2020/01/21

災害時に通信をいち早く復旧するプロ集団『KDDIサテライトレンジャー』

2019年台風15号の裏でKDDIサテライトレンジャー結成

令和元年9月、関東地方に上陸した台風15号では、千葉県千葉市で最大瞬間風速57.5mを記録。9月9日の明け方の1時間雨量は横浜市で72.0mm、千葉県鋸南町で70.0mmを記録し、甚大な被害をもたらした。鉄道ダイヤは大幅に乱れ、千葉県を中心に大規模な停電が続いた。

台風の被害により倒壊した電柱 台風の被害により倒壊した電柱。通信ケーブルも切断されている

そして関東地方全域で通信回線の切断や停電にともなって、台風上陸直後から千葉県を中心に携帯電話がつながりにくい状況が続いた。

そんななか、KDDIは9月17日20時50分に「auエリアの復旧宣言」を発表。これは、通信キャリア3社のなかでもっとも早かった。その背景には、衛星回線を使って携帯電話を復旧させる「KDDIサテライトレンジャー」の活動があった。

災害時につながらなくなった携帯電話にどう対応してきたか

携帯電話は「基地局」と呼ばれる無線通信装置から全国につながる。まず、最寄りの基地局につながり、そこで電波は信号に変換されて光ケーブルを通じ、交換局へと届く。交換局は通信相手の最寄り基地局に光ケーブルで信号を送り、信号はまたそこで電波に変換され、相手の携帯電話に届く。

携帯電話のつながる仕組み

災害で設備が破損したり、停電により電力の供給がストップしたりすると、基地局は機能を失い、その基地局がカバーする通信エリアの携帯電話通信は障害を受けることになる。

そうした事態が起こったとき、KDDIは臨時の移動型基地局を出動させて対応してきた。

移動型基地局には、必要な場所に設置することができる「可搬型基地局」や、クルマ1台に基地局の機能を搭載した「車載型基地局」、基地局の設備を船に搭載して海から電波を送る「船舶型基地局」といったものがある。

これらを、基地局が機能を失った現場に持ち込んで臨時的に設置。並行して壊れた施設の修理を行い、通信が復旧すれば、またつながらない別の現場に向かうというのが、災害時におけるこれまでのKDDIの対応である。

おもな通信障害の原因と対策は以下の通りだ。

①停電
発電機などで電力を供給できれば基地局は機能を取り戻す。

②基地局設備の故障
可搬型・車載型基地局が出動して停止した基地局機能を代替する。

③基地局から交換局へとつながるケーブルの切断
可搬型・車載型基地局が出動して停止した基地局機能を代替する。

③のケースでは、基地局自体は停止していないにもかかわらず、切断されたケーブルの代替として、台数に限りがある可搬型・車載型基地局を出動させねばならないという課題があった。

KDDIサテライトレンジャー立ち上げへ

KDDIでは過去にも衛星回線を利用して通信を復旧した事例はあったが、2019年の台風15号発生時に初めて、全国横断チームとして「KDDIサテライトレンジャー」を立ち上げた。

「KDDIサテライトレンジャー」は、通信回線ケーブルが断線していても基地局の設備が健在な場合、可搬型・車載型基地局を持ち込むのではなく、現地の基地局を生かしつつ、切れてしまったケーブルの代わりに衛星回線を使って通信を復旧させるプロジェクトチームだ。

サテライトレンジャーが回線をつなぐ概念図

これが、KDDIサテライトレンジャーが実際に設置した衛星回線のシステム。

衛星回線のシステム 切断されたケーブルの代わりにパラボラアンテナで衛星回線とつなぐ

システムは衛星アンテナに送受信機、それらを据える架台(マストポール、鉄骨)、高速衛星モデム、伝送装置、ケーブル類からなる。

稼働する際は、下の画像のように現地の基地局とつないで設置する。右側の背の高いコンクリート柱が既存の基地局だ。

右の基地局に左の衛星回線システムをつないで通信を復旧させる コンクリート柱が基地局のアンテナ。パラボラアンテナを近くに設置して衛星回線とつなぐ。

基地局がこの地域の携帯電話の電波を受け取り、パラボラアンテナを通じて衛星回線に送り、交換局へとつなぐ仕組みだ。非常にシンプルな構造で、必要な資材も少ない。運搬、設置がスピーディーに行えるだけでなく、この設備で通信を回復すれば、可搬型・車載型基地局は、より被害の大きい別の地域に出動することができる。それだけ通信の復旧のスピードは上がることになる。

各分野のプロフェッショナルが集結

災害を予測することは難しい。かねてよりあたためていた「KDDIサテライトレンジャー」構想は、台風15号の襲来によって急遽、実行されることとなった。

立ち上げに関わったKDDI運用本部の藤井一平と稲葉浩行に、災害発生時にとった対応について話を聞いた。

KDDI 運用本部 特別通信対策室 藤井一平、KDDI運用本部 大阪テクニカルセンターエ 稲葉浩行 KDDI運用本部 特別通信対策室 藤井一平(左)、KDDI運用本部 大阪テクニカルセンター 稲葉浩行(右)

台風15号の接近に伴い、KDDIには運用災害対策本部が立ち上げられた。千葉県南部を中心とした電柱の倒壊による通信障害の長期化が想定され、既存の可搬型・車載型基地局ではカバーしきれない状況が見えてきたとき、「KDDIサテライトレンジャー」立ち上げのために最初に招集されたのが藤井だった。

