2016/02/05
トム・ヨークも活用する音楽配信&販売サイト『Bandcamp』の魅力
2015年は「Google Play Music」や「Apple Music」といった大型の定額音楽配信サービスがスタートし、無料でストリーミングし放題(定額配信もあり)の「Spotify」も日本上陸の気配を見せるなど、iTunesが普及して以降、音楽の聴き方の主流になるといわれてきた「CDから配信へ」という流れが一層顕在化した年だった。
しかし、CDが音楽メディアとして、かつての勢いを失いかけている一方で、近年は「アナログ復権」といわれるように、世界的にレコードやカセットテープの売り上げが伸びており、それらアナログメディアにオマケとしてMP3のダウンロードコードを付けて販売するスタイルも一般化している(もっとも、「伸びている」といってもレコードの売上は音楽市場全体のわずか2%であり、カセットはさらにニッチな市場ではあるが)。
ここで、「カセット?」と思った人もいるだろう。というか、20代以下の世代はカセットテープ自体を知らない人もいるかもしれない。だが、2000年代後半以降、特にインディペンデントな音楽シーンでカセットはじんわりと盛り上がりを見せ、現在進行形で新譜がカセットでリリースされ、モノによっては熾烈な争奪戦が繰り広げられている。
そんなアナログとデジタルが並存する場のひとつとして、「Bandcamp」を紹介したい。
Bandcampはファンがアーティストを直接「サポート」できる仕組み
Bandcampとは、2008年にアメリカでローンチした音楽配信・販売プラットフォームである。そこではさまざまなアーティストやレーベルが、デジタル音源はもちろん、フィジカル(アナログレコードやCD、カセットテープといった物理的メディア)も販売している。アップされた音源はすべて無料で試聴でき、ファンは気に入ったものがあれば購入するという、いたってシンプルなつくりだ。
2016年1月現在、サイトのトップページにはこんな一文が記されている。
「これまでにBandcampを通じてファンがアーティストに支払った総額は1億3,900万ドル(約164億円※1ドル=約118円)にのぼり、直近の30日間のみで400万ドル(約4億7,000万円)がアーティストの手に渡っている」
ここには、Bandcampのコンセプトが端的に表れている。すなわち、「アーティストにちゃんとカネを回す」こと=(特にインディーズの)アーティストをサポートすることだ。そんなBandcampの最大の特徴は、アーティスト自身が自由に音源の価格を決められる点にあり、多くのアーティストがデジタルアルバム1枚あたり"$7 or more"(7ドル以上)のような価格設定にしている。
この"or more"には「サポート」や「カンパ」といった意味合いが込められており、要するに「7ドルで買えるけど、めちゃくちゃ気に入ったから10ドル払っちゃおう」とか「これからもコンスタントに音源をリリースしてほしいから、活動資金の足しに」みたいなノリでファンが自発的に価格を上乗せすることができる。そのため、アーティストが設定した最低価格を、ファンの平均支払額が上回るケースもある。
このような「サポート」型の価格設定を突き詰めたのが、"Name Your Price"(価格はあなたが決めてください)だ。
これは、0ドルでも1ドルでも100ドルでも、ファンは払いたい額をアーティストに払えばいいというものだが、無料で手に入る音源にお金を支払ったとき、ファンはいったいなにを買ったのか......デジタル音源の購入がときに単なる"購買行動"以上の意味を持つのが、BandcampがAmazonやiTunesと決定的に異なる部分だろう。
好みのジャンルにソートし、片っ端から聴いていくのもアリ
では、そんなBandcampで音源を試聴したり購入したりするにはどうすればいいのか。すべて英語表記であるため尻込みしてしまうかもしれないが、使い方は簡単だ(PCでもスマホでも見え方・操作はほぼ同じ)。
お目当てのアーティストがいれば、トップページ右上の検索ウィンドウに名前を打ち込めばいいし、検索ワードが思い当たらなければ、その下にある"discover"をクリック(あるいは画面を下にスクロール)すると、"all""rock""alternative""hip-hop/rap""electronic"などの音楽ジャンル別にソートできる。
それらジャンルも、"rock"であれば、"all rock""indie""prog rock""post-rock"といった具合に細分化でき、また"best-selling(売れ筋)"や"new arrival(新着)""location(場所)""format(デジタル、レコード、CD、カセット)"でもフィルターできる。
