2021/07/21

スマホ依存をアプリで治す?健全で適切なスマホ利用のためにKDDIが進める研究とは

私たちの生活になくてはならないスマホだが、ついつい使い過ぎてしまうことはないだろうか?

スマホ依存

KDDIとKDDI総合研究所がスマホ利用者約90,000人を対象に2019年に行ったアンケート調査では、全体の約4人に1人がスマホの長時間利用に問題を感じており、「睡眠時間の減少」「視力の低下」「生活習慣の乱れ」など何かしらの悪影響が生じたと答えた人は全体の74%にも上った。

自身のスマホ利用に関するアンケート結果
スマホの使い過ぎによる悪影響に関するアンケート結果

本来は便利で楽しいものであるスマホも、使い過ぎてしまうと、日常生活に悪影響を与えかねないのだ。

昼夜逆転、成績低下……特に中高生は要注意

スマホを使い過ぎてしまうのは大人だけではない。内閣府が行った調査では、近年の青少年のスマホやインターネットの利用が長時間化している傾向が見られた。わが子のスマホ使用状況が心配な親御さんも少なくないだろう。

スマホに夢中な子どもに悩む親

「昼夜逆転して学校に行かなくなったり、勉強の成績が落ちてしまったり。スマホの使い過ぎで日常生活に支障をきたしてしまう子どもは少なくありません」

そう語るのは、東京医科歯科大学医学部附属病院・精神科の小林七彩さん。同病院は2019年にネット依存の専門外来を設立し、スマホのゲームやネットの使い過ぎに悩む人の診療にあたってきた。

東京医科歯科大学医学部附属病院 小林七彩さん 東京医科歯科大学医学部附属病院 精神科 クリニカルアシスタント 小林七彩さん

小林さんによると、ネット依存外来の患者は大半が中高生で、保護者に連れられて来院。当初は夏休みの直後など長期休暇明けの相談が多かったが、新型コロナウイルス感染症の影響により家で過ごす時間が増えたことで相談件数も急増し、感染症が流行前する前と比べて10倍近くの相談が寄せられているという。

「制限」はむしろ逆効果?

子どもがスマホを使いすぎないようにはどうしたらよいのだろうか?小林さんによると、過剰に利用を制限したり取り上げたりするのは、むしろ逆効果であるという。

「受診に来たお子さんに『スマホを使いたくなるのはどういうとき?』と聞くと、『両親がケンカしているとき』『親から小言を言われたとき』といった答えが返ってきます。不安に思っていることや向き合いたくない現実から目を背けたいとき、スマホがその逃げ道になってしまいがちです。

ケンカする両親とスマホに逃げる子ども

お子さんがスマホに夢中になっていると親は注意したくなりますが、それがさらにお子さんを追い詰めて、さらにスマホに向かわせてしまうという悪循環に陥ってしまうことも。また、お子さんの意見を聞かずに一方的に利用を制限してしまうと、スマホへの依存を悪化させてしまうという研究報告もあります。

スマホの使い過ぎを予防するには、家族間のコミュニケーションがとても大切です。むやみに利用を制限したり取り上げたりするのではなく、お子さんが不安に思っていることに耳を傾けたり、ポジティブな声がけをしたりなど、親御さんをはじめとする周囲の人に相談できる環境づくりが重要になります」(東京医科歯科大学医学部附属病院・小林さん)

そもそもスマホ依存はなぜ起きる?

ゲームのやり過ぎで日常生活が困難になる「ゲーム障害」は2019年5月に世界保健機関(WHO)から正式な病気として認定された。しかし、スマホの使い過ぎによる「スマホ依存」は病気として認められておらず、なぜ依存が起こるのか未解明な部分も多い。

なぜ人はスマホに夢中になるのか?スマホ依存はどのようなメカニズムで起こるのか?KDDIは2020年7月より、高度な脳活動計測・解析技術で実績のある国際電気通信基礎技術研究所(ATR)と共同でスマホ依存に関する研究をスタートした。KDDIの小林 直は 「スマホ依存の実態調査のほか、スマホ依存が起こるメカニズムを、脳神経科学やAIを活用して解き明かそうとするのが狙い」だと語る。

脳科学とAIを活用したスマホ依存の研究

ATRの田中沙織さんと千葉俊周さんは、KDDIとの共同研究について「スマホ依存は社会的意義のある研究テーマ。KDDIさんと一緒に研究を進めることで、脳神経科学やAIといった私たちの知見を社会に還元できれば」とその意義を語る。

国際電気通信基礎技術研究所 田中沙織さんと千葉俊周さん 株式会社国際電気通信基礎技術研究所 認知機構研究所 田中沙織さん(左)、脳情報研究所 千葉俊周さん(右)

「KDDIさんとの共同研究では、スマホの使用特性や個人特性に関する大規模アンケート、さらに安静状態の脳の状態を計測し、AIによる解析を行っています。これまでに、スマホの使用特性とさまざまな個人特性との関係性が特徴的なグループが存在することがわかってきました。そのグループを対象に、脳の特性も含めたより詳細な特性について調べています」(ATR・田中さん)

