2019/11/05

富士山で遭難した登山者をドローンで捜索 消防署の導入訓練に密着

御殿場消防署山岳救助隊のみなさん

写真は御殿場消防署山岳救助隊である。そして、背後にあるのは富士山。富士山には静岡県側の御殿場・須走・富士宮ルートと、山梨県側の吉田ルートという4つの登山道があるが、彼らは御殿場ルートにけが人や遭難者が発生した際に出動する。

そして2019年11月の1カ月間、その御殿場消防署にKDDIの「スマートドローン」が導入されることになったのである。

消防署にスマートドローンを配備する理由

富士山は、2019年7月10日から9月10日までの開山期間中、延べ23万6,000人が山頂を目指したという(環境省調べ)。

近年の登山ブームで、高齢者や未経験者の富士山への挑戦が増えていることに加え、御殿場ルートはほかのルートに比べて標高差が大きく、登山に長時間を要するため、山小屋にたどり着けずに救助要請する登山初心者も少なくない。2019年の2カ月の開山期間中、御殿場消防署山岳救助隊では18回の出動事案が発生したという。

富士山では、当然ながら平地のように救急車で現場に赴くことはできず、救助隊が実際に登山することになる。現場を特定し、要救助者の状況を把握、そしていかに早く駆けつけるかが救助のポイントだが、人員には限りがあるため、できるだけ効率的に救助活動を行う必要がある。

スマートドローンは、その一助になる可能性を秘めているのだ。

御殿場消防署に配備されたスマートドローン

2018年10月、KDDIは富士山御殿場ルートでスマートドローンを使った「ドローン山岳救助支援システム富士山実証実験」を実施。同年11月には御殿場市と「包括連携協定」を締結。御殿場市と富士登山の安心・安全への取り組みを進めるなかで、2019年11月より、御殿場消防署にスマートドローンが配備されることになった。

スマートドローンはおもに山中での捜索時に、救助隊をサポートする目的で導入される。
ドローンを活用した山岳救助システムはこうだ。

富士山ドローン山岳救助システム図解

富士山でけが人や遭難者の発生時、119番通報を受けると、救助隊はスマートドローンとともにクルマで出動。登山口に到着すると、そこから登山道上空にドローンを飛ばす。捜索は並行して人力でも行い、ドローンは上空からのサポートを担う。ドローンの映像は登山口に残った隊員と消防署の両者でモニタリング。より迅速で精度の高い捜索が可能となるだけでなく、現地だけで判断のつかない事態が発生した場合にも消防署が的確に指示をだすことができる。

実際の運用時を想定したシナリオと、テスト飛行

今回のテスト飛行は、11月からの導入を前にした、いわば講習とシミュレーションのために行われた。現場で運用する消防署のみなさんがスマートドローンの構造や運行管理システムについて学び、実際に富士山で飛ばしてみるというもの。

では、実際の運用時を想定したシナリオとともにテスト飛行の模様を見てみよう。

まず実際に119番通報があると、消防署では救助プランを立案する。

対象地域のマップを見ながら、救助プランを立案。人力で山に入るコースとドローンの飛行コースを同時に考える

要救助者から、現在地・年齢・性別・状況(ケガ・病気、今の体調など)といった必要な情報を聞き取って、現場に向かう人数を決め、地図を見ながら山中に入るルートの選定などを行う。

これに並行してスマートドローンの飛行ルートを設定。

ドローンの航行システムアプリのスクショ

一般的なドローンは、ラジコンで使うようなコントローラーで操縦する。だが、スマートドローンは基本、手動で操縦するものではない。タブレットやPCで操作するアプリになっていて、画面に表示された地図上の、ドローンを飛ばしたい場所を順番にクリックするだけ。それで、指定したコースを自律飛行するのだ。設定したコースは上の画像のように表示される。ドローンの制御は携帯電話の電波で行う。

