2015/12/24

どの「Webマンガがすごい!」んです? 編集長に直接聞いてきた

たぶん誰しも一度は目にしたことがあるだろう。まとめサイトの欄外に広告が入っていたり、誰かがSNSでオススメしていたり、あるいはウェブを回遊していて偶然たどり着いたり。読んでみたら面白い。紙のマンガとはちょっと違う世界観があって、"大爆笑!"っていうより"クスッと笑える"感じ。"誰でも楽しめる"っていうより、"これ共感できるの自分だけかもしれない"っていう、ちょっとした宝探し感覚。

で、夢中になってバックナンバーまで遡って読んで......そうこうするうちに目的の駅についたり、昼休みが終わったりして、スマホをしまってそれっきり。

面白かったはずなのに、どこで出会ったかもうわからない。広大なウェブの海にまぎれ、私たちの前から永遠に姿を消してしまう。そうこうするうちに、偶然また別の作品に出会ったり。

それがこれまでの私たちとWebマンガとの関係だ。

......超もったいない。我々はもう少しきちんとWebマンガに向き合うべきなのではないか? ......でもこの広大なWebの海からどうやって、「これぞ!」というWebマンガにたどり着ける?

そこで、宝島社『このマンガがすごい!』『このマンガがすごい!WEB』の編集長・薗部真一さんにお話を聞いた。さて、Webマンガとの楽しく、正しいお付き合いの仕方とは。

Webマンガ、なにが「すごい!」のか?

開口いちばん、「この何年か、Webマンガは無視できない状況にありますね」と薗部さん。やっぱり!

薗部真一さん。『このマンガがすごい!2016』が12月10日に発売されたばかり。編集のお仕事のみならず、年間のマンガの総括を求められること多数。多忙!

「Webは今、マンガ誌の増刊号的な役割を担っています。増刊号っていうのはそもそもチャレンジングで、新人が連載前に腕試ししたり、ニッチな企画で読者の反応を見るような場所だったんです。それが今、どんどんWebにシフトしています。当然ですが、印刷費も紙代もかからないので、そのぶん、掲載のハードルは下がっています。より多様な作品が読者の目に触れる機会を持つようになったわけですね」

これは「マンガを世間に発表する」ための、いわば昔ながらのやり方。新人の作家が出版社の編集部に連絡して、"持ち込み"をして、その結果掲載される媒体がWebであるという流れだ。一方で、全然違うWebマンガもある。

「アマチュアの方が個人で描いて、ブログなどに個人的にアップしているパターン。内容は、エッセイマンガとか、その人が属しているコミュニティの"あるある"みたいなもの。絵が描けるので、ブログをマンガでやっちゃいました......っていうケースが多いですね。そのぶん、特別面白いものにはなかなか出会えないんですが、時々"当たり"が出てくるんですよね」

たとえばそんな1作が、Webマンガサイト「くらげバンチ」に連載中の『働かないふたり』(作:吉田 覚)。もとは作者がブログで好きに描いていたショートショート。目をつけた編集者から声がかかり、連載が決まった。

『働かないふたり』/吉田 覚
ニートの兄妹の生態をリアルに軽いタッチで描く。「文字どおり働かない兄妹。働いたりしなければ、こんな感じで仲良く子供のときみたいでいられるのかな......。働いたら負けな気しかしません。ついつい続けて何話も読んじゃいますよ」(薗部さん)。書籍版は現在新潮社から6巻発売中。©吉田覚 2014/新潮社

「『このマンガがすごい!2016』オンナ編1位になった『ヲタクに恋は難しい』(作:ふじた)も、作者のふじたさんが、イラスト投稿SNSのpixivに自主的にアップしていた作品なんですよ。それがpixiv内のオリジナルコミックで歴代1位のブックマーク数を獲得したんです。それで途中から一迅社の担当編集者がついて、2015年4月に書籍化。その後pixivとコラボしてできたWebマンガ誌『comic POOL』で連載されるようになったんです」

『ヲタクに恋は難しい』/ふじた
重度のゲーヲタ・宏崇と隠れ腐女子・成美の、お互いにヲタゆえの不器用な恋模様を描くラブコメディ。単行本は一迅社より1巻発売中。©ふじた/一迅社

ふじたさんは趣味でpixivに投稿していたのだとか。それ以前はプロを目指し、ある出版社で編集者がついたが、うまくいかなかったのだそう。

「出版社での連載ではなく、こんなふうに作家さんがご自身の描きたいものを自由に描くことでうまく行く場合もあるわけですから、これは完全にWebマンガのサクセス・ストーリーですよね。そもそもこの作品もpixivで読者が認めて出版という流れですから、そういう意味ではWebマンガって非常に宝探し感があると思います」

Webマンガはどこで見られるのか?

