2019/10/11

5G×VR活用で災害現場の救急医療活動に変革を! 日本初の『VR指揮所』とは

災害や大規模な事故現場での救急医療活動に、次世代通信「5G」はいかに貢献できるのだろうか――。2019年8月末、埼玉県所沢市にある防衛医科大学校(以下・防衛医科大)で、国内初となる「5G とVRシステムを活用した災害医療対応支援の実証実験」が行われた。
※2019年8月29日KDDI調べ

5GとVRを用いた防衛医科大とKDDIの実証実験の模様

災害や大きな事故が発生した際、できるだけ速やかに多数の負傷者に適切な処置を行うためには、消防機関・医療機関・災害現場の密接な連携が必要である。そこで災害時には、各機関の職員が集まる「指揮所」が災害現場近くに開設される。指揮所は現場から集まる情報を分析し、適切な指示を出すための、いわば司令塔となる。だが災害現場が山間部や遠隔地の場合や、交通機関の被災などにより、関係機関の職員が速やかに集合できないケースもある。指揮所開設の遅れは、救急活動全体の遅れにつながる。

そこで防衛医科大とKDDIが協力し、5GとVRを活用して指揮所の機能をVRシステムの仮想空間上に開設し、遠隔地から災害現場を指揮・支援するという実験を行なった。これは日本初の試みである。

指揮所がVR空間にあれば、距離的問題はなくなる。それは、一分一秒を争う災害地の救急活動において大きな課題解決につながるに違いない。

では、「指揮所をVR空間に開設する」とは、一体どのような仕組みになっているのだろうか。

災害現場の救急活動に欠かせない「指揮所」をVR空間に

まずは災害現場に高精細の360度カメラを設置し、5Gを通じて4K映像をリアルタイムに「VRコラボレーションシステム」に伝送。これはビデオ/電話会議など、いわゆる遠隔会議の進化形だ。従来の通話や映像モニターでのやり取りの代わりに、参加者はVRゴーグルを装着し、VR空間の「災害現場」に集まるのだ。

VR空間の「指揮所」

災害現場で救急活動を行う「消防」、傷病者の緊急度・重症度や適切な処置などを判断する「病院」、そして「消防」に所属し情報面から救助の手助けをする「情報支援」の三者が遠隔地からVRシステムにログイン。VR空間内で、現場からリアルタイムで送られる高精細の360度映像を見て状況確認や判断を行いながら、他機関の担当者と情報を共有し、現場で救急活動に携わる隊員たちへの指示や支援を行うことができる。

また被災規模や現場全体の状況を知り、救急活動の大まかな計画を立てるため、災害現場の全体像の把握が必要だが、通常の平面映像では現場全体が把握しにくいという課題があった。しかし、周囲全体を見渡せる360度カメラを活用したVRを活用すれば、遠隔地からの状況把握や現場との円滑なコミュニケーションが可能になるのだ。

実証実験では、地震発生に伴う倉庫内崩落事故を想定

今回の実証実験は、地震で崩落事故が起きた倉庫に負傷者を救助に行くという想定で行われた。

5GとVRを用いた防衛医科大とKDDIの実証実験の模様
5GとVRを用いた防衛医科大とKDDIの実証実験の模様 上・「地震で崩落事故が発生した倉庫」という想定で設営された災害現場。下・災害現場の360度映像がVR空間にリアルタイムに伝送される

上の画像がその事故現場。画面中央にあるスタンドマイクのような360度カメラで、室内の映像を撮影する。

下の画像が「VR指揮所」を模した会場。実証実験である今回は「消防」「病院」「情報支援」の三者が一室に集まっているが、実用の際には関係者はそれぞれの所属機関から移動することなく、VR空間上の「指揮所」に参加することになる。

では、シナリオに沿って5Gが災害現場での医療活動にどのように活用されるかを見てみよう。

①医師が遅れて「VR指揮所」に参加

今回は「病院」の医師が遅れて参加するというシナリオだった。

「VR指揮所」参加者がゴーグル内で見ている映像はこんな感じ。

「VR指揮所」参加者がVRゴーグル内で見ている現場の映像
「VR指揮所」参加者がVRゴーグル内で見ている現場の映像 「VR指揮所」参加者がVRゴーグル内で見ている現場の映像

ポニーテールの女性と水色の人影は「VR指揮所」参加者のアバター。VR映像で被災現場を360°見渡し、要救助者(患者)の様子を4K高精細映像で確認。アバターを通してスタッフ間で、意思疎通することができる。

まずは現場に到着していた救急隊員がトリアージを行なった。

トリアージとは、災害や事故の現場で同時に多数の傷病者が出たときに、手当の緊急度に応じて処置の優先順位を決めること。患者の症状の軽いほうから順に「緑」「黄色」「赤」のタグがつけられる。今回はその情報を情報支援担当者がVR空間にリアルタイムで掲出。

