TS インタビュー

2017/03/02

【イノベーターズ】VRに隠された壮大なる野望とは。人類に1個フェーズを突き抜けさせる男。藤井直敬

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通信やICTにまつわる"なにか"を生み出した"イノベーターズ"。彼らはどのように仕事に向き合ってイノベーションにたどり着いたのか。インタビューを通して、その"なにか"に迫る。

さて、今回ご登場いただくこの方が発明したものは、ダンボールでできている。平面的な状態から折り曲げたり差し込んだりすると直方体っぽくなって、スマートフォンを挿入。専用アプリをダウンロードして、のぞき込んだら・・・・・・WOOOOOOOOOOW!!!!!!!!! 上を向けば空が広がり、下を向けば地面があって、右も左も後ろもすべて映像の世界! そう、VR=仮想現実というやつだ。

VRを体験するためには通常、なかなかに仰々しいHMD(=ヘッドマウントディスプレイ)というやつを装着せねばならなかった。それをダンボール化し、スマホアプリで簡単に体験できるようにしたのが「ハコスコ」だ。創業は2014年。ゴーグル第1号のプロトタイプは発案者の藤井直敬さん自らハサミとガムテと手近なダンボールで工作したという。ちなみに、そのとき最初に見たのは360度カメラで撮影した映像ではなく、単にスマホのカメラで見た世界。

「あ、これでいいじゃんと思って。周りに見せてみたら"面白いね"っていう話になり、友達がダンボール屋さんを紹介してくれて・・・・・・」

そこが起業のスタートライン。

このとき藤井さん、あの理化学研究所の「適応知性研究チーム」でチームリーダーをしていた。平たく言うと「社会脳」の研究らしい。眼科医として一旦勤務しながら、大学院で脳の研究を始め、マサチューセッツ工科大学(MIT)を経て理研へ。で、今も理研に籍を置く現役バリバリの研究者なのである(2017年3月いっぱいで退所予定)。

この流れ、実は重要なのだ。今回のテーマは「いかにしてダンボールでVRを発案したのか」ではない。超簡単にVRを体験できる、という部分は手段でしかない。キモになるのは藤井さんが「なぜダンボールでVRを生み出そうと思ったのか」だからだ。

社会の中で生きていく人間の脳の仕組みの研究が、そもそもの本筋

まず最初に、藤井さんの研究ジャンルである「社会脳」とはなんなのか。

かつて脳の研究というと、脳ミソの中の働きや仕組みを追究するものだった。しかし新しい研究では、脳はたくさんの他者との関係、周りのみんなとの関係に応じて自分自身の行動を適切にコントロールするものとして捉えられるようになってきた。そういう「社会脳」と呼ばれる脳の働きを藤井さんが研究しようと思ったのは、「自分自身が社会性に富んでいないキャラクターだったから」だと言う。

「僕は人と話したり表に出て講演したり、あとこうして取材を受けたりするのが嫌なんですよ(笑)。なぜ嫌なんだろう、苦手なんだろうって考えたときに、社会脳を研究して、その辺の仕組みが分かれば腹落ちして、少しは楽になるかもしれないなと思ったんです」

ダンボールのハコスコビューワーは持ち運びやすいように折り畳み式。通常はダンボール色のほか、プロモーション用のオリジナルプリントもある

藤井さんは社会脳の実験を猿で始めた。彼らは人間に近い社会性と脳の構造を持っているから。 MIT時代には、猿の脳に刺す極小マニピュレーターを発明したりしたこともある。そもそも細かい作業が好きだそうで、眼科医になったのも、顕微鏡を覗いて行うような「マイクロサージェリー(非常に微細な部分の外科的手術のこと)」に興味があったから。必要に迫られれば、実験道具は自作するのである。

ともあれ、そういう実験を藤井さんは人間でやりたいと思った。脳になにか刺すわけにはいかないので、それは脳波やMRIで計測するとして、問題は外部からの、他者からの刺激をどうするか。

「そこで"現実って完全に再現できない"と気付いたんです。例えば、僕が被験者に対して"おはよう"って言うという社会的な刺激を与えると、被験者はどう反応するか。それを検証するには、一定の条件のもとで、完全に同じ"おはよう"が与えられないとダメですよね? それってプロの俳優さんでも無理でしょう。

人間が毎回毎回、完全に同じことを繰り返すなんて不可能なんです。声のトーンや大きさとか高低とか目線とか違ってしまうと、被験者の行動が変化したとき、その理由が、刺激が違うからなのか、刺激の種類が異なっているからなのか特定できなくなってしまう。それでは完全な実験とはいえない」

スタートは、すべての被験者に対して、その時々の状況によって変化することのない同一の社会的刺激を与える実験環境を用意することだった。

「それでVRの技術を使ったデバイスを開発し始めたんです」

「社会脳」の研究からVRデバイスに!

