2022/09/20
光海底ケーブルの容量を7倍に!新技術の裏側をKDDI総合研究所と古河電気工業担当者に聞いた
10年後、世界のデータ通信量は30倍になる!?
動画配信サービスの視聴やオンライン会議、SNSなど、いまやインターネットがない生活は想像できない時代となった。コロナ禍以降、ネットのデータ通信はますます増加し、世界のデータ流通量は増加の一途をたどっている。
実は、国際通信の回線需要は2020〜2026年で年率30〜40%増加し、10年後には15〜30倍まで増加すると予想されている。いまの技術のままでは増え続けるデータ通信量をさばききれなくなってしまうのだ。
国際データ通信を支える大動脈は光海底ケーブルだ。現在、光海底ケーブルシステムを供給する主な会社は世界で3社。日本のNECとアメリカのサブコム(Subcom)、ヨーロッパのアルカテル・サブマリン・ネットワークス(Alcatel Submarine Networks)だ。島国である日本は国際通信の99%を光海底ケーブルが担っており、データ通信インフラとしての重要度は高まるばかり。
現代の技術のままでは増え続けるデータ通信量をさばききれなくなるため、総務省の委託を受けて、KDDI総合研究所、東北大学、住友電気工業、古河電気工業、NEC、オプトクエストの6機関が、マルチコアファイバを長距離の光海底ケーブルシステムに採用した研究開発・実証を行った。その結果、従来の光海底ケーブルシステムの7倍の容量拡大ができる可能性を確認したのだ。
これは世界初の快挙であり、GAFA(Google、Amazon、Facebook、Apple)など巨大IT企業が光海底ケーブルに出資し、ますます重要度が高まる通信インフラにおいて、世界を大きくリードしたと言える。果たしてその技術はどういうものなのだろうか?この記事では世界と競合する光海底ケーブルシステムの研究開発に、“オールジャパン”で挑んだ新技術の開発秘話を紹介する。
世界の光海底ケーブル
今回は、マルチコアファイバによる光ファイバの研究開発を行ったKDDI総合研究所の釣谷剛宏と吉兼 昇、古河電気工業の主幹研究員である杉崎隆一さんに話を聞いた。
――まずは光海底ケーブルの仕組みを教えてください。
釣谷「光海底ケーブルシステムは、光海底ケーブルに収容される光ファイバを何本も継いで、数百kmから1万kmの距離がある陸地間を海底を這うようにつないでいます。送信側の陸揚局から送られる光信号を光ケーブルに送り込み、距離が進むにつれて減衰する光信号を、光中継器で増幅しながら受信側の陸揚局まで伝送する仕組みです。ちなみに、全世界に張り巡らされている光海底ケーブルの総延長は約120万km。地球30周分もの長さにもなるんですよ。
釣谷「光海底ケーブルは、髪の毛程度の細さの光ファイバを束ね、その周囲をポリエチレンの外被などで保護した構造です。そして、光の信号に変換した電気信号を、光ファイバに通すことで通信を行います。
1989年に光ファイバを使用した光海底ケーブルが初めて導入されましたが、当時は1本の光海底ケーブルの中に、通信を行う光ファイバが数心という構造でした。最近ではケーブル内の光ファイバの心線数を増やすことにより、ケーブルのデータ伝送容量を拡大してきました。現在の技術では、ひとつの光海底ケーブルの中に最大48心の光ファイバを収めることができます。」
釣谷「この取り組みの延長でデータ伝送容量を増やせればいいのですが、海底に敷設する光海底ケーブルや中継器はスペースなどに制限があります。現在の構造では、これ以上は光ファイバの心線数を増やすのは困難です。
そこで従来の光ファイバの限界を打破する技術として、着目したのが『マルチコアファイバ』です。マルチコアファイバは光が伝搬するコアを光ファイバ中に複数設ける新技術です。これを用いて、光海底ケーブルシステムの持続的な大容量化に向けて基盤技術の開発・実証を行いました。」
光の通り道を増やすマルチコアファイバとは?
――マルチコアファイバとはどういった技術でしょうか?