スマートドローンを積載して現場に急行する模様

そして、車両に積載して出動。ドローン一式の重量は約20kg(本体8.6㎏、防水防塵ケース約11kg)で、持ち運びやすいよう専用のケースに収納されている。

KDDIのスマートドローン

山岳用にカスタマイズされたスマートドローンの機体は、コンパクトでありながら、標高の高い場所で強風の中でも飛行できるよう、大型のプロペラを搭載。上空から地上を捜索するため光学30倍ズーム機能を持つフルHDカメラを搭載している。

富士山新御殿場口五合目を飛行するドローン

山岳救助の119番通報は、要救助者本人か同行者からなされる場合が多いため、通報時に消防署は要救助者の状況を詳細に聞き取ることができる。ケガや体調についてはもちろんだが、おおよその場所も特定できるという。

実は富士山の各登山道には200mおきに杭が打たれ、たとえば「御殿場ルート」ならば「G-00」という具合に、登山道の頭文字のアルファベットと数字が記されている。いわば“山の住所”だ。要救助者は近くの杭を見て番号を伝えれば、消防署は速やかに「現場に向かう」ことができる。

だが、要救助者が登山道を外れていたり、会話できない状態にある場合、「現場の特定」が必要となる。出動した隊員は山中を何度も往復したり、場合によっては人数を増やしてローラー作戦で捜索に当たることになる。そこでスマートドローンが活躍するのだ。

今回の導入訓練では、富士山御殿場口新五合目から六合目あたりの「獅子岩」まで約7kmのコースを目視外飛行する。目視外飛行とは、ドローンの機体を肉眼で確認できる範囲を超えて飛行させること。

捜索を伴わない登山でも獅子岩まで2、3時間を要するところだが、スマートドローンならばわずか10分で往復可能だ。現場がいち早く特定できれば、増員することなく通常の体制で救助活動を行うこともできる。

ドローンの映像は、

現地でドローンからの映像をモニタリングする模様

ドローンを飛ばした登山口に待機する隊員の手元でも、

消防署でドローンからの映像をモニタリングする模様

消防署でもモニタリングすることができる。

富士山新御殿場口五合目を飛行するドローン

スマートドローンは上空40mまで上昇し、あらかじめ設定したコースを飛行。こちらがその模様だ。

ドローンからの映像のタブレットの画面録画

現地の隊員と消防署は同じ映像をそれぞれのモニターで目視し捜索を行う。

ドローンからの映像のタブレットの画面録画

要救助者らしき人影を発見した場合には手動に切り替えてホバリング。

ドローンからの映像のタブレットの画面録画

遠隔操作で地上をズームし、要救助者の状況を確認することができる。

ドローンの情報を元に当救助者のもとに駆けつけた救助隊員

その後、山中を人力で捜索している隊員と情報を共有。要救助者に扮したスタッフを無事発見し、救助することができた。

山岳救助ドローンテスト飛行の手応えと意義

富士山における山岳ドローン救助システムの運用に向けた具体的なテストを踏まえ、新たな課題や希望を掴み取った御殿場市、御殿場消防署、KDDIの3者に話を聞いた。

「上空からのクリアで広い視野が安全登山につながる」
御殿場市 産業スポーツ部観光交流課観光課・前田裕三さん

御殿場市役所・前田裕三さん

「御殿場市では、2020年に向けた外国人観光客の増加も考慮し、安全・安心登山の啓発やコースの整備などに一層力を入れていきたいと考えています。そんななかで登山道から外れてしまう方や、道に迷われたときの対応も必要で、現状は消防・警察・山小屋の方々の協力による救助を行っています。

富士山はなんといっても標高の高い自然環境ですので、迅速で確実な救助が重要ですが、捜索事案が発生した場合は、やはりどうしても人力に頼る面が大きく、時間もかかってしまうのが最大の課題です。今日の実験では、リアルタイムでドローンからの映像も見せていただきましたが、非常にクリアで上空からの段違いの視野の広さに驚きました。状況把握とスピーディーな捜索に非常に期待できますね」