それが、2007年頃のこと。

「最初はCGのアバターでやる方法を考えていました。でも全然ダメ。当時のCGって笑っちゃうようなレベルでまったく使いものにならなかった」

CGによって任意の社会的な刺激をつくり出すには、あまりに「つくりもの」臭かったのだろう。人の脳の反応を知るための実験で、被験者が最初から「つくりものである」と認識してしまっては、台なしだ。まったく同じような刺激を再現しながら、ちゃんと現実に起きていることのように見えなくてはならない。

「で、ある時、うちの研究員が"こういうカメラがあるんだけど、買ってください"と。360度カメラのことを教えてくれたんです。"こういうふうに使えばうまくいきそうな気がする"って。で、買ってやってみたら、うまくいった(笑)」

そうしてエイリアンヘッドというものが生まれたという。

"こういうふう"とは、どういうふうだったのか。

まさにその名のとおりの巨大なデバイス。ここにはHMDとライブカメラ、ヘッドホン、方位センサーが組み込まれていて、要は、現在市販されているようなHMDと同じような仕組みができた。けれど肝心なのは、藤井さんの研究室に設えられた特別なスペースで、藤井さんと一緒に体験するという点。

被験者が藤井さんと部屋に入りデバイスを装着すると、ディスプレイにはライブカメラの映像が映っている。当然、目の前の風景が見える。で、藤井さんが部屋から出たタイミングで、録画済みの360度映像に差し替えるのだ。まったく同じ部屋で、さっきと同じ服装の藤井さんが映像で登場し、話しかける。被験者は、映像に向かって普通に会話をする。カメラを向けられるとポーズをとる。これなら現実を、再現可能な仮想現実とこっそり切り替えることができる。

まさに、狙いどおりの実験環境ができたのだ。

このエイリアンヘッドはSR(代替現実)としてかなり話題になり、たくさんのメディアで取材され、理研の藤井さんのところにはクリエイターとか広告代理店とかいろいろな属性の人たちが、毎週体験しに来るようになった。

「それがほぼ2年続いて、延べ1,000人以上の人が理研で体験してくれました。SRって分かりやすくて面白いから誰がやっても盛り上がるんですよ。それで体験後には大体1時間ぐらいのブレストをしました。僕が体験者を受け入れていたのは、この技術を使ってなにか面白いことをやってくれる人がいればいいなと思っていたから。そこのお手伝いができるなら素晴らしいなと。でも誰も手を挙げなかったんです。こんな面白いのにどうするんだよ! って(笑)」

やがて起業することに考えが至った。

ハコスコがダンボールであった意味

そもそもの目的だった「社会脳」の方はどうなったかというと、「なんか面倒臭くなっちゃって(笑)」うっちゃってしまったという。それほどSRが面白かったのだ。

「自分自身が体験してすごく不安になったんですよね。見ているものが現実なのか仮想なのかがまったく分からなかったし、そんな体験は今までしたことがなかったから、これは人の本質にものすごく大きな影響を与えるテクノロジーだと思った。どこまで発展していくか分からないなって」

また、いい加減、研究のスピードの遅さにうんざりしていたという。

「基礎研究ってひとつのスパンが約5年かかるんですね。実験が終わって結果が出て、論文が世に出るだけでもへたしたら1、2年かかる。というのも、できるだけいい雑誌で発表したいから、上から順に当たるんですが、1誌に投げて戻ってくるのに何カ月もかかる。ダメなら次、ダメなら次ってやってるうちにすぐ2年経つ。そういうタイムスパンで仕事をしていくと、僕、今50過ぎなんですけど、仮に65歳まで働くとしたら、あと3回ぐらいしか回せないじゃないですか」

2年かけていろいろな人に体験してもらって、また、このシステムを使った「ミラージュ」というアートパフォーマンスをつくって、自ら生み出したシステムの面白さを世の中に問うたけれど、「面白い!」という答えしか返ってこなかった。それは藤井さん自身を面白がらせてくれるものはなかった。だから、「もっと多くの人に体験してもらわないといけない」と思ったのである。

