2022/03/07

2030年にはバーチャルヒューマンは実現する?未来の通信は?KDDIの研究がつなぐ未来の姿(後編)

10年後の未来はどうなっているのか。2020年8月、KDDIとKDDI総合研究所は、2030年を見据えた次世代社会構想「KDDI Accelerate 5.0」を発表した。現実空間(フィジカル空間)と仮想空間(サイバー空間)を高度に融合させた7つの研究開発を進めることにより、新たなライフスタイルの創造を目指す。

7つの研究開発とは、「ネットワーク」「セキュリティ」「IoT」「プラットフォーム」「AI」「XR」「ロボティクス」のことだ。

KDDI総合研究所による現実と仮想空間を一体化する7つの分野のテクノロジー「KDDI Accelerate 5.0」

それはいったいどんな未来で、私たちの生活にどのような変化をもたらすのか。実現までにどんな課題があるのか。前編に続き、後半となる今回では、バーチャルでの遠隔コミュニケーションを題材に、KDDI総合研究所の研究員に話を聞いた。

ケース②:自宅にいながらバーチャルオフィス空間で仕事

AR、XR、XRによるバーチャルオフィスのイメージ

例えば、仮想空間にあるバーチャルオフィス。実際の会社に出勤しなくても、AIアバターで仮想空間内のオフィスに出勤し、仲間とともに一日の業務を始めるーーー。新型コロナウイルスの世界的な流行により、オンライン会議という文化が一気に広がったが、遠く離れた人と空間を共有しているようなコミュニケーション体験ができる未来は訪れるのだろうか。

KDDI総合研究所で、XRやネットワーク、セキュリティなどの分野を専門とする研究員は、こう答える。

KDDI総合研究所で無線通信やネットワーク、セキュリティやXRを研究する研究員 左から、KDDI総合研究所 神渡俊介(5G以降の無線通信)、植田一暁(ネットワーク)、中原正隆(セキュリティ)、加藤晴久(XR)

【目次】

解像度の進化に期待したいホログラムの実現

植田:そもそもVR会議を実際にやったことのある方って、この場にいらっしゃいますか。オンラインミーティングは今やビジネスシーンにおいて当たり前になってきていますが、まだバーチャル空間上にアバターで会議に参加、という経験をした人は少ないのではないかと思っています。

私も以前、研究のため市場で人気のVRゴーグルを用意し、同じ部署の人たちと一緒にVR会議を試したことがあるのですが、利用しようとしたサービスが一部のメーカーしか対応していなかったり、同じメーカーでも型が古い製品だと利用できなかったりして、結局メンバー全員で利用できなかった経験があります。一般の方でVRゴーグルを持っていて活用されている方は、まだまだ少ないのではないでしょうか。

VRゴーグルとPC

加藤:確かにデバイスの問題は大きいですね。仮に普及したとしても、今時点のVRゴーグルではまだ現実(リアル)の映像と比べてしまうと画質が粗めで、画面を注視していると目が疲れることもあり、長時間の利用はしんどいのではないかと思います。

ーーーやはりデバイスの課題は大きいのでしょうか。

加藤:はい、ゴーグルの視野角がまだ小さいものも多く、VR上にある一部の空間しか表示されなかったりするので、現時点の技術では、多人数参加の会議になると、まだ現実のようにスムーズにコミュニケーションすることは難しい状況です。ただし、逆の見方をすると、デバイスさえなんとかなれば解決するので、数年後には使う人が増えていると思います。

KDDI総合研究所のXR研究員 KDDI総合研究所 加藤 晴久(XR)

ーーーデバイスの進化が鍵というわけですね。ただやはりゴーグルをかけるというのは手間に思う部分があります。デバイスなしで、たとえばホログラムとして出現する人とコミュニケーションするとなると、さらに先の未来になるのでしょうか。

加藤:そうですね。私たちの研究がまさにその分野なのですが、ホログラムによるバーチャルヒューマンの実現を考えると、現在まだ足りないものが多すぎる状況です。特に今研究しているホログラムを作るための仕組み・技術(ホログラフィ)は、まだまだ解像度が粗く、立体的に投影できたとしても、小さいものや静止画でしか実現できない現状です。

