2016/01/08

人と社会に寄り添うロボットを 『IoT手押し車』は日本の介護現場を変えていけるか?

「デジタルネイティブ」という言葉がある。「ITやネットに慣れ親しんで育った世代」を指す言葉だ。次々と生まれるガジェットやWebサービスも、この層をターゲットにしたものが多いだろう。しかし、この市場の在り方に疑問を投げかける企業が大阪にある。ロボティクス技術を活用したヘルスケア事業を展開する「RT.WORKS」だ。

同社の開発した手押し車「ロボットアシストウォーカー RT.1」が今注目を集めている――というのも、従来の電動アシスト付手押し車とは違い、SIM対応機能やクラウド管理による健康サポート機能が搭載されているのだ。 12月に東京ビッグサイトで開催された「2015国際ロボット展」にて、社長の河野 誠氏に自身が思い描くロボットとの未来を聞いた。

ただの「電動アシスト」ではない、徹底して安全を追求したハイテク手押し車

――今回出展した「ロボットアシストウォーカー RT.1」ですが、開発に至った経緯はどういったものだったんでしょう?

日本の平均寿命は今や80歳を超えていますが、健康寿命はというと70歳ちょっとで、そのあいだの数年間は介護が必要になるわけです。介護問題がこれほどまでに大きな問題として取り上げられている現状を、健康寿命を延ばすことで解決したいというのがその理由です。

――なるほど。補助付きの手押し車といってもいろいろな機能が付いているようですが、具体的にはどんな機能があるんでしょうか。

歩行サポートに関してはハンドルのグリップに『静電センサー』、根元に『ポジションセンサー』、本体にはタイヤの『ジャイロセンサー」や『温度計』『電流計』があります。

――歩行サポートだけでもそんなにあるんですね! それぞれ、どういった使用を想定した機能なんですか?

たとえば、利用者が片手だけでハンドルを握っていると、どちらかに傾いて転んでしまう原因になります。それをグリップの静電センサーで認識し、タイヤに適度なブレーキがかかるようにしていたり、ポジションセンサーで前後にかかる重さを判定して、左右への方向転換がしやすいようにサポートしたり、という感じです。

ジャイロセンサーは傾斜に対応してタイヤの回転を調整できるようにしていますし、温度計に関してはバッテリーの温度を、電流計はGPSと組み合わせてタイヤが滑っていないかを測定できるようになっています。

――電動アシストという範疇を超えて、徹底的にユーザーの安全を意識してるんですね。

基本的に高齢者の方が使うので、そこは徹底していましたね。そのために自動車試験場での試験や一般社団法人日本福祉用具評価センター(JASPEC)の基準をクリアしたり、国際基準であるISOを取得したりと、厳しく検証してきました。なかなか大変でしたが(笑)。

「SIM対応機能」は介護現場を変え、そして「予防医学」を目指す

――従来の製品にはない機能が満載ですが、なんといっても注目すべきは「SIMカード」に対応した、いわゆるIoT(モノのインターネット)製品であるという点ですよね。これはどういったことを目的としているんですか?

健康寿命を延ばしていきたいとはじめに話しましたが、これを健康維持のために使ってほしいというのが根本的な理由です。タイヤの回転と連動した加速度センサーで、歩行速度や歩幅を測ることができるんですが、短期・中長期でその変化を記録して分析することで健康管理につなげられるんじゃないかと。大学病院と連携して、脳疾患や心疾患などの病気と歩行に相関があるんじゃないか、という仮説をもとに検証もしています。これに関してはまだまだこれからなんですけどね。

――データの分析や管理は、やはりクラウドで行っているんでしょうか?

分析、管理はクラウドで行っていて、そこで出た分析結果はスマホやタブレットに送られるようになっています。そういう端末の操作ができる介護者がいる場合はいいんですが、最近は高齢者のひとり暮らしも少なくないですし、コールセンターからの連絡もできるようにしてます。

――今までのお話から、「予防医学」という観点からの切り口を意識しているのかなという印象を受けました。健康寿命をテーマにするなら、やはり外せないポイントなんですね。

はい。現状のマーケットでは、介護が必要になった人向けのサービスとか製品がほとんどなんです。私たちとしては、転んだあとの杖よりも"転ばぬ先の杖"を作っていきたい。今はまだリハビリの用途で使われているのがほとんどなんですが、ゆくゆくは予防のための製品という地位を確立したいと思っています。

――現状では、介護施設での使用がメインなんですか?

大半が施設での使用です。ただ家庭での使用もありますし、介護現場にもたくさん問題はありますから、『介護者の負担を軽くする』というのも大きな使命だと思っています。それこそ、家庭での介護はほとんどが"介護素人"によるものです。『リアルタイム見守り』や『時系列での見守り』といった情報をスマホで簡単に知ることができたり、危機管理システムからコールセンターへの自動送信を行ったりと、ユーザーサイドの使用感も大事にしています。

――なるほど。多機能でも使いやすいというと、開発段階で大変な手間がかかったと思うんですが、価格はどれくらいなんでしょうか?

現在は25万円ほどで提供しています。が、やはり一般家庭には大きな出費ですし、今後は10万円程度で提供できるよう努めています。屋内用に機能を限定したものも販売しているんですが、こちらは比較的安価で、かつ介護保険が適用できます。ただし"予防"となるとまだ制度が整備されていないので、保険が利かないというのも大きな課題ではありますね。

「RT.WORKS」の思い描く未来。課題は「市場を切り開く」こと

――「ロボットアシストウォーカー RT.1」の普及や、今後の事業を拡大していくうえでの課題はなんだと思いますか?

先ほどの話にも出てきましたが、既存のマーケットは『介護が必要な人向け』のものがほとんどなんです。介護保険をはじめとした制度も、まだ「予防」にまでは対応していません。でも、潜在的なマーケットとしては遥かに市場は大きいですし、これから必ず必要とされるものであることは確かです。そこを切り開いていけるか? というのが今後の鍵になってくると思います。もちろん、ケアの必要な人にも対応していないといけませんし、開発の時間的、金銭的、技術的コストを考えながら、ラインナップも充実させたいですね。

――技術を高齢者層に生かすという点でも、まだまだ市場は未成熟ですよね。

はい。ロボットはまだまだ実社会に溶け込んではいないですから。人と社会に寄り添った活用を実現したい、というのが今後の展望です。


少子高齢化が叫ばれてから、もう何年経っただろうか。テレビをつければ、認知症や介護鬱についての特集をよく目にする。介護をサポートするための仕組みは徐々に充実してきたが、それでも予防に関する取り組みはまだまだ未開拓な分野だ。ロボティクス技術を活用した「IoT製品」と「高齢者層」の組み合わせは、一見かけ離れているようにも見える。しかし、その異質な組み合わせこそが、介護の現場に化学反応を起こしてくれるのかもしれない。RT.WORKSはその先駆けとなっていくのか、注目していきたい。

文:阪本英之