2020/03/26
遺失物をスマホで簡単に探せる! JR西日本のお忘れ物用『チャットボット』開発の裏側
1日1,000件超もの問い合わせが殺到
1カ月で約3万件。この数字は、JR西日本お客様センターに寄せられる忘れ物・落とし物に関する問い合わせ件数だ。平均すると、1日あたり1,000件超におよぶ。その内容は、傘や衣類、財布にスマホなど多岐にわたる。さらに、どこで落としたか思い出せない、もとより電車内や駅で落としたかどうかも定かでない状態で問い合わせる人も少なくない。
JR西日本では、こうした膨大・多種多様・情報があいまいな遺失物の問い合わせに対して、2017年半ばまですべて電話で応対していたという。しかし、1件ごとの問い合わせ応対には時間がかかるため「電話がつながらない」といった苦情が多く、この問題を解消すべくコールセンターのスタッフを増員したが、問題は解決しなかった。
利用者からは「忘れ物に気づいても、仕事中や乗車中は電話できない」「受付時間外に気がついた場合、どこにも問い合わせができず、翌朝まで不安」といった声が寄せられ、そもそも電話応対だけでは利用者のニーズに応えられていないことが判明したのだ。
「チャットボット」の導入で受付を半自動化し、応答率アップを狙う
そこで、利用者の利便性向上を目指してJR西日本が導入したのが「チャットボット」だ。チャットボットとは、文字や音声で会話を自動的に行うプログラムのこと。
検索ブラウザで「JR西日本 忘れ物」と検索し、「JR西日本-お忘れ物をしたら」を選択。チャットボタンが表示されるので、ボタンをタップするとチャット画面が起動する。
チャット画面から、遺失物の種類、色や形などの特徴、紛失場所、時間といった遺失物に関する情報を入力していくのだが、愛らしいロボットのキャラクターが尋ねる質問に沿って、選択肢を選んで答えていくだけなので操作は簡単。ウェブ上での問い合わせなので、アプリのインストールなどの面倒な手間もなく、PCやスマートフォンから24時間いつでも問い合わせが可能と、かなり利用者目線で考えられた仕様になっている。
オペレーターによる忘れ物の捜索は9時から開始。チャットボットで受け付けた遺失物と一致するものが、社内の遺失物管理システムに登録されているかを確認。見つかれば利用者に保管場所から連絡がくる仕組みとなっている。オペレーターの対応は20時までだが、20時から翌朝9時まではチャットボットで受付を行うことで、「ひとまずJR西日本に問い合わせることができた」と、利用者の不安も軽減されているという。
そして、チャットオペレーターのモニター画面には、利用者がチャットボットで入力した遺失物の情報がリスト表示され、ひと目で把握できるようになっている。
このチャットボット導入を全面的にサポートしたのがKDDIだ。電車に忘れ物をしたお客さまの利便性向上のため、通信のチカラを活用し、JR西日本へ向けたオリジナルのシステムを構築した。
遺失物の発見率が上昇。応援コメントが届くことも!
2017年8月から、時間・曜日限定でチャットボットを試験導入。その後、さらなる機能の追加やオペレーターの増員、運用体制の構築などを経て、2018年5月に本格運用へと至る。
それから1年10カ月。導入当初は、問い合わせの比率が電話9割、チャットボット1割だったが、現在ではチャットボットの利用率が3割までアップしている。
こちらは、最近リニューアルしたJR西日本のコールセンター。手前2列がチャットオペレーター、奥が電話オペレーターの席となり、双方の情報を連携しながら業務を行っている。お客さまの乗車情報をもとに路線や終着駅を確認するため、時刻表は欠かせないという。
オペレーターのモニター画面には、3つのチャットウインドウが同時に表示できるようになっており、慣れれば一度に3人のお客さまを同時対応できる。また、お客さまとの会話時も定型文例から選択してスピーディーに答えられる仕様になっているため、応答率がアップ。さらに遺失物の発見率にも成果が表れており、導入前は2割に満たなかったが、コールセンターや各駅の駅係員の努力もあり現在では3割弱にまで上昇。
こうした数字やデータだけでなく、利用者からもチャットボット導入を喜ぶ声が届いている。
チャット終了後に、問い合わせ対応に関するアンケート画面が表示されるのだが、回答率が9割超。しかも、対応満足度は「大変良い」と「良い」を合わせて約9割。自由回答欄には「いい取り組みなのでぜひ続けてください」「もっと発展してほしい」といった応援メッセージが寄せられており、お客様からの関心が高いことかがうかがえる。