藤井は可搬型基地局・車載型基地局をつくる特別通信対策室に所属し、平時から衛星回線構築の依頼を関係各署へ行っていたため、サテライトレンジャーの仕事に関わるメンバーを多く知っていたのだ。

KDDI 技術統括本部 特別通信対策室 藤井一平

藤井「『衛星回線を構築するならこの人』『機材のキッティング(機材を集めて使える状態に組み上げること)は、この人』と、メンバーを集める“核”となるような社員が誰なのかは、大まかに見えていました」

こうして、それぞれの分野のプロフェッショナルに声をかけ、彼らを経由して必要なメンバーを召集することでサテライトレンジャーは誕生した。以下がサテライトレンジャーの構成だ。

・チームを統制する統括班5名
・ネットワーク回線を構築する設定部隊10名
・衛星機材のキッティング部隊6名
・資機材を携えて現場に向かう部隊16名

ここで稲葉が呼ばれた。平時は、関西エリアにおける携帯電話の電波品質を改善する部署に所属しながら、数々の災害対応を統制した経験があった。

KDDI運用本部 大阪テクニカルセンター稲葉浩行

稲葉「2018年、西日本は多くの災害に見舞われました。私は6月の大阪北部地震を皮切りに、西日本豪雨では広島に復旧支援に出向き、台風21号では関西の復旧対応、台風24号では名古屋へ統制者として赴きました。災害時の復旧活動全体に関わってきた経験があり、大阪で『災害対策プロジェクト』を立ち上げ、『部門を超えた支援は不可欠である』という認識で活動していました」

稲葉は藤井とともに統括班に所属し、招集した各分野の“プロフェッショナル”たちの円滑なコミュニケーションと、支援のために活動することになった。

稲葉「参加したのは台風上陸3日目のことでした。作業の流れも各メンバー間での共有事項も、まだ決まっていない状態から、すでに発生している台風への被害に対応するのに苦労しました。衛星回線システムの部材も、災害対策用のものなどなく、通常の建設用部材を流用して作ったのです」

建設部材を組み合わせて作られた衛星回線システム 建設部材を組み合わせて作られた衛星回線システム

藤井「今回は関東、西日本、九州の倉庫にあったものをかき集めて、千葉にあるKDDIの倉庫を基地として、各所に出動することになりました。可搬型・車載型基地局が今どこに出動しているかはもちろんわかりますし、可搬型・車載型基地局の資機材のストックも統括で把握できますが、建設用部材の情報までは把握しきれていなかったので、担当部隊を通じて各倉庫に問い合わせて確認しました」

衛星回線のシステムを設置するには基地局の立地を知らねばならない。衛星との見通しが取れる「南側が開けている場所」であることが必須なのだ。

現場で上空の衛星を捕捉するためのアプリケーション 現場ではパラボラの設定に上空の衛星の位置をアプリケーションで補足

南側が木々や崖などで塞がれていると、衛星回線とつなぐパラボラアンテナは設置できない。現場では、専用のアプリケーションを使用して上の画像のように上空の衛星を捕捉する。

稲葉「通信の復旧していないエリアは、運用災害対策本部ですべてわかります。しかし、個々の基地局の現状の立地環境については把握できていません。私たち統括のほうで、衛星アンテナを設置する計画を立て、その基地局の南側が見通せるかどうかは現場スタッフが確認してくるしかない状況でした」

現場の設置作業は1日2件

そんな事情もあり、現場に設置する部隊の作業は最大1日2カ所。台風15号ではサテライトレンジャーは9日間にわたって出動し、15カ所に衛星システムを設置した。

稲葉「今回、サテライトレンジャーを立ち上げたことによって、どこよりも早く復旧宣言ができました。なによりお待ちいただいているお客さまに早く携帯電話を使っていただけることができたのが誇らしいですね」

藤井「立ち上げのときに関係者を集めて、様々な分野のプロフェッショナルを組織するのは大変でしたが、一丸となって貢献できたという点で達成感を感じることができました」

どんなときも通信をつなぎ続ける

台風15号の約3週間後、サテライトレンジャーは台風19号に備えて、再招集された。災害対策に終わりはない。

稲葉「やはり東日本大震災の被害者の方への思いが強いです。大震災が発生したときに、私がとにかく考えていたのは、全国の車載型基地局の効率的な配置でした。いち早く通信を復旧することができれば、命を救い、みなさんに喜んでいただける。それを心の支えに仕事をしています。

災害時、通信は命を支えます。家族や友人と連絡が取れ、情報が収集でき、動画などで気を紛らせることができる。その通信を失ってはいけない。そんな気持ちが今回のサテライトレンジャーでの活動にもつながっています」

藤井「今回の台風15号では『auが早くつながったので、無事家族が助かりました』という声をいただきました。そういったお客さまの声は、いち早くエリア復旧に貢献したいというモチベーションになっています」

2人は口を揃えて言う。サテライトレンジャーを「今後全国各地に展開していきたい」。

稲葉は「災害時にこうしたチームを統制する能力のあるメンバーをもっと増やしていきたい」と語る。藤井は「より運びやすく使いやすいよう、災害向けに衛星通信の機材をカスタマイズしたい」と言う。

年々、災害規模は大きくなりつつある。通信というインフラを担うKDDIは、平時から最悪のケースを想定し、最善の一手を打つべく模索し続けている。いつも新たなアイデアや技術を探し、連携し、通信をつなぎ続けることは通信会社の使命だ。

台風15号復旧宣言後の危機管理対策本部 台風15号復旧宣言後の危機管理対策本部

文:武田篤典

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