2016/03/03

ヒヨコの経済学 ―気が短いにもわけがある

ヒヨコはあきれるほど気が短い。それは道理にかなった行動か?
個を超える社会の道理がみえてきた。

動物の心をめぐって

動物に心があるだろうかと考えながら、長いこと動物を、それもニワトリのヒヨコを調べてきた。愚かな問いかけである。私はヒヨコではないから、ヒヨコの経験を共有することはない。脳に化学物質を探すというのなら可能だが、心というのは何を探せばよいのだろう。あやふやな対象で、もとより無理筋なのだ。無理は承知だ。不良設定であることを覚悟した上で、問いたかったのである。

そこで考えた。心(mind)という名詞に問題があるのではないか。むしろ動詞としてのmind、彼らが「気にかけていること」を問題にしよう。

ヒヨコに道理はあるか?

卵を温めて3週間目、決まった日にはヒヨコが孵(かえ)る。数日は餌も水も要らないが、その後は大量に食う。自由にさせれば毎日体重の2〜3割相当の餌を食べて大きくなる。ニューギニア高地で人間が赤色野鶏を飼いならして以来、すでに1万年近い。鳥は凶暴な生き物だが、今でもヒヨコはひたすら食べる。だからこそ人間は飼いならすこともできたのだろう。

三歩歩けば忘れる、という。chicken brainといえば愚かさを表す。しかし、彼らは実に厳しい経済的原理を貫いている。それに気づいたのは、異時点間選択という、心理学の古びた課題をヒヨコに解かせたときのことである。

赤いビーズを啄(ついば)めばすぐに1粒の粟が出る。緑なら6粒だが待たねばならない。この待ち時間を0、1、2、3秒と変えて調べた。0秒なら緑を選び6 粒を取る。しかし3秒なら赤を選び1粒を取る。極めて気が短い。ばかげたことだ。

一体、彼らは何を気にしているのだろう。なかなか答えが見つからなかった。

最適性を破り生き延びる

悶々としているなか、ある学生から生態学を教わった。本を開くと「最適採餌理論」なるものがある。1970年代、昆虫学者たちが虫にとって一番良い行動とは何か、理論と実地で調べた。自己の利益を最大にする行動から、ちょっとでもずれてしまえば、やがてそのような動物は駆逐される。しかし一匹の動物には、世界のすべてを知ることができない時と共に餌は変わり、世界は不確実だ。この世界では、直近の利潤率だけに忠実に振る舞い、ましな選択肢があれば心変わりすることが賢い。学生からの教えを得て、研究は大きく進んだ。ヒヨコの脳の中に、利潤率を精密に計算する神経回路があることも分かった。

しかし話はそれで済まなかった。ヒヨコは群れで生きる。捕食者からの安全を得るが、餌を競い争うことが常態となる。この競争のもとでは衝動性が異常に高まり、最適性からずれてしまうのである。

病的な破れのようにもみえた。しかし、ヒヨコはこれによって仲間の発見した餌を横取りし、餓死から逃れて生き延びる。最適性はむしろ彼らの生存を脅かしていたのである。

ヒトに立ち戻ろう。競い憎みつつも、より多く愛し理解し共生している。社会を生きるためには、最適性が破れる必要がある。ヒヨコの現実が我々を探る指針にもなることを期待して、まだヒヨコを見つめている。


文:松島俊也
絵:大坪紀久子

上記は、Nextcom No.25の「情報伝達・解体新書 彼らの流儀はどうなっている?」からの抜粋です。

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Toshiya Matsushima

北海道大学 大学院 理学研究院 教授
1957年東京都生まれ。東京大学で学位取得後、ブレーメン大学(ドイツ)、カロリンスカ医科大学(スウェーデン)、上智大学、名古屋大学などを経て現職。動物の行動と脳の研究を行っている。著書に『動物に心はあるだろうか?初めての動物行動学』など。

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