2020/04/27
トンネルでもスマホの電波がつながる仕組みとは? 特急あずさの電波対策に密着した
いまやスマホやケータイは、どこでもつながって当たり前の時代だが、特殊な状況下においては例外もある。たとえば「トンネル」。
その地域がエリア化(携帯電話がつながること)されていたとしても、通常のアンテナではトンネル内部までは電波が届かない。それぞれの立地や長さといった状況に応じて、個別に対策する必要があるのだ。
さて、こちらはJR中央本線。東京駅から新宿、山梨県の大月、甲府を経て長野県の塩尻、松本から最終的には名古屋駅までつながる。なかでも新宿駅から松本駅までの区間をおもに運行している特急「あずさ」は、観光客からの人気が高い。
運行区間にはいくつもトンネルがあり、順次、電波対策が行われている。今回はJR中央本線・猿橋ー鳥沢駅間にある猿橋トンネルの電波対策にTIME & SPACE編集部が密着した。
鉄道のトンネル内に電波を届ける仕組みとは
では、トンネル内に電波を届けるにはどのようにすればよいのか。まずは仕組みを簡単に説明しよう。その方式は大きく分けて2つ。
・トンネル外に基地局を設置
トンネル外に基地局を建て、そこに取り付けられたアンテナからトンネル内に向けて電波を発射する方式。通信会社がそれぞれ個別にトンネル外に基地局を建て、自社の電波のみをトンネル内に向けて発射する。
・トンネル内に回線を敷設
トンネル内部に光回線を敷設し、トンネル内に設置したアンテナから電波を発射する方式。外部から電波発射してもカバーしきれない長いトンネルや地下鉄などで採用される。通信会社が個別にではなく、連携して鉄道会社への申請を行い、共用の電波対策を行う。
今回、「あずさ」が走る猿橋トンネルへの電波対策は、KDDIが独自に利用者の声を聞いて、トンネル外に基地局を設置する方式である。では、その現場を見てみよう。
JR中央本線 猿橋トンネルに電波を送り届ける!
こちらは山梨県大月市にある「甲斐の猿橋」。山口県岩国市の「錦帯橋(きんたいきょう)」、長野県木曽郡の「木曽の棧(かけはし)」と並ぶ日本三奇橋のひとつで、安藤広重の「甲陽猿橋之図(こうようさるはしのず)」や十返舎一九の「諸国道中金之草鞋(しょこくどうちゅうかねのわらじ)」などでも描かれている。
この名勝の近くにあるのが、今回対策を行う猿橋トンネル。このトンネル内でスマホやケータイを快適に使えるように、外に基地局を建て、そこに取り付けられたアンテナから電波を発射するのだ。
基地局を建てる現場には3mもの深さの穴を掘り、そこに12mのコンクリート柱を建て、その上部には高さ約1mの金属製の支持柱を設置してアンテナを取り付ける。結果、アンテナの高さは10mとなる。
基地局は、トンネルまで直線距離でおおよそ200m離れた空き地につくられた。
現場に立ち会ったKDDI南関東エンジニアリングセンターの川島優子によると「今回のトンネル対策は、通常と比べると基地局までの距離が遠いのです。ここがトンネル対策の難しいところです」という。
「トンネル内のエリア化は、通常のエリア化に比べて、基地局を置ける場所の選択肢が非常に限られるんです。通常、エリア化したい場所はいわば“面”なので、その“面”全体を見通せるなら、基地局を建てることのできる場所の候補は少なくありません。一方、トンネルはいわば“線”。ピンポイントを狙う必要があるので、基地局を建てる場所が限定されるのです」
こちらが今回のトンネルと基地局の位置関係を示した図だ。基地局の設置場所は、トンネルからも線路からもかなり離れている。
たとえば、この町全体をエリア化する場合、基地局を建設できる場所の条件は、町全体を見渡せること。
それに対して、トンネル内部をエリア化するには、横からトンネルの入口が見える場所である必要がある。指向性のあるアンテナを使い、水平にトンネルの入口を狙わねばならない。基地局を設置できる場所の選択肢が非常に限られる、というのはそのためだ。
「トンネルへの電波対策でもっとも時間を掛けているのが基地局の設置場所の選定です。土地のオーナーさんとの交渉はもちろんのこと、基地局を建てる目的を地域住民のみなさんにも丁寧にご説明することを心がけています」
そうして、今回の猿橋トンネルへの電波対策は行われた。では、工事の様子を追ってみよう。
密着! 猿橋トンネル基地局建設工事
基地局の建設工事は、2週にわたって合計14時間を費やして行われた。地元のみなさんの安全を確保しながら、ときに工事内容を説明することもあった。
作業は次のような工程で行われた。
①掘削
ドリルで地面を掘る。粉塵を防ぐため、ブルーシートで防御する。
穴の深さは3m。山梨県大月市のこの界隈は、地盤が生成される際、富士山からの溶岩がたまったことで、非常に硬い岩盤になっているという。ドリルで掘り進められるのは、10分でわずか5cm。
②コンクリート柱を立てる
長さ12mのコンクリート柱が届き、掘削車と交代にクレーン車が登場。
クレーンで吊り下げながら、柱の根本は手で細かく調整しながら穴に収めていく。
