2017/03/08

【TSミライ部】電気信号でカラダがつながる 『運動のVR』はヒトになにをもたらす?

バーチャル・リアリティ(VR)技術を使えば、ヒトは遠隔地にあるロボットと通信し、自分の身体のように操作できる。その技術はすでに実用化されつつあるのだが、もう少し先の未来には、ヒトはロボットではなく、ヒトの身体を操作するかもしれない。この記事で取り上げるのは、「身体接続」という一風変わった研究だ。

筑波大学の西田惇さんが開発した「bioSync(バイオシンク)」は、ヒトの身体と身体を電極でつなぎ、その運動を同期させるというもの。ヒトの身体運動、つまり筋肉の動きは、脳から発せられた電気信号が筋肉に伝わることで生じる。bioSyncは、この電気信号をAさんが装着したデバイスの電極から読み取り、Bluetoothを介してBさんのデバイスに送信。筋肉に同じ電気刺激を与える。するとなにが起こるかというと、Aさんが手を握ると、ぐぐぐっとBさんの手も握られる。手と手の動きが同期されるのだ。

論より証拠。まずは西田さん制作のbioSync紹介動画を見てほしい。

身体を接続するというのがどういうことか、おわかりいただけただろうか。言い換えれば、他人の身体をハックすること。なぜこんなものを作ったのか。開発者に話を聞こう。

西田 惇(にしだ・じゅん)
「bioSync」の開発者。筑波大学グローバル教育院エンパワーメント情報学プログラム一貫制博士課程3年、マイクロソフト・リサーチ・アジア PhDフェロー、文部科学省/日本学術振興会 特別研究員。生体医工学と電子回路やバーチャル・リアリティなどの技術を結びつけ、ヒトと機械の新しいインタラクションを研究している

SFアニメでよくある"アレ"を、リハビリに応用

これが「bioSync」。手首と腕に電極を貼りつけ、電極間の筋肉の電気信号を読み取り、相手と同期するという身体接続デバイスだ

――bioSyncの動画を見て衝撃を受けました。そもそも西田さんは、なぜ身体と身体を接続しようと思ったんですか?

この(筑波大学の)サイバニクス研究センターでは、もともと筑波大附属病院との共同研究や、リハビリテーションに使うロボットスーツHALの開発など、医療支援系のデバイスを開発する機会が多いんです。私の専門は広くいえば生体医工学で、バーチャル・リアリティなどの技術を組み合わせたヒトと機械の新しいインタラクションについて研究しています。たとえば大人の身体を子どもサイズに変換したり、ある人の運動を他人と同調させたり・・・・・・こうしたヒトの身体・認知的特性、いわゆる"身体性"の操作に興味を持っていて、それを実現するウエアラブルデバイスを作って、患者さんやお医者さんを支援しようというのが発端ですね。

――医療やリハビリテーションのニーズがあっての研究だった、と。ヒトの身体を乗っ取ってみよう、みたいな興味本位ではなく?

もちろんです(笑)。ただ、身体をハックするという設定は、よく近未来SFアニメにも出てきますよね。首にケーブルをつないで身体を操作するようなシーンを見て、あれなら今の我々の技術でも十分に可能だと思いました。身体を外部からコントロールするというのは、言い換えれば他人に運動を教示するということ。ならば、リハビリにも応用できるじゃないかと思って今回作ってみたんです。

――そもそも既存の技術で可能なものなんでしょうか?

いくつかはトリックが必要でして、その部分について学会で発表したりしています。たとえばこれが今回bioSyncで使っている基板なんですけど、ヒトの生体信号の計測と刺激を、同じ電極を使って同時に行える回路を実装しているんです。この端末をペアで使って双方向に通信させ、新しいインタラクションを実現する。この点が学術的、工学的新規性であるといえますね。

bioSyncに使われているこの基板が、学術的にも工学的にもスゴいらしい

――ちょっと難解なので、実際に試してみてもいいですか?