たとえば、「ブルックリンのインディーロックでカセットリリースのあるバンドは?」とか、とりあえず興味のあるジャンルでソートして、片っ端から聴き倒す(気になったアーティストやレーベルはTwitterのように"Follow"できる)というのもひとつの楽しみ方だろう。なにしろ、繰り返しになるが、試聴だけなら無料なのだから。
そうしているうちに、購入したい音源に出会ったら"Buy Now"をクリックし、アーティスト/レーベルが設定する最低価格(もしくはそれ以上)を入力して"Checkout Now"(決済する)。支払いはオンライン決済サービスのPayPalかクレジットカードで行われ、代金はアーティスト/レーベルのPayPalアカウントに直接送金される。その際、デジタルは15%、フィジカルは10%がBandcampの取り分となる。
支払いが完了するとダウンロード画面が表示され、自分がダウンロードした音源をFacebookやTwitterでシェアすることもできる。このように、SNSで拡散・宣伝する行為も「サポート」の一環であることは言うまでもない。また、ダウンロードはMP3だけでなく、可逆圧縮(FLAC、ALAC)や非圧縮(WAV、AIFF)のファイルも選択できるあたり、Bandcampの音質へのこだわりも見てとれる。
無名アーティストからトム・ヨークまで「玉石混淆」
先述したとおり、Bandcampはもともとインディーズのアーティストをサポートするために生まれたサービスであり、全体として無名のアーティストがゴロゴロしている「玉石混淆」なプラットフォームだが、他方で、2014年にレディオヘッドのトム・ヨークがシングル「Youwouldn'tlikemewhenI'mangry」と、アルバム「Tomorrow's Modern Boxes」を販売して世間を驚かせたりもしている(ちなみにシングルの価格は"Name Your Price")。
また、そのトム・ヨークとの共演歴もある新世代のジャズトランペッター、クリスチャン・スコットや、同じく現行ジャズシーンを牽引する若手ドラマーで、去る1月10日に亡くなったデヴィッド・ボウイの最新作「★(ブラックスター)」にも参加しているマーク・ジュリアナ、あるいは日本人アーティストではtofubeatsといった有名どころもBandcampで音源を発表している。
レーベルでは、かつてニルヴァーナやマッドハニーを見いだし、グランジブームの立役者となったSub Popをはじめ、90年代にメロコア旋風を巻き起こしたEpitaphやFat Wreck Chords、デスメタル/グラインドコア系のRelapseなど大手インディーズレーベルもBandcampを利用しており、今後もその規模を拡大していくだろう。
とはいえ、個人的には、やはりBandcampの醍醐味はマイナーでアングラなアーティストの発掘にあると思っている。そして、冒頭で触れたきりになってしまっていたが、デジタル音源と併せて、彼らのリリースするカセットテープも販売している点が、Bandcampのもうひとつの魅力だ。
カセットテープでこそ輝く音楽もある
音楽のデジタル配信が当たり前の時代に、なぜカセットなのか。単純なモノとしての(あるいは無限にコピー可能なデータにはない)実在感など、カセットが支持される理由はいくつかあるが、アーティストやレーベルにとってのカセットの利点は、制作費が安く、少部数の生産が可能なことにある。つまり、カセットはリリースの自由度が高いため、CDやレコードよりもインディー感、DIY感の強い作品が多いのだ。
ちなみに少部数とは、具体的には100本程度で、換言すれば、世界中に100人くらいしか買う人がいないともいえるが、即完売してプレミアがつく作品も珍しくない。
最後に、個人的に最も注目しているカセットレーベルをひとつ紹介する。それは、LAの地下ノイズ/インダストリアルレーベル「Nostilevo」。このレーベルの特徴は、劣化コピーに劣化コピーを重ねたようなガビガビの腐蝕ノイズにあり、「玉石混淆」という観点からすれば、間違いなく「石」に相当するカルトなアーティストが揃っている。
Bandcampは高音質を売りのひとつにしているが、はっきり言ってNostilevo作品を高音質で聴く意味はない。だが、それがいい。カセットテープで聴いてこそ輝く、荒みきった音もある。
定額配信サービスで数千万曲という楽曲がネット上に溢れるなか、同じくネットを通じて100本限定のカセットがリリースされ、しれっとソールドアウトしているという現象はじつに興味深い。その一端に触れるという意味でも、Bandcampにアクセスしてみてほしい。
文:須藤 輝