2016/04/05
【ネット系女子!】日本一の女子高生プログラマーはどうやって誕生したのか? 山本文子さん
「プログラマー」という言葉を聞いて、あなたはどんな人物を思い浮かべるだろうか? メガネをかけ、日夜何台ものモニターを前にキーボードを打ちまくる男性像? そんな先入観を打ち壊す、いま注目の超若手女子プログラマーがいるのをご存知だろうか。
今、ネットを騒がせている女性を探す「ネット系女子!」連載の第1回目は、プログラミング界のホープである山本文子(やまもと ふみこ)さん、16歳。なんと現役の女子高生である。
一見普通の女子高生に見える山本さんだが、実は彼女、「アプリ甲子園」という中高生のためのスマートフォンアプリ開発コンテストで優勝した経験のあるれっきとしたプログラマーなのだ。2014年の大会で優勝を勝ち取り、名実ともに「日本一デキる女子高生プログラマー」となった彼女は、そもそもなぜアプリ開発に興味を持ったのか。直接話を聞いてきた。
高級旅館の娘、プログラミングをはじめる
1月某日、我々編集部がやってきたのは、山本さんのご実家である神奈川県の高級旅館。笑顔で出迎えてくれた山本さんは、紺のプリーツスカートにセーター姿とザ・女子高生のいで立ちだ。すごく足が寒そう。
――山本さん、今日はよろしくお願いします。まずは山本さんのような現役女子高生がなぜアプリ開発をはじめたのかお聞きしたいのですが、スマホっていつごろから使っているんですか?
「はじめて携帯電話を持ったのが小学4年生でした。スマホデビューは中学受験が終わったあとだったので、その2年後の小学6年生の終わりくらいだったと思います。ずっとXperiaを使っていたんですが、中3の終わりに当時作っていたアプリの実機テストをするためにiPad miniを買ってもらったんです」
――ということは、中3の時点で既にアプリ開発をしていた?
「そうですね。はじめてプログラミングに触れたのが中3の夏でした。そもそものきっかけは、通学中に見ていた『NAVERまとめ』サイトで、同い年の角南萌さんがアプリ甲子園で優勝したのを知ったことです。私、中学時代ずっとバスケをやっていて、はじめは高校に行っても続けるつもりだったんですが、家から高校までがとても遠くて、朝練に出るためには毎日朝5時前の電車に乗らないといけなかったんです。さすがにそれは無理だと思って、高校に入ったらバスケを辞めてなにか別なことをしようかなと。そこで、日課になっていた通学中のNAVERまとめのチェックをしているとき、ふと『アプリ』って検索窓に打ち込んでみたんです。すると予測変換で『アプリ 開発』って出てきて、アプリが自分でもつくれることにビックリしちゃって......」
――そこで、自分でもチャレンジしてみようと。
「はい。調べてみると、同じ年くらいの子たちでアプリをつくっている人って意外とたくさんいたんです。2012年のアプリ甲子園で優勝している角南 萌さんも、私と同じ年で、『同い年でこんなことやってる子がいるんだ!』と衝撃を受けました。それで、Life is Tech !という中学生、高校生向けのプログラミングスクールに通い始めたんです」
予選の時は、毎晩泣いてました
――アプリ甲子園で優勝したときの作品「OCTAGON(オクタゴン)」はどのような経緯で生まれたのでしょう?
「元はスクールでつくっていた作品なんです。はじめて自分でアプリをつくることになって、どんなものにしようか考えていたんですが、今出回っているようなツール系のアプリに無理やりオリジナルのコンセプトを乗せたようなものより、自分が純粋に使いたいものにしたいと思いました。そこで、当時ハマっていた単純な計算ゲームをベースに、なにも考えずスワイプするようなゲームにして、OCTAGONが生まれたんです」
山本さんが開発したゲームアプリ「OCTAGON」。中央のアイコンと同じ色の角に向かってひたすらスワイプする、シューティングならぬ"しゅっティング"ゲームだ
――OCTAGONを引っさげてアプリ甲子園にチャレンジしたときは、優勝する予感はしていましたか?
「まさか! 単純すぎるこのゲームで優勝できるなんて少しも考えませんでした。ただ、ダメだとしても失うものはなにもないので、とりあえずチャレンジしてみようと。それで運よく2次審査に進んだんですが、そこではプレゼンがあるんです。もちろん大人の人の前でプレゼンすること自体初めてだったんですけど、経験がないからこそプレゼンは誰よりも気合を入れようと思って、資料づくりに取り組みました。でも、スクールの先輩に見てもらってもダメ出しされるばかりで......あのときは本当に辛くて、毎晩泣いてました(笑)」
「バスケの人」から「パソコンの人」に......
