2022/03/31
デジタルファッションの可能性 サンプルレスなモノづくりやXR展示など取材
ファッションをはじめとした文化の発信地である銀座。その銀座にあるKDDIのコンセプトショップGINZA 456で、ファッション専攻の学生がデザインした衣装の3DCGモデルをデジタル展示する「XR Fashion Exhibition」を開催。
いったいどんな体験ができるのか。その展示内容にあわせ、今回の取り組みの先にあるテクノロジーの進化におけるファッションの未来について紹介しよう。
スマートグラスで目の前に浮かび上がるデジタルファッション展示
今回体験できるのは、スマートグラスによるXRファッション展示だ。スマートグラスをかけることで、学生がデザインしたファッションが目の前に現れ、実際に近づいたり回り込んだりしながら、その場に実在の作品が存在するかのような体験ができる。
また、スマートグラスのほかにも、カメラ越しに現れるARドアを通り、さまざまなVR空間に行くことができるサービス「 au XR Door」でも作品を鑑賞できる。
スマートグラスでの体験は、GINZA 456の館内に浮かび上がるデジタルファッションの体験だが、au XR Doorでは今いる場所を飛び越え、銀座や原宿などいろんな背景をバックにデジタルファッション展示を体験できる。
展示されている作品は、ベルエポック美容専門学校の学生によるデザインで、期間ごとに3名ずつ計6名の作品を展示。デザインのデジタル化については、描き起こしたデザイン画をもとに、東京ファッションテクノロジーラボ協力のもと3DCG化し、XRで鑑賞できるようにした。
実際に体験してみると、近づけば近づくほどに、服の自然なシワやスカートの縫製、生地の質感まで細部にわたり再現されていることがわかる。
今回の取り組みの狙いは何か。また、テクノロジーの進化におけるファッション業界への影響や未来の姿について、本取り組みを実現したKDDI、ベルエポック美容専門学校、東京ファッションテクノロジーラボの3社に話を聞いた。
KDDI 5G・xRサービス企画開発部 藤倉皓平
ベルエポック美容専門学校 教務部長 菊地 慶さん、講師 中村友紀さん
ファッションデジタル展示に取り組んだきっかけ
―――なぜファッションのデジタル化に取り組もうと思ったのでしょうか。
藤倉:今回の取り組みの目的は大きく2つ、一つ目はサステナブルなモノづくりの観点において、服の製造過程でのサンプル作成における端材などの排出と廃棄物問題の解決、2つ目はコロナ禍における学生さんの発表の場を設けることです。ファッションのデザインサンプルをデジタル化することで、自分のデザイン作品を学校内の展示だけでなく、たとえば銀座や原宿の街の真ん中で、いつでもどこでも時間と場所を超えて作品を披露することができる機会をつくりたいと考えました。
藤倉:一つ目のサンプル品の廃棄物問題については、アパレル業界は製造にかかるエネルギーの使用量など環境負荷が大きい産業とされています。KDDIとしても通信で遠く離れた人と場所をつなぐことから、さらに人々の暮らしや心をつなぐサステナブルアクションとして、まずはサンプルにおける環境問題というところから取り組み始めました。
―――サンプルの廃棄量はそんなに多いものなのでしょうか。
木内:実際に服をつくる際、そのデザインに沿った反物を用意しますが、必要な生地素材にほしい色がなければ、反物を染めないといけません。一反あたり約50m、たとえばそのうち2mを使ってサンプルを1着つくったとしましょう。そのデザインがボツになった場合は、極端な話、残りの48mが必要なくなる場合もあります。もちろん別の衣装に転用する場合が多いのですが、色展開を3色で用意する場合、どの色にするか決めるためには、10色のサンプルを用意してそのなかから採用色を決めることもありますので、サンプルといってもかなりの資源が必要になるケースがあるのです。
藤倉:今回はデザイン発表の場の創出とデザインに関わる資源の削減として、デザイン段階で発生するサンプル品の環境問題に取り組みましたが、今後はもっと大きな問題である廃棄在庫の削減や焼却によるCO2削減の問題に取り組んでいきたいと考えています。すでにその解決の糸口として、2022年1月に開催したベルエポックさんとのワークショップによる先行体験会で、学生さんからバーチャルフィッティングなどヒントもいただいています。
