2018/10/17

テレイグジスタンスで遠隔旅行! ロボット×VRで「感触」まで伝わる小笠原観光

小笠原海洋センターに派遣されたTelexistence社のロボット・MODEL H

このロボットの名は「MODEL H」。背後に見える絶景は小笠原諸島・父島の港だ。今「ハーイ」って左手をあげていますが、実はここから約1000km離れた東京・竹芝ふ頭で、操縦者がまったく同じポーズを取っているのだ。操縦者が右手をあげればロボットも右手をあげるし、操縦者が左を向けばロボットも左を向く。

ロボットは操縦者が動いたとおりに動いてくれる……だけでなく、ロボットに装備されたカメラやマイクから、操縦者はロボットが見聞きしたものを感じ取ることができる。 さらには、ロボットの指先にはセンサーが内蔵されていて、操縦者はロボットの触れたものの感触までわかるのだ。

操縦者はその場まで行かずとも、ロボットが見たり聞いたり触れたりしたものをそのまんま体験できる。これぞ「遠隔旅行」。しかもこれ“研究所で実験しました”という話ではなく、一般のみなさんがフツーに体験できるイベントが開かれたというのだから、もう未来は近い。

「小笠原村の観光資源の遠隔体験イベント」は、9月14日〜27日までの2週間、JTBとKDDIが、小笠原村の観光局やTelexistence社、竹芝エリアマネジメントと協力して開催。

そしてこの「遠隔旅行」を実現することができたのは「テレイグジスタンス(Telexistence)」という技術あればこそなのである。

“遠隔存在"する「テレイグジスタンス」とは?

テレイグジスタンスの意味は「遠隔存在」。離れた場所にいるロボットと操縦者である人間が感覚を共有する、いわば“憑依”のような概念。

テレイグジスタンスの解説図

図で表すとこんな感じ。

竹芝側にいる操縦者はこういう状態で、ロボットと“つながる”。

テレイグジスタンスイベントで父島のロボットとつながる竹芝の操縦者

セッティングは実に簡単。

操縦者はVRヘッドマウントディスプレイを装着。体にはハーネス、両手には指先の露出したグローブをセット。ハーネスの胸元と両手のグローブにはトラッカーと呼ばれるセンサーが付いている。そして両手の親指と人差し指には、クリップ状のデバイスを挟む。

竹芝フェリーターミナルに特設されたイベントにおける操縦者と装置

①のベースステーションから、操縦者の位置や体勢のデータを無線ネットワークを経由して父島にいるロボットに伝える。
②は父島の状況の映像。
③は体験者のヘッドマウントディスプレイ内に映し出されている映像だ。

その後、ディスプレイ内に映像が流れ、両手をグーパーし、両腕を肩と水平な位置に上げるだけ。以上、ものの2分ほどで準備完了。

竹芝でテレイグジスタンス遠隔旅行のセッティングをする編集部員

テレイグジスタンスの遠隔体験とは?

「はい、つなぎまーす」の声がすると即、目の前に父島の風景が広がる

小笠原にいるテレイグジスタンスロボットを通じてHMDで見られる父島の風景

うわー、海も空も超キレイ! そこにいる感じ、します……と、右手から「こんにちは〜」の声。 右を向くと、手を振るおねえさんの姿がディスプレイに映る。なるほど、ロボットも右を向いたのだ。すかさず声の主に両手をブンブン振ってごあいさつ。

テレイグジスタンス技術で竹芝で遠隔旅行体験する編集部員とHMD内の父島の風景

おお! ディスプレイの中で振ってる自分の両手がロボットだ! これ、大げさなぐらいにゼスチャー付きでしゃべったほうがいい。棒立ちでしゃべるより、ロボットとして現地にいる感が強くなる。そんなこと考えてたら、右手に「ギュッ」とした感触が。

テレイグジスタンス技術で竹芝で遠隔旅行体験する編集部員とHMD内の父島の風景

握手されてる! 指が軽く締め付けられる感覚。「よろしくお願いしま〜す」というおねえさんに、思わず照れて目をそらす1,000km離れた竹芝のTIME & SPACE編集者。

テレビ電話とかビデオチャットのようなものをイメージする人もいるかもしれないが、それよりもはっきりと「そこにいる感」がある。なにしろ自分が動くと、ロボットが即反応しているのがディスプレイを通して実感できるのだ。ガイドのおねえさんの顔が見たければそっちを向けばいいし、「アレなんですか?」って質問するときは、指差せばロボットも即座に指を差してくれる。

ロボットが見た光景を見て、聞いた声を聞く。自分が話した声はロボットから発せられ、おねえさんに届く。操縦しているというより、憑依している。完全に「ロボットが自分」という感覚なのだ。

テレイグジスタンスのロボットは自走もできる!