下の画像は、目視と水平器を使って、完璧に柱が垂直になるよう調整する作業。
③アンテナ取り付け
コンクリート柱に開けられたネジ穴に金属のボルトをねじ込んで足がかりとし、10mの高さまで登っていく。
柱の上部には滑車を設置して紐を通し、地上で組み立てたパーツ送り届ける。
コンクリート柱上部では滑車を利用して、こんなふうに次々とパーツを受け取る。下で組み立て、上で受け取りを繰り返し、地上10mで1時間近く作業をしていた。 「このくらいの高さがいちばん怖い」とのこと。
基地局は、アンテナが電波発射する方向をあらかじめ国に申請し、許諾を得たうえで建設される。コンクリート柱に設置した支持柱に対して、どの方角に向けて設置するのかは事細かに決められている。地図とコンパスを参照しながら角度を調整していく。
今回用いられたのは「平面アンテナ」。1基で複数の周波数帯の電波を送受信でき、その角度も40〜60°と比較的幅広いのが特徴だ。
こちらが、作業担当者が撮影したアンテナ越しのエリアの画像。コンパスだけでなく、建設のための地図と写真を見比べて、角度に間違いがないかを目視でも確認する。
平面アンテナを用いたのは、電波発射できる角度が広いため。 「猿橋トンネルだけでなく、トンネルに通じている手前の線路も同時にエリア化するためです」(川島)
こうして14時間にわたる猿橋トンネルへの基地局のアンテナ設置作業は完了。
特急あずさ、および中央本線の乗客は、今後「猿橋トンネル」内においても途切れることなくauのスマホを使用できることになる。こういった一つひとつの電波対策の地道な積み重ねが沿線全体のエリア化へとつながるのだ。
ほかにもさまざまなトンネルの電波対策が
中央本線は非常にトンネルが多いことで知られており、今回の電波対策工事以前から、継続的に対策が実践されてきた。具体的にはどんなことが行われてきたのか、KDDI南関東エンジニアリングセンターの奥田拓希に聞いてみた。
「JR中央本線につきましては、2016年ごろから、特急『あずさ』の運行路線に関して全線に対策をしようという計画が立てられていました。現在は、それらを随時実現していっているのです」
奥田の所属する「動線対策チーム」とは、鉄道のエリア化専門のチームだ。鉄道の路線とそれに伴う地域で、携帯電話のつながりにくいところをあぶり出し、コツコツとエリア化を行っている。トンネルの電波対策は、その長さや形状、地域環境によって、それぞれの状況に合わせた特別な対策が必要だ。
JR中央本線で行われたいくつかの対策例を紹介しよう。
●梁川町の基地局の「バズーカアンテナ」
使用しているのは、「バズーカアンテナ」。幅広い範囲には電波が送れないけれど電波のパワーが強いアンテナだ。
「この場所は周囲がエリア化されていて、トンネル以外の場所に電波を届ける必要がなかったんです。しかも、トンネル内部をしっかりと直接狙える場所に基地局を建てることができました。バズーカアンテナはパワーと直進性が強く、トンネル内を無理なく狙えることから採用となりました」
●富浜町の基地局の「UDEC」
使用しているのは猿橋と同じ平面アンテナである。だが、基地局の構造がまったく違うという。ポイントはコンクリート柱の左下に設置されている「ドナーアンテナ」。
「『UDEC』とは「中継装置」のことです。通常の基地局は、携帯電話の電波をアンテナで送受信し、それを信号に変換して光回線で全国とやり取りします。ですが、ここは山間部で光回線が敷設されていません。
そのため、最寄りの別の基地局の電波を『ドナーアンテナ』で受けて、上部の平面アンテナを使用した『サービスアンテナ』からトンネルに向けて発射しているのです。光回線がなくても、お客様には快適に携帯電話を扱える電波をお届けしたい。そうした際に、この中継システムはよく使用しますね」
●相模原の基地局の「セクターアンテナ」
円柱型のセクターアンテナは、平面アンテナよりも電波発射できる範囲が幅広いのが特徴だ。
「ここでセクターアンテナを選択したのは、線路が2本並行して走っていて、1本がトンネルに入るのですが、その上下線の2本の線路ともをエリア化するために、電波発射の範囲が広いこのアンテナで対策することにしたのです」
このように着々と、中央本線のトンネルではauがつながるようになってきているのである。
誰でも、どこでもつながる社会の実現へ
現状、JR中央本線のいくつかのトンネルでは快適に携帯電話が使えるようになってきた。通信会社共同の電波対策が予定されているほか、今回の猿橋トンネル基地局工事のようなKDDI独自の対策も多くのトンネルに対して、積極的に進められていく。
トンネルの電波対策は、通常電波対策よりも長い時間がかかる。そうしたひとつひとつに地道に対応していくことで、「つながらない」を「つながる」に変えていくことができる。
誰が使っても、どんな場所でも携帯電話がいつもどおり快適に安心してつながるよう、今後もKDDIはこうした取り組みを続けていく。
写真:下屋敷和文
文:武田篤典
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