吉兼「光ファイバには光の通り道である『コア』が設けられています。従来の光ファイバはコアがひとつですが、マルチコアファイバは光の通り道であるコアをファイバ内に複数設けた構造です。」
吉兼「今回、開発したのは光ファイバ内に4コアを設けた4コアファイバです。重要なのは、光海底ケーブルの径が従来の125ミクロンと同じであること。ケーブルの構造を変えずに通常の光ファイバの4倍の容量を伝送できるようになりました。」
釣谷「このマルチコアファイバを採用して、光海底ケーブルの大容量化を実現するために、国が支援する研究開発プロジェクトが2018年からスタートしました。 KDDI総合研究所、東北大学、住友電気工業、古河電気工業、NEC、オプトクエストの6機関は、本プロジェクトの中で光海底ケーブルシステムの大容量化技術の研究開発を行ったのです。
6機関それぞれが持つ技術の強みを活かして、マルチコアファイバの伝送方式や光増幅中継器の開発、マルチコアファイバの特性を評価する技術の開発などを進めました。KDDI総合研究所は古河電気工業さんとともに、マルチコアファイバを用いた長距離伝送方式の開発・実証を担当しました。なかでもKDDI総合研究所は光海底ケーブルシステムの設計および、光ファイバや増幅器の性能評価などを行い、古河電気工業さんには光ファイバ関連部品と光増幅器関連の開発・提供をしていただきました。」
プロジェクトの概要
――古河電気工業さんでマルチコアファイバを開発するために、どういった課題があったのでしょうか?
杉崎「光ファイバ内に複数のコアを入れる技術はすでに研究が進んでいましたが、2つの課題がありました。1つ目の課題はコア間の信号干渉を抑えることです。マルチコアファイバはコアとコアの間隔が近いため、コアに入力された光が隣のコアに漏れる『クロストーク』という現象が起こります。これは隣の部屋の声がこちらの部屋に聞こえてくるような状態で、混線の原因となり、信号の品質が低下してしまいます。」
――どのようにして「クロストーク」を低くしたのでしょうか?
杉崎「光ファイバは屈折率を周囲より上げることによって、光の通り道であるコアをつくっています。クロストークを減らすために、コアの周りに屈折率を下げた『溝』を切り、光が漏れない構造にしました。具体的には、添加物にフッ素を使用してコア周囲の屈折率を下げています。こちらはマルチコアファイバの断面図です。
杉崎「4つ白く光っているのがコアで、そのまわりの黒い箇所は屈折率が下がっています。この黒いエリアを溝と呼んでいて、この溝によってコア内を通る光の閉じ込めを強化し、100kmあたり100万分の1という信号漏洩レベルまでクロストークを抑圧しました。
2つ目の課題は長距離の光海底ケーブルシステムで使用した際の、光の強度が減少する伝送損失を極限まで少なくすることでした。こちらも、光ファイバ内の屈折率分布を調整するなど、設計と製造技術によって実現しました。」
釣谷「4つのコアを設けたマルチコアファイバは、通常の光ファイバの4倍の伝送容量を伝送可能です。同時に世界最小級損失の0.155dB/kmを実現しつつ、-60dB/100km以下の低クロストーク性も確保することに成功しました。通常の光ファイバと同等の損失レベルで、そのまま導入できるほどの低損失化が実現できたのです。」
――0.155dB/kmや-60dB/100kmとはどういった単位でしょうか?
釣谷「0.155dB/kmとは、光信号が1km進んでも光の強度は3.5%しか減少しないような低損失を意味します。また、-60dB/100kmは100km進んでも光の強度の漏れが1/1000000と大変小さいことを意味しています。海底では約60kmの間隔で光を増幅する中継器を設置していますが、中継器で低減した光の強度を上げ、それを繰り返しながら長距離間での通信を行うのです。」
マルチコアファイバを収容した世界初の光海底ケーブルが完成
吉兼「このマルチコアファイバを収容した光海底ケーブルを、NECさん、住友電気工業さん、関連会社のOCCさんの3社合同で、世界で初めて開発しました。従来はケーブルの中にコアがひとつで『32心×1コア=32コア』。新たに開発されたマルチコアファイバケーブルは『32心×4コア=128コア』まで収容可能となりました。しかもケーブルやファイバのサイズは変えずに、最大128コアという4倍の大容量化が実現したのです。
吉兼「これらすべての開発・実証結果を組み合わせ、アジア域等をカバーする3,000km級の光海底ケーブルシステムを、4コアファイバを32心(16対)収容した光海底ケーブルや複合機能デバイス、光増幅中継器によって構成することで、既存システムの7倍の毎秒1.74ペタビット程度までケーブル容量を拡大できる可能性を確認しました。ちなみに4コアファイバで4倍、その他のデバイスの最適化などによってトータル7倍という数字になっています。」
――毎秒「1.74ペタビット」とはどのくらいの数字なんでしょうか?
