2022/09/01

ブラインドマラソン世界記録保持者の道下美里選手をICTでサポート 競技力を高めるデータ活用術とは

伴走者と大濠公園を走る道下美里選手

ここは福岡県福岡市の大濠公園。伴走者とともに園内のランニングコースを颯爽と走っているのは、ブラインドマラソンランナー、道下美里選手だ。

伴走者と大濠公園を走る道下美里選手
伴走者と大濠公園を走る道下美里選手 左から、道下美里選手、伴走者の河口 恵さん(ともに三井住友海上所属)

道下選手は陸上競技視覚障害(T12)女子マラソンの世界記録保持者。東京2020パラリンピックでは悲願の金メダルを獲得した。

道下美里選手 道下美里さん/1977年生まれ。ブラインドマラソンランナー。リオデジャネイロパラリンピックで銀メダル、東京パラリンピックで金メダルを獲得。マラソンの自己ベストは2時間54分13秒(視覚障害T12女子の世界記録)

日々トレーニングに励む道下選手の活動は、伴走者、コーチなど多くのサポートスタッフによって支えられている。スポーツ科学の研究に従事するKDDI総合研究所の招聘研究員である髙山史徳もそのひとり。

KDDI総合研究所 健康医療グループ 招聘研究員 髙山史徳 髙山史徳/KDDI総合研究所 健康医療グループ 招聘研究員。博士(体育科学)。筑波大学大学院修了後、日本学術振興会特別研究員を経て、KDDI総合研究所に入社、2021年より招聘研究員に

アスリートの傷害予防や競技力向上の面からICTを活用したトレーニングやコンディショニングのサポートを行っている髙山研究員は、2019年より道下選手のトレーニングのデータ収集や分析を担当。2020年には道下選手が住む福岡へ拠点を移し、日々のトレーニングに帯同するなど継続的なサポートを行ってきた。自身もスポーツをこよなく愛し、フルマラソン2時間57分の記録を持つランナーでもある。

KDDIグループの研究機関であるKDDI総合研究所はこれまで、行動認識AIを活用した取り組みや、髙山研究員も担当した「心拍変動を用いたアスリートのコンディショニングやモバイルヘルスによる健康増進」など、ICTをはじめとする先端技術を活用して健康的なライフスタイルを実現するスポーツ科学の発展に取り組んできた。髙山研究員による道下選手のサポートもその一環だ。

計測したデータをどう生かすか

KDDIグループが得意とするICTを、マラソンのトレーニングに活用する狙いとは。そしてそれは道下選手のパフォーマンスにどのような影響を与えているのか。道下選手と髙山研究員に話を聞いた。

KDDI総合研究所 招聘研究員 髙山史徳とブラインドマラソンランナーの道下美里選手 ※撮影時のみマスクを外しています

――髙山研究員が道下選手のサポートをはじめたのが2019年。その後、2020年に道下選手は二度にわたって世界記録を更新しました。道下選手ご自身はランニングのパフォーマンスが上がった実感はありましたか?

道下「大いにありました。世界記録の更新はもちろん、パラリンピックの大舞台で金メダルを獲ることができたのも、髙山さんのサポートがなければ成し得なかったかもしれません。

私は長年ランニングをやってきましたが、トレーニングについて科学的な知識や知見があるわけではなく、目が不自由なこともあって得られる情報は限られています。そんな私にとって、スポーツ科学の専門家である髙山さんはブレーン的な存在。高度な研究や最新の論文の内容を平易な言葉で説明してくれて、とても勉強になります。」

――ICTを活用したトレーニング支援とは具体的にどのようなものなのでしょうか?