「要救助者捜索事案にドローンは有用」
御殿場消防署 救助隊長・永井惇二さん

御殿場消防署 救助隊長・永井惇二さん

「富士山の山岳救助は、おもに御殿場消防署から3人で出動しているのが現状です。限られた人員のなかで警察と協力しながら、できるだけ迅速に、正確に救助活動を行いたいと考えています。そうした状況で、山岳救助ドローンはとくに要救助者の居場所がわからない捜索事案に対して有効な機器だと思います。少ない人員でも要救助者の早期発見につながりますからね。

この数年で富士山の通信環境は非常に改善されており、まず、携帯電話からの通報が非常に容易になりました。今後さらに、捜索時に先にドローンを飛ばして目星をつけた場所に救助隊が直行するというようなことが実現すれば、通報から救助までのすべての工程を短縮できると思います」

「スマートドローンの技術を活用して山の事故をなくしたい」
KDDI 次世代基盤整備室 松木友明(右)、岡田健司(左)

KDDI 商品・CS統括本部・松木友明

「昨年、スマートドローンでの山岳救助実証実験を行いました。上空から要救助者の状況を捉え、それを救助方針の立案に生かしてもらおうというものだったのですが、今年は地上をズームできるカメラを搭載し、よりクリアに見られるだけでなく、御殿場市との包括連携協定に基づいて、消防という実際の救助の現場に導入いただくことになりました。

火災や土砂崩れなど直接視認できない現場を、ドローンを操縦することで確認するという動きは少しずつ出てきていますが、LTE回線を活用して目視外でスマートドローンを運用する実績は、日本でも数例しかありません。この貴重な機会を生かして、今回の取り組みが少しでも山の事故をなくすことにつながればいいなと考えています」(松本)

登山者に「GPS端末」をもたせる取り組みも

KDDIでは他にも、山での事故を減らす取り組みを行っている。「Pocket GPS端末」というデバイスの開発だ。低消費電力で広範囲に電波を送れるLPWAという無線方式を使い、約1週間の連続使用(10分間隔12時間測位時)ができる。

このデバイスを登山アプリの「YAMAP」に提供予定。「YAMAP」のサービスに登録し、「Pocket GPS端末」をリュックにつけておけば、登山中の自分の居場所を測位し発信し続けることができる。

リュックに付けられたPocket GPS端末

発信先に家族を登録しておけば、自分が今どの山のどのあたりにいるかをつぶさに共有することができるのだ。

Pocket GPS端末は使用者の位置情報を発信し続ける

たとえば単独での登山中になんらかの事情で身動きがとれなくなったとしても、家族が119番通報することで、迅速な救助が可能になる。消防署のドローンと連携することで、遭難者の救助はより効率的に行われるようになるだろう。

YAMAPでは、まず実証実験というかたちでユーザーにPocket GPSのモニター機を貸し出しする。現時点では「YAMAP」と「Pocket GPS」はそれぞれ独立したサービスだが、安全登山における重要性が検証できれば、相互に連携したサービス提供を目指している。

通信の活用で登山も安心・安全に

かくして2019年11月の1カ月間、山岳救助ドローンは御殿場消防署にテスト導入されることとなった。

上空から遭難者を捜索するスマートドローンを制御する携帯電話のLTE回線に、絶えず静かに登山者の位置を発信し続けるPocket GPS端末のLPWA。登山の安全・安心を守るために、通信のチカラが果たす役割はこれからもますます大きくなっていくに違いない。

最後に、今回の取り組みをまとめたムービーを。

文:武田篤典
撮影:斉藤美春

※掲載されたKDDIの商品・サービスに関する情報は、掲載日現在のものです。商品・サービスの料金、サービスの内容・仕様などの情報は予告なしに変更されることがありますので、あらかじめご了承ください。