタンプって面白いもんだなぁ、って思いました」

以来、これまでにリリースしたスタンプは30シリーズ以上。72歳の老人とLINEスタンプという組み合わせの妙が話題を呼び、テレビのニュース番組や新聞・雑誌などから多数の取材を受けたが......。

「結局売れたのは『団塊の世代』だけだョ(笑)。あとは、ちょいちょいって感じ。マスコミの皆さんはいかにも稼いでるみたいに言ってるけど、実際は趣味のゴルフ代に消えるくらい。結局、なにが売れるかなんて考えてもわからないョ。大事なのは、とにかくつくって出してみること。それで売れなくたって、オレがつくったスタンプが世に残るわけです。それはとても夢のある話だよねェ」

作業の効率化を追求した結果たどり着いた「エクセル」というキャンバス

リビングの片隅に置かれた、Windows XPがどうにか動くスペックの古いノートPCが田澤さんの制作ツールだ。すべてのイラストを表計算ソフト『エクセル2003』で描くのは、会社員時代から変わらない。エクセルで絵を描くといっても、セルを駆使したドット絵のような、エクセルならではのテクニックを使うわけではない。基本はすべて、マウス操作によるフリーハンドの描画。図形ツールもほとんど用いないというから驚きだ。

「図形を使えば簡単だけど、それだと誰が描いても似たような絵になっちゃうでしょ? やっぱり描くなら"オレの絵"にしたいよネ。色もなるべくカラーパレットの出来合いの色じゃなくて、自分で調節してサ。あとで忘れないように、(RGBの)数値をメモっておくわけ」

そこまでオリジナルにこだわるなら、絵筆を使い紙に描くという選択肢もあったはず。しかし、田澤さんは明確な理由をもって、エクセルというキャンバスを選んだ。

「パソコンだと、絵のパーツを流用できるわけですヨ。紙じゃ、いちいち描き直さないといけないもんネ。スタンプつくるときは、描きためてファイルに保存しておいた手や顔のパーツをもってきて、ちょちょっといじりながら仕上げていくんです」

顔や手などのパーツは、シートで分けて保存してある。使い勝手に優れた合理的なシステムだ

作成したパーツをセルの中に保存し、シートごとにジャンルで分類する「ライブラリ」の手法を用いているわけだ。確かにこれなら、通常の描画系ツールよりエクセルが使いやすいという話にも納得。パソコン本来の利点である「データのコピー」や「作業の効率化」に注目し、それを最大限に活用する姿勢は、むしろパソコンに「使われてしまう」ことのほうが多くなっている若い世代こそ、見習うべきだろう。

小さなLINEスタンプが田澤さんに与えてくれた「大きな元気」

スタンプが話題となったことにより、「エクセルイラストレーター」としての仕事も舞い込むようになった。大手企業やイベントのキャラクターを任されたほか、現在は絵本の制作にも取り組んでいるという。定年退職後、思いがけぬ「第2の青春」が始まった田澤さんが、最後に夢を叶えるための秘訣を語ってくれた。

「オレみたいに残りの人生が少なくなった人間だから言えることもあってサ。まずひとつは"自分で出来ないって決めちゃダメ"ってこと。年寄りにはスマホなんて使えないって思ってしまったら、スタンプをつくろうなんて考えなかったわけでしょ? スタンプをつくるときだって『こんなの売れないよなァ』なんて決めつけてはダメで、とにかく出してみないと結果がわからない。なんでもやってみないとダメなの。

でも、だからって闇雲にやり散らかしてもいけないワケ。そのなかから"自分に向いてるもの、続けられるものを選ぶ"ことが大事なんだ。コレと決めたら、そこに集中しないといけないよネ。一途になって取り組めば、それが成功しなくても、後悔が残らないんだから。

最後は"一度決めたら人の意見なんて気にするな"ってことかな。スタンプつくってるときも、孫とか嫁が言うわけですよ、『もっとかわいいキャラを描いたら?』とか『意味がわからない!』とか。もちろん、参考になる意見もありますけど、それでも『オレのスタンプはコレなんだ』ってところは絶対に譲らないから。どうせなにが売れるんだかわかんないんだし、なにより自分で納得できないモノをつくってもつまらないもんねェ」

同世代はもちろん、若い世代にも自分の活動を通じて元気を届けたいという田澤さん。小さなスタンプから生まれた夢は、まだまだ大きく膨らんでいく。

取材時に田澤さんが用意してくれたプレゼンシート

後編はこちら

取材・文:石井敏郎