Webマンガを見るには、出版社や電子書籍事業者がWeb雑誌をつくっているケースと、個人がSNSやブログをつかって自由に公開しているケース、それからもう1パターンあるという。

「作家さんや編集者が自分でWeb雑誌をつくっているケースです。赤松健さんの『マンガ図書館Z』や、竹熊健太郎さんの『電脳MAVO』なんかがそうですね。前者は絶版になったマンガや単行本化されなかったマンガを掲載しているサイトで、いい作品を残そうという、文化事業的な考え方。作家さんが運営されているので、作者の方に直接交渉して掲載を実現しているケースが多いと聞きます。後者は竹熊さんが新人発掘と、電子メディアになにができるかを実験するために立ちあげたWebマガジンなんですが、ここから『このマンガがすごい!大賞2015』に輝いた、相沢亮さんの『雪女』という作品が出ました。この12月に宝島社で改訂して『雪ノ女』というタイトルで出版しました」

『雪ノ女』/相沢 亮
自衛隊員・酒井は雪上訓練中に遭難し、謎の女に命を救われる。彼女は自分のことを誰かに話したら殺しに行くと言い残して消える。そして日常に戻った酒井は「ゆき」と名乗る家出少女と恋に落ちる......。小泉八雲の『怪談』を現代のファンタジーにした不思議な味わいの一作。宝島社から全1巻発売中。©相澤亮/宝島社

紙のマンガとどう違う?

実は『雪ノ女』、『電脳MAVO』でもいまだに読める。片や販売、片や無料である。読者の混乱を招いたりはしないのだろうか。

「それはマンガ雑誌と単行本との関係性に近いと思っています。マンガ雑誌の場合は、それ単体は広告・広報媒体的な役割で、採算は単行本で取るというスキーム。その雑誌に当たるのが今のWebマンガの役割になっていると思います」

興味深いのは、仮に同じ作品でも、Webと紙では表現の仕方を変える場合があるということ。
「たとえば『ReLIFE』っていう青春マンガがあるんですけど、ウキウキした雰囲気を伝えるフキダシを先に出して、そのあと恋人同士の2人の様子が絵でわかるようなシーンをのせる。これは『comico』という、マンガを縦スクロールで読ませるサイトに掲載されていて、読者は画面の上から下へ読んでいくので、それに合わせた画面構成になっているんです」

『ReLIFE』/夜宵草
院卒で無職。人生つまづきまくりの27歳・海崎新太に「もう1度1年間だけ高校3年生をやるチャンス」が! 大人の経験を積んだうえで改めて向き合う高校時代とは!? Webでは縦スクロール。上の画の場合、セリフから先に読み、下のコマを読むという仕組み。不思議な読書感。だがサクサク読める。単行本はcomicoから4巻発売中。©夜宵草/comico

一方、単行本の方は従来の紙のマンガ同様のレイアウトになっているのだという。
「この作品にかぎらず、本好きは"紙で持っておきたい"って思いますからね。それは僕もそうなんですが、そういう人は紙を買えばいいと思います。また、作品によってはWebでは公開できるけど、紙には掲載できないようなエピソードもあります。そこは用途や嗜好によって使い分ければいいと思いますよ」

Webマンガの強い味方。「Pinga」登場!

ちなみに今、どのくらいのサイトでWebマンガが掲載されているかを尋ねると、薗部さん「わからない」と即答。先に指摘されたように、出版社や電子書籍事業Webマンガ誌はもとより、作家や編集者が主宰するサイト、SNS、ブログまで合わせると「まさに星の数ですよ(笑)」。それらを俯瞰して整理するのは至難の業なのだ。また、サイトやサービスによってインターフェイスが異なるため、実際には、「いかに作品が面白いか」よりも、「いかに使いやすいか」が優先される場合もある。

そんなWebマンガ時代の要請に応えるのが「Pinga」だ。"Webマンガ更新チェッカー"と題したサイトで、もっとも大きな特徴は、多岐にわたるWebマンガサービスやアプリの枠を超えて、コンテンツベースで管理できる点。実はKDDIとコミックニュースサイト『コミックナタリー』を運営するナターシャが協業、技術パートナーにはてなを迎えてスタートした。

