2022/02/07
2030年にはAIコンシェルジュは実現する?KDDIの研究開発がつなぐ未来の姿(前編)
10年後の未来はどうなっているのか。2020年8月、KDDIとKDDI総合研究所は、2030年を見据えた次世代社会構想「KDDI Accelerate 5.0」を発表した。現実空間(フィジカル空間)と仮想空間(サイバー空間)を高度に融合させた7つの研究開発を進めることにより、新たなライフスタイルの創造を目指す。
7つの研究開発とは、「ネットワーク」「セキュリティ」「IoT」「プラットフォーム」「AI」「XR」「ロボティクス」のことだ。
それはいったいどんな未来で、私たちの生活にどのような変化をもたらすのか。実現までにどんな課題があるのか。いくつかのケースを題材に、さまざまな分野を研究するKDDI総合研究所の研究員に話を聞いた。
ケース①:AIコンシェルジュが1日の生活をサポート
例えば、AIロボットによるコンシェルジュ。朝起きるとAIコンシェルジュが「おはようございます。今日はとても良い天気です。本日のスケジュールをお伝えしましょうか?」など、会話形式で一日の始まりをサポート。さらにその日の気分にあった最適な食事の用意もしてくれる。―――映画やアニメでよく見るシーンだが、そんな未来は来るのだろうか。
KDDI総合研究所で「AI」や「ロボティクス」などの分野を専門とする研究員は、こう答える。
AIとの自由な会話を実現するための3つの課題
呉:私は主に会話AIという、人とAIがスムーズな対話ができるという技術の研究をしています。私の研究の夢、最終目標はドラえもんのような自由に会話できるAIの実現で、家族の一員としてともに成長し、ときにいろんなアドバイスしてくれるAIを目指しているのですが、この実現には3つの課題があります。
1つめの課題は、AIがどうやって「ユーザーを理解するか」ということです。今、対話している人がどういう感情で、何を求めているのか。言葉のなかからキーワードや発話意味を抽出し、対話のなかから趣味嗜好を探ることができるかという点がひとつ。
2つめの課題は、いかに「自然な会話を実現するか」ということです。これがもっとも難しいのですが、人間同士のように会話をしている相手の感情や会話の文脈に応じた適切な言葉を返すという技術は、画像解析や音声解析に比べて100倍以上難しいとも言われており、現時点ではGoogleやMetaなど大企業しか取り組んでいない分野になってきています。
たとえば、日本語だと「大丈夫」という言葉だけでは「YES」の意味なのか「NO」の意味なのか、判断に困ることがありますよね。アメリカの研究では人間同士のコミュニケーションから感情を読み取る要素として言葉が占めるのは3割で、その判断のほとんどは、表情や目の動き、身振り手振りなど、いわゆる身体の言語と言われる情報のほうが感情を理解する上で大事な割合を占めていると言われています。このように判断基準となる情報量がかなり多いことが、難しい研究と言われている理由です。
そして3つめの課題は「アドバイス」です。現在でもSiriやGoogleアシスタントなどで実現しているような、こちらからの「教えて」に答える受動的な会話は実現できているのですが、会話をしている相手の意思決定や意欲を促す言葉、つまりアドバイスとなる言葉を発することができるかどうか。これも対話AI研究での大きな課題です。生身の人間でもその人にあったアドバイスをすることは難しいですよね。これをどうAIに学習させていくか。
この3つの課題をどうクリアするかが、人とAIとのスムーズな会話実現のポイントとなっています。
AIにフィードバックし、育てていく
武田:私の研究分野でも、「AIがどう能動的に動くか」というのは大きな課題です。呉さんの話にもあったように、今のスマートスピーカーでも「電気を点けてください」や「音楽を流してください」といった利用者の問いかけに対応した機器の制御を受動的に行うことは実現できています。ただしこの受動型のサービスでは、自分でスイッチを入れる場合とあまり変わらないな、と感じる人もいるかと思います。