釣谷「『ペタ』はメガ、ギガ、テラに続く単位の接頭語。1ペタビットは『10の15乗ビット』になります。仮に4K映像を70メガビットと想定すると、それが2,400万回線以上を一気に送信できるというデータ量になります。
ただし、既存システムの7倍のデータ容量といっても、体感速度がいまの7倍速くなるわけではありません。将来の大容量化時代を見据えてネット社会を維持するために、同時によりたくさんのデータ通信量をさばけるように、新たな光海底ケーブルシステムを開発したのです。」
2020年代半ばの実用化への課題は?
――では、マルチコアファイバを用いた光海底ケーブルシステムの実用化への課題はありますか?
釣谷「2020年代半ばの実用化を目指していますが、課題となるのはマルチコアファイバの量産化です。実用化するには、コストを下げながら光海底ケーブルを製造する必要があります。さらに敷設後の光海底ケーブルの運用や保守の仕組みも考えていかなくてはなりません。」
杉崎「量産化とともに、光ファイバの接続技術が重要になります。『融着接続』といって、光ファイバ同士の先端を溶かしてつないでいきますが、これが顕微鏡レベルの精度が必要とされ、非常に難易度が高いんです。
杉崎「光ファイバの直径は、髪の毛より少し太い125ミクロンです。その中にある各コアの直径は10ミクロンで、髪の毛の約1/8程度とさらに細い。融着接続を行う際は、この極めて細いマルチコアを4本同時につなぐ必要があり、各コアの位置が1ミクロンずれるだけで光ファイバ数km分の伝送損失が生じてしまいます。そのため、非常に高度な技術が求められるのです。」
未来の通信インフラを支えるために
――日本の高度な技術を駆使したオールジャパンのチームによって、世界初のマルチコアファイバによる大容量な長距離光海底ケーブルシステムの開発・実証に成功したんですね。今後はどのような思いで取り組んでいきますか?
釣谷「10年以上、マルチコアファイバを用いた光海底ケーブルシステムの研究を行ってきましたが、通信データ量の増加はとどまるところを知りません。通信会社としてはインフラを支えていくために、絶えず技術開発を行っています。増大するデータ量に負けないように、常に技術を高めていこうと考えています。」
吉兼「マルチコアファイバのような新技術の開発は、会社の利益のためだけにやっているのではありません。新たに開発された技術が後に国際基準となれば、世界でも使用することができ、多くの人が快適な通信環境を享受することが可能となります。日本だけでなく、世界の人にも高品質な通信環境を届けたいと思って開発に取り組んできました。」
杉崎「コロナ禍でリモートワークが普及しましたが、多くの人が通信でトラブルになることもなく、すんなりと移行できましたよね。それはこれまでに築いてきた通信ネットワークがあったからこそ。スマホやインターネットが発達して便利な社会になりましたが、それを下支えしているのは光海底ケーブルや光ファイバです。これらがないとインターネットなどがつながらなくなります。今回の開発は未来の通信インフラを支えるための重要な仕事だったと思います。」
インターネットやスマホが普及し、通信容量が飛躍的に上がり、世界をつなぐ光海底ケーブルは欠かせないインフラとなった。永続的にネット社会を維持していくためには、今後も日本の高い技術力が必要になるはず。これからもKDDIはパートナーとともに、新たな技術開発を行いながら、世界をつなぐ快適な通信網をつくり出していく。
文:TIME&SPACE編集部
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