―――学生の皆さんは、ワークショップでどんな反応だったのでしょうか。
中村:すごく新鮮な体験として、新しい技術に触れることで気づきにつながるものがあったようです。学生の多くは20代、いわゆるZ世代と言われる世代ですが、新しいものに対する抵抗感がなく、PCでなくスマホ中心の世代です。PCのキーボードを打つよりスマホのスワイプで物事を進めていくことに慣れた世代なので、こういった新しい技術が今後簡略化していくと、一気に広がっていくと思います。
また、このワークショップでは、今回のXR体験を踏まえてさまざまな意見交換をしたのですが、そこで次の課題解決になる「バーチャルフィッティング」といったワードが出てきました。今回のこのXRファッション展示から一歩進み、バーチャルの世界で商品の発売前に試着することができれば、予約販売や受注生産する仕組みにつなぐことができ、ムダな在庫の発生を抑えることができます。
―――具体的にはどう削減できるのでしょうか。
木内:今のファッションの販売方法は、最初の売出し値がいちばん高く、残ったものをSALEで安く売って、それでも残ったものを捨てる、という流れです。在庫をどれだけ用意するかについても、今は「これは売れそうだから多めにつくろう、多めに発注しよう」というように市場を予測してつくっていることから、結果として廃棄在庫問題につながっています。
それがもしデザインが決定した段階で、デジタル上で現物に近く精度の高いサンプルができ、試着することができれば、その時点でお客さまは注文することができるようになります。販売する側も、注文されたものだけをつくることができますので、在庫過多になることもなくなります。
木内:そうなると消費者側のマインドも変わってくる可能性まであるのではないでしょうか。例えば、受注生産が当たり前になると、在庫が残らないのでSALEでの値下げ販売がなくなります。すると価格の設定として、デザイン発表段階で買った人のほうが安く購入でき、後から出てくる量産デザインのほうが高くなる、という販売が可能になります。
従来までの、後になるほど安くなる、という販売の構造が逆転するかもしれません。さらに進めば、最初に予約を受けたファーストデザインが数量限定品として価値が出て、デジタル上での所有権を証明できるNFTでシリアル番号を持つコレクション品になるなど、新しいマーケットをつくる可能性まであると思っています。
デジタル化による今後のファッション業界の可能性
―――在庫廃棄問題だけでなく、新たなマーケットを生み出す可能性まで秘めているとは驚きです。今後ファッション業界は、デジタル化によってどういう世界になるのでしょうか。
市川:産業としては、グローバルで見ると、数年後には200兆円から300兆円に成長している分野で、自動車業界や建築業界に匹敵する規模の産業です。日本国内で見ると、9兆円の市場で、現在右肩下がりとなっていますが、それでもアメリカ、中国に続く世界第3位のマーケットです。
私は5年前から原宿で社会人向けにファッションとテクノロジーの教育を展開しており、そのコンセプトを「ファッション革命」として、デジタルのチカラでこの世界のファッションを日本から変えていきたいと考えています。
市川:業界としても、今まで「大量に商品をつくって、それを安く提供して、世界中の経済格差のある人々にも商品を届けていこう」という方向で成長を続けてきましたが、スマホが普及し、情報が行き交うようになってからは、一人ひとりのサイズや好みを先に聞いてそのあとにプロダクトをつくっていくという「マスカスタマイゼーション」に転換しようとしています。
私はそのコアになる技術が「3DCGをつくる技術」と考えていまして、近い将来、バーチャル上で試着して、気に入ったものを商品化していく時代が来ると思っています。
―――フィッティングまでの実現は、現在の技術では難しいのでしょうか。
木内:はい、服の3DCGをつくるのは難しいです。服を構成する布などの素材はやわらかく、伸縮性があるものですが、それをポリゴンと言われる座標を固定して平面をつないでつくる3DCGで表現していくわけですから、やわらかいものを表現するためのシミュレーションには、ものすごく時間がかかります。また、生地の表現もたとえば同じコットン素材でも糸の太さや織り方や編み方によって性質が違うので、同じ生地でも表現が多岐にわたるところも難しい要因のひとつです。
