2014/08/25

「信頼できる無料の監視セキュリティシステム」を開発したわけ Glazedカンファレンス現地リポート1

Glazedカンファレンスで登壇したジーン・ワン氏

「プレゼンス」の起動画面とモニター表示画面(People Power)

「スマートホーム」や「コネクティッドホーム」と呼ばれるテクノロジーが今、ホットだ。鍵をポケットから出さなくてもスマートフォンをかざすだけで玄関のドアを開けることができるロックシステム、外出先からスマートフォンで留守宅をビデオ監視できるアプリや、部屋の電気のスイッチを外からオン・オフできるテクノロジーなど、インターネットと「家」をつなぐ最新技術がひしめき合う。

アップル、グーグル、GE、マイクロソフトなどの大手企業も巨額の投資をしているこの「コネクティッドホーム」市場。その第一線で活躍するスタートアップ企業のひとつが、People Powerだ。

シリコンバレーにある同社は、赤ちゃんやペットの動きをモニターするためのアプリ「Presence(プレゼンス)」を開発し、留守宅の部屋の中を外出先からビデオモニターできるようにした。アプリは無料でダウンロードできる。家に眠っている古いiPhone3やiPhone4などを部屋に置き、Wi-Fi機能を通して、モニター用ビデオカメラとして再利用する斬新なアイデアだ。

別売りのマウントデバイスの上に設置すると、モニターカメラとして使うiPhoneを遠隔操作で360度回転でき、外出中に部屋の一部だけでなく、全体をビデオで把握できる。また、ペットや、ベビーシッターに預けた赤ちゃんなど、モニターしたい対象が動いた時だけ、アラートが送信されるサービスも人気だ。

この「プレゼンス」は、ウオールストリートジャーナル紙により「ベスト・ベイビー・モニター」に選ばれ、USA Today紙が選ぶベストアプリ賞も受賞している。

サンフランシスコで開催された全米最大のウエアラブル機器のカンファレンス「GLAZEDカンファレンス」で、同社ののCEOであるジーン・ワン氏が、奮闘ぶりを語っている。

ワン氏は、同社が4回目のCEO経験で、ベテランのアントレプレナーだ。手術に使われる医療用ロボティクスの会社Computer Motionを設立し、97年にIPOを成功させた。その後はスマホのデバイスマネジメント技術のスタートアップBitfoneのCEOを務め、同社をHP に多額で売却して実績を重ねてきた。

そんな彼が、今、ホームセキュリティーの技術開発に情熱を燃やすのは、個人的な理由からだった。「一人暮らしの母の家に、大手警備会社のセキュリティーシステムを導入したんだけど、2回も泥棒に入られてしまった。それで、これは何とかしなくてはと思って」と言う。

アメリカでちょっとした高級住宅地に行けば、ホームセキュリティー大手企業のステッカーが多くの家の窓に貼られているのが見える。監視カメラなどを含めて、24時間、コールセンター直結で安全を監視してくれる総合サービスだ。大手だけに、サービス料も安くはない。「母の家の場合は、初期費用が1,800ドルで月々48ドル払ってた。ビデオサービスがない契約でも、この値段だった」とワン氏。また、アラームが鳴って警察に通報されても、侵入者がいない「間違い」であった場合が度重なると、警察から罰金を取られることもあったという。

そんな個人的な体験から学んだワン氏は、安価で、個人が簡単に使え、信頼できるセキュリティ監視システムを自分で作ろうと思い、プレゼンスを開発した。プラットフォームはオープンにして、多くの外部のデベロッパーらが周辺商品の開発に参入しやすいようにした。アプリは無料で、より容量の大きなビデオを送れる有料のプレゼンスプロビデオ(使用量は年間約50ドル)も提供している。

「自分の愛する家族やペット、特に歳をとった両親や赤ちゃんは、自分の留守中、どうか無事であってほしいと誰もが気になるよね。ベイビーモニターがハッキングされて、赤ちゃんに向かって見知らぬ男が大声で怒鳴っていたという事件も報道されているし、モニターがあれば即安全とはいえない社会になってきている。プレゼンスは2重の相互認証システムを採用し、銀行以上の高レベルののセキュリティを実現している。従来にないセキュリティ認証システムを作れるアントレプレナーにとっては、今こそが未曾有のチャンスだといえると思う」

プレゼンスのアプリを使ったユーザーからは、こんな体験談も寄せられたという。モニターで留守宅の部屋の映像を見ていると、息子が家のお金を盗んでいる光景が映っていた。そこから息子がドラッグに手を出している事実を突き止められた、という例だ。

ただ、万一、侵入者がビデオに映っていたとしても、大手の総合サービスのようにコールセンターと連携しているわけではないため、警察に通報するのは利用者自身の責任になる。「今後、警察とどう連携するつもりか?」という質問が飛ぶと、新進気鋭のスタートアップ企業のトップらしく、「警察とはできるだけ距離を置きたいんだけど......」とワン氏。

節電プラグや使用エネルギーモニターなどのデバイスもプレゼンスのアプリに加えることができるが、一般のアメリカ人個人にとっては、節電よりも、セキュリティ強化や監視モニターのニーズの方が、まだ圧倒的に高いだろうとワン氏は言う。

「例えば、、午後3時半までに子供が学校から帰ってきて、家の玄関を開ける映像が見えなかったら、帰宅途中、子供に何かが起きている可能性があるという点を親なら一番気にするだろうし、今はそういう市民のニーズに細かく応えていきたいと思っている」

世界的にも今後、需要が広がりそうな「スマートホーム」「コネクティッドホーム」でも、利用者のニーズに素早く応えることがカギとなっているようだ。

著者:長野 美穂(ながの・みほ)

ジャーナリスト。早稲田大学卒業。出版社勤務を経て渡米、ノースウェスタン大学大学院でジャーナリズムを専攻。ロサンゼルスの新聞社で記者を務めた後、フリーのジャーナリストとして活動。