ホログラムのイメージ

―――4K映像もかなりキレイなのですが、ホログラムとなると解像度が全然足りないことに驚きです。8Kや16K映像なら可能でしょうか。

加藤:残念ながら、一桁二桁足りないですね。K(キロ)ではなくもうひとつ上のM(メガ)の世界でようやく人の大きさの映像が実現できるかどうかと考えると、アニメや映画のようなホログラムの実現は、まだまだ先の話でしょう。

また、人をその場に出現させようとすると、五感のうち目で認識する映像だけでなく、耳や肌で認識する音や触感までその場に出現させなければいけません。XRの研究領域としては、大きく「入力・転送・出力」の3つのグループに分かれていまして、XRを表示するには、まずその場所や空間にある人やモノを認識して、その人の姿勢や、そのモノの形状がどうなっているのかをデジタル化する「入力」と、それをデータとして遅延なく送る「転送」、そして最後に映像を表示したり音を出したりする「出力」の3つをすべてクリアすることが必要です。

KDDI総合研究所のバーチャルヒューマン「coh」 バーチャルヒューマン coh / 加藤をモデルにしたバーチャルヒューマン

WEBの世界ではバーチャルヒューマンが実現しつつありますが、現実世界にホログラムとして実在する人の映像と音と触感のすべてを再現しようとすると、この「入力・転送・出力」すべての領域で、リアルな人を再現することがどれだけ大変かわかっていただけると思います。

従来の概念をなくす無線通信エリアの進化

―――それほど大量のデータを遅延なく送ろうとすると、通信分野にも課題があるのではないでしょうか。

神渡:そうですね。ようやくホログラム伝送の仕組みが完成したとしても、利用しようとした際に、クルクルと読み込みばかりの状態だと使い物にならないので、そんなサービスの進化にも応えられる、速くて安定した無線ネットワークをつくるための技術を研究しています。

KDDI総合研究所の5G以降の無線通信研究員 KDDI総合研究所 神渡 俊介(5G以降の無線通信)

神渡:私はそのなかでもセルフリーという技術を研究していまして、スマホなど無線通信が安定しない多くの原因は、通信エリアの境目や干渉にあります。現在の携帯電話の通信は、セルと呼ばれる小さなエリアに分割し、それぞれに基地局を設置して、利用者の移動にあわせて切り替えしていくというセル方式を取っているのですが、このセルの境目の通信や、重なり合うときの干渉をどうするかという課題があるので、このセルという概念をなくそうというのがセルフリーという考え方です。

KDDI総合研究所によるセルフリー技術の研究

この研究が進むと、各基地局が協力してお客さまがいるところにスポットライトを当てるようなイメージで通信エリアを形成することで、セルの端っこという概念をなくし、お客さまがどこでどんな機器を使っていても常にベストな通信品質を提供できる、そのための技術を研究しているというわけです。

ーーーセルフリーが実現した未来では、どんな場所にいても安定してつながる世界になるのでしょうか。

神渡:はい、たとえば「人がたくさんいてつながりにくいな」という場合でも、人の密集度に応じて近くの基地局から助けを出すことで、すぐに混雑緩和し、電波状況が改善できるような無線通信技術を研究しています。

究極は、国内だけで考えますと、基地局一台だけで日本全域カバーできるようになるのが理想ですが、それはさすがに厳しいので、広範囲に存在する基地局を有機的に連携させて通信できる技術の実現を検討しています。

―――通信の安定化にあわせ、通信速度もまだまだ速くなっていくのでしょうか。

神渡:現在の5Gではギガビット級の速度を出そうとしていますが、次世代の6Gではさらに早い100ギガビットを目標に動き始めています。ただしその実現は一筋縄ではいかず、スマホから基地局、基地局から光回線を通じてインターネットに抜ける速度など、無線と光回線両方ともの進化が必要になるので、課題をひとつひとつクリアしていくことで実現する形になると思います。

最短で最適なネットワークの未来

―――無線だけではなく、有線接続含むネットワークの進化はあるのでしょうか。

植田:今でもコロナ禍でオンラインミーティングを利用する人が一気に増え、家のWi-Fi、特に集合住宅だと通信速度が遅いと感じられる声が増えてきています。それがさらに超高精細なXRデータになると、当然通信量も膨大になるわけですから、サービスを支えるためには従来のネットワークも更に進化させていく必要があると考えています。