それで、巨大なデバイスと研究室限定での体験という足枷から自由になるために、ダンボールに着目したのだ。だが起業して2年、まだ「これは!」という使い方には出合っていないという。

「360度に最適な映像表現をつくれるのは、これまでテレビとかをつくってきた人とは違う気がしていて。彼らは映像のプロという自負があるんですが、作品を見ると"それでいいのかなあ・・・・・・"って。まだ僕たちはこの技術の使い方はわかってないのかもしれません。でも最近、レッドブルのクリフダイビングの映像を見て、"プロがつくるってこういうことなんだな"って思い知らされました」

"こういうこと"とは、どういうことか。まあ見てみてください、と藤井さんは言いスマホを差し出す。おお、ドローンが崖に沿って上空高く登ったかと思えば、ダイバーを捉え、カメラは絶妙のタイミングでダイバーの主観に替わる。ダイブ! ぐんぐん海面が近づき、そのまま水中へ・・・・・・。素材といい、編集の間といい、ものすごく気持ちいい! ぜひ、スマホで見てみてください。

そしてハコスコと人類は次なるフェーズへ

「どこまで発展していくかわからない」と言いつつ、藤井さんは静観しているわけではない。実は、エイリアンヘッドに似たSRの機能を、誰でもフリーで落とせる「ハコスコ」のアプリに、昨年末からすでに実装ずみなのだという。ハコスコ自体の認知も上がり、VRにもまあまあ慣れてきている状況をさらに進化させようとしているのだ。

「僕らもベタな映像を配信していて、体験者は"あ、また360度の動画ね"ってご覧になると思うんですが、気づいたら"今自分が見てるものって現実なの? 仮想なの?"っていうSRに切り替わるような仕組みを作るのに2年半かかって、ようやく去年の暮れに実装しました。僕らが理研でやっていたような実験を、普通の人が自宅で体験できるようになってきたんです」

と、藤井さん、自身のスマホを見せてくれる。そこには切り抜かれた藤井さんの映像。これをライブカメラに合成することができるのだ。そしてハコスコビューワーにはめてみると、目の前の風景に藤井さんがいるように見える。

「映像ベースだけで判断すると、ライブで僕がそこにいるのと変わらないんですよ。それを映像と混ぜたり切り替えたりできる。もうデータを取ろうとか、そういうことは諦めていて、今興味があるのは、普通の人が現実と仮想の区別がつかなくなったときに、現実の世界とどう関わっていくのかという点です。

理研でSRの実験をやってたときに面白かったのは、見ているものが現実か嘘か分からなくなった瞬間にはみんなフリーズしちゃうんです。だけど、そこで話しかけられると"もしかしたらこの藤井さんは映像かもしれないけど、答えないと失礼だよな"って思って、とにかくコミュニケーションを始める。現実であろうと仮想であろうと、人は気にしなくなるんですね。

大袈裟なようですけど、世界の認識の仕方がまるっきり変わる。人間がそのフェーズを突き抜けるところを何度も理研で見てきて、それがスマートフォンとダンボールでできればすごいなと」

ファーストステップのゴールはそこだという。その後の野望を聞くと、「空間のあちこちに情報を貼り付けたり埋め込んだりすること」と、藤井さんは言った。ヒントはマイクロソフトのホロレンズ。検索されたし。

ハコスコのほうは、人がそれと認識しないうちに現実と仮想の間で知覚をグラングランにし、揚げ句、人類を次のフェーズに連れて行くという、その神のごとき仕組みを実践していくため、今後SRのワークショップを展開していくとのこと。

「今年の夏ごろまでに面白そうなのをいくつか出せればいいなと。ただのVR体験アプリだと思っているかもしれませんが、皆さんが知らないだけで、落としたアプリの中には"その仕組み"は確かに実装されていますからね(笑)」

文:武田篤典
撮影:有坂政晴(STUH)

藤井直敬(ふじい なおたか)

株式会社ハコスコCEO・代表取締役。理化学研究所脳科学総合研究センターチームリーダー。医学博士。1965年広島生まれ。東北大学医学部卒業後、眼科医として勤務ののち、同大大学院にて博士号取得。98年よりマサチューセッツ工科大学にて研究員として勤務。2004年から2017年3月まで理化学研究所勤務に。2009年よりSR(代替現実)システムを開発。2014年、ハコスコを創業。

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