移動する。このロボット「MODEL H」はタイヤを搭載しており、自走できるのだ。今回、移動は現場でコントロールされていたが、本来はセグウェイのように体験者が前後左右に体重移動を行うことで、操縦することができる。ただし、さすがにちょっとしたテクニック習得が必要だとか。

ウミガメの赤ちゃんに触れ合いに行く途中、鏡に向き合う場所で一旦停止してみた。

テレイグジスタンス技術で竹芝で遠隔旅行体験する編集部員とHMD内のロボットの姿

なるほど面白い! 自分が手を振れば鏡の中から振り返し、指を曲げれば鏡の中のロボットが、同じ動作を繰り返す。客観的に見れば自分は竹芝にいて左の画像のようなことになっているのだが、本人の意識では完全に右の画像の状態。鏡に映ったロボットが自分である感覚がさらに強まる。

テレイグジスタンス技術でHMD内に映る小笠原海洋センターのウミガメ

そして元気な赤ちゃんウミガメのヒレで、手をビッタンビッタン叩かれる。確かに感じる。ウミガメはそこにいる。甲羅の硬い感触もあった!

テレイグジスタンス技術で竹芝で遠隔旅行体験する編集部員とHMD内の小笠原海洋センター

そしてウミガメのエサやり。手のひらに乗せられたキャベツは軽いので、そのままだとさほど感触は伝わってこない。だが強く握ると指先にぐしゃっと潰れる感覚。ゼスチャーやリアクションをオーバーめに行うのもそうだが、動きの一つひとつを「感じよう」と意識すると、より体感できる。

小笠原海洋センターでロボットに手を振る島のみなさん

最後は、近所の子どもたちやお母さんたちが遊びに来ている広場に。手を振ると、しっかりと振り返してくれて、なぜかちょっとウルっとくる。それは「よい旅をしたとき、その場所を離れることが名残惜しいとき」の感覚だ。せいぜい8分ほどの“旅”にもかかわらず、である。そして竹芝にいる筆者は思った。「よし、今度は本当に父島に行こう!」と。

動画もどうぞ。

ちなみにこの日は、3名の一般参加者が筆者と同じ体験をした。独特の文化と風景に惹かれて離島めぐりをしているという会社員の神谷さんは「すごく楽しかった!」そう。

イベントで遠隔旅行を体験した一般参加者の女性

本当に父島に行った気分になりました! テレビの旅もののドキュメンタリーが好きなんですけど、あくまで“見てるだけ”なんですよね。テレイグジスタンスだと、ホントに自分がそこにいる感じ。最初にガイドの方とあいさつして握手された時、すごく近さを感じました。今回の体験で、小笠原に俄然行きたくなりました」

テレイグジスタンスの「遠隔旅行」の可能性とは?

そもそも「テレイグジスタンス」とは、VRの世界の第一人者である東京大学の舘暲(たち・すすむ)名誉教授が1980年に発表した概念。それが近年、VRと通信技術の発展に伴って急成長してきた。
テレイグジスタンスの技術を使った「遠隔旅行」は、実際に自分が移動することなく、あたかも旅先にいて旅行しているかのような体験ができるもの。
今回のイベントは、KDDI、Telexistence、JTBがテレイグジスタンス技術を活用し、東京観光財団の「平成30年度地域資源発掘型実証プログラム事業」の取り組みの一環として行われた。

無線ネットワークで遠隔地同士をつなぎ、操縦者とロボットが「遅延」なくデータをやりとりするためには、「通信技術」がカギとなる。
ネットワーク回線を提供しているKDDIのライフデザイン事業本部ビジネスインキュベーション推進部長・中馬和彦は記者発表で語った。