木内:また、服は人が着るものですので、人体との摩擦であったり、伸縮性がある素材での動きの追随など、人が着た状態を表現することも難しさに拍車をかけています。さらに服も一枚だけで着ることがなく、肌着の上にシャツを着て、アウターを着て、というように重ね着することが前提になっていますので、服ごとの摩擦係数や服と服の空間による膨らみなど、それらを厳密にシミュレーションすることは、今の環境だとかなり演算に負荷がかかります。どれだけ適切な状態に見せられるかというのが各社のノウハウであり、腕の見せ所です。
―――演算にそれだけ時間がかかるということは、相当に重いデータになりそうですね。
木内:はい、3DCGデータはとても重いデータになりますので、それを表示させるために広帯域の速い通信が必要になります。それをさらにメタバース上で表現するとなると、同時接続の安定性も問われるので、たくさんの人が利用するには従来の100倍くらいの帯域となる通信が必要だと言われてきました。それがようやく高速かつ多接続に強い5G時代になり、実現できる環境が整ってきたと考えています。
藤倉:今回の取り組みの一環としても、5Gのクラウドレンダリングを活用し、バーチャルヒューマンに服を着せるところまでは実現できています。次は一般の人にどう着ていただくかというところですが、対象を一般の人に広げた途端、その体型はさまざまで、それにどうチャレンジするかが課題となっています。
ファッション×テクノロジーにおける可能性
―――次のステップはどうでしょうか。
藤倉:やはり次はバーチャルフィッティングにチャレンジしたいと考えています。もちろん今の技術で完璧に実現しようとするとまだまだ難しい部分が多いのですが、リアルとデジタルの今できることを掛け合わせれば、可能になるのではないかと考えています。
たとえば一着だけは実物のサンプルをつくって試着できるようにして、残りのカラーバリエーションについてはデジタル上でお客さまが確認、試着できるようにすれば、実物のフィッティングで着心地やスタイリングを確認し、カラーバリエーションは自宅でゆっくり選ぶことができます。このように一気にすべてをデジタル化できなくても、デジタルとアナログを融合しステップを踏んでいくことで、ファッション業界の課題を少しずつ解決していけると考えています。
―――それはいいですね。それが実現できれば、ムダ資源も少なくなり、近未来での服の買い方も変わってくるかもしれません。
菊地:今回ワークショップに参加した学生に話を聞くと、もし今回の取り組みが一般化するのであれば、今後は自分のブランドをもって、それを3DCGで実現したいという声もありました。今回の取り組みが進んでいけば、そういう自分でブランドを立ち上げて、自分でプロデュースして、パタンナーさんなどいろんな人を巻き込んで、自分発信で何かができるチャンスが来る時代が来るんじゃないか。そういう夢があると感じました。
―――デジタル化によって学生のみなさんのチャンスが広がるのは夢がありますね。
市川:専門学校では職業訓練としてデザイン画や型紙制作における線の引き方などを学んでいきますが、自分の頭のなかで描いたものをサンプルとして出力できるようになれば、絵が苦手な学生もデザインをそのまま形にできるようになります。今回の取り組みが進んでいけば、社会課題の解消だけでなく、学生ひいては個人のファッションデザインへの参画を後押しするきっかけになるのではないでしょうか。
藤倉:今回の取り組みも、現時点ではイベント的な利用になっていますが、今後に向けてはビジネスとしても拡大してきたいと思っています。まだ課題は多くありますが、今まで夢に描いていたことが、通信やテクノロジーのチカラで解決できる時代が近づいてきていますので、ファッションとテクノロジーの進化に興味がある方がいらっしゃれば、ぜひ私たちと一緒に取り組みましょう。今後のファッション×テクノロジーにぜひご期待ください。
―――環境問題に取り組みながら目指すファッションの新たな可能性。KDDIはパートナー企業の皆さまとともにテクノロジーを活用し、新たな体験を実現していく。
文:TIME&SPACE編集部
※掲載されたKDDIの商品・サービスに関する情報は、掲載日現在のものです。商品・サービスの料金、サービスの内容・仕様などの情報は予告なしに変更されることがありますので、あらかじめご了承ください。