―――どのように解決していくのでしょうか。

植田:私は主にコンピューター間でどのようにデータを送るのか、そのデータの送り方を決めるネットワークのプロトコルと呼ばれる分野の研究をしているのですが、例えば、すぐ隣にいる人とXRの通信をする際、光ファイバー網などのネットワークを介さず、すぐ隣のデバイスと直接データをやり取りできれば一番近道で良いはずです。ただ、今は隣にいる人との通信でもインターネットやクラウドサーバーを介して通信する必要があり、遠回りのルートになってしまう。利用者があまり意識せず、最適で最短な通信ができる世界を実現できないかと考えています。

KDDI総合研究所のネットワーク研究員 KDDI総合研究所 植田 一暁(ネットワーク)

―――それってどう実現するものでしょうか。

植田:ユーザーに最も近い場所で情報をやり取りする方法として、エッジコンピューティングと呼ばれる設計構想があります。現在はインターネットを通じて遠方のクラウド上のサーバーからデータを取得するのが一般的ですが、そのサーバーを基地局やネットワーク内部といったユーザーの最寄りの場所(エッジ)に置くという取り組みです。

現代のネットワークとエッジコンピューティングの比較

このとき、情報や通信相手が近くにあることをどう知るかが課題となります。荷物の配送に住所が必要であるのと同じく、インターネットの世界でも、相手がインターネット上のどこ(IPアドレス)にいるのかを特定する必要があります。そのインターネット上の住所にあたるものがドメイン名で、ドメイン名とその宛先アドレスを管理しているのがDNS(ドメインネームシステム)です。今はこのDNSがインターネット上の住所録となり、通信先を教えてくれています。そのため、今後のDNSは大量のエッジサーバーがある中で通信相手としてどれを利用するか、ユーザーの位置やネットワークの状況を踏まえて通信相手を決める必要がある訳です。

また、将来のネットワークとしてDNSやIPアドレスを無くしてネットワーク自体が情報をそのまま解決・返送するような新しい考え方も出てきています。ネットワーク内での最短・最適な情報配信を実現すべく、これらの技術について日々研究開発を進めています。

―――実現できると、通信速度も上がりそうですね。

植田:神渡さんもおっしゃっていましたが、ネットワークの難しいところは、一部分の速度向上だけでは通信性能が改善しない点です。通信の遅い原因が宅内のWi-Fiなのか、マンションのケーブルが問題なのか、それともその先のインターネットの接続方法にあるのか。情報を発信してから届くまでの経路の中で、どこかひとつでも遅い場所があるとそこに性能が引きずられてしまうため、本来はネットワークの全てを進化させていく必要があります。

そんな中、最寄りの通信相手と情報をやり取りできれば、通信がネットワーク内の地産地消で完結するようになるため、5Gや無線の進化だけで高い通信性能を達成できるようになります。両者で連携してより良い通信環境を構築していきたいですね。

新しい環境にも対応していくセキュリティ対策

―――それらの通信を安心して使える環境を整えるとなると、セキュリティ対策も大変ではないでしょうか。

中原:はい、どこに脆弱性(ぜいじゃくせい)があるかというのは、新しい技術やサービスが出るたびに考えなくてはならない範囲がどんどん増えていくので大変です。私はセキュリティの研究のなかでもIoTデバイスのセキュリティを中心に研究しているのですが、2016年くらいにIoT向けのマルウェアが流行って、マルウェアに感染したデバイスが、過剰なアクセスやデータ送信で攻撃するDOS攻撃を仕掛けるということがありました。IoTの普及に伴い、新たに発生した攻撃です。通信事業者としてそういう攻撃を防ぐことができないか、日々研究しています。

KDDI総合研究所のセキュリティ研究員 KDDI総合研究所 中原 正隆(セキュリティ)

―――具体的にはどのように防いでいくのでしょうか。

中原:ウイルス対策の世界は奥が深く、「こうすれば大丈夫」といった答えがないので、それぞれの攻撃の特徴をしっかりと分析し、継続的に対応することが必要です。PCの世界でも数々のウイルスとの戦いから今のセキュリティソフトを生み出したように、最初は未知の攻撃に対する防御手段を持ち得ていないので、発生を検知し、ひとつずつ対応策を考えていくことになります。あとは、異常が起きた時にどう検知するか。それを研究していくほかないと考えています。

