2017/05/30

空振りをするまいと、食虫植物は記憶する

持てる力を振り絞って葉を閉じたのに、虫がいない! そんな、あってはならない空振り防止のため、ハエトリグサはどうしているのだろう。

ハエトリグサ――The食虫植物

近頃、初夏になると園芸店の店先に食虫植物を見かけることが多くなった。

食虫植物は、奇妙なかたちや美しい花に加えて、虫を「食べる」という不思議な生態を持つことが人気の秘密だろう。中でも、最も人気があるのがハエトリグサ(ハエトリソウ)である。開いた本の周りにたくさんのトゲが付いたような奇妙な形の葉を持つ植物をご存じの方は多いだろう。

さて、ハエトリグサの「食虫」は、他の食虫植物と比べてかなり変わっている。

ネバネバした粘液を分泌して虫を捕らえるモウセンゴケや壺型のトラップを持つウツボカズラなどと違って、ハエトリグサは、開いた本のような葉(捕虫葉)が最速0.5秒という驚くべき速さでバタンと閉じることで、獲物を挟み込んで捕らえ、消化液を分泌してこれを溶かしてしまう。触るとお辞儀をするオジギソウと並んで、「動く植物」の代表格である。

1度目の「刺激」を憶えておけば...

一度閉じた葉は、獲物を消化吸収した後に再び開き、次の獲物を待つ。ハエトリグサは、吸収した虫の養分を使って閉じた葉の内側を成長させることで、再度、葉を開かせるので、獲物なしで葉を閉じる「空振り」は、植物体を激しく消耗させる。

このためハエトリグサは、「空振り」を防ぐための巧妙な仕組みを獲得した。

ハエトリグサの捕虫葉の表面には、感覚毛と呼ばれる3対のトゲがある。このトゲに、30秒以内に2回の刺激を受けると捕虫葉が閉じる。つまり、ハエトリグサは感覚毛に一度刺激を受けたことを「憶えて」おり、2回目の刺激を受けると感覚毛の付け根から電流が発生し捕虫葉を閉じるという、原始的な「記憶」のようなシステムを持っている。これは、風で飛ばされたゴミなどによる刺激と、捕虫葉の中を動き回る虫による刺激とを区別する巧妙な仕組みである。

記憶の本質と化学物質

私たちは、この「記憶」の本質が化学物質の段階的な蓄積ではないかと考え、研究を行った。

ヒトの神経細胞では、シナプス周辺の神経伝達物質が一定の閾値を超えると、神経電流が流れる。

この神経伝達物質のような働きをする分子が、1回目、2回目と刺激を受けることで少しずつ分泌され、その蓄積量が閾値を超えると、電流が発生してハエトリグサの捕虫葉が閉じると推定した。

大量のハエトリグサから抽出したエキスから、刺激を与えなくても捕虫葉を閉じさせる成分を探索し、「ジャスモン酸グルコシド」という物質を発見した。

進化論で有名なチャールズ・ダーウィンは、晩年、植物の研究に没頭したが、ハエトリグサは彼の大のお気に入りであった。ダーウィンは、素早い捕虫葉の運動と「記憶」の不思議さから、ハエトリグサを「世界で最も不思議」と述べている。

ハエトリグサの運動と記憶現象にはまだまだ未解明な部分も多いが、ダーウィンの偉大な好奇心に少しでも応えることができれば、研究者冥利に尽きるというものである。

執筆:上田 実
絵:大坪紀久子

上記は、Nextcom No.30の「情報伝達・解体新書 彼らの流儀はどうなっている?」からの抜粋です。

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Minoru Ueda 東北大学 大学院 理学研究科 教授

1965年生まれ。甲南大学理学部卒業。名古屋大学大学院農学研究科博士(後期)課程修了、博士(農学)。
慶應義塾大学理工学部助教授などを経て、2004年より現職。
専門は生物活性天然物のケミカルバイオロジーなど。

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