もちろん。ただ、最初はちょっとびっくりされるかもしれませんけど・・・・・・。

身体の内側から、筋肉を直接動かされるという感覚

「えっ、ビリってくるんですか?」(筆者)
「もうちょっと力を抜いて・・・・・・」(西田さん)
「私が手に力をこめると・・・・・・」(西田さん)、「おおおおおーーーっ! 手が勝手に閉じる!」(筆者)

西田さんがぐっと手を握ると、筆者の指がひとりでに動き、ぐぐぐっと手を閉じようとする。自分で動かしているわけではないが、誰かに手をつかまれて動かされるような感覚とも違う。足がしびれたときに思うように動かせなくなって、自分の身体じゃないように感じることがあるが、あの感覚に近いかも。ただし、思いどおりに動かせないのではなく、勝手に動いてしまうのだけど。

――おおおおー、これはあれですか? 楽して腹筋を鍛えるマシンみたいな感じですか?

仕組みとしては近いですね。ただ、電気で腹筋を鍛える機械は筋肉に刺激を与えることしかできませんが、bioSyncは筋肉の動きを同時に読み取れるところが違います。

――今、3本くらいの指がまとめて動いているんですけど、これって1本1本の指の動きを同調させることもできるんですか?

別の研究ですが、細かい電極を使えばそれぞれの指もコントロールできることがわかっています。そういう技術を取り込んでいけば可能ですが、今は運動を直接共有することの意味そのものに着目しているので、大まかな動きだけ。電極の位置の調整がちょっと難しいんですけど、筋肉を動かすタイミングや強さを、筋肉そのものを使って伝えています。これが他人と同期するパターンで、モードを切り替えると・・・・・・。

――うわっ、手が震え始めました。

これはパーキンソン病のような神経筋疾患の状態を再現しているんです。たとえば、プロダクトデザイナーにこうした手の震えを体験してもらうことで、障がいを持つ人でも使いやすいスプーンのデザインに生かしてもらう。そんな使い方を想定しています。

bioSyncでパーキンソン病の手の震えを再現し、プロダクトデザインに生かした例。市販のスプーンより持ちやすく、食べものがこぼれないように深く、返しがついている

――体の内側から動かされるって、今までにない感覚ですね。

そうですね。リハビリテーションの現場では、これまでは言葉や映像で運動を記録したり共有したりしていたんですが、身体がうまく動かない人には伝わりにくいんです。少し専門的な言葉を使うと、運動機能疾患のある患者さんたちは「体性感覚フィードバック」というものが欠けていることがあります。体性感覚というのは、視覚や聴覚のように外からの刺激で知覚するものではなく、自分の身体を動かすことで初めて脳にフィードバックされ、学習されるもの。たとえば、さっきbioSyncで手を動かされた感覚って、しばらく残っていませんでしたか?

――あ、残っていますね。今もこの指だけ、負荷がかかっているように感じます。

それが体性感覚フィードバックというもので、いわば「運動のバーチャル・リアリティ」。バーチャル・リアリティというのは、もともとヘッドマウントディスプレイを指すのではなく、現実の本質的、実質的再現を意味します。身体内部の感覚器官を刺激することで、視覚ではなく運動覚に働きかけて本質的に他者の運動体験を再現する。bioSyncは、そういうことを提唱しています。

言葉や映像ではなく、「身体知」でコミュニケーションするミライ

――将来的な展望をお聞きしたいんですが、この身体接続の技術はこれからどんなふうに普及していくと思いますか?

今はBluetoothで通信していますが、Wi-Fiの通信モジュールに置き換えれば海を越えて身体接続を行うこともできます。たとえば、KDDIさんは主に音声やデータの通信を行っていますけど、bioSyncは運動覚を通信する。聞いた話だと、アメリカではSkypeを使ったスポーツトレーニングなどもあるようで、そういう場面で運動のやり方をうまく伝えるために使うこともできるでしょう。視覚や聴覚などの既存メディアとこの運動覚チャンネルを組み合わせて、なにか新しいコンテンツをつくれないか。そういうことはよく考えますね。