ほかにも「電車内や勤務中、育児中など電話ができない場合でも、問い合わせができて便利」「電話が苦手なのでありがたい」「耳が不自由でも手軽に問い合わせができる」といった想定を超えるうれしいコメントも寄せられているという。
実は、オペレーターからの反響も上々だ。試験導入の段階から携わり、定型文やボットQ&Aのシナリオ作成にも尽力してきたチャット担当の谷口絢香さんはこう語る。
「オペレーターとして、チャットボット導入が業務の負担減と効率化につながっていると実感しています。スタッフのあいだでも『電話に比べて落ち着いて対応できるようになった』『忘れ物の情報が文字で残るので、何度もお客様に聞き返すことがなく、応答時間の短縮につながっている』という声をよく聞きます。
また、電話対応時のトークシナリオをチャットボットにも応用し、オペレーターができるだけ定型文で応対できるようなシステムをKDDIと検討しました。フリー入力を少なくすることで、迅速な対応とサービスの均質化がはかれていると思います。遺失物の追跡は大変ですが、『見つけてくれてありがとう!』という利用者の方からの声がなによりの励みになっています。今後もチャットオペレーターの育成に力を注ぎ、お客様の遺失物をひとつでも多く見つけ出したいですね」
チャットボットの本格運用で見えてきたこと
サービスの利用者と提供者、ともに非常に満足度が高いという結果をもたらしているチャットボットだが、今後さらに期待することはあるのだろうか。担当者である西日本旅客鉄道株式会社 鉄道本部 CS推進部 CS企画 担当課長の渡辺彰彦さんと、同CS企画の加藤孝一さんに話を聞いた。
「今後の課題は、チャットボットの認知度を高めて、さらに利用率を上げること。問い合わせの5割以上がチャットボット、というのが理想です。そのために、KDDIにはお客様満足度の向上につなげていけるような、さらなる提案を期待したいですね」(渡辺さん)
「チャットボット利用者が増えると、駅係員への遺失物関連の問い合わせが減ることにもつながるので、お客様とオペレーターだけでなく、駅係員にもメリットがあると感じています。将来的には、大阪メトロや私鉄なども巻き込んで、関西エリア全体で同じプラットフォームを使って遺失物問い合わせができるようになるといいですよね。KDDIにも協力いただきながら、より安心して電車をご利用いただける環境をつくっていくことが目標です」(加藤さん)
JR西日本からの高い期待に、KDDIはどう答えていくのか。KDDI ソリューション関西支社 法人営業3部の海野遼哉と、KDDI ソリューション推進本部 関西ソリューション部の村田和政に、導入当初の苦労をふまえて今後の取り組みについて聞いた。
「提案当初はAI技術が注目されていましたが、JR西日本様の課題解決のために本当に必要な技術を考えてチャットボットからの有人チャットという流れをご提案しました。開発期間は非常に短かったのですが、毎日のようにJR西日本様に訪問し、コールセンターの現場の意見もいただきながら開発を進めました。関係者間で濃密に意見交換をしたことで、想定以上に高評価をいただけるシステムを構築できたのは本当にうれしいです」(海野)
「コールセンターのスーパーバイザー、コールセンター運用のコンサルティング会社、JR西日本様、そしてシステム開発を担当するKDDIと大勢が関わるプロジェクトでしたが、チャット利用者とコールセンターの利便性を最優先したことで、使いやすいシステムが構築できたと思います。
現在は、新機能導入の検討やシステムの安定化に尽力しています。どんな機器や電波状態からアクセスしてもシステムが円滑に動くように平均化するのは非常に困難な課題ですが、研究を重ねて応えていきたいですね」(村田)
日本は遺失物が無事に返ってくる事例が多いという、世界でも珍しい国だ。もちろん、落とし物や忘れ物をしないのがいちばんだが、うっかりは誰にもあること。そんなとき、「JR西日本ならなんとか見つかる。きっと戻ってくる」という信頼感や安心感を支えているのが、さまざまな人の思いをつなげる通信のチカラなのだ。チャットボットをはじめ、KDDIはこれからもさまざまな場所で、みなさんの生活が便利になるよう取り組みを続けていく。
文:知井恵理
撮影:稲田 平
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