髙山「GPSウォッチ、心拍計、加速度センサーといったウェアラブルデバイスから得たさまざまなデータを収集、分析し、そのフィードバックを道下選手に伝え、日々のトレーニングや大会に活用してもらいます。計測するデータは、距離、タイム、ピッチ、ストライド、身体の上下動、心拍数など多岐にわたります。

道下「私自身、以前からランニングのデータ自体は計測していました。ただ、そのデータをどう活用したらいいのかわからなかったのが正直なところ。データの活かし方を髙山さんから教えてもらったことで、トレーニングの効率が高まり、ランニングのパフォーマンス向上につなげることができました。」

KDDI総合研究所 招聘研究員 髙山史徳とブラインドマラソンランナーの道下美里選手

髙山「データに基づいた道下選手へのフィードバックは当初、トレーニング中にリアルタイムで行うことを前提に進めていました。しかしその後、見直しを図り、トレーニング後にデータを整理したうえで、解釈を含めて言葉にまとめ、伝えるかたちに変更しました。データ、すなわち数値は、良くも悪くもインパクトがあるため、場合によっては選手にノイズを与えかねません。マラソンの性質を踏まえても、リアルタイムで伝えるのは、得られる利益よりも不利益が大きい可能性があると考えました。

データは答えを教えてくれるわけではありません。重要なのは、それをどう分析し、どのタイミングで、どういうかたちでアスリートに伝えるか。アスリートときちんと向き合い、タイミングやそのときの感情を考慮したうえで、アスリートが日々のトレーニングに前向きに取り組めるように、適切なデータを適切なタイミングで提供することが大切です。」

「感覚」も継続的に数値化

――髙山研究員によるサポートはほかにどのようなものがありましたか?

道下「フィジカル面はもちろん、メンタル面でも大きな支えになりました。髙山さんからアドバイスを受けて毎日続けたのは、「筋肉痛」「疲労度」「気力」「ストレス」「睡眠」の5項目を6段階で自己評価すること。いずれも日々なんとなく感じるものですが、それを継続的に数値化し、定期的に見直すことで、自分のコンディションが把握しやすくなりました。

それによってストレスや睡眠不足などの原因や解決策が見つけやすくなり、結果として日々のトレーニングも充実。「これだけ充実したトレーニングを積めているから、本番では必ず最高のパフォーマンスが発揮できるはず!」と自信にもつながりました。」

伴走者と大濠公園を走る道下美里さん

髙山「私がアスリートのサポートで大切にしているのは、アスリート自身が納得感を持ってトレーニングに取り組めているかどうか。「誰々にこう言われたから」という受け身の姿勢ではなく、「私はこれがいいと思う」という主体性が重要だと考えています。

その点、道下選手は、競技経験が豊富なうえ、向上心や探求心も高い選手です。私がはじめから言い過ぎる必要はなく、自分の頭でさまざまなことを考え、私からのフィードバックも自身で咀嚼したうえでトレーニングに取り組んでいる。そういった日々の積み重ねが優れた結果につながっていると思います。」

――道下選手の今後の目標を教えてください。

道下「6月から7月に開催された5,000mの大会のためのトレーニングでしっかりスピードをつけることができたので、これから先のトレーニングではしっかりと距離を重ねて、冬のマラソンで2時間54分13秒を上回る自己記録の更新を目指します。

その先の大きな目標はパリです。陸上競技の女子でパラリンピック連覇を目指せる立場にいるアスリートは多くないため、そのためにも一つひとつの目標をクリアしながら、がんばりたいと思います!」

髙山「アスリートは、日々淡々とトレーニングを続けることが求められます。とはいえ、アスリートであっても、モチベーションはときに消耗します。また、トレーニングがしんどいと感じることや、体調が優れないときもあるでしょう。アスリートにとってICTは魔法のツールではないので、導入しただけで成果につながるわけではありませんが、日々のトレーニングやコンディショニングに前向きに取り組み続けるために役立つツールだと私は思っていますので、私にできることがあればなんでも相談してください。」

KDDI総合研究所 招聘研究員 髙山史徳とブラインドマラソンランナーの道下美里選手

パラリンピックの大舞台で最高の結果を残し、さらなる飛躍が期待される道下選手。その活躍の背景には、日々の地道なトレーニングの積み重ねだけでなく、それをフィジカルとメンタルの両面からサポートするKDDI総合研究所の髙山研究員との強い信頼関係があった。KDDIはこれからも、強みであるICTを生かしてアスリートを支えるとともに、スポーツを通じた健康的なライフスタイルの発展に貢献していく。

文:TIME&SPACE編集部
撮影:橋本泰樹

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