――なるほど。身体を動かす方法を直接伝えるというのは、リハビリテーションにも通じますね。

興味深いのは、遠隔での身体接続が実現した場合、通信経路に第三者が入ってハッキングされてしまう危険もあるわけです。そうすると、自分の身体の動きそのものを乗っ取られてしまう可能性もあるので、自分の生体を防護するための専用のセキュリティが必要になるかもしれません。どこかのアニメで見たような世界観ですけど(笑)。

ちなみにbioSyncはコンテストに出すため、装着のしやすさも重視したそう。その甲斐あって(?)、国内でも最大級のハードウエアコンテスト「GUGEN2016」で大賞を受賞した

――あの、筋肉だけじゃなくて、脳も電気信号で動いているじゃないですか。遠い未来かもしれませんが、いずれ脳と脳を直接つなぐということも可能なんですか?

原理的には可能ですが、現状では脳内の電気信号がそれぞれなにを意味しているのかを明らかにするデコードの作業が追いついていないんです。一応サルなどを使って大まかな働きは研究されていますが、今の段階でやるのなら、直接脳の電気信号を拾うのではなく、末梢の神経組織から最終的に出てきた信号を拾う方が圧倒的に簡単です。将来的に研究が進んで精度が上がれば、たとえば次にどう運動しようと考えているかをウエアラブルで共有することはできると思いますけど・・・・・・まだ当分先の話かなぁ。

――あと、僕は身体をハックされる感覚というのが今やってみてわかったんですけど、西田さんからの入力も来ているし、自分でも動かせるわけじゃないですか。接続したときのバランスってどうなるんでしょう?

そうそう、そこなんですよ。実は、学術的にはその部分がいちばん謎であり、面白いところなんです。あるAさんの運動量/感覚量と、Bさんの運動量/感覚量をどういう比率で混ぜればいちばんいいかを解明するのが、このプロジェクトの学術的な目的のひとつになっていて、5月に発表予定の論文のためにモデル化を行って解析を進めているところです。

――入力する信号を強くすればいいというわけではないんですか?

相手からの信号を強くしすぎると、自分の運動に対する感覚量が阻害されてしまうので、自分の腕なんだけど、自分じゃないように感じてしまう。つまり自分の身体に対する所有感が低下します。一方で、信号を弱くしすぎると、連動感が薄れてしまう。それに、このbioSyncの目的としては、やっぱり相手の身体をコントロールするだけではいけません。運動の学習効果を考えると、信号の受け手にも動く努力をしてもらう必要があります。なので、自分と相手の運動のシンクロ率を少しずつ変化させることで、始めは完全に動かされていても、最終的には受け手が主体的にその動作を行えるようになるといった、ダイナミックで相補的なコミュニケーションができればいいなぁ、と考えています。

――なるほど。たとえば僕は今、お手玉をふたつまでしかできないんですけど、身体を接続して教えてもらえば3つできるようになれるかもしれませんね。

なるほど。その例はいいですね。ロボット技術で3つ目の腕をつけ加えてお手玉をやろうという話ではなく、その人がもともと持っている能力を、主体性を残したまま拡張する。そのための学習を支援するのが、この研究の目的ですから。そういう形が実現できれば、お手玉の能力は一時的なものではなく、恒久的に獲得できます。

――身体で覚えるわけですね。僕はお手玉を3つも4つも回している人がどうやっているのかいくら見てもわからないんですけど、一度コツをつかめばわかりますか?

たぶんお手玉ができる人も、なぜできるのかはわかっていないと思います。なぜなら、それって言葉や映像では形容できない「身体知」だから。その身体知をbioSyncのようなデバイスを使って直接伝達し、その人自身の運動意思に基づいて再現できるようになれば、職人技といわれるようなコツや技術も、言葉を使った会話のように伝達してコミュニケーションできるんじゃないでしょうか。「人と人が身体知でコミュニケーションするための新しいチャンネルをつくる」。私がやっている研究って、つまりはそういうことだと思います。

文:宇野浩志
撮影:後藤 渉