ーーー病気のウイルスと同じなんですね。

中原:病気のウイルスが体内に入っても無症状の人がいるように、自分のデバイスがウイルスに感染しているかどうか気づけないことも多いので、システムが自動的に学習してウイルスと戦う仕組みも考えなければいけないかな、と考えています。今でも最初に正常値を学習させておいて、正常値でない状態になれば自動で検知するような仕組みがありますので、その精度を上げる研究も必要になってくると考えています。

PCのウイルス・セキュリティ対策のイメージ

また、今後さらに技術が進化して、AIを搭載したロボットが街中や各家庭にある時代を考えると、そのロボットが乗っ取られないようにするためには、ネットワーク経由でなく物理的な乗っ取り対策をどうするかなど、通信だけでなくあらゆる観点で防ぐ手立てを考えなければいけない時代が来るかもしれません。

ーーーウイルスに乗っ取られる話はいろんな創作作品でもよく見るので、永遠の課題ですね。

中原:そうですね。何より大事なのは、セキュリティは利便性とのバランスを考慮する必要があるので、サービスの利便性を失わず、いかにセキュリティを担保するかも永遠の課題になっています。

近未来の進化ビジョン

ーーー遠い未来でなく、来年、再来年くらいだったらここまで実現できそう、というビジョンはありますでしょうか。

加藤:現実世界にホログラムが出現するのではなく、VRゴーグルとグローブパーツを付けた状態で、XR上の映像を見ながらロボットに触ることで物理的な接触を感知し、触覚としてフィードバックする、という形でしたら、そう遠くない未来に実現できると思います。

また、ホログラムに関しても、統合的なものはまだ先になるかもしれませんが、音に関しては立体的に音を再現する「音のVR」の研究が進んでいるように、分野ごとに段階的に実現する姿を見ることができるのではないでしょうか。

VRゴーグルとグローブパーツを付けてVR、XRを見る人

神渡:通信については、光と無線の技術を融合しようとしています。今はネットワークの信号を一回デジタルの「0/1」の信号にして基地局まで持ってきて、そこから電波として乗せるときに波の形に直して送っているのですが、この変換して送るという仕組みでは今後増大するトラフィック量に対応しきれない可能性があります。そこを変換せず、光回線のなかを電波の波の形のまま通すことができると、通信速度が上がり、基地局自体も小型化できるのではないか、という研究をしています。

基地局の小型化が進むと、省電力で省設備と環境にも良く、また同じコストで多くの基地局を設置できることから、今より細やかな通信エリアの整備が進むと考えています。

光と無線の融合技術のイメージ

植田:今回のテーマでもあるバーチャル空間の話で言えば、コロナ後の世界を見据えて遠隔地間で空間を共有する技術に関する研究プロジェクトを2021年から進めています。このプロジェクトでは様々なセンサーや3次元映像を用いてその場の空気感を共有することを目指していて、具体的にはバーチャル料理教室を適用先として、遠隔地の先生と生徒が同じ空間で料理を作っているような体験が出来るシステムの研究開発を進めています。

このとき、相手に見せたくない映像や情報まで共有しないように機械学習で見せるものと見せないものを賢く選んでデータを共有する仕組みも提供する予定です。プライバシーに配慮することで、安心して遠隔地の人や場を共有できるシステムにしていきたいと考えています。

空間共有を用いたバーチャル料理教室案 空間共有を用いたバーチャル料理教室案※

空間共有を用いたバーチャル料理教室案

ーーーそういうサービスができれば、会社の人と過ごすとき、友達と過ごすとき、家族と過ごすとき、など、相手に応じてこちらで映し出す情報が自動で調整されるので、わざわざVR空間に行かなくても、遠隔地の人とスムーズにコミュニケーションできるようになるかもしれないですね。

植田:はい、どのような形であれば利用する人にストレスなく使っていただけるのか。最新技術と通信技術を駆使し、今後も新たなライフスタイルを支える研究を続けていければと思います。

※引用元:天野 辰哉,水本 旭洋,山口 弘純,松田 裕貴,藤本 まなと,諏訪 博彦,安本 慶一,中村 優吾,田上 敦士, “新生活様式におけるコミュニティ形成のためのサイバーフィジカル空間共有基盤の設計開発”, 第29回マルチメディア通信と分散処理ワークショップ論文集,2021-10-18, 129-138



文:TIME&SPACE編集部

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