2016/06/02
飲み会で盛り上がる、「昔のポケベルあるある」
→ポケベルの時代の「おもいでタイムライン」記事へ
今から約20年前、まだ携帯電話が高嶺の花だった時代、学生のあいだで大流行したポケットベル(以降ポケベル)。1968年に初めて登場したころは、「音が鳴る」だけ。ただただ誰かが連絡を取りたがっていることが分かるだけ、というシンプルな機能でした。
やがて液晶モニターがつき、プッシュホンから相手に数字(電話番号)を送ることが可能に。何しろそれまでは離れた友だちとリアルタイムにコミュニケーションを取る手段なんかありませんでしたからね。「0840」(おはよう)などの数字をもじった「ポケベル打ち」や、「11→あ」「12→い」「21→か」とする「2タッチ入力」とともに、93年頃には女子高生を中心に大ブレークしました。......ただし、ひと文字でも打ち間違えると、意味がさっぱり分りませんでしたけどね。
今回は、ポケベルについての「あるあるネタ」をご紹介。当時のユーザーにとっては落涙必至のポケベルメモリーズです!
休み時間のたびに、学校の公衆電話に長蛇の列ができました(37歳/女性/公務員)
ポケベルといえば女子高生。女子高生がおしゃべり大好きなのは今も昔も変わりありません。現代の高校生がLINEを利用しているのと同じように、当時の高校生はポケベルを上手に使って友だちや彼氏とひっきりなしにコミュニケーションを取っていました。そのおかげで、休み時間のたびに公衆電話には長蛇の列、なんていう学校もありました。当時の学生にとって、公衆電話とポケベルはなくてはならない必需品だったわけですね。
数字の意味が分からず待ち合わせで会えなかった(39歳/男性/教育)
例えば「1052167」は「どこにいるの?」。「0833」は「オヤスミ」。さらには「114106」は「アイシテル」と読むのがいわゆる「ポケベル打ち」。プッシュホンから数字を送ることしかできないので、暗号化してコミュニケーションを取っていました。誤読はもちろん、打ち間違えや、友だちのあいだでの独自ローカル読みなどもあり、ポケベルは持っていてもポケベル打ちに慣れていない男子などは解読するのにひと苦労。待ち合わせに失敗することも多々ありました。......まぁでも気になる子からのポケベル打ちを解読中のあのドキドキがたまらなかったんですけどね。
入力が異様に早い女子高校生がいた(40歳/女性/飲食)
「ポケベル打ち」「2タッチ入力」、そして「※2※2」から始める「カナ入力」、「※4※4」から始める「定型文入力」。進化著しいこの最先端機器を、若者はアッという間に使いこなしてしまいました。定型文入力表を見ながら公衆電話でポチポチ打ち込むサラリーマンの隣で、指先から炎が出る勢いでブラインドタッチ。もちろん定型文はすべて記憶済み。そして颯爽と立ち去っていく女子高生......。よく見た光景です。
何度も同じ誤変換を繰り返し逆に意味が通じるようになった(39歳/女性/飲食)
ポケベルは送ったメッセージが正しいかどうかの確認をすることができません。入力を間違えた場合、送った相手から指摘されない限りそのミスに気付くこともありません。ちなみに筆者は当時付き合っていた彼女から「アイシオイスカッタダイシキ」というメッセージをもらい、解読するのに頭を悩ませたことがあります。考えた結果、どうやら彼女、「ス」と「シ」を間違って覚えていることが分かり、親切心から指摘。しかしその後も一向に直してくれる気配がなく、「分かってるなら読めるだろ」のひと言で問題解決した覚えがあります。いやはや、ポケベル全盛期はそういう事件が多発していた時代でした。
家がプッシュ式の電話じゃなかったので、返信は次の日以降(38歳/男性/金融)
ポケベルにメッセージを送るには、プッシュ式の電話機を使わなければいけません。しかし、当時の家電(いえでん)はまだダイヤル式の黒電話も多く使われていました。自宅からメッセージを送ることができないので、メッセージがあるたびに、わざわざ近所の公衆電話まで出向いたものです。冬の夜、テレホンカード1枚持って外に出るの、寒かったなぁ。
ポケベルで「ベル友」づくりをして遊んでいた(40歳/女性/美容)
ポケベルを語る上で欠かせないのが「ベル友」の存在。言ってしまえば、メールのみでコミュニケーションを取る間柄である「メル友」と同様で、ポケベルのみで交流する友人ということ。当時は、ポケベル専門誌や駅の掲示板などに「メル友になりませんか?」というメッセージとともにベル番号が書かれてたりしました。そこで気の合う仲間を探して、ときにはベル友から恋人に、なんてケースもあったものです。しかしながら、ベル友が増えるにしたがって返信しなくてはいけない件数も増え、それが段々と億劫になり、結局は自然消滅するケースも多かったようですけどね。
「宝探し」や「タイムアタック」などの独自ゲームを考案した(43歳/女性/教育)
当時の学生にとって、ポケベルは格好のおもちゃ。ゆえに、さまざまな「独自の遊び方」もあったようです。「宝探し」は非常にシンプルなゲームで、カップラーメンやお菓子、さらにはアイドルの写真集など校舎のどこかに隠し、主宰がみんなのベルにヒントを送り、それを頼りに隠されたお宝を探すというもの。単純だけど、それなりに白熱していた気がします。さらには、ベル打ちの速さを競う「タイムアタック」。当時は英単語を覚えるより、いかに入力表を覚えるかの方が大事でした。
電池式ゆえの苦労があった(36歳/男性/飲食)
ポケベルは、昨今の携帯端末のように充電式ではなく電池式でったので、夜中に電池が切れてしまい、通信できないなんてこともありました。近所にコンビニがなかった筆者は、夜中にポケベルの電池が切れ、メッセージが1件も届かなくなると、まるで世界から自分だけ隔絶されたかのような絶望感を味わったものです。そういえば当時、家電量販店で予備の電池を箱買いし、ポケベルの電池切れに備えていた、なんていう慎重派もいました。
以上、懐かしのポケベルあるあるでした。ポケベルはやがてケータイメールに変わり、いまやLINEが若者のコミュニケーションの中心になりました。でも、よくよく思い返してみると、やっていることは今も昔ももしかしたらあまり変わっていないのかもしれませんね。
文:上野慎治郎(アート・サプライ)
協力:東京テレメッセージ株式会社
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