災害現場で消防隊員がトリアージを行いVR空間に掲出 現場で行われたトリアージの結果はリアルタイムにVR空間に掲出される

今回の実証実験のシナリオのように医師が遅れて参加しても、現場の状況は一目瞭然なのである。

②「VR指揮所」に参加した医師がトリアージを変更

VR映像で患者に視線を送る清住教授 「VR指揮所」に遅れて参加した防衛医科大・清住教授(左)。現場を見渡し、指示を出す

医療担当の責任者である医師が参加すると、すぐさま現場を見渡して、棚に下半身を挟まれている要救助者(患者)の様子について状況を訪ねる。現場の隊員が「足がかなり腫れていて、感覚障害があるようです」と報告。

この時、救急隊員がちょうど患者に覆いかぶさるような位置にいてVR映像で顔が見えなかったため、医師が「顔を見せてもらえますか?」と問いかけた。

土気色になった患者の顔。VRゴーグルからでもよくわかる VR映像からも現場の患者の顔色がわかる

これは現場を直接撮影した画像だが、高精細映像のVRゴーグルからでも、土気色になっていることがわかる。そこで医師は触診を指示。患者が痛がる様子を見て、現場の隊員が「黄色」と判断したトリアージを、より緊急性の高い「赤」へと変更した。

③病院への搬送指示

続いてトリアージに則って患者たちを適切に病院に搬送する。 ここで「情報支援」担当者が、即座に近隣の医療機関の救急患者受け入れ態勢についての最新情報を共有し、適切に搬送先を割り振ることができた。

近隣の病院の救急患者の受け入れ可否情報も表示される 近隣の病院の救急患者の受け入れ可否情報も表示される

ここで、現場の隊員が棚で倒れている薬剤タンクを発見。中の液体はすでにこぼれ出ている。

災害現場にこぼれた薬剤を発見

ラベルには「マドラク酸化合物」と書かれている。隊員はすぐに「VR指揮所」に報告。情報支援担当者が「マドラク酸化合物」についての情報を集める。

情報支援担当者が薬剤を検索し情報を掲出する 情報支援担当者が溢れた薬剤について調べた情報を掲出する

どうやら危険度の高い薬品ではないようだ。化学式を見た医師が指示を出す。

ゴーグル内に表示された薬剤の情報を見て指示を出す清住教授

「吸入毒はない模様。ただし皮膚刺激には注意」

災害現場では、刻一刻と状況は変わっていく。新たに発生した問題を即座に共有し、解決することで現場の救急隊員は作業に集中できるのだ。情報だけでなく、判断できる人間がVR空間に「集まっている」ことで、新しい問題の発生から状況確認、対応策の判断までのプロセスにまったく無駄がない。

5G通信技術の災害救助支援の可能性とは?

今回の実証実験の監修をつとめた防衛医科大学校の清住哲郎教授に、実験の手応えや、災害医療における5G活用の可能性などを聞いた。

防衛医科大学校 医学教育部 清住哲郎教授 防衛医科大学校 医学教育部 清住哲郎教授

――今回の実証実験に期待したところを教えてください。

「これまで、指揮所の開設に時間がかかること、必要な職員がきちんと揃わないケースがあること、さらには参加できない者への情報共有の手段が音声通信しかなかったことなどが大きな課題でした。KDDIさんの5GやVRのシステムを使うことで、指揮所をVR空間に置き換えることができれば、こういった課題の解決につながるのではないかと期待していました」

――バーチャル指揮所に手応えは感じましたか?

「大いに感じました。居ながらにして参加できるのはもちろん、これまで音声でしかできなかった情報の共有がVRカメラとゴーグルを使うことで、リアルタイム映像で360°見渡せるようになりました。災害現場の救急活動において現場の被害規模の全貌を把握することができれば現場全体に対応できるので、非常に大きな利点となります」

――VR指揮所が実現すれば、災害現場での医療はどのように変わりますか?

「現場からの報告を待つことなく、運ばれてくる患者さんの処置に必要な準備ができるようになります。今回のような高精細な映像で現場を見ることができれば、どういった処置が必要なのか一目瞭然ですからね。また現場の隊員が気づかないところまで、指揮所側で気づくことができる可能性もあります」

――災害救助支援の現場で今後、5G通信に期待することはありますか?

「今回はVR指揮所で検索した薬剤のデータを現場の隊員のスマートフォンに送信するという設定でした。指揮所のスタッフはVRゴーグル、現場隊員はスマホを持ってさまざまな情報共有に利用しましたが、今後は現場の隊員もARスマートグラスを装着して作業にあたれば、さらに情報共有が効率的になりますね」

「高速・大容量」「多接続」「低遅延」を実現する5G通信技術があればこそ、今回の「VR指揮所」の実証実験は可能となった。5G通信は、スマホを取り巻く私たちの生活をより便利にしてくれるだけでなく、災害現場での救助活動をはじめとした、社会の様々な分野において、これまでの通信の機能では実現し得なかったことを叶えようとしている。

文:武田篤典
撮影:森カズシゲ

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