またATRでは、もうひとつのテーマとして、スマホへの依存を軽減する介入方法に関する研究を進めている。

「スマホを使っているときの脳の状態をMRIで計測し、AIによる解析を行っています。研究を進めるなかで、スマホ依存に関わる脳の領域の場所や関係性が、ある程度わかってきました。たとえば、スマホ依存傾向が高い人と低い人の脳の行動の違いを比較すると、スマホ依存傾向の高い人は『スマホに触れていたい』という欲求と、それを抑え込む理性のバランスが悪いことがわかっています。それらを日常的に検知し、脳活動のバランスの悪さを改善できる仕組みをつくることができれば、スマホ依存を軽減できる可能性があります」(ATR・千葉さん)

目標は「スマホ依存の解明」と「アプリによる治療」

スマホ依存が社会問題として深刻化するなか、通信事業者であるKDDIはその問題をどう捉えているのか。KDDI総合研究所でスマホ依存の研究に携わる本庄 勝に聞いた。

KDDI総合研究所 本庄 勝 KDDI総合研究所 健康行動変容グループ 本庄 勝

「KDDIは、通信事業者として青少年の適切かつ健全なスマホ利用を実現する社会的責任があると考え、スマホ依存に関するさまざまな取り組みを進めています。脳神経科学やAIを専門とするATRさんとの共同研究もそのひとつです。スマホ依存の問題の歴史はまだ浅く、未解明な部分も多い。私たちが目指しているのは、さまざまな機関との共同研究を通して得たデータや知見をもとに、スマホ依存を解明し、スマホ依存の改善につなげるアプリを開発することです」(KDDI総合研究所・本庄 勝)

スマホ依存をアプリで治すとはいったいどういうことだろうか?スマホ利用をさらに促すことにならないのだろうか。

「たとえば禁煙治療アプリはすでに実用化され、デジタル薬として厚生労働省から薬事承認を受けたものが出ています。KDDI総合研究所がつくりたいのは、そのスマホ依存版です。スマホ依存は病気ではありませんが、スマホ依存という目に見えない心の病に対し、錠剤などではなくアプリというデジタル薬を処方することで改善・予防しようというものです。

そのためには、スマホ依存で困っている方々の実態を把握し、病態を解明する必要があります。そこで私たちはATRさんのほか、ネット依存外来を持つ東京医科歯科大学さんともスマホ依存に関する共同研究を行っています。

東京医科歯科大学さんとの研究では、患者さんの同意を得たうえでスマホの利用状況を計測するアプリを入れてもらい、1日の利用時間やロック解除の回数などのデータを収集。本アプリでは、それらを分析することで、スマホ依存の実態を客観的に分析し、適切な診療につなげることが狙いです」(KDDI総合研究所・本庄 勝)

スマホ利用ログのデータ

上の画像はアプリで取得したデータの表示イメージ。これを見ればその日の行動やスマホの利用状況が一目瞭然だ。

東京医科歯科大学医学部附属病院の小林さんは、医療現場の立場から、アプリを活用したスマホ依存の診療に期待を寄せる。

「依存症は本人が自覚することが難しく、ネット依存外来の患者さんの大半もスマホをやり過ぎているという意識が希薄です。実際に1日何時間スマホを触っているか、何時間ゲームをやっているかなど、本人の言い分と保護者の言い分に乖離があることも多く、スマホ利用の実態を正確に把握することは困難です。

主観的なヒアリングやカウンセリングに、アプリで得た客観的なデータが組み合わさることで、より適切な診療ができるようになることが期待されますし、またそのデータをもとに『最近は使う時間が短くなったね』といったポジティブな声掛けができるようになれば、本人の治療意欲の向上にもつながります」(東京医科歯科大学医学部附属病院・小林さん)

アプリの利用イメージ アプリで集めたスマホの利用状況のデータは、医療現場で患者の診療に活かされる

「アプリの開発はこれだけではありません。冒頭でもお話がありましたが、スマホ依存と家族間のコミュニケーションには大きな関わりがあります。そこで家族間のコミュニケーションを促進させることでスマホ依存改善につなげるためのアプリの開発も進めています。こちらは今年度、東京医科歯科大学での実証実験を計画しております。さらにはATRさんとの取り組みをも含めたアプリの研究開発も並行して進行中です。研究開発だけでなく、実用化も視野に入れ、KDDIとKDDI総合研究所とがチームとなって、外部と密に連携をして多面的な取り組みを進めております。担当メンバーには、臨床心理学の専門家もいまして、アプリ開発や他機関とのやり取りで重要な役割を担ってもらっています」(KDDI総合研究所・本庄 勝)

スマホ依存改善 家族間のコミュニケーションを円滑にすることでスマホ依存を改善するアプリ

スマホは現代社会において欠かすことができない生活必需品。適切に利用し、上手に付き合えば、世界を広げ、人生を豊かにしてくれるツールにもなり得る。安心・安全なデジタル社会の構築のために、そして社会の持続的な発展のために。KDDIはより良い社会の実現を目指し、通信事業者としてさまざまな取り組みを進めていく。

文:TIME&SPACE編集部
イラスト:友田 威

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