――しかしその努力の甲斐あって、結果優勝を勝ち取ったわけですが、優勝してからなにか周囲やご自身のなかで変わったことはありましたか?
「私自身はなにも変わっていないんですけれど、周囲の目が本当にガラッと変わりました。学校の友達からは、優勝するまで『山本さんはバスケをやめて、一体なにをやってるんだろう?』と不思議に思われていたみたいなんですが、優勝したことがニュースになって『バスケの人』から『パソコンの人』になったみたいです。それと、両親の理解を得られたことは、いちばん優勝してよかったと思ったことかもしれません」
――それまでご両親は山本さんのアプリ開発をどう思っていらっしゃったのでしょう?
「基本的に、私がやりたいと思うことを否定する両親ではないんですが、特に父は"超"がつくほどのアナログ人間。スマホも持っていないし、パソコンも打てないんです。そんな父は、私が急にバスケをやめて、毎日パソコンでカタカタとやっている姿を見て『引きこもりになったのでは......』と心配していたそうなんですが、その疑いも晴れました(笑)。それと、『文子の商売道具なら』と新しいMac book proも買ってもらえたんです」
――あれ? それまではどんな環境で開発していたんですか?
「スクールに入るときに買ってもらったMac book Airを使っていました。でも、4GBしかないもので、そのマシンでコードを書くためのXcodeとIllustrator、Photoshopまで同時に起動していたので、酷使がたたってしょっちゅう固まっていて......あ、でも新しいMac book proはメモリもストレージも最強のやつなんで、今すごくハッピーなんです!」
デジタルが進化するからこそ、人間らしいことがしたい!
――最近はどんなことをされているんですか?
「今はもっぱら、OCTAGONのアップデート作業です。授業が終わったらソッコーで家に帰って、それから自室にこもってカタカタとやっています。優勝した当時のものは、今見返すとデザインもUIもダサすぎて、本当は消してしまいたいくらいなんです......。今は挙動ももっとスムーズにしたくて、イチからつくり直しています。ここ1年くらいでデザインの勉強に力を入れてきたので、特にデザインの部分は手を入れたい要素です。あのころの私が本当にセンスがなかったことを痛感しています(苦笑)」
――デザインにも興味をお持ちなんですね。
「そうなんです。今、毎年3月に赤坂BLITZで開催される高校生イベントのデザイン班長とPV班長をやっていて、ロゴやイベントスタッフのパーカなどのデザインをしているんです。優勝したことがきっかけで、こうして世間と関わりながら開発をしたりデザインをしたりアウトプットする機会をいただけて、自己満じゃないモノづくりができることに本当にありがたく思っています」
――では、これからもっとチャレンジしたい分野はありますか?
「最近はメディアアートの分野に興味があるんです。Perfumeの舞台演出でプロジェクションマッピングやデジタルサイネージを手がけているライゾマティクスさんのワークショップに去年、参加して、ちょっとだけメディアアートの開発を経験させてもらったんですが、それがすっごく楽しくて! 大学に入ったら、そんな研究がしたいなぁと思っています」
――なるほど、夢が広がりますね! では最後に、山本さんがイメージするデジタルの未来予想図をお聞かせいただけますか?
「これからスマホも、ウエアラブルガジェットも、今よりもっともっと便利になっていくと思います。それに、あと30年もすれば人工知能が人間を超えるとも言われているし、それなら近い将来、今私たちがやっているような単純作業はみんな機械がやってくれるようになると思うんです。そのときに大事なことって、それこそデザインだとか、人間の感性があるからこそできることなんじゃないかと感じています。私も10年後、20年後、デジタルの世界がどうなっているのか楽しみです!」
終始目を輝かせながら、話してくれた山本さん。こんな女子高生がプログラミング界で活躍すれば、いずれ私たちのプログラマーに対するイメージもガラッと変わってくるのかもしれない。
文:田代くるみ
撮影:有坂政晴
山本文子(やまもと・ふみこ)
1998年生まれ、日本女子大学附属高等学校所属。「アプリ甲子園 2014」にて、しゅっティングゲームアプリ「OCTAGON」で優勝。使える言語はObjective-CとWeb回りも少々。最近購入したお気に入りガジェットはマイクロソフト社のKinect。愛用するカメラはOLYMPUSのOM-Dシリーズ。好きな雑誌はViVi。趣味は筋トレとK-Pop