イベントで語ったKDDIライフデザイン事業本部ビジネスインキュベーション推進部長・中馬和彦 KDDIライフデザイン事業本部ビジネスインキュベーション推進部長・中馬和彦

「通信はこれまで“距離を超える体験”を提供してきました。電話はもちろん、Eメールしかり、ビデオチャットしかりです。テレイグジスタンスは、こうした従来の視覚・聴覚の体験に加えて感覚まで得られる点が新しい。テレイグジスタンス技術によって、旅行と通信を組み合わせることで、新たな価値が生まれます」

遠隔旅行では日本国内だけでなく世界中の遠隔地の魅力を発信。いわゆる観光地を体験することはもちろん、離れた土地や国に暮らす人同士のコミュニケーションで、これまでにない感動を生み出すことができる。そのために通信は非常に大きな役割を担っているのだ。

「今回は4G LTE回線で1,000kmをつなぎましたが、まだ一部のお客様には酔いを感じるくらいの映像伝送遅延があります。2020年をめどに5Gが商用化されれば、遅延は大幅に改善され、ユーザーの体感上ほぼ影響のないレベルになります」

テレイグジスタンスは、5Gの時代にこそ真の実力を発揮できるサービス。そのための準備が今、急ピッチで行われているのだ。

KDDIと共に今回のイベントを立ち上げたJTB東京交流創造事業部事業部長の池田伸彦さんは、「新しいテクノロジーが旅行を変える」という。

イベントで語ったJTB東京交流創造事業部事業部長・池田伸彦さん JTB東京交流創造事業部事業部長・池田伸彦さん

「小笠原へのアクセスは週1便の船で片道24時間。旅程的にも拘束時間もなかなかハードルの高い場所ですが、世界文化遺産にも選ばれ様々な観光資源があります。遠隔旅行によって“時間と距離に制限がなくなる”というのは、まさに旅が変わるということ。試食や試飲のように試しにテレイグジスタンスで体験してみる旅……“試旅”というものがあってもいいですよね。遠隔地の旅行体験だけでなく、以前訪れた旅先に再び訪れて追体験や、テレワークやセカンドライフとして地方移住を検討されている方の視察、地元の人々との交流体験にも使えます。

ネットや書籍だけでない学びの場としての活用や、高齢や体調不良などの理由で移動が困難な方に旅気分を味わっていただくことも可能でしょう。デジタルテクノロジーのあり方は、これからの旅の形を進化させると思います。来年度をめどになんらかのかたちで商用化し、今後JTBは遠隔体験のコンテンツ開発や、地域との新たな交流と体験の価値の創出で協力ができるのではないかと考えています」

Telexistence 社CEO富岡仁さんは、テレイグジスタンス技術の目指す未来について語った。

イベントで語ったTelexistence 社CEO富岡仁さん Telexistence 社CEO富岡仁さん

「スポーツ選手や冒険家などの体験、様々な職業体験をロボットを介して共有できたり、手術や建築作業、被災地支援、危険な場所での作業などを遠隔で行ったり、もっと未来には、伝統工芸の技術などをロボットに学習させることで“職人技で大量生産”ということも可能になるかもしれない。より身近なところでは、地方にいながら都会のおしゃれなアパレルショップで買い物もできます。それも、生地の“手触り”まで確認できるんです」

テレイグジスタンスの未来を支える次世代通信システム「5G」

高解像度の映像、緻密な感触まで遠隔地に伝えるテレイグジスタンス技術。それにともなって必要となるのは通信データの「大容量」化だけではない。池田さんが言うように、土木作業や伝統工芸の職人技術の効率的な伝承や、遠隔操作での手術などでテレイグジスタンスが利用されるようになれば、通信データの「低遅延」、「多接続」は必須だ。

そしてそれを支えるのが、「5G」の次世代通信システムとなる。2020年を目途に実用化を目指すこの通信技術が、近未来の旅行や生活そのものを変える可能性に、夢は膨らむ一方だ。

文:武田篤典
撮影:中田昌孝(STUH)

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