そこでAIが能動的に「あなたが◯◯すると思ったから、先に◯◯しておきましたよ」と行動すれば、とても便利ではないでしょうか。しかし、この実現はとても難しい問題です。なぜなら、人間ですら、たとえば良かれと思って部屋を掃除したときに「なんで勝手に掃除するの!」と怒られてしまうことがあるように、ある人にとっては望ましい行動でもまた別の人にとってはそうではないケースがあることから、AIにおいても常にベストな行動をすることは難しく、ミスと捉えられる可能性があります。
この問題を解決するには、利用者それぞれによるフィードバックや、なぜ間違えたのかを利用者が納得できるように説明することが不可欠です。AIがミスをしたときに「もうこのAIは使えない」と信頼を失わないように、本当は何をして欲しかったのかをフィードバックしてもらうことで、AIがどんどん賢くなっていく仕組みを作る。この「AIが人間からの信頼を担保しつつ、人間のフィードバックにより成長する」という枠組みができあがってくると、一人ひとりにあった、良いAIコンシェルジュが生まれてくるのではないかと考えています。
AIと対話し、信頼関係を築く
水口:AIとの信頼関係を築くというのは大事な視点ですね。私はデータヘルス分野で生活者目線での健康支援、なかでも食事中の動画を解析して、AIが食べ方や栄養のアドバイスをし、適切な食習慣の習得を支援する研究を他社様・医療機関と共同しながら行っているのですが、たとえば既存の食事画像解析AIサービスを使ったときにマンゴーのかき氷の画像を解析したら、AIが「カツ丼500kcalです。」と誤って判定したことがありました。武田さんの言うように、ユーザーが実際に利用した際に正解からかけ離れた判定が出ると、「あー、それは違う」「このAIダメじゃん」と思われてしまい、そのサービスを使わなくなってしまうかもしれません。
もちろん技術としての画像解析の精度は高める必要がある一方で、AIに「これはカツ丼じゃなくマンゴーのかき氷だよ。」と、対話を繰り返して教えていく習慣。私はそんな人とAIが信頼関係を築いていけるような環境づくりを目標にしていまして、コミュニケーションを使ってAIの正確性を高めていければ、自分に合った提案をしてくれるAIが実現すると考えています。
また、どうしても、ヒトの目で見てもわからないようなもの、たとえば食事に溶け込んでいるお塩の量などは画像解析のみでは限界があります。そこで、AIからユーザーに対してどのような調味料をどのくらい使ったのかを聞くとか、あらかじめ良く使う調味料の情報を登録させておくとか、よりユーザーに合ったアドバイスをするための情報を補完したり正しくしたりする技術の開発にも取り組んでいます。
―――AIを単なる家電やロボットという扱いではなく、まだ何も知らない子供に教えるように、または家族のように一緒に成長していくという気持ちが今後必要になってくるわけですね。
水口:はい、そういう関係づくりが進んでいくと、より細かなアドバイス、たとえば一律的に「カロリー摂り過ぎだよ。」という◯✕の判定ではなく、「今日はいつもより運動頑張ったから少し多めに食べても良いよ。明日からは出張?外食で塩分の取りすぎには気をつけてね。」などと、その人の行動や生活に合った提案ができていくと思います。
ロボティクス研究から見るロボット普及の課題
―――このようにAIが進化したときに、ロボティクス分野での課題はありますでしょうか。
花野:そうですね。私の研究分野がロボティクスで、2030年には街中や家庭にたくさんロボットが存在している未来を仮定し、そんなたくさんのロボットをいかに効率的にコントロールできるか、それを支える研究をしています。
そんな社会にロボットが浸透した世界を考えた際、普及するための今一番大きな課題が、ロボットに対するコストです。現在は、ロボットの器となるハードからAIの開発、そのAIを動かすための高機能PCなど、必要な機能・パーツを全てロボット自体に搭載しようとしているため、非常に高価なものとなっています。
そのなかでも例えばAI部分をクラウドに移せると、高機能PCを搭載しなくても良くなり、またそのAIを共同で開発利用できれば、ハードとしてのロボットを安くつくることができ、普及ハードルが下がるというわけです。ロボットの分野はハードの話もあれば通信の話もあり、またセキュリティの話と多岐にわたるので、普及に対する課題はコストだけではないのですが、それらのプラットフォームをひとつずつ整え、コストパフォーマンスの高い環境をつくるという自分の研究の先に、ロボットが普及する未来があると考えています。
研究の先にある未来とは?