『Pinga』
左/トップページ。タイトル直下には注目作品が並び、以下「お気に入り」のサムネイルが。下にスクロールすると、インタビューやキュレーションされたおすすめマンガ記事などが読める。右/「お気に入り」一覧。更新順に表示される。クリックするとリンク先に飛び、マンガを読むことができる

『コミックナタリー』が最新Webマンガ情報を提供、「今読んでおくべき作品」や「おすすめ」をわかりやすく教えてくれる。このサイトに登録されたWebマンガから好きな作品を「お気に入り」としてリスト化しておけば、毎回毎回きちんと更新情報も伝えてくれる。また、ブックパスとも連携し、サイト上で公開されていないエピソードに関しても有料で読むことができる。

「これはなかなか便利だと思いますよ」と、薗部さんも太鼓判を押す。

「Pingaに作品が登録されてると、非常に使い勝手がいいですよね。最初におっしゃったようにWebマンガって、自分で管理するのがなかなか難しい。だから継続的に読むのも難しかったりするんですよね。うちのサイトで連載されている作品も結構登録されてきていますし、これを機会にぜひWebマンガの世界に分け入ってみてもらえるとうれしいですね」

最後におすすめ4連発

「北斗の拳 イチゴ味」/原案 武論尊・原哲夫、シナリオ 河田雄志、作画 行徒妹、協力 行徒
『WEBコミックぜにょん』連載中。南斗六聖拳の「聖帝」サウザーが主役の「北斗の拳」パロディ。とにかく楽しげでバカバカしくもスイートなギャグマンガ。「......なんですが、絵がほぼ原哲夫先生タッチの"本物風"。そして確かに"イチゴ味"。どの話から読んでも楽しめます。これはWebマンガにおいてはけっこう大事な要素です」。徳間書店より4巻発売中。 ©武論尊・原哲夫/NSP 1983,©行徒妹・河田雄志 2013

『ばらかもん』/ヨシノサツキ
これは実は"紙"からのスタート。スクウェア・エニックスの『ガンガンパワード』に読み切りとして載り、4話目以降は『ガンガンONLINE』で月イチ連載。「紹介するのも今更ですが、アニメ化までされた書道青春マンガです。型にはまった都会育ちの書道家が、長崎の島で人々と触れ合って新境地に至る。スピンアウトの『はんだくん』は学園ラブコメ好きにもオススメです」。書籍版は現在スクウェアエニックスから1巻発売中。©ヨシノサツキ/スクウェアエニックス

『ぼくは明日、昨日のきみとデートする』/マンガ 大谷紀子、原作 七月隆文 
累計60万部をこえる大人気小説『ぼくは明日、昨日のきみとデートする』をコミック化。京都の美大に通う高寿が電車のなかでひと目惚れ。高嶺の花に見えた彼女に意を決して声をかけ、交際にこぎつけたのだが、彼女にはとんでもなく大きな秘密がー−−。「以下2作は『このマンガがすごい!Web』のオススメです。奇跡の運命で結ばれた2人の、甘くせつない恋愛ものなんですが、"彼女の秘密"が明らかになると、絶対最初から読み返したくなります」。©七月隆文/大谷紀子/宝島社

『異世界居酒屋「のぶ」 しのぶと大将の古都ごはん』/マンガ くるり、原作 蝉川夏哉
人気グルメ小説『世界居酒屋「のぶ」』のコミカライズ。京都の街中に開店したはず居酒屋『のぶ』だったが、なぜか入口がRPG的な異世界とつながり、やってくるお客はその筋の人ばかり......。「ちなみに1話では衛兵に冷たい生ビールと"すき焼きの春巻き"を出します。確実にお腹の減る飯テロファンタジーですね」。©蝉川夏哉/くるり/宝島社

ちなみに、今回ここで取り上げた作品はすべてPingaで読めます。Webマンガの大海は、決して恐ろしくはないけれど、多くの人々が漕ぎだすたびに嵐に呑まれ座礁を余儀なくされてきたインターネット上の、ある種の"難所"。それを克服するための、海図とコンパスを、たぶん我々は手に入れたのである。ささやかだけれど心強い武器。Pingaは現在、絶賛登録作品増加中である。

文:武田篤典

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