2015/08/25
女性が開発した、妊娠・出産する女性の心に寄り添うデバイス3種
「肌触りが心地良くて、毎日着けても違和感がなく、生活にスッと馴染んでしまう、そんなウエアラブル機器を自分の手で作りたかった」
そう語るのは、東欧スロベニア出身の美術デザイナーで、Bellabeat社のファウンダー、ウルスカ・スルセンさんだ。
シリコンバレーでは、女性開発者の数はまだ圧倒的に少ない。そんな中、スルセンさんは、自分の周囲の女性たちが既存のウエアラブル健康機器に満足していないことを日頃から強く感じていた。ヘルスコンシャスな女性たちは、睡眠の質やストレス度合いを計測することには興味があっても、プラスチックやメタル製の、いかにもガジェット然とした機器を肌に着けるのを嫌い、健康トラッカーを身に着けないことが多いからだ。そこで、女性たちが本当に身に着けたくなるような魅力的なデザインと機能を持つ健康トラッカーを作ろうと、仲間とともに決意した。
女性のからだの周期に合わせた管理を可能にするスマートジュエリー「LEAF」
画像提供:Bellabeat社
大学の医学部を中退し、スロベニアとフィンランドの美術学校で学び、彫刻家・デザイナーとしての経歴を持つスルセンさんと、東欧で産婦人科医として働く彼女の母親などが共同で開発したのが、「LEAF」という名のスマートジュエリーだ。その名のとおり、葉っぱのような形で、ネックレス、また腕に着けるブレスレット、そしてTシャツなどの襟に着けるクリップにもなる。
葉っぱの模様の部分はステンレス製だが、実際に肌に当たる裏側の部分はアメリカン・アッシュウッドによる100%木製にこだわった。触ってみると、木の部分がつるつるとして心地良い肌触りだ。
画像提供:Bellabeat社
機能面での既存健康トラッカーとのいちばんの差別化ポイントは、生理日を記録して排卵日のサイクルを把握できることだ。アプリに生理日などのデータを入力すると、排卵の周期を割り出し、妊娠を望む女性をサポート。また、避妊ピルや薬を飲んでいる女性には、飲むタイミングを知らせるアラーム機能もある。市販価格は129ドル。
ウエアラブル市場に溢れる健康トラッカー商品の成功を左右するのは、いかにユーザーが1日中そのデバイスを着けていられるかという点だ。長時間装着すればするほど、多様なデータを集められるからだ。睡眠中に着けていて邪魔にならないように、Tシャツの襟などにつけられるクリップ機能を重視したのもそのためだという。呼吸、睡眠、フィットネス活動の3つをセンサーが感知し、データはBluetoothでスマホのアプリに送られる。バッテリーは電気量販店などで買える丸形の小さなもので6カ月程度持つという。
胎児と双方向にコミュニケーションするデバイス「SHELL」
画像提供:Bellabeat社
いざ妊娠したら、今度はお腹の中で育つ胎児の心音を、スマホのアプリを通して聞くことができるデバイス「SHELL」も開発した。お椀のような丸い形をしたテニスボール大の木製のデバイスで、お腹の上に軽く乗せて、胎児の心音を測定できる。超音波などは使わず、身体に影響を及ぼさない独自のセンサー技術で、胎児の心音をトラッキングするとのこと。
Bluetoothでデータをアプリに送信。アプリを通して心音を聞くことができ、心音を録音し、そのデータを家族に送信することもできる。つまり、生まれてくる子に将来、妊娠当時の心音はこうだったと聞かせることもできるわけだ。価格は149ドル。
産婦人科で超音波による詳細な検診もある現在、なぜこのデバイスをあえて家庭で、個人が使う必要があるのだろうか?
スルセンさんは言う。
「産婦人科での超音波検査は何カ月かに一度だし、医師の前では妊娠中の女性はリラックスできないのが普通。自分の部屋で、ゆっくり赤ちゃんの心音を聞ければ、生まれてくる赤ちゃんとの一体感を感じることができ、主体的に妊娠を受け止め、そのプロセスを楽しむ前向きな気持ちになりやすい」
画像提供:Bellabeat社
妊娠している女性だけではなく、子どもの父親にとっても、わが子の心音を聞く、というのは非常に感動的な体験だけに「男性が妊娠初期から父親の自覚を持つのにとても役立つ」とスルセンさん。
このSHELLをスピーカー代わりにして、スマホを通して胎教のために音楽を流したり、あらかじめ録音した家族の声などを流すことも可能だ。出産後は、ベビー・モニターとしても使え、新生児の声をセンサーが感知。泣き声などをアプリによって親に知らせる機能もある。
多くの妊娠中の女性たちの生の声を集め、調査したスルセンさんいわく、妊娠期間中の心音をトラッキングする習慣がつくと、胎児のちょっとした変化でも見逃さないようになり、何かあっても対応が早くなる傾向があると言う。また、不幸にして死産などに終わってしまった場合でも、心音をまったくモニターしていなかった場合と比べて、自分で把握できる科学的データがある分だけ、非常につらい事実を受け入れる精神度合いが違ってくるという。
「妊娠中の身体の変化」をやさしく受け止める体重計「BALANCE」
画像提供:Bellabeat社
そしてスルセンさんが妊娠中の女性のために開発した3つめのデバイスが、体重計のBALANCEだ。木製のシンプルなボードで、その上に乗って体重を量るのだが、よく見ると、数値を表す液晶画面などが一切ついていない。なぜだろうか?
画像提供:Bellabeat社
「妊娠中の女性は、急激な体重増加を必要以上に気にしてしまうことがほとんど。自分の身体がどんどん変わっていくのを受け入れられない気持ちがある場合も多いので、あえて体重の数値を表示せず、スマホでBMI数値(ボディ・マス・インデックス)のグラフで見られるようにした」とスルセンさん。
体重増加をそのままの数値で突きつけられるよりも、身長に対する体重値の割合の数字を提示された方が、心理的に受け止めやすいからだという。また、出産後は、赤ちゃんを抱えて、ふたりで一緒にこの体重計BALANCEの上に乗れば、それぞれの体重を個別に測定できる機能も付いている。BALANCEの価格は139ドル。
LEAFはすでに同社のウェブ上で販売中で、SHELLとBALANCEは2015年末頃に発売予定だ。3つのデバイスに共通しているのは、女性のライフスタイルを中心に考えて、包括的な提案をしたことだろう。単にフィットネスや体重の数値だけに注目したりするのではなく、心と身体のバランスを重視し、妊娠前、妊娠中、出産後と、それぞれのステージにある女性のニーズに応える商品を目指した点が面白い。
「妊娠をひとつのきっかけに、ユーザーが自分の健康に注意を払い、病気になってから慌てて対応するのではなく、病気になる前に、自分の健康を積極的に作っていくような環境づくりの手助けができれば」とスルセンさんは言う。
彼女は、2014年にシリコンバレーの起業家インキュベーター、Y Combinatorのメンバーとして選ばれ、Bellabeatはすでに450万ドルの資金を投資家から集めるのに成功している。 アメリカ、ヨーロッパ、そしてオーストラリア市場にも進出し、工場は中国にもあるグローバル企業だ。典型的なシリコンバレーの男性経営者とは違い、美術やデザインのバックグラウンドを最大限に生かし、女性のニーズに焦点をあてる彼女の経営方針は、シリコンバレーでも大きく注目され始めている。
文:長野美穂