―――ほかに今の研究が進むと、どういう未来が待っているのでしょうか。
呉:対話AIとしては、人とAIとの自由な会話の実現を目指しています。ユーザーを理解して、生活の支援や成長のためにいろんなアドバイスをする存在。そのためには言葉の解析だけでなく、表情や身振り手振りなど一瞬で消える身体の表現まで解析することが必要ですが、バイタルセンサーや表情認識なども駆使し、実現したいと考えています。
武田:私の研究では、多くの家電や家具が相互に接続されていて、AIがそれらを能動的に制御している未来を描いています。寝る前に明日の天気予報を見て、「朝寒そうだからタイマーをかけておこうか」という行動をわざわざとらなくても、AIが「この人そろそろ起きそうだ。今日は気温が低いからエアコンを起動しておこう」と動いたり、料理をはじめたらお皿とお箸を用意したり、壊れている家電があれば「ここが壊れています」と自己申告したり。AIが最初から利用者の望む制御をするのは難しいので、ミスした場合にAIがその制御に至った理由を説明して、利用者の納得感を得つつ、より具体的なフィードバックを引き出し積み上げていく技術を確立することで、そのような未来の実現に向け進んでいきたいと考えています。
水口:AIやロボットが普及した世界になったときには、人間の寿命も伸びて人生100年時代が当たり前になり、寿命以上に健康寿命に注目が集まる時代になると考えています。そのときに、病気にならない生活習慣をいかにサポートできるか。遺伝子解析などとあわせて、この人はほかの家系にくらべてお酒に弱い人であるなど、その人の性質をAIがとらえて長生きできる生活を導き、病気になった場合も、塩分を控えたり、身体への負担が少なかったりといった症状・体調に対応した食事をAIが提案してサポートしていく。そんな健康寿命を伸ばしていくことの支援ができればと考えています。
花野:目指すところはスマートシティだと思っています。寿命が延びる一方で出生率は低くなっているため、2030年になると働き盛りの人が今より少なくなるという人手不足状態になり、今は便利に感じている生活が、今後不便になる可能性があると考えています。その解決策のひとつが、労働集約型のサービスを支援するロボットです。現在でも水など重いものの配送や日用品の注文をネットで申し込みしている人も多いと思いますが、人間の配達員の代わりにロボットが配達してくれる時代がくれば、気兼ねなくこまめな注文ができるようになり、買いだめという考え方がなくなり、そもそも自宅にモノを置いておくというスペースもいらなくなるかもしれません。もしかしたらキッチンもいらなくなる。そうなるとスペースを活用でき、生活のコストパフォーマンスも上がっていく。そういうロボットが人の代わりになる便利なサービスを実現した際の裏側を支える環境整備を進めていきたいと考えています。
ーーー10年後の未来というと、VRやARといったビジュアル的な未来を想像してしまいがちになりますが、AIやロボットにより、今ある自分たちの生活が豊かになるという、地に足の着いた豊かな未来の姿が見えました。
花野:私たちKDDI総合研究所は「生活者」を重要視しています。きらびやかな未来だけでなく、今の課題をヒアリングしながら、一緒に未来をつくっていく。そんな研究に今後も取り組んでいきたいと考えています。